21話
ドアの向こうは中庭になっていて、整然としている。
私の膝のあたりまで雪が積もっていたが、雪かきがきちんとされているので、歩くのには困らなかった。
中庭の真ん中には井戸があったが、多分使われていないのだろう。鉄の蓋が置かれてあった。
「からかわれてるって、どうやったら分かるんだろう」
そう呟くと、レオンさんはそうだなあとのんびり答えた。
「逆に聞くが、お前はからかわれてムカッと来たりしないのか」
「……しないかも。というか、怒るってことがあんまりない」
「家族に、雪の中に放り出された時も、怒らなかったのか」
「そうね。悔しいとかは思ったけど、怒りは湧いてこなかった」
レオンさんは私の背中をぽんと叩いた。
「なら、怒れるようになると良いな」
私は曖昧に頷いた。自分のことよりも知りたいことがあった。
「ねえ、そんなことより、スカベンジャーって何なの?」
「それは……。ああ、言うより見た方が早いぞ」
レオンさんは、中庭の奥まったところで、雪の上にしゃがみ込んでいる人影を指さした。
その人はポンチョのようなものを纏い、ぼさぼさの黒髪を肩のあたりまで伸ばしている。
白いゴム手袋の先は真っ赤で、それは獣の臓腑を触っているからなのだった。
「あの! あなたがスカベンジャーさんですか!」
「ああ? そうだが?」
振り返ったその人は分厚い眼鏡をしていて、細い緋色の目をさらに細めて私を見た。
ぼさぼさ頭に無精ひげ、獣の腐臭のにおいを纏ったその人は、私を見てほうと声を漏らした。
「得体のしれない彩師がこの街に来たってのは話に聞いてたが、お前さんか」
その声の美しいこと!
弦楽器にも似た重厚な響きで、けれど語尾が微かに掠れる。幽玄な声は、脳の敏感なところをくすぐられるようで、落ち着かない気分にさせてくる。
スカベンジャーさんが立ちあがると、レオンさん並みに背が高いことが分かった。
ただし、レオンさんより遥かに細い。ひょろひょろで、私がどんとぶつかったら、そのまま後ろに倒れてしまうんじゃないかと思う。
「俺に真っ先に会いに来るたあ、聞きしに勝る変人ぶりだな。副団長が言ってたが、魔導石を門番に飲ませりゃ良いなんてほざいたそうじゃないか」
「はい。今でも有効な手段だと思っていますが、副団長さんが拒絶なさるなら別の方法を考えねばなりません。――そんなことよりですね」
私はスカベンジャーさんが解体していたものに釘づけになった。
それは魔獣だ。ただし、昨日の駝鳥型ではない。というか、四足獣や、翼のあるものではない。
それは大型犬ほどの大きさをした蜘蛛だった。
ひっくり返って、銀色のラインが入った腹を晒している。
「蜘蛛型魔獣! 初めて見ます丸ごとの死体は!」
「まあ大抵は足もがれて胴体かち割られた状態で市場に並ぶからなあ」
スカベンジャーさんは、私を蜘蛛型魔獣の前に手招きすると、今まさに開けている腹の中身を見せてくれた。
「死にたてですか? 色がみずみずしいですね」
「昨日の夜、図書館の魔獣用罠に、死んだ状態で引っかかっていたそうだ。朝一で回収に行ってきたところなんだ。さほど珍しい魔獣じゃないが、俺の見立てが正しければ……」
スカベンジャーさんはぐちゃぐちゃと音をさせながら、魔獣の臓物の奥を探る。
その指先が探り当てたのは、とげとげで膿色をした小さな丸い物体だった。
図鑑で見たことがある、と思った瞬間、声が出ていた。
「あ! それってもしかして、寄生獣ですよね?」
「その通り。蜘蛛型魔獣の体内に寄生する魔獣だ。これは卵だな。孵化するとハチのような見た目になる」
「初めて見ました! どんな魔素がとれるんでしょう」
「大した魔素じゃない。ただこいつが寄生した蜘蛛が作る糸には毒が含まれるようになる。今朝図書館に行ったとき、ところどころで毒の気配を感じたから、おかしいと思ったんだ。図書館内部の清掃をギルドでやってもらわんとな」
スカベンジャーさんはそう言うと、懐からガラスケースを取り出し、その中に卵をていねいにしまった。
それから手袋を脱ぎ捨て、革の袋にしまう。
「さて。お前さん、俺に何の用だ」




