19話
朝早く起きて身支度をし、まだ眠たそうにパンを頬張るレオンさんを置いて、ギルドに向かった。
ギルドは、宿から歩いて二十分ほどの場所にある。
その前にコントランド街の説明をした方がいいだろう。
コントランド街は、北方にコントランド山を抱えた街で、山の麓の湖近くに、領主の城がそびえたっている。
大きさは王都の半分くらいだろうか。といっても、私は王都を出歩いたことがほとんどないので、あまり意味のない情報だが。
まあ、王都から遠く離れた地方都市のわりには栄えている、ということだ。
ちなみに領主は若い男性らしい。市場の人々の服装や暮らしぶり、市場に並ぶ品々を見る限り、善政を敷いていると評価して差し支えないだろう。
街はディメール王国様式の煉瓦造りの建物が並んでおり、雪と赤土色のコントラストが美しかった。
公園や教会、学校といった施設も充実しており、暮らしやすそうである。
「これほど栄えている街なら、人間も多い。魔獣が寄りつくのも理解できなくはないけど……。あんな大きな門と、たくさんの門番を乗り越えて街中までやって来るなんて、やっぱり異常だわ」
街へ入る大門は南の方にあるのだが、見上げるほど巨大な木造の両開きの門で、なおかつ数十人の兵士が守っていた。
大門の横に通常サイズの鉄門があって、通常はそこから出入りしている。
この大門が開くのは、よほど大軍を通す時くらいで、要するに象徴的な意味合いが大きいのだ。
だからこそ、ここを魔獣が突破したと知った時の市民の驚愕は、計り知れないものがあっただろう。
「ええと、ギルドは確かこっち……。あ、あったあった」
ギルドは街の中心部、市場のすぐ脇にある大きな五階建ての建物だ。
ブラウニー色をした建物で、白い両開きのドアには美しいステンドグラスがあり、横を向いた蜂の姿が表現されていた。
「そう言えば、サフィールさんの袖にも蜂の意匠があったなあ」
コントランド街のギルドの象徴は、蜂らしい。
王都は獅子だったことを考えると、若干見劣りしなくもないが、勤勉の代名詞である蜂が象徴というのは、何だか慎ましくて良い。
その扉を押し開けると、酒場のように広い空間が私を出迎える。
吹き抜けの天井では、真鍮製のファンがゆっくりと回っている。
その下では大きな受付カウンターがあり、ギルドの顔ともいうべき受付人が、ギルドのメンバーを待ち構えているのだ。
時間が早いせいか、まだ誰もおらず、受付人がカウンターの裏で何か作業をしているだけだった。
なお右手には掲示板があり、そこにはギルドを通じて寄せられた依頼が貼り付けられてあることも付け加えておこう。
要人警備や魔素の定着、魔導具修理など、依頼内容は多岐にわたる。
ギルドの依頼ではないため、対価は安いが、こういった依頼をいくつか受ければギルド内での信用も上がる。
「本来なら、私みたいなよそ者は、こういう小さな依頼からこなしてくべきなんでしょうけど……」
私は掲示板を無視して、カウンターの受付人の前に立った。
「あ、あなたは、昨日の」
「……」
昨日私とレオンさんに熱々の紅茶を淹れてくれた、猫の獣人だった。
確かソフィアと呼ばれていた。
ギルドの制服であるローブを纏い、蜂のブローチをつけている。
白い毛並みにブルーの目は、芸術品のような美しさだった。恐らく魔素も、優れて澄んだものが採れるだろう。
じいっと見つめていると、ソフィアさんは機嫌が悪そうに舌打ちした。
「あんたたち彩師は、人をモノみたいに見るから嫌いよ」
「ああ、ごめんなさい。それでですね、今日ここへ来たのは、一つお伺いしたいことがあったからでして」
「なに」
「この街周辺で倒された魔獣の死体は、どこに行くんですか?」
するとソフィアさんは、長い尾を一振りして、私の顔をじっと見つめた。
獣人特有の小さな鼻がひくひくと動き、片眉が面白そうな獲物を見つけた時のように吊り上がる。
「へえ。魔獣の死体に興味があるんだ。趣味わるーい」
「そうですかね? 魔獣の死体なんて、魔素の宝庫だと思うんですけど。高値で取引されることもありますし」
「あんな臭くてきったないモノにお金を払うのは、スカベンジャーくらいのもんでしょ」
「スカベンジャー?」
「知らないんだあ?」
ソフィアさんの声がワントーン高くなる。
「サフィールが連れてきた彩師とハンターだっていうから、どんなものかと思えば! スカベンジャーも知らない田舎者だったなんて、信じらんない」
「……」
「あはっ、黙っちゃってさ。コントランドが王都から離れた場所にあるからって、馬鹿にしてたら痛い目見るよ。コントランド山には、地獄のミニチュア版みたいな穴が開いてて、そこから強い魔獣がうじゃうじゃ沸いて出てくんの。そんな環境だから、ギルドに登録されたメンバーは手練れ揃いだし、サフィールはこの国では十本の指に入るほど強い、つまり!」
ソフィアさんはけたたましく、そして美しく笑った。
「あんたみたいなガリガリに痩せた、ごぼうみたいな女はお呼びじゃないの!」
「はあ……。ではそのスカベンジャーとやらの場所は、教えてもらえないんですね?」
「五万サルート」
「はっ?」
「五万サルート払ったら、教えてあげる」




