24話
作業場を後にしながら、エルナは興奮した様子で、懐にしまいこんだものを取り出した。
駝鳥型魔獣の心臓から取り出したもの。
それは、ピンセットの先でつまみ上げられる程度の大きさの、象牙色の爪のようなものだった。
「それは……何だ?」
「破片。恐らくは魔導書の一部ね。ここに魔法を起動するためのキーが刻まれていて、何らかのきっかけで魔法が発動した、と考えられる」
「魔導書……っていうと、羊皮紙でできてるはずだろ? どう見てもそれは羊皮紙じゃない、もっと固そうだ」
「羊皮紙だと、魔獣の体内で湿って駄目になってしまうでしょ? これは恐らくサイの角から作られたもの。魔獣や人間の体内に魔法を仕込むときによく使われる」
エルナはサイの角のかけらを陽光に透かした。
サイの角は、自然にあまたある素材の中でも、最も魔力伝導率が高いのだとエルナは静かに説明した。
「薄いし魔力伝導率が高い。ほら見て、よく目を凝らさないと分からないくらいの溝が彫られてるでしょ? これは魔力伝導率を高めるための仕掛け。高級品ね」
「どんな魔法が作動するようになってるんだ?」
「そこまでは……ごく端っこの破片だからね。多分、魔獣の心臓が止まるのに合わせて、破壊されるようになってるんじゃないかな。あるいはこの魔導書が破壊したから、魔獣の心臓も一緒に壊れたのか……。ああもう、ここに私の魔導書があれば、どんな魔法が刻まれてたか探れるかもしれないのに」
じれったそうに言うエルナは、コントランド街で新品の魔導書を買い求めたばかりだった。
火を熾したり、明かりを灯したり、飲み水を出現させたり、といった基礎的な魔法は使えるが、エルナ用にカスタマイズはされていない。
「ちょっと探ってみる。宿にこもるから、レオンさんは好きに街を見てて」
「ん。一人で帰れるか」
エルナは上の空で頷くが、足は明らかに違う方向へ歩き出している。
レオンはため息をつくと、彼女の肩を別の方角へ向けてやり、宿まで送り届けてやった。
*
エルナが宿の部屋に座り込んで、何か魔法を使い始めたのを見届けると、レオンはしばし考え込んだ。
レオンは、ギルドにハンターとして仕事に来る以外で、コントランド街を訪れたことがなかった。
「天使の目」を持つレオンにとって、人込みはいつ自分の目が見咎められるか分からない、恐ろしい場所だ。眼帯で隠しているとは言え、聡い者はすぐにその眼帯の下にあるものに気づくだろうし、いつどこで襲われるか分からない。
だから街中をむやみにうろつくことは避けていたのだが。
「もし、魔獣の襲撃が作為的なものだとすれば……。街の様子を探っておいて損はないかもな」
積極的に魔獣の襲撃の真相を暴きたい――というよりは、身の安全を図るためのものだ。
エルナがこの件について嗅ぎまわっていることは、ギルドの副団長であるサフィールをはじめ、身の回りの変化に敏感な者にはすぐばれるだろう。その際に、エルナと自分の安全を確保するためにも、地形くらいは頭に入れておく必要がある。
「一応地図は暗記してるが、抜け道なんかは目で確かめた方が早いしな」
レオンはフードを深くかぶり、自分の得物である剣をあえて見せるようにして、街中を足早に歩いた。ハンターの格好をした人間が、ハンターらしい振る舞いをしていれば、あまり人の注意は引かないものだ。
歩きながらも感覚を研ぎ澄ませる。
市場の香ばしい匂い、舗装されていない石畳のぬかるみ、天井がアーチ状になった通路の音の反響、耳に飛び込んでくる噂話。
かつて軍事的な要所であったコントランド街は、外敵の侵入を防ぐために、道が迷路のように入り組んでいたという。
今は整備され、目抜き通りがいくつもできて分かりやすくなっているが、一本道を入るともう、アーチによって作られた暗がりが、ひんやりと侵入者を出迎える。
暗がりにいるのは怪しげな人々。
賭博で有り金全てすったような風体の男、露出の激しい女、酒の匂いを漂わせて地面に突っ伏している老人。
そんな人々の間にしゃがみ込み、木でできた素朴な熊のおもちゃを手の中でもてあそんでいる、裸足の子ども。
「……」
子どもはじっとレオンを見つめている。少年とも少女ともつかない風体で、目がぎょろりと大きい。
スリの類だろうかと警戒しながら、レオンは子どもの前を過ぎ去った。
そうしてレオンは目ぼしい道を歩き終えると、最後に市場の方へ足を向けた。
「さて。最後は店に行くか」
魔導具などを販売している店に入る。清潔感ある店構えで、入ると店員の女性の朗らかな声が出迎えてくれた。
陳列されているのは、ちょっとした生活用品から、スカーが使っていたような小型顕微鏡まで、幅広い魔導具だ。小型の魔獣くらいなら捕まえられそうなくくり罠や、魔獣防止スプレー、魔獣用の毒餌なども販売されている。
値段はピンキリとはいえ、レオンの記憶よりも遥かに高価な品がいくつもあった。
レオンは暇そうにしている店員に声をかける。
「失礼。以前来た時よりも、魔導具が値上がりしているようなのだが」
「そうなんです。製造元のシャウムヴァインが、先週から急な値上げを敢行したようで」
客からよく言われるのだろう、店員の女性は渋い表情になった。




