【短編】転生バレて人生オワタ\(^o^)/な聖女こと私
誤字脱字報告ありがとうございます。
たいへん助かっております。
「お前、転生してるだろ」
「――え……?」
神聖セブリア帝国の大聖堂。
会議を終えたあと、私はルドルフ大司祭に呼び止められたのだった。
「……聞こえなかったのか?」
そう、眼の前にいるこの嫌~な感じの男がルドルフである。
そして、私は――
「わ、私を誰だと思ってるんですか……?」
「聖女マリー様」
めっちゃぶっきらぼうに言うじゃん。
「一応……偉い身分なんですよ?」
「ああ、この国で一番偉いな」
「普通に無礼ですよね!?」
言葉遣いも荒いよね!?
「間違ってたら謝るし、打ち首でもなんでもしてくれ。なんなら、国民の前で盛大にやってくれてもいいぞ」
そう言いながら、ルドルフはこちらに近づいてきた。
ツカツカと。
めっちゃ近づいてくるじゃん……。
そして、気づかぬ間に――
私は、壁際に追い詰められていた。
「で――答えは?」
言えない――
言えるわけがない――
だって、転生してるんだから――!!
私だって分からない。
なんでこんな事になっているのか。
でも、分かってる。
『転生しています』なんて言ったら、ヤバイってことは――!!
私だってバカじゃないもん。
他人の身を偽って生きてたらどうなるか――
そりゃもう……マリー・アントワネット的な死が待ってるなんて、簡単に想像できる。
――てか、マリーって……今は不吉すぎる……
「もし――お前が聖女マリー様でないなら、当然極刑……死刑……打ち首だ」
ほらね!!
絶対言わない!!
「だが――俺はそれを揉み消す力がある。大司祭という身分は聖女様の次に偉いからな」
ルドルフはズイっと顔を近づけてきた。
「正直に話せば――無罪放免、生きていけるぞ?」
「はい!! 話します!!」
即答である。
誰だって死にたくないからね!!
「よし、話せ」
「はい!!」
私は元気よく話し始めた。
何故自分がここにいるのか――
何故転生したのか――
私の名前は松川まりあ。
なんともまぁ、聖女チックな名前である。
転生したのは一週間前。
転生する前はニート歴ウン十年の女。
外に出るのは日に一回。
コンビニに食事を買いに行く時だけ。
趣味はSNSでちょっとしたエロ垢を運用して承認欲求を満たすこと。
満たす――というよりも、弄んでいた。
身体には自信があったからね――少し。
そこそこ人気だった。
ちょろい――と思ってた。
だけど――それが災いした。
弄んだ相手は――怒り心頭だった。
それと、SNSを舐めていた。
住所がバレて、日に一回の外出中を狙われ――
お腹をズブリ。
あっけなく死を迎えた。
そして――目覚めたら聖女様だった。
それからは楽しかった。
美味しいご飯。
みんなが敬ってくれる環境。
そして、容姿のいい身体。
最高だった。
でも――そんな楽しい日々も終わった。
今まさにね。
これが、私が転生する前の話と、してからの話。
終わり。
ルドルフはニコニコとした顔で、それを聞いていた。
「なるほどね」
理解してくれたようだ。
意外と物わかりいいね。
「それじゃぁ……無罪放免ってことで……」
これでお役目御免、ですよね?
「いや、ダメだ」
「え?」
「お前は許さない」
「はい?」
「打ち首だ、さよなら」
はぁ!?
「は、話が違いますよね!?」
「そうだったか?」
ルドルフは漫画のようなすっとぼけ方をした。
こいつ……!!
「う、訴えて……」
「はは、どこにだ? お前の話を誰が信じると思う?」
「貴方は信じてるんでしょ!?」
「ああ」
「じゃぁ、他の誰かも……」
「それは無いね」
「……どうして?」
「俺以外、聖女様に別の誰かが宿ってるなんて気づいてないからだ」
「じゃぁ、貴方はどうして転生してるって見破れたの……?」
「食事」
「しょくじ?」
「行動」
「こうどう……」
「それと、趣味趣向」
「しゅみしゅこう……って」
え、まさか――
「……それが変わったから――とか言うの?」
「察しが良いな、その通りだよ」
思わず吹いてしまった。
冗談だと思った。
だが、ルドルフの目は真剣そのものだった。
そして、懐から紙を取り出し、見せつけた。
「これを読め」
え、なに?
