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 イアンの投獄や諸々の処置で数日執務が滞ったものの、表向きの執務への余波という話に限れば、執務の滞りは本当に『数日』で済んだ。


 恐らくアレクセイ達は、イアンを更迭した後の執務への余波まで計算し、必要な措置を講じてから事に及んだのだろう。いまだにイアンが抜けた穴こそ埋められていないが、三人に減った執務専門侍従と侍従長のタイラーによって、執務は事件前と変わることなく、驚くくらいにスムーズに捌かれている。


 とはいえ、単純に一人頭数が減っているわけだから、一人一人の負担が増えていることに変わりはないわけで。


 ──アレクセイもタイラーも、顔に(にじ)む疲労が隠しきれてねぇもんな。


 こんなことで立太子式に関連して起きるであろう諸々の荒波を乗り越えることができるのだろうか。……いや、俺の場合は、それまでにアレクセイを暗殺しなければならないわけなんだが。


「……」


 そのことを思った瞬間、一瞬だけ止まってしまった手を、俺は不自然な隙になる前に何とか動かした。


 ──俺は、この案件から降りるべきだ。


 初回の襲撃を失敗した時点で、降りるべきだった。今の俺には、アレクセイを()れる気がしない。


 (ほだ)されたとか、そういう意味ではなく。断じて、なく。


 ──俺とアレクセイの間には、暗殺者とターゲットという以上の因縁が強すぎる。


 恐らく、アレクセイはすでに俺が『暗殺者デス・ザ・スターキッド』であることに気付いている。気付いた上で、俺に好意を抱き、堕とそうとしている。さらに俺には思い出せないものの、まだ教会孤児院で暮らしていた頃の俺と出会ったことがあるらしい。


 アレクセイはきっと、俺に隙を見せはしない。対する俺は、アレクセイの揺さぶりに平常心を欠いている。


 今の俺は、ただのマトとしてアレクセイを見れていない。好き、嫌いという次元の話ではなく……あいつのことが、得体が知れなくて、恐ろしい何かに思えて仕方がない。


 こんな状況では、暗殺者として冷静な判断を降せるはずがない。幸い、アレクセイの立太子式までにはまだ2ヶ月程度の猶予がある。急病とでも偽って俺が王宮を退き、適任の暗殺者を俺の代理として推挙すれば、何とか作戦は続行できるはずだ。


 ──早く。一刻も早く、逃げないと……


 きっと、手遅れになる。


 俺は視線を伏せて作業を続けながら、内心で黙々と撤退のプランを立て始めた。そんな俺の内心を見透かしているかのように、時折アレクセイの視線が俺に飛んできているような気がする。


 俺は表情をアレクセイに見られないように、うまく首の動きだけで偽りの焦げ茶の髪をサラリと前へ流す。


「静粛に」


 その瞬間、しばらく前から席を外していたはずであるタイラーの声が部屋に響いた。顔を上げれば、執務室の扉が開いてタイラーが部屋に踏み込んでくる。


 その後ろに続いた人影が、執務室の敷居を越えた瞬間。


 俺は思わず、目を丸くしてその人影を凝視していた。


「今日からここに、新たな補佐官が入る。皆、面倒を見る……」

「ルーシー!?」


 その人影も人影で、俺の姿に目を丸くしていた。


 だが俺にはそのわざとらしい表情が、全て演技であると分かっている。


「あははっ! やっぱりルーシーだっ!」

「あ、おい!」


 天真爛漫な態度のまま、『新人』はタイラーの制止を振り切って部屋に駆け込んだ。それを見ていた俺は、手の中にあった書類を慌てて作業台に戻す。


 正直、『戻す』というよりも『投げ出す』の方が正しいんじゃないかという勢いで書類が俺の手から離れた瞬間。


『新人』は大きく腕を広げると、勢いそのままに俺に抱きついてきた。


「こんなところで会えるなんて!」


 突然の展開に、部屋の空気が凍り付く。


 俺は思わず、抱きついてきた男を引っ剥がすことも忘れて、アレクセイに視線を向けていた。


 そして俺は次の瞬間、そんなことをしてしまった自分自身を呪う。


 ──おい! 『正統派イケメン王子』の肩書きを持つ人間が見せていい顔じゃねぇぞっ!!


「……ルーシー?」


 魔王も泣いて逃げ出しそうな真っ黒なオーラを纏ったアレクセイが、ニコリと綺麗に俺に笑いかける。


「説明、してくれるよね?」


 そんなアレクセイとさらに温度を下げた執務室の空気に、俺は少しだけ涙目になったことを自覚していた。


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