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第6話 side クレア

 自分でも、何故かはわからない。でも気づいた時には首を縦に振っていた。




 初めて見た時は、ただの子供だとしか思わなかった。8歳の誕生日が間近に迫った私が言うのもなんだが、ちっちゃくて可愛いなとすら思った。




 しかし、領主様のご子息と紹介されたその子は普通ではなかった。


 私の説明を熱心に聞いているな、と思えば普通なら気付かないような点をいくつも指摘され、まるで大人と話しているかのような感覚になった。


 そして極め付けは、最後の質問だ。





「あなたに夢はないのですか?」




 質問の意味はすぐにわかった。


 何かが胸の中に深く突き刺さった事を感じた。


 こういう時、何も知らないくせに、っと怒るのが正解なのか、何も言えずに黙っているのが正解なのか。




 でも、私は自然と真実を口にした。私だってできることなら優しいお父さんとお母さんに囲まれて暖かい食事を取りたいなと思った事一度や二度ではない。


 孤児院に入った以上、外に出る事はほとんど許されず私たちの未来は既に決まったようなものだった。


 そして優秀な人から本国であるトリアス教国へと送られる。本当かどうかはわからないが、本国に行けた者には最大限の幸福が待っていると教えられた。




 これは後からわかった事だが、そんなものはもちろんなかった。本国に行った先で待っているのは、神に仕える奴隷としての生活だ。


 神の意志、すなわち教国の意志という彼らの考え方は、乱暴者の考え方と何ら変わりはなかった。


 もちろん、善良な心を持った信者もいた。しかしそれは、少数であった。





 自分やこの孤児院の事情を赤裸々に話すと、レオルド様は少し考えた後、こんな提案をして下さった。




「一つ提案があるんだけどさ、ウチに来ない?」




 そんな提案を聞いた時、私は内心すごく驚いた。これは唯一の、この宗教から逃げるチャンスだと思ったからだ。


 孤児院を抜け出す方法は、子供が欲しい夫婦に引き取ってもらうという方法もあるが、その里親となる夫婦はたいてい熱心な信者である事が多い。


 そうすると結局、孤児院からは抜け出せても宗教からは抜け出せない。




 孤児院の中にいた頃は当たり前だと思っていた生活は、外からみるとすごく歪で、狭い世界であったと言う事がよくわかる。


 結局私は、籠の中の鳥であったのかもしれない。




 でもそんな私にも、千差一遇のチャンスが舞い降りた。目の前の男の子、領主様の息子が私を雇ってくれるとおっしゃったのだ。


 そして悩んだ末、私はそのチャンスの手を掴む事に決めた。




「わかった、これからよろしく。」




 というシンプルで暖かいこの言葉にどれほど救われたことか・・・・・・


 差し出させた右手は、とても温かかった。


 3歳も年下の子供に救われた事は、当時こそ少し恥ずかしいという気持ちもあったが、今になっては自慢話になっている。





 そこからの流れはあっという間であった。


 私を引き取る事に難色を示すと思ったが、執事で私の上司となったリヒトさんの、一歩も譲らない交渉によって、呆気なく私の引き取りが決まった。




 特に手続きをする事もなく、孤児院のみんなに軽くお別れを言って、私は孤児院を飛び出した。


 もはや、解放されたと言っても過言では無いだろう。


 しかし、驚きの連鎖は止まらない。解放された事を喜び、頭がルンルンになっていた私に、レオルド様はいきなりとんでもない事を伝えた。




「じゃあまずは、お母様に報告に行くか。」




「えっ!」




 私は、彼の言葉に衝撃を覚えた。


 いきなり、ここハーンブルク領で最も権力を持っているといっても過言ではないお方と会うのだ。


 緊張してしまう。




「そんなに驚く事?」




「当たり前じゃ無いですか、天下のハーンブルク伯爵家の女傑と呼ばれた『エリナ=フォン=ハーンブルク』様ですよ!」




「有名なの?」




 なんと驚く事に、レオルド様は自分の母親の凄さを知らないらしい。


 そもそも、女性なのにも関わらず、領地を経営しているという時点で驚くべきことだ。

 エリナ様に憧れている少女は少なくない。私ももちろんその1人だった。




 領主の屋敷に着くと、訳の分からない内に着替えさせられ、私は執務室に案内された。


 できるだけ身だしなみを整え、内容は教えてもらっていないがレオルド様からエリナ様に渡してと言われた紙を持って中に入る。




「こんにちは、あなたがクレアさんね。話は聞いているわ。」




 中に入ると、待っていたのはリヒトさんとエリナ様だけであった。ガチガチに緊張したまま、頭を下げる。




「初めまして、クレアです。」




「とりあえずそこに座ってちょうだい。」




 失礼します、と言って私は向かい合って席に座った。その時、孤児院で敬語覚えておいてよかった〜と強く思った。


 エリナ様は、噂通りとても美しく凛々しいお方であった。まだほとんど会話をしていないにも関わらず、その凄さを肌で感じとった。




「今日クレアさんを呼んだのは、単純にレオルドがどんな子を選んだのかという話でもありますが、あなたがレオルドの付き人としてふさわしいかをチェックしたいと思ったからです。」




「はい。」




「レオルドからは何か聞いていますか?」




「はい、エリナ様に会ったらまずはこれを渡せとおっしゃっていました。」




 そう言いながら、私は手に持っていた紙の束をエリナ様に渡した。これは、レオルド様が、この家に着いてから10分ほどで書いたものだ。内容は知らないが、おそらく孤児院をどうしようと考えているかだと思う。




「ちょっと読ませてもらうわ。」




 そして、エリナ様は鋭い目つきになると、紙面に目を通し始めた。


 何が書かれているか知らないので、ただずっとその様子を見守る。


 途中でリヒトさんにお菓子を持って来させ、それを食べながら待っていると、エリナ様は10分ほどかけて読み終えた。




「これは、間違いなくレオルドが作ったものですか?」




「はい、間違いないです。それは先程、この家に帰ってくるとすぐにレオルド様が書いたものです。」


「間違いありません奥様。このリヒトも、しっかりとその様子を見届けました。」




 私に続き、リヒトさんも相打ちをうつ。


 すると、エリナ様は目頭を押さえながら、こんな事を呟いた。




「私は、自分の息子の能力を過小評価し過ぎたかもしれないわ。」




 この時は、どういう意味かはわからなかった。しかし、今であればその発言は正しいと言える。


 エリナ様としても、どれぐらいできるかを試してみようと思った今回の試練で、想像の数倍上の活躍を見せたレオルド様には驚きしかなかったそうだ。




 そして、その宣言は、すぐに形となって現れた。




「あなた方、トリアス教には、ここからの即時移転命令が出ました。」




 私が孤児院から解放されてから数ヶ月後、教会はハーンブルク領から消え去った。

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