私はその紙を受け取り、開いた。
何かが書かれたメモのようだ。
◇ ◇ ◇
×月××日
聖女マリー様は××時に目を覚ました。
ベッドから起き上がり、髪を一回、二回と手ぐしした。
近くに置かれていたガラスの鈴を鳴らし、シスターを呼んだ。
眠そうに一回あくびをした。
シスターが現れると、マリー様の寝巻きを脱がしていく。
白いワンピースの寝巻きを。
あらわになる下着。
色は白。
シスターが、布を濡らし、マリー様の新雪のような肌を優しく拭いていく。
眠そうに一回あくびをした。
拭くのが終わると、シスターが下着を渡す。
色は白。
そして、いつもの祭服に着替え、シスターと共に部屋を出て行った。
変わりのない朝だ。
◇ ◇ ◇
「ロリコン!?」
「ん?」
「覗き日記じゃねーか!!」
「違う」
「なんでここまでやっといて否定できんのこの男!?」
「読むべきなのはそこじゃない、ここだ」
ルドルフが指さした場所は丁度一週間前の日付だった。
◇ ◇ ◇
×月××日
聖女マリー様は目を覚まさない。
信じられないほど寝相が悪い。
起きた。
乱暴に頭を掻きむしっている。
変だ。
辺りを見渡しながらドアに手をかけた。
廊下を覗いている。
明らかに変だ。
こんなの。
マリー様じゃない。
◇ ◇ ◇
「そういうこと」
「どういうこと!?」
「理解できないのか?」
「できるか!! 変態!! ロリコン!! 犯罪者!!」
と、鈍い音がした。
ルドルフが壁を殴ったのだ。
「犯罪者は――お前だろ?」
ルドルフの目が、こちらを鋭く睨んでいた。
こういうのを殺意というのかもしれない。
「俺はマリー様が生まれてからずっとお世話を任されているんだ。礼儀も、マナーも、教育も、全部俺が教えてきた。その俺がマリー様の変化に気づかないわけないだろ、分かるか偽物」
「はい……」
はいではないけど。
「マリー様はこの国の宝であり、歴史に名を残す聖女だ。そんな偉人を偽り、入れ替わったお前が、無罪放免で逃げれると思っているのか?」
「そ、そんな……」
「打ち首だ。あの世で後悔しろ」
ルドルフは懐から何かを取り出した。
それは、呼び鈴。
直感した。
人を呼び、捕縛される。
そして――打ち首。
そんなの……嫌だ!!
「お願いします!! 助けてください!!」
私は跪き、ルドルフの足に縋り付いた。
「ダメだ」
「なんでも……なんだってしますから!!」
「……」
「お願いします!! 死にたくないんです!!」
「分かった」
「え」
「助けてやるよ」
「ほ、本当ですか!!」
「ああ、俺の下僕になればな」
ニコリと笑い、ルドルフはそう言った。
…………
えっと。
よく聞こえなかった。
「……助けてくれるんですか?」
確認である。
「ああ、助けてやる」
やった!!
「本当ですか!?」
「下僕になればな」
…………
げぼく?
「すみません……げぼくっていうのは……何かの役職ですか」
「そんな役職は無い」
「じゃあ……」
「雇用関係の無い、主人に服従する存在の『下僕』だよ」
ああ、下僕ね。
下僕――
「いやだ!!」
「じゃぁ死ぬか?」
うぐ……
従うしか無い。
そうでしょ?
