12話
背後からいきなり会話に割って入られ、エルナは思わず立ち止まる。
レオンは腰に手をやりながらさっと振り返った。
そこには一人の、背の低い少女が立っている。
黒いローブにすっぽり覆われた体に、編み上げのブーツ。
長い紫色の髪は緩く三つ編みにして、尾のように腰に垂らしている。
そばかすの散った顔はこぢんまりとしていて、黒目がちの目は力強く二人を見つめていた。
「ぬはは。その反応速度はさすがハンター。しかし私は怪しいものではないよ」
少女はローブの袖を持ち上げて見せる。
螺鈿のような輝きを放つ銀色の糸で刺繍されているのは、蜂を模した丸い文様だった。
「それは、ギルドの文様……! しかもあれほど大きく袖に縫い込められているってことは、ギルドの中でもかなり地位の高い人間だ」
「そ。あたしはサフィール・リアドラ。ここコントロンドで、ギルドの副団長をやってるよ」
レオンは驚きに目を見開く。
「ふ、副団長……? あんたみたいな、年端もいかない小娘が?」
「おいおいレオン・スピリタス。擬態は魔法の初歩中の初歩だろ。ガワが可憐な小娘だからといって、中身まで初心とは限らんよ」
フルネームで呼ばれ、レオンは苦い顔になった。
レオンはハンターとしてギルドに加入しているので、名を知られていてもおかしくはないのだが、一方的に名を呼ばれるのは不愉快だった。
「天使の目」のことは、ギルドには知られていないはずだが、どこまで隠しきれるか分からない。
そんなレオンの警戒をよそに、エルナはずいとサフィールに詰め寄る。
「サフィールさん。あなたがギルドの副団長ってことは、ギルド内でかなり大きな権限を持ってるということですよね?」
「ああ、その通り」
「じゃあ、私に仕事をください。そして、私に珍しい素材を研究させてください!」
エルナの目はきらきらと輝いている。
細い体の一体どこにそんな迫力が宿っているのか、思いきり身を乗り出し、サフィールの手を握りしめんばかりだ。
だがレオンは、依然として警戒する姿勢を崩さない。ギルドの副団長ともあろう人間が、急に接触を試みてくるなど、何か裏があるに決まっている。
サフィールはそんなレオンを満足げに見やってから、エルナを見上げた。
「仕事をやる前に、あんたに聞かなきゃいけないことがある」
「何なりと」
「さっきこう言っていたね。『この街の人の困りごとが分かったから。そして、私はそれを解決できる力を持ってる』と」
「はい、言いました」
そんなところから聞き耳を立てられていたのか、とレオンは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
相手が自分と敵対する存在ではなかったとしても、一方的に会話を聞かれるのは嫌なものだ。こちらが相手の存在を全く感知できていなかったときは、特に。
サフィールは尋ねた。
「この街の人間が困っていることとは何かな」
エルナはあっさりと答えた。
「魔獣の攻撃です」
「魔獣の攻撃? そんなの、大体の人間が悩まされてることだろう」
「いえ、この街は特に魔獣への対策が厳重です」
「例えば?」
レオンの問いかけに、エルナは行きかう人々を指さした。
「まず、街行く人ほぼ全員が赤い染料――アカネの根で染めた上着を纏っていること。アカネの根には最も安価な魔獣除けの魔素が含まれていて、綺麗じゃないけど実用性は高い。おしゃれに敏感な若い女性でもこういう上着を着ているということは、よほど魔獣除けを身につけなければならない理由があるということになります」
「確かに、皆同じ色の上着を着ているが、それだけでは……」
「あと、ギルドでリュウゼンの根が私の予想より遥かに高く売れました。リュウゼンの根が持つ、魔獣への『即死』効果が大いに求められているためでしょう」
加えて、とエルナは周囲を見回す。
「まだお昼なのに、窓の鎧戸が降ろされているし、その鎧戸には魔獣除けの塗料が塗られている。色の退色具合からして、塗られたのはここ一か月くらいの間でしょうか。冬の空気にさらされた染料の劣化具合については、あいにくと詳しくないので推量に過ぎませんが」
レオンは周囲を見回す。
確かに、鎧戸は全て同じ色のペンキで塗られているようだった。
「まったく同じ塗料が、この街へ入るときにくぐった大きな門にも塗られているようでした。……一つ言わせて頂くなら、門と鎧戸では別の塗料を使うべきでしたね。別の塗料を使えば違うタイプの魔獣を防ぐことができますから」
「……」
「塗料の配合はアカネの根とキリュウバチの蜜を八対二の割合で混ぜたものでしょうから、蜜を別の素材……例えば、アカグマの糞を用いるとか、そうした方がよかったかもしれません」
流れるように紡がれるエルナの言葉を、レオンはほとんど理解できない。
しかしサフィールは真剣な表情でそれを聞いていた。エルナの言葉が終わるや否や、先ほどよりも早口で告げる。
「アカグマの糞は入手できなかった。連中のほとんどは魔獣に殺されるか、遠くへ避難するかしたようだ」
「なるほど」
頷くエルナとは対照的に、レオンは驚愕の声を上げた。




