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 ……初撃で頸動脈に軽く一発。悪かねぇな。


 アレクセイの行動ルートの情報をくれたのは師匠だった。そのルートと配備予定の人間の数が分かれば、アレクセイの意図も、それを突破しようと考えるロズが何をしてくるかも大体読むことができる。


「先に行け」


 俺はロズを牽制しながらアレクセイに声を放った。


「ここは俺が引き受ける」


 俺の言葉にハッとアレクセイは我に返ったようだった。だがアレクセイはまだ何か言いたそうにその場に留まっている。


「タイラーなら、どこぞのお偉方にイチャモンつけられて呼び出されただけだ。お前が出向けば秒で解決する。ついでに式典を前倒しで始めるんだ。もうそこまで無茶というほど早い時間でもない」

「ルーシーは……っ」

「後で追いつく。信じていい子で式典を進めてな」


 あ、そうだ。これくらいは言っといてやるべきか。


「似合ってるぜ、その衣装」


 本日のアレクセイは、式典用に(あつら)えられた正装に身を包んでいた。白を基調にした華やかな装いはアレクセイの優雅さを引き立てていて、本当にアレクセイの周りにだけ他所(よそ)の三倍くらい光が降り注いでいるかのように煌めいて見える。


「血しぶきが飛ばなくて良かった」


 祝いの日だ。ついでに笑みも上乗せしといてやると、アレクセイは状況を忘れてしまったかのように頬を上気させた。パクパクと言葉もなく開閉する唇は、声が出たならどんな言葉を発していたのだろうか。


 まぁひとまず、いつものテンションが戻ってきたってことでいいか?


「もうっ! もうっ!!」


 そんなことを思っていたら、かなり頑張っていたくせに結局意味をなさない言葉しか口にできなかったアレクセイは、悔しげに床を踏み鳴らした。


 うぉう……通常のテンションとは言いづらいが、さっきの腑抜けた感じよりかはまだ走り出せそうなノリになったじゃねぇの。


「いいっ!? ルーシー! 大教会で集合なんだからねっ!」

「はいはい、さっさと行けって」

「ルーシーのバカっ!! 罪作りっ!! 初恋泥棒っ!! 昔も今もカッコ良すぎっ!!」


 俺を全力で罵倒したアレクセイは、その勢いのまま扉に向かって駆け出した。逃げるアレクセイを阻もうとロズが動くが、それを予測していた俺は素早くロズにナイフを打ち込み、ロズの動きを封じる。


 バタンッ! と扉が荒々しく閉じられるまで、結局ロズは何もできなかった。アレクセイを無傷のまま放り出すことになったロズは、憎々しげに俺のことを睨みつける。


「何で、生きてやがる……っ!!」

「お前も甘いよな。『マトの絶命は必ず確認しろ』って、師匠も昔、口酸っぱくして言ってただろ」


 そう、迂闊(うかつ)にもロズは、あの場で俺の死を確認していかなかった。


 師匠によると、雨の中に俺を放りだしたロズは、とどめを刺さずにそのまま俺を放置して引き返していったらしい。


 あまり空白の時間を作りたくなかったのだろうということは分かるが、暗殺者としてはあまりに迂闊だったとしか言いようがない。少なくとも俺がきちんと息絶える現場を確認しておけば、こんなことにはならなかったはずだ。


「あの状況で、どうやっ……!」


『それでもあの状況から生還することなんてできるはずがない』と、ロズは言いたかったのだろう。


 だがロズの言葉は不意に途切れた。ロズの手の中からナイフが滑り落ち、ガクリとロズの膝が折れる。


「えっ……あ……?」


 ロズは『訳が分からない』といった顔で自身の手を見つめていた。その手は本人が自覚していない間に大きく震えている。


 手だけではなく全身がガクガクと震えていることに、俺はしばらく前から気付いていた。アレクセイが駆け出していった時も、その実俺が牽制なんて入れなくても、ロズにはすでにアレクセイを追えるだけの余力は残っていなかったはずだ。


「ま、まさか……」


 頸動脈部分に一撃入ったとはいえ、傷は浅い。この短時間で出血死を引き起こすほど、ロズはまだ血を流してはいない。


 ならばなぜこうなっているのか、ロズはようやく理解できたらしい。


「悪いな。技量だけで言えば、お前の方が上だから」


 俺はナイフの柄の部分をロズに見せた。


 そこに入れられている紋章は、星と遊ぶ獅子。獅子はルーベンス王国王家の紋章で、獅子を己の紋章に許される者は、この国では一握りの王族に限られている。


 このナイフは、護衛専門侍従としての俺に、アレクセイから下賜された物だ。


「一服、盛らせてもらった」


 勝負は初撃でついていた。


 俺が今回、このナイフに仕込んだのは『ラクリモーサ』と呼ばれている神経毒だ。傷口から血中に入り込んだら最後、死に至るまでものの数分もかからない。解毒薬があるにはあるが、死に至るまでの時間が短すぎて解毒薬の存在価値がないとまで言われている代物だ。


 俺はデス・ザ・スターキッドとして扱うナイフを袖口に仕込む。さすがにそんな危ない毒を塗布したナイフを袖口に仕込む度胸はなかった。


 だから腰の後ろに装着できるよう、ホルスター付きで下賜されたこのナイフに『ラクリモーサ』を仕込んできた。俺が護衛専門侍従としてのナイフをこの場で握っていたのは、忠誠とかそういう美しいもののためではなく、実用性を追求した結果に過ぎない。


 ──が、アレクセイ自身はそうは思ってないかもな……


 まぁまず、俺の手の中にあったナイフの紋章に気付いたかどうかが問題なんだが。……いや、あの執着系王子なら、案外気付いたかもしれない。


「ふっ……ふふっ……」


 己の負けを覚ったのだろう。ドサリと床に倒れ込んだロズが、不意に笑い声を上げた。


「『十二年前から俺の獲物』ねぇ……そりゃあ、お前の獲物だわ」


 弱っていても、気は抜けない。俺は油断なくナイフを構えたまま、ロズの最期の言葉に耳を澄ます。


「あー……お前って、マジ、カッコい……」


 そのままコトリと、ロズの頭が落ちた。


 再び静寂が満ちた部屋の中で、俺は無言のままロズの様子を確認する。


 やがてロズの傷口からの出血が止まった。それからようやく俺はロズに歩み寄り、呼吸と心拍が止まったことを確認する。


 ロズの死に顔は、思っていた以上に穏やかだった。暗殺なんてものを(なり)(わい)にしていた人間が、こんなに穏やかな顔で死ねるなんて、珍しいことなのかもしれない。


「……おやすみ、ロズ」


 俺は静かに声をかけると、そのまま部屋を後にした。後処理は師匠と、師匠の協力者達がやってくれることになっている。


 俺は、俺の任務を、片付けに行かなきゃな。


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