28話
「うわっ。な、なにしてるのレオンさん」
「いや、自分の怯懦に嫌気がさしただけだ。けどもう大丈夫」
微笑みさえ浮かべ、レオンさんはパンを手に取ると、豪快にむしり取って私の皿に置いた。だから多いんだって、何回言えば分かってくれるのかな。
「俺もお前が新しい魔導具を作るのに協力するよ」
「でも――いいの? レオンさんはこの街に長居する予定じゃなかったでしょ」
「俺は魔素への耐性がある天性のハンターなのに、ここで尻尾舞いて逃げるなんて選択肢はない。それに、こんな状態のお前を置いて、自分だけどこかに行けるかよ」
レオンさんの面倒見の良さが、逆に心配になってくる。案外騙されやすかったりして。
見守るような眼差しでレオンさんを見つめていると、なんだよ、と乱暴にそっぽを向かれた。
「そんなことより、俺たちはギルドから、魔獣襲撃の対策を考えるという任務を課せられてることを忘れるなよ。俺は魔獣狩りにも出かけないといけないし」
「魔獣襲撃の対策になるような魔導具を考えつけばいいんだよ」
大きな鮭のフライを、がし、がしと二口で食べ終えたレオンさんは、パンにバターもつけずかぶりつく。綺麗な大きい歯。
「整理させて。昨日街に出没した駝鳥型魔獣は、心臓に魔導書が埋め込まれてあった。その魔導書は高級なサイの角でできていて、破片から何の痕跡も読み取れなかった……。つまり、この魔導書を作った人は、かなり優れた技術の持ち主ってことになるね」
「そいつを仮に『サイの角』とでも呼ぶとしよう。『サイの角』は一体何のために駝鳥型魔獣に魔法を使ったのか?」
「今のところは分からない。ただ、魔獣を鎮めるため……というわけではなさそう。だって駝鳥型魔獣は、本来なら入ってこないはずの街中で暴れてたんだからね」
レオンさんは頷いた。私は鮭のフライを四分割して、そのうち一つをフォークに刺し、ちびちびと齧る。サクサクとしていて美味しいフライだ。
「『サイの角』の目的が分かれば、それを防ぐための魔導具も考えつくと思うけど、今は魔獣襲撃を防ぐための魔導具開発に集中しようと思う」
「それが良いだろうな。――しかし、魔導具開発と簡単に言うが、シャウムヴァインの魔導具より高品質で安価なものを作らなきゃいけないんだぞ。材料はどうするつもりだ」
そう、それは懸念点だ。
私は前歯でフライの衣を魚から剥がしながら、
「スカーさんにお願いして、魔獣の死体から魔素を分けてもらうとか」
「あいつ、意外とガード固いと思うぞ。サフィールが命じない限りは、魔素を分けることはしないだろ」
「ニケ……じゃない、信頼できる素材屋がいない以上、自分で素材を探すしかないんだけど、いちいち市場で探してたら時間が足りない」
「……俺が狩ってきた魔獣は、素材になるか?」
狩りたてほやほやの、魔獣の死体。
しかもコントランド山には、珍しい魔獣がうようよしているんじゃない?
私はフォークを置き、こくこくと頷いた。
「なる! 素材になる! レオンさんが狩ってきてくれるんなら、変なもの掴まされる心配もないわけだし!」
「ギルドから魔獣退治の依頼を受けるついでだ、一石二鳥だな」
ちなみに、魔獣の死体をどうするかという点については、ギルドと交渉できるのだという。巨大な魔獣を倒したところで、それをハンター単独で持ち帰るなんてのは不可能だ。
だから、死体の所有権項目と、運搬条項というものが、ギルドの依頼にはあるんだとか。
死体をハンター所有のものにする、という契約を結べば、見事新鮮な魔獣の死体が手に入る、というわけだ。
「よし。じゃあ方針は決まりだな。お前は魔導具開発、俺は魔獣狩りと素材集め」
「おじいさんは山へ魔獣狩りに、おばあさんは家でおまじない造りに、ってやつだね」
「懐かしいなそれ。よくばあさんが話してくれたな」
ははっと笑いながら、レオンさんは立ち上がる。いつの間にか、私の皿に取り分けた分を除いて、食事がすっかりなくなっていた。
なんて早さ。私はまだ鮭のフライも食べ終えてないのに。
「俺はこのテイクアウト用の食器を店に返さんといけないから、少し出てくる。お前は先に休んでろ」
「ん、ありがとう。……一人で大丈夫?」
今日のレオンさんはなんだか様子が変だったから、気になって尋ねてみる。
するとレオンさんはきょとんとした様子で瞬きした。眼帯でしっかりと隠された「天使の目」が、かすかにきらりと光るのが見えて、その光が含む色の多さに一瞬見惚れた。
「誰に言ってんだ? 大丈夫だよ。お前こそ、一人でふらふら外に出たりしないように」
「はいはい。分かってる」
レオンさんは頷くと、静かに部屋を出ていった。
ハンターだからか、レオンさんの足音はいつも密やかだ。それが少しだけ、なんとなく、物悲しい。




