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雪上テント泊

 芋洗いの様な温泉でしたが、身体はポカポカになりました。天気が良く暖かい陽気のゴールデンウィークですが、ここ二股は標高が830mほどあります。案外と寒かった。標高3,000m付近の白馬岳の山頂では、今晩は氷点下8度ほどの予報になっています。今晩の僕の野営地は、猿倉から少し上った場所を想定していました。標高は1,300mくらい。氷点下になるかならないかの気温だと思います。理想は、1,600mくらいまで標高を上げて白馬尻テント小屋まで歩けたら、もっと最高のローケーションが楽しめるはずです。ただ、もうすぐ日が暮れます。真っ暗な中、雪山を登るのは危険でした。ここは計画当初から諦めていたことです。


 スーパーカブに跨り、キックペダルを踏みました。いよいよ、二股を越えます。ゲート横の土手は楽に超えることが出来ました。川に沿って舗装された道路が、上へ上へと曲がりくねりながら伸びていきます。アクセルは開けずに、ゆっくりと走りました。素晴らしい景色です。道路は除雪されていますが、辺りには雪が残っていました。その雪が中途半端に解けて、黒い地表が見えています。その黒い地表が切れ込んだところが、小さな滝になっていました。雪解けの水がとめどなく流れ落ちて、水しぶきをあげています。そんな様子にちょっと感動。白馬は、今が春なんだ~。


 ゆっくりとした運転でしたが、猿倉に直ぐに到着しました。赤い屋根の猿倉荘があります。まだ営業は始まっていません。山荘の下の駐車場にスーパーカブを停めて、登山の用意を始めました。折りたたんでいるストックを二本とも伸ばします。登山靴にチェーンスパイクを装着して、足首にゲイターを巻きました。防寒用にダウンジャケットを着こんで、必要な荷物を詰め込んだナップザックを背負います。最後に、相棒のスーパーカブにバイクカバーを掛けました。何もないとは思いますが、悪戯防止のカバーになります。猿倉の登山口からは除雪がされていないので、雪が分厚く積もっていました。ザックを背負いながら、足を踏み入れます。


 シャコ。


 雪を踏みしめると音がします。更に歩みを進めました。


 シャコ、シャコ、シャコ。


 雪山にやってきた実感が、胸の中に込み上げてきました。雪の上は、多くの方に踏みしめられたトレースがあります。道に迷うことはなさそうです。両手のストックを交互に突きながら、雪の斜面を登っていきました。標高が高いこの辺りは、白樺の木が生えています。その白樺に囲まれた平坦な場所を見つけました。本当は欲張ってもっと登りたいのですが、時間が時間なので今夜の野営地はここに決定です。ナップザックを降ろし、中からテントを取り出しました。まだ明るいうちに、テントの設置を始めます。


 雪山でテントを設置する場合、通常とは違う手順がありました。まずは整地。玩具のプラスチックシャベルを僕は持ってきていました。シャベルの先は尖っていなくて、平坦になったものです。本来はアルミで出来た専用のものがあるのですが、その代用品になります。硬く締まった雪に、このプラスチックで対応できるのか心配でしたが、何とかなりました。雪洞を作ったり、雪のブロックを切り出してイグルーを作るには役不足ですが、テント設置の補助ぐらいなら十分です。


 組み立てたドーム型テントは、ペグで固定する必要がありました。山の上は何かと風が強い。ペグで固定しないとテントが飛ばされてしまいます。ただ、通常のペグでは抜けてしまい役にたちません。僕は、割りばしで代用しました。割りばし二本を麻ひもで固定したものを、十字にして雪の中に埋めます。足で踏みつけて雪を固めました。これでペグが抜けることはありません。張り縄のテンションを上げて、テントを固定しました。


 テントの設置が出来たら、今度はテントの入り口の前を深く掘ります。深さは30㎝くらい。登山靴を履いたまま足を降ろして余裕があるくらいのスペースを用意します。こうすることで、椅子に座ったような感じで腰を下ろすことが出来ました。また、調理もこの穴の中で行うことで、風の影響を最小限に抑えることが出来ます。先人の知恵ですが、これはとても便利。テントの設置が終わったころには、辺りは真っ暗になりました。ランタンを灯して、頭にヘッドライトを装着します。


