2話
くっきりと靴の跡が残っているわけではないが、明らかに人が雪を漕いだ形跡がある。大きさから言って、野生の動物や魔獣ではないだろう。
私は息を荒げながらその痕跡を追った。
冷えと疲れのせいで、足を動かすのがとても苦しく、視界が徐々に悪くなってゆくのを感じる。
それでも、私は足跡をたどって――ついに、見つけた。
「小屋、だ……!」
心臓の鼓動を痛いほど感じる。
自分の幸運を、初めて感謝したい気持ちになった。
無骨な取っ手に手をかけたところで、鍵がかかっていたらどうしようと今更ながらに思ったが、扉はすんなりと開いた。
室内は真っ暗だった。木の香りの奥に、ほんの僅か獣臭さを感じる。
寒さのあまり歯の根が合わず、震える声で私は言う。
「あの、どなたかいらっしゃいませんか……」
返事はない。
暗闇に目が慣れ始めると、そこが殺風景な小屋であり、粗末なベッドやテーブルがあることが分かる。
そして、部屋の奥に暖炉を見つけた。ほとんど燃え尽きた薪がくすぶっていて、そこだけ僅かに橙色に輝いている。
「誰かが暮らしているのね。多分、男性かしら」
椅子の背にかかっている上着や、暖炉の前に無造作に置かれたブーツの大きさからして、女性ではないだろう。
そのことに警戒心を覚えた方が良いんだろうけれど、あいにく死ぬほど寒い。
早く火を熾さないと凍死する。
――ここに私の魔導書があれば。
魔導書とは、魔法を使う際に欠かせない魔法の起動キーだ。
魔導書なしに魔法を使える人は上級魔導士と呼ばれ、国に数人もいない。
もちろん私が、そのような凄腕であるはずもなく。
「どこかに家庭用の魔導書がないかな」
火を熾す魔法や水をくむ魔法は、家事にとても便利なので、その手の魔法を集めた薄い魔導書が、どこの家の台所にもあるものだ。
私はのろのろと室内を探ってみるが、見つけられない。
というかこの部屋、物がなさすぎる。本当に人が住んでいるんだろうか。
そんなことをしているうちに、いよいよ目の前が薄暗くなり始めた。
踏ん張ろうとしても足に力が入らず、手はずっと震えている。
だめだ。
私は床に倒れる。そのまま無意識のうちに体を丸めていた。
こんなところで死にたくない。家族の思惑通り、みじめに命を落としたくない。
――だけど、もう。限界だ。
私は悔し涙を浮かべながら、意識を手放した。
死んだ、つもりだったのだ。
だから目を覚ました時、目の前に芸術品のような目を持った男性がいるだなんて、思いもよらなかったのである――。