27話
恐らくだが、とレオンさんは言う。
「お前を雪山に放置したのは、魔導具を値上げすることが決まったからなんじゃないか?」
「え?」
「魔導具を値上げすると言えば、きっとお前は反対するだろう。だから何か言われる前に口封じをしようとしたんじゃないか」
ありえなくはない。
だが、レオンさんはシャウムヴァイン家のことを分かっていない。
「私の口封じをしたいなら、魔獣に食い殺させれば済む話だよ」
「……実の家族だろ?」
「両親も、兄も妹も私も、ちゃんと血は繋がってる。だから分かるの。私を本当に殺したいなら、魔獣のいる檻に入れればおしまい。ケーキを焼くより簡単だ」
「……」
「彼らが実際そうしなかったのは、私の死体が見つかるリスクを恐れたのかもね。本当の理由は分からないけど、私が用済みになったのは確かよ」
私の言葉に、レオンさんは眉をひそめて、悲痛な面持ちになった。
自分のことじゃないのに、同情してくれているのだろうか。
「でも、その髪のメッシュ」
レオンさんは私の髪を指さした。
栗色の髪の右側には、赤いメッシュが入っている。
「それは貴族がよくやる、子どもを悪いものから守るためのおまじないだろ? お前を地下室に入れるまでは、家族としての愛情がなかったわけじゃないんじゃ……」
「これは自分で入れたの」
レオンさんが絶句する。
私は笑って続けた。
「私ね、小さな頃から草木が大好きで、外に出かけては色んな植物を採取して、魔素を取り出すのに夢中になってたの。そしたら彩師に必要な知識や技術が身についてて、それでシャウムヴァイン家の家業を手伝うようになったんだけど……」
色々なことを教わって、色んな珍しい素材に触れて、魔素を抽出しては魔導具に付与することを繰り返して。
母が雇った家庭教師の授業には一度も出なかったし、父と一緒に他の貴族の茶会へ出かけるのも拒んだ。兄や妹ともろくに話をしなかった。
そうしたらある日いつの間にか、地下室が私の部屋になって、そこから出ることを禁じられていた。
説明している間、レオンさんは夕食に手をつけなかった。冷めちゃうなと思いながらも、それを指摘するのははばかられた。
「母は私を汚らわしい魔女、って呼んだ。ほら、私の指先って、色んな魔素で汚れてるから」
「俺はお前の手を汚いなんて思ったことはないけどな。それより酷い連中は山ほどいるし」
「そっか」
レオンさんは変わった人だ。今更か。
「地下室は暗いから、誰も来てくれなかった。兄さんと妹は髪にメッシュを入れて貰ってるのに、私だけそれがなくて。……何だかすごく胸がすうすうしたような気持ちになって、自分でメッシュを入れたの。とっておきのタンザアカネからとった、極上の魔素を、ちょっとだけ取り分けておいて」
でもねと私は続ける。
「私の行動には何の意味もなかった。地下室に閉じ込められてから二年もの間、一度も家族の顔を見なかったからね」
「ただの一度も?」
「うん。十三歳になった私が久しぶりに会ったのは父で、これから特許を申請するから、そのための魔導具を作るようにって話だった。確か魔獣避けの音が出る装置の開発だったと思う。その間も父は私のことを見なかった」
「……ただの、一度も?」
「そんなに何度も同じこと聞かなくても」
レオンさんらしからぬ理解力の低さだ。お腹が空いて頭が回らないのかな。
「お前は、それに対して怒らなかったのか」
「怒る」
「理不尽なことをされて、当然のように搾取されて、むかつかなかったのか? はらわたが煮えくり返らなかったのか?」
レオンさんは早口で言う。その顔は強張っている。
「自分が努力して身に着けた技術や知識をかすめ取られて、金儲けの道具にされて。地下室に閉じ込められて。愛情の一つも与えられずに。何も――何も、なくて、腹を空かせながら、たった一人で」
「レオンさん?」
「俺は怒りを覚えてる。お前の境遇に。シャウムヴァイン家の連中が、お前にしたことに。お前を軽んじたことに」
「軽んじた」
「お前の意志や、思いや、考えは、顧みられなかったんだろう?」
「うん。私が何を考えているかなんて、あの人たちは、少しも知ろうとしなかったよ」
それを口にすると、私の心のどこかが熱く痛むのを感じた。
そうだ。私の考えや思いは、誰にも届かなかった。
だから私は魔導具の開発に心血を注いだのだ。
魔導具が、私の代わりに「私」を誰かに伝えてくれると――そう信じて。
「……そっか」
だから私は、魔導具が高く取引されたことについて、怒りを覚えたのか。
今まで名付けることができなかった感情に、レオンさんが名前をつけてくれた。
「これが怒りなんだ。『私』を込めた魔導具が、金儲けの道具にされたことに対する、怒り。ううん、それだけじゃない。魔導具を買うお金のない人たちを軽んじて、魔獣に襲われても良いと見放した、シャウムヴァインに対する怒りなんだ……!」
許してはおけない、という気持ちになる。
蔑ろにされた「私」を助けたい。
見放された、見ず知らずの人々も、助けたい。
いつになく大きな感情を持て余していた私の脳裏に、ふと、閃いたことがあった。
こんなに単純なこと、どうして今まで思いつかなかったんだろう!
「ねえ、レオンさん。――私が、新しく魔導具を作ればいいんじゃない?」
「何だって?」
「シャウムヴァインの魔導具が高くて買えない人たちに向けて、シャウムヴァインの魔導具より品質の高いものを安く作ればいいんだよ。あはっ、こんな簡単なこと、どうして思いつかなかったんだろう!」
「簡単なこと、ねえ」
先ほどまで強張っていたレオンさんの顔が、苦笑のかたちに緩んだ。
あ、良かった。怒りを言い当てたレオンさんの様子は、何だかいつもと違っていて、刺々しい雰囲気だったから。
「シャウムヴァインの魔導具の品質は確かだ。俺もハンターとして何度か使ったことがあるが、どれも想像以上の働きを見せてくれたよ。それを上回るものを作れるのか?」
「愚問だね。まずシャウムヴァインの魔導具のほとんどは、私が開発するか、原案を考えたことをお忘れなく」
それに、と私はわくわくしながら付け加える。
「確かにシャウムヴァインの魔導具は最高だよ。だってその当時の私の一番を込めたんだもん。……でも、それは過去の私。過去より今の私の方が、優れてるに決まってる!」
そう叫ぶと、レオンさんは目を細めた。眩しい時の顔だ。今は夜なのに、やっぱり今日のレオンさんは様子がちょっと変。
「――ああ。お前は、すごいな」
「当たり前でしょ。だって私にはこれしかないんだから」
「違うよ。俺がすごいと言ったのは、お前の技術じゃなくて、お前の生き方だよ」
小声で言ったレオンさんは、少しだけ俯いた。
けれどすぐに顔を上げると、ばちん! と自分の両頬を叩いた。




