10話
エルナ視点から離れ、レオンよりの視点になります。
レオンとエルナの姿は、コントランド山の麓にあるコントランド街にあった。
元々は城塞都市であり、迷路のように入り組んだ道を持つ城の周辺に、オレンジ色の屋根を持つ家々が密集している。
今は冬なので、城には雪化粧が施され、茶褐色の城壁と美しいコントラストをなしている。
昼時だというのに、どの窓もぴったりと閉じられ、塗りたての赤茶けた鎧戸が降ろされているのは、冬の寒さをしのぐためだろうか。
城からそう遠くない市場には、店がいくつも立ち、肉や魚、野菜にチーズ、わずかだが果物も並べてあった。
その市場を行きかうのは、八割がた人間で、あとは獣人とエルフが少しずつ、といったところだろうか。寒冷地のためか、毛の生えた獣人――兎や獅子や猫といった種類が多い。
街を行きかう人々は皆赤い上着をしっかりと着こんでおり、グレーのシンプルなジャケット――防寒のために、取り急ぎ買い求めた――を羽織ったエルナは、とても目立っている。
レオンは改めて横を歩くエルナの姿を眺めた。
背がすらりと高く、長い栗色の髪の右サイドに、赤いメッシュが入っている。
貴族は、子供を悪いものから守るためのおまじないとして、髪や肌に人工的な色を乗せることがあると聞いている。彼女のメッシュもそのような意味合いを持つのかもしれない。
日の光を知らないミルク色の肌、きらきら輝くターコイズブルーの瞳、そして様々な染料で黒く汚れているように見える指先。
労働者にしては身ぎれいすぎるし、令嬢にしては手と目に鷹揚さがない。常に周りを観察し、手先はじっとすることを知らない小動物のように、服の袖などをいじりまわしている。
そのちぐはぐなところと、彼女の容姿が放つ、誰も再現できない孤高の美が、この街中ではひどく浮いて見えた。
レオンは、初めて彼女が自分の家で倒れているのを見た時、どこかの令嬢が魔獣に追われて、この小屋に逃げ込んだのだと思った。
しかし身なりは粗末で、華奢というにはあまりにも痩せこけていた。
令嬢が身に着けているであろう宝飾品もなく、ただ雨に打たれた鳥が暖を求めるように、暖炉の前で意識を失っていたのだ。
――だから、助けなければと思った。
「天使の目」を狙う者たちが、罠として彼女を送り込んだ可能性も、ちらりと頭をよぎったけれど。
凍え切った少女を見捨てられるほど、レオンの心は絶望していない。
もっとも、警戒は怠っていない。
レオンの「天使の目」は、魔素遮断の魔法が施された眼帯で隠されている。
狩人として魔獣を退治し、その報酬を受け取るときも、この眼帯は欠かさず着けていた。
魔法に詳しい者は、その気配だけで「天使の目」があることに気づくが――とりあえずの目くらましとしては、これで十分だった。
エルナが周囲の店を興味深く眺めながら言う。
「にしても、無事宿屋の部屋を押さえることができて良かった。最初は空きがないって言われちゃったけど、レオンが交渉してくれたおかげね。ありがとう」
「礼を言うのは俺の方だ。久しぶりにベッドで眠れそうだ」
そう言うとエルナは安堵したように笑った。
エルナが肌身離さず持っていたリュウゼンの根は、今日の午前中、この街のギルドで高く売ることができた。
ギルドの人間は、エルナがどうやってリュウゼンの根を手に入れ、適切な管理をしていたのか気になっていたようだったが、エルナは「母がお小遣い代わりにくれた。適温に保てば高く売れると聞いている」とだけ言った。
世慣れしていなさそうなエルナがそう言うと、箱入り娘が母の言う通りギルドに売りに来たという印象を受ける。
だから、特に怪しまれず、換金することができた。
エルナの言う通り、リュウゼンの根は高値で売れた。宿を二部屋押さえても、三か月は楽に暮らせる。
「ねえ、本当にお金を山分けしなくていいの? レオンが雪山で助けてくれたおかげで、今こうして生きていられるのに」
「馬鹿言え。これからどれだけ金が重要になってくると思ってるんだ。俺の分の宿代を出してくれるだけで十分だよ。それに、助けてもらったのは俺も同じだ」
兎種の魔獣に襲われた時、窮地を脱することができたのは、エルナの彩師としての才能のおかげだ。
レオン一人でもどうにか切り抜けられる状況ではあったが、それでも、遥かに楽に事を済ませることができた。
だからレオンには、エルナから金を受け取る理由がない。
だがエルナは、宿代を一人分払おうと二人分払おうと同じだと言って聞き入れなかった。
レオンは根負けし、当面の宿代をエルナに支払ってもらうことにした。
二人は、宿屋に行く道すがら、エルナの身の回りのものを買い求めた。さすがに女なので、レオンのように身軽にはいかない。
店の人間は皆親切だったが、レオンが以前来た時よりも品揃えは悪く、閉まっている店も多かった。
櫛だの下着だの、細々したものを無造作に買い求めながら、エルナは呟いた。
「別に、お金なんていくらでも手に入るのに」




