22話
「はいあの、スカベンジャーさんのお仕事というものを知りたいんです! あとできればお仕事場も見てみたいです! もしよければ魔獣の死体が格納されているところも見ておきたく! きっと色んな魔素がありますよねえ……。ああ、許可なく魔素を採取してはいけないことは分かっていますので!」
いつの間にか物凄く前のめりになっていたらしく、スカベンジャーさんが両手を体の前に出し、嫌そうに顔を背けた。
「詰め寄るな」
「あ、す、すみません。距離感を間違えました……」
また失敗した。私の対人スキルがお粗末すぎるのは、絶対地下室暮らしが長かったせいだろう、と恨みがましく思っていると。
スカベンジャーさんは頭をがりがりとかいた。
その拍子に、フケが雪みたいに舞い散った。お風呂に入れないとこうなっちゃうよね。
「あああ、そんな叱られた犬みたいな顔するなよ。俺はほら、スカベンジャーだから。臭いんだよ。触るとお前さんにも匂いがつくぞ」
「匂いは魔素と関係ありませんよ? いえ関係あるのかもしれませんけれど、人間の嗅覚では察知できませんから、大丈夫です」
「そういうことじゃあないんだが」
歯切れ悪く言うスカベンジャーさん。歯切れが悪くても、耳に心地いい声をしている。
そこでレオンさんが割って入った。
「あー、いいか? 俺はレオン・スピリタス。こっちはエルナ。あんたの名前を聞いても?」
「ああ、スカベンジャーでいいよ。縮めてスカーって呼ぶ奴が多い」
「そうか。こいつは魔素の研究をしてて、その一環として魔獣の死体が見てみたいんだそうだ」
するとスカーさんは微妙な顔になった。待てと命じられた犬みたいな顔だ。
「それはつまり、俺たちを信用してないということだよな。腑分けの過程で手を抜いたり、貴重な臓器を中抜きしていると思われてんのか?」
「その段階にない。彼女は何も知らない」
「ふうん? スカベンジャーの仕事内容も?」
「ギルド内で、スカベンジャーがどんな立ち位置なのかも」
レオンさんが注意深く付け加えた一言に、スカーさんは、ははっと笑った。
「なるほど。箱入り娘か? にしては死体に怯える様子がないが……まあいい、それなら特別に、手取り足取り教えてやろう」
スカーさんは立ち上がると、蜘蛛型魔獣の死体を示した。
「まず、スカベンジャーとはギルド内の職務の一つだ。スカベンジャー、意味するところはごみ漁り、腐肉食い。まあ、こういった魔獣の死体処理班だと思ってもらえればいい」
「ハゲタカなどもスカベンジャーと呼ばれることがありますが、優れた野生の掃除屋ですよね。彼らがいなければ腐肉があちこちに転がり、不衛生になります」
「その通り。しかし世間の印象としては、死体を漁り、腑分けしたものを高く売る金の亡者、などと見られているな」
そうなのか。でも、魔獣の死体を解体して、売り物になるよう整えるのは、そう簡単なことではないと思うけれど。
臓器一つ取ったって、それに付随する血管の処理をどうするかというのは、それを切り分ける人の腕次第。
下手な人が切り分けた臓器からは、大した魔素を採取できない。
地下室にいた時に持ってきてもらう素材の中には、繊細さとは程遠い処理がされた魔獣の死体がいくつかあって、そういうものは魔素が削れ落ちたように駄目になっていたから、何となくわかる。
「直属の上司は副団長になる。人員は俺を含めて五人といったところか」
「多いな」
「そうなの?」
「王都のギルドでは、正規のスカベンジャーは二人だけで、後は外注だったはずだ」
レオンさんの言葉に、スカーさんは頷いた。
「うちのギルドで自前のスカベンジャーを多く擁している理由は、研究のためだな。コントランド山で発生する魔獣の死体は、ていねいに腑分けすれば良い研究材料になる。この腑分け技術というのは、一朝一夕で身に着くものではないからな」
「そうでしょうとも」
うんうんと頷くと、なぜかスカーさんは照れたように頬をかいた。
「といっても、スカベンジャーははぐれ者がなることが多いから、そう胸を張れたもんじゃないんだけどな」
「そうなのか?」
「ああ。俺たちは、あんたみたいな腕っぷしはないし、彩師や魔導具職人のように、一つのことを極めることもできない。研究者になるにもおつむが足りない。けれど、魔獣に対する耐性があって、汚い仕事も平常心でこなせて、責任感がある。そういうやつが長くスカベンジャーをやれる」
「尊敬に値する方々です」
そう相槌を打つと、スカーさんはうろうろと視線をさまよわせた。
実際、魔獣の死体を放置しておくと、悪臭を漂わせたり、病気の源になったり、腐敗する魔素にあてられて死ぬ人も出てくる。
だから、スカベンジャーという仕事は、とても大切なものだと思う。
「そう言ってくれる奴は珍しい。大抵俺たちは、魔獣の死体に触れ続けてる、汚らわしくて臭い奴らと思われてるからな」
「俺が言うのもなんだが、ギルド内ではどうしても、魔獣を派手に倒すハンターや魔法使いの方がもてはやされやすい。スカベンジャーが陰で活躍してくれていることを知っている者は少ないと思う」
「裏方であることは受け入れてるつもりだし、覚悟もしてる。だが、魔獣の死体で金を稼ぐあくどい連中、なんて言われるのはごめん被りたいところだね」
スカーさんは、ぱちんと両手を合わせた。
「さて! 講義はここまで。俺はこれからこの蜘蛛型魔獣を作業場に持ち帰って、処理をする。良ければついて来るか?」
「喜んで!」
「そこの保護者のオニイサンも?」
「あー……。そうだな。こいつのことだ、作業場で興奮して色んなものを壊したりしそうだ」
失礼な。と思うけれど、作業場なんて行ったら興奮する気しかしなかったので、何も言わないでおく。
そうして私たちは、意外な力で蜘蛛型魔獣の死体を肩に担ぎ上げたスカーさんの後ろを、とことことついて行ったのだった。