 テントの中にキャンピングマットを広げて、寝袋を広げて、その他の荷物も入れ込みました。待ちに待った食事の時間です。今日のメニューは、鶏モモ肉の粕汁。酒粕と味噌を混ぜたものにモモ肉を漬け込んでジップロックに詰めて持ってきました。野菜関係も同じようにカットは済ませてジップロック。後は、カセットコンロでお湯を沸かせば、材料を投入するだけで、粕汁の出来上がりです。雪中キャンプは、なんせ寒いので鍋が最高。体が温まります。料理のお供は、ビールと日本酒。荷物が増えたとしても、アルコールは外せません。これから宴の始まりです。


 ガスコンロの、ガスカートリッジは氷点下でも使えるものを用意しました。通常品だとガスの内圧が弱くなり使えません。ガスコンロは、34年も使い込んでいる骨董品です。風防が付いていてとても頑丈。まだまだ現役です。深く掘った雪の穴にコンロ台となるシートを設置して、その上にガスコンロを置きました。さて、ライター、ライター……。


 ――!?


 あれ、見当たらない。いつもはガスコンロと一緒にしているのに、何故か無い。入れ忘れたのかな? いやそんなことはないはず。もしかすると、ナップザックの中に落ち込んでいるのかもしれません。中の荷物を取り出して、あちこち探しましたがやっぱり見当たりません。


 ――マジかっ!?


 こんなこと初めてです。ライターを忘れるなんて。食事なしの状態で、明日の登山は決行出来ません。何とか対策を講じる必要があります。この後の行動を冷静に考えました。猿倉まで降りれば、スーパーカブに残りの荷物があります。サイドバッグには七輪を含めて、野宿用の荷物を積んでいました。もしかすると予備のライターがあったかもしれません。もしなければ、スーパーカブに乗って下山して、白馬村でライターを購入するしかありません。どっと疲れが押し寄せてきましたが、腰を上げるしかありません。


 一旦は荷物をテントの中に戻して、登山靴にチェーンスパイクを装着しました。ストックを持って立ち上がります。頭にあるヘッドライトで、足元を照らしました。真っ暗ですが、トレースを確認することは出来ます。このような事態の時が一番危ない。足を滑らさないように歩かなければいけません。テントを後にして、歩き出します。真っ暗でした。心の中は少し焦っています。空を見上げると、星が瞬いているのが確認できました。深い深い闇の中、雪を踏みしめる足音だけが繰り返し聞こえてきます。


 シャコ、シャコ、シャコ。


 距離的には、猿倉まで1km程だったと思います。そんなに遠くない。そんなに遠くはないはずなのですが、目の前から道が切れました。このまま進んでしまうと下に落ちてしまいます。


 ――あれ?


 どうやら道を間違えたようです。不安感が増しました。ヘッドライトで辺りを照らします。それらしき道が見当たりません。このような場合は、元来た道を戻る方が良さそうです。降りてきた雪の斜面を再び登るのはかなり億劫ですが、仕方ありません。足を滑らさないように、一歩一歩確実に登りました。登りきったところで、足を止めます。ヘッドライトで辺りを照らすと、雪の斜面をトラバースしている足跡を見つけました。ホッと、一安心。用心しながら雪の斜面を横切っていきます。


 猿倉の登山口に到着しました。相棒のスーパーカブに駆け寄ります。バイクカバーを捲って、リアのサイドバックの中を探りました。ライターは見つかりません。過去に予備のライターを購入した記憶はあるのですが、今回は使用していない別のナップザックの中に忍ばせていたのかもしれません。その代わり、100均で購入した、マグネシウムの着火剤を見つけました。


 ――おお!


 面白がって購入はしたものの、ライターの便利さもあって、全く使っていませんでした。これなら火をつけることが出来そうです。早速、テントまで戻ることにしました。


 用心しながら再度雪山を登り、テントまで帰ってくることが出来ました。やれやれです。思ったよりも体力を消耗しました。肩で息をしています。雪の穴の中に足を突っ込んで、座り込みました。早速、ビールを飲みたいところですが、まだ火は付けていません。ここは我慢して、先に作業に取り掛かります。


 マグネシウムの着火剤の本来の使い方は、マグネシウムを削ってそこに火花を散らします。でも、今回はガスに着火するだけなので、そんな手間はいりません。ガスコンロのノブを回して、ガスを噴出しました。火口の傍で、拾ってきた石にマグネシウムをこすり合わせます。火花が散りました。


 ――ボウゥ!


 着火完了。ほんと、やれやれです。水を入れたコッヘルをガスコンロに載せて、湯が沸くのを待ちました。待っている間、ビールを飲みます。寒い夜に、冷え切ったビールが身に沁みました。


 ――う~、寒む。


 見上げると、相変わらず星が瞬いていました。

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