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3話


 がくん、と頭が垂れた拍子に、手の甲によだれが滴った。

 私は慌てて顔を上げる。どうやら壁にもたれるようにして眠っていたらしい。


 確か死を覚悟したはずだった。

 それでも生きている幸運に戸惑いながら、きょろきょろと周囲を見回す。


 朝日の差し込む室内。赤々と燃える暖炉の炎。

 その前の椅子に座って、静かに私を観察している男性。

 二十代後半くらいだろうか、騎士と見まがうほどの立派な体躯で、かなり背が高い。高貴さを感じさせる肩ほどまでの金髪は、後ろで緩く結ばれている。


 ああ、この人がこの家の主か――と思う間もなく、男性が苛立たしそうに首を振った。

 すると、長い前髪が微かに揺れ、隠していた右目を露にした。

 心臓が高鳴る。

 極彩色の瞳。金とも玉虫色ともつかぬ輝きはどこかぬめりを帯びて、見る者の感情を逆なでする。

 左目は太陽のごとき健全な金色をしているというのに、一体この左目の淫猥さと言ったらどうだろう!

 ああ、間違いない、あの蠱惑的な瞳は――。


「『天使の目』!?」


 すると男性は舌打ちをし、前髪で右目をさっと隠してしまうと、吐き捨てるように呟いた。


「お前も俺を追ってきたのか。助けるんじゃなかった」

「助ける……。ああ、そうか、火を入れてくれたのはあなたなんですね。ありがとうございます、おかげで凍死せずに済みました」


 深々と頭を下げると、男は鼻白んだ様子でそっぽを向く。


「勝手に家に上がり込んだ挙句死なれた、なんて寝覚めが悪いからな」

「確かに。すみませんね、でも鍵がかかっていなかったものですから、藁をもつかむ思いで、つい」


 男性は怪訝そうな顔になった。

 どこかつっけんどんな態度に感じるが、まあそういうのには慣れている。


「お前、どうしてそんな薄着で冬のコントロンド山なんかに来たんだ? 自殺志願者か?」

「失礼な。私はただ騙されてここまで連れてこられただけです」

「誰に?」

「家族に」


 すると男性が何か苦いものを口に含んだような顔になった。

 その拍子に、前髪の隙間からあの「天使の目」がちらりと覗いて、私の心をざわつかせる。


「――お前、名前は」

「エルナ・シャウムヴァインと申します」

「シャウムヴァイン……? 魔道具開発で有名な、あのシャウムヴァインか?」

「はい。当主である義父に『コントロンド山にあるシャウムヴァインの別邸に行き、そこで色の研究を深めろ』と言いつけられて、三日前に馬車に乗ったのですが、眠っている間に着の身着のままで馬車から放り出されて、置き去りにされてしまったようでして。それでさまよっていたところ、この家を見つけて、九死に一生を得たというわけです」


 男性は唖然とした表情で私の話を聞いていたが、やがてその顔に同情の色が浮かぶ。


「よく分からないが、家族に裏切られるのは辛かっただろう」

「まあ、ここまでするか!? とは思いましたけど。目ぼしい魔道具の特許はあらかた取り終えた後ですし、用済みになったのでしょう」

「魔道具? お前は魔道具開発者なのか」

「というよりは彩師さいしです。色の抽出が本来の仕事であって、魔道具に魔素を付与するのは、私の仕事じゃないんですけどね」


 ――自然には、魔素と呼ばれる魔法の種が、至るところに潜んでいる。

 その魔素を、色という形で抽出するのが、彩師と呼ばれる職人たちだ。

 抽出した色を「布」「インク」「石」に込めることで、特定の魔素をまとった「魔導布」「魔導書」「魔導石」ができあがる。


 たとえば藍から取った色をインクに付与し、そのインクで魔導書を書けば「防御」の魔素を帯びた魔導書ができ、魔獣と戦う兵士たちを守るために使われる、といった具合だ。

 彩師の仕事は、色を抽出するまでで終わることが多いが、私は魔道具に魔素を付与することもやっていた。


 理由は簡単。シャウムヴァインの人々が、実に合理的な観点でもって、人件費を節約したためである。


「私の作った魔道具のいくつかは、魔獣と戦う兵士の皆さんにとって有効だったようで。それで色々特許を取ったり、販路を独占したりして、シャウムヴァイン家はがっぽがっぽ。僭越ながら私は、金の卵を産む鶏だったと言って良いでしょう」

「……だが、シャウムヴァイン家の人間は、その鶏を絞め殺すことを選んだ」

「はい。その理由は、私が産まなくても金の卵を手に入れられるようになったから、でしょうね」


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