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20話


 五万サルート。分厚い外套と立派なブーツを揃えられる値段だ。

 情報の対価としてはいささか高いような気もしたが、私は素直に財布を取り出し、五万サルートをソフィアさんに差し出した。

 すると、ソフィアさんはなぜか慌てた様子で言った。


「ば、馬鹿じゃないの、そんな大金ほいほい差し出すなんて!」

「だってそれを払えば、教えてくれるんですよね?」


 五万サルートは受け取ってもらえず、私の手は宙に浮いたままだ。

 ソフィアさんに気持ち悪いものを見るような目で見られ、私は困ってしまった。

 言われた通りにしただけなのに、どうしてそんな顔をするんだろうか。


 そう考えて、はっと気づく。


「なるほど、失礼しました。『誠意を見せろ』というやつですね。つまり五万サルートというのは最低金額であって、そこにプラスアルファで何かをつけろ、ということですか」

「はあ?」

「ですが私はもうこれ以上差し出せるお金がありません。レオンさんから余分なお金は持ち歩くなと言われておりますので。ですから、そうですね……。私の髪などはどうでしょう」

「か、髪ィ?」

「一応御守り代わりのメッシュが入っていますから、それなりの値段で売れるのではないかと」


 どのくらい切りますか、と尋ねかけたところで、頭にぽんと手を置かれた。

 振り返るとそこには、焦った顔のレオンさん。口の端にパンの屑がくっついているところを見ると、朝食もそこそこに駆けてきたのだろう。


「あれ、ギルドに来るって言ってましたっけ」

「お前ひとりで行かせたら、厄介ごとに巻き込まれそうだと思ったら、案の定だったな。もういいから。お前、からかわれてるんだよ」

「え」

「金もしまえ。で、スカベンジャーはどこにいる」


 ソフィアさんはしなやかな尻尾の先で、受付の後ろにあるドアのうち、一番左手のものを示した。


「今の時間なら裏手にいるから、ここから会いに行けば」

「そうなんですね。あの、ごめんなさい私、からかわれてるって分からなくて」


 ソフィアさんはふんと鼻を鳴らした。


「ださいやつ。どうせ友達とかいないんでしょ」

「はい。十歳の頃から地下室にいたものですから。不快にさせてすみませんでした」


 私はぺこりと頭を下げる。

 地下室にいた時もそうだった。私の、冗談もからかいも分からず、常に生真面目に答えてしまう癖は、よく監視役を苛立たせていたものだ。

 顔を上げると、ソフィアさんは苦いものを口いっぱいに含んだような顔をしていた。


「……あんた、いくつなの」

「十八です」

「てことは八年もの間、地下室に閉じ込められてたの?」

「はい」


 頷くとソフィアさんが絶句した。

 もう話すことはないと思ったのか、レオンさんが私の手を引いて受付の後ろに入り、ソフィアさんが教えてくれたドアを通ろうとする。

 だが、ソフィアさんがそれを呼び止めた。


「待って。……私、あんたのそういう事情を知らずに、からかうようなことを言った。ごめんね」


 私は何を言われているのか分からず、思わず立ち止まって目を瞬かせる。


「あの……今、ごめんと、仰いましたか」

「言った。謝るべきだと思ったから」


 そんなことは初めてだった。謝罪してもらうなんて。

 今ソフィアさんが私に言ったことは、謝罪すべきことだったのだろうか。

 よく分からないが、ソフィアさんが私に対して悪いと思っていることは伝わってきた。そしてそれは、私を尊重してくれているからなのだ、とも。


「……ありがとうございます。いえ、こう答えるのは不正解ですか?」

「ううん。正解とか不正解とか、もうないから大丈夫だよ」


 ソフィアさんはぎこちなく笑った。


「あのね。あたしも昔奴隷だったの。暗いところに繋がれて、口答えしたらすぐ鞭が飛んでくるような場所だった。……だからね、あんたの気持ち、ちょっとだけ分かる気がするよ」

「そうでしたか」


 こういう時何と言えばいいんだろう。

 私は自分がたった少しの言葉しか持ち合わせていないことに気づいて、歯噛みするしかなかった。

 ソフィアさんが打ち明けてくれた事実を、どう受け止めるべきか分からない。そもそも、今自分がどんな気持ちなのかも判別できていないのに、何を言ったらいいか分かるわけがないだろう。


「ほら、行くぞ」


 レオンさんがドアを開ける。冷たい風が入り込んでくる。

 言いたいことはあるのに、まとまらないもどかしさを感じながら、私はソフィアさんにぺこりと頭を下げた。


 彼女は、艶やかに、けれど少し寂しそうに笑っていた。

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