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ライネルは荒い息を吐き、冷静さを取り戻そうと必死だった。目の前の炎牙獣が唸り声をあげ、獲物に狙いを定める。
「……風よ、我が縄を断ち切れ」
かすれた声で呪文を唱え、魔力を込める。普段の戦いの場なら一瞬で成功するはずの術が、先ほど盗賊達によって植え付けられた恐怖と動揺からか、思うように制御できない。
「《ウィンド・カッター》!」
ビュッと鋭い風が縛めに沿って走る。しかし、力加減が狂い、ロープだけでなくライネルの白い手足をも切り裂いた。
「くっ……!」
手足に鋭い痛みが走り、切り口から血がにじむ。だが、構ってはいられなかった。炎牙獣が地を蹴り、炎を纏った牙を突き立てようと突進してきた。
「っ!」
ライネルは後ろへと転がるように避け、地面に散らばる外された装飾具に手を伸ばす。手が触れたのは、黄色いオーブのついた装飾具だった。
「これで……!」
オーブを前にかざし、魔力を注ぐ。
「《ライト・ブラスト》!」
オーブが応じるように光を吸い込み、瞬間——真昼の太陽のようなまばゆい光が洞窟内を満たした。
「グォオオオッ!!」
炎牙獣が光に目をくらませ、頭を振る。盗賊たちも悲鳴をあげて後退した。
「くっ……!」
ライネルはすぐ近くにあった自身の魔法剣と残りの魔道具を拾えるだけ拾い上げ、血の滲む手でしっかりと握りしめた。そして、洞窟の出口に向かって全力で駆け出す。
背後で、炎牙獣の咆哮が響き渡る。熱気が背中を撫でた瞬間、ライネルは洞窟の外の冷たい夜風に飛び込んだ。
「今の光……?」
休みもせず森の中でライネルの探索を続けていたガルツは、遠くの岩場から放たれたまばゆい閃光に足を止めた。
「ライネル……!」
反射的に光が放たれた方角へと駆け出す。心臓が早鐘を打ち、嫌な予感が背筋を這い上がる。
「待ってろよ、ライネル……!」