だって死にたくないじゃん……
仕方ないじゃん……
「分かり……ました」
こうして私、松川まりあは聖女マリーとしてこのクソみたいな男司祭の『下僕』となったわけだった……
終わりです。
さよなら私の人生。
楽しかった生活は灰色になりました。
「よし、それじゃこっちこい」
「どこへ……?」
「マリー様の部屋にだよ」
「……はい?」
「教育の時間だ」
理由もわからず、私はただルドルフについていく事しかできなかった。
入った部屋は、私がこの一週間起きて、寝ていた場所。
そして、ルドルフが覗いていた部屋……。
ここがマリー様の部屋らしい。
「……何をするの?」
「言っただろ、教育だよ」
ルドルフはテーブルに皿とナイフ、スプーンを置いた。
「教育って……マナー教育?」
「お前はマリー様じゃない。だが、マリー様の身体を使っているならば、マリー様として振る舞う必要がある、それは義務だ。だから、教育する。しっかりと覚えろ、偽物」
ルドルフはニコリと笑い、鞭を取り出した。
こうして、長い夜が始まったのであった……
地獄のスパルタ教育が――
――とはならなかった。
直ぐに眠るように言われたのであった。
なんで?
こわっ……
こんなんで寝れるわけ……
寝れた。
ははっ
呑気過ぎて我ながら呆れた。
そして、朝を迎えた。
はぁ……起きたくない……
もう嫌……
帰りたい……
本当の世界に……
帰りたいよ……
「起きろ」
きた……
タオルケットから恐る恐る顔を出してみる。
そこには、あのクソ男、ルドルフが立っていた。
はぁ……夢ではないか……
「早く起きろ」
「はい……」
仕方なく起き上がる。
と――鞭が鳴った。
叩かれ……てはいない。
鳴らしただけのようだ。
「ダメだ」
「……何が?」
「起きる時はゆっくりと。両手をベッドについて上体を起こし、女の子座りのまま、優しく目を二回こする。そして、身体を伸ばし、欠伸をして、髪を一回、二回と手ぐししろ」
「なげーよ!? そしてキモいわ!!」
また鞭が鳴った。
「やれ」
「……はい」
言われた通りにやった。
ゆっくりと起きる。
両手を使って上体を起こす。
女の子座りをして――
目を優しく二回こする。
欠伸をし――
髪を一回――二回と手ぐしした。
「よし、まずまずだ」
ルドルフは満足気に笑っている。
こいつ――マジでやばいわ……。
「次だ、椅子に座れ」
まだやるのか……
言われた通り、椅子に座る。
皿とナイフ、スプーンが置かれたテーブルの前に。
昨日寝る前、ルドルフが準備していたやつだ。
「マナーについては?」
「勉強したことはないけど……知らないわけじゃないです……多分」
「じゃぁ、やってみろ」
ルドルフはなんともぶっきらぼうに言った。
感じ悪いわこいつ……
テーブルに置かれたナイフを手に伸ばすと――
また、鞭が鳴った……
「違う」
「まだ触ってもいないんだけど!?」
「既に指の使い方が違う」
「細かいって!!」
また、鞭が鳴る。
音にビビって身体が僅かに強張った。
「言い訳するな」
「ねぇ、もう音で脅すのやめてよ!! 叩きたいなら叩けばいいでしょ!!」
「マリー様の身体を叩けるわけないだろ」
「はぁ!? 打ち首とか言ってたやつが何を――」
と、言った瞬間、理解した。
こいつ――最初から私を殺す気なんてなかったんだ……!!
じゃぁつまり――
「騙したな!?」
「何をだ」
「最初から打ち首なんてする気なかったんでしょ?」
ルドルフは深い溜め息をついて、椅子に腰掛けた。
ははーん。
こいつの性格ならハッキリと否定するはず。
否定しないってことは、私の言った通りってことか。
形勢逆転!!
勝利確信!!
私は自分の中で一番聖女っぽいトーンで話し始めた。
「ルドルフ大司祭、貴方を打ち首にします」
「ほう、殺すのか」
「そうです、理由は聞くまでもありませんよね?」
「お前は必ず助けてくれる奴を殺さないほうがいいと思うぞ」
「また脅しですか、その手には乗りませんよ」
「何故なら、マリー様は一度殺されてるんだからな」
……………
え?
なんていったのこのひと……?
またハッタリ……?
「ハッタリじゃないぞ」
内心を言い当てられ、私は更に動揺した。
「まぁ、省いていた俺にも非があるか……どういうことか説明してやろう」
そう言ってルドルフは話し始めた。
一体何があったのか――
聖女マリーに何が起きたのかを――
ルドルフによると――
聖女マリーは一週間前の夜、息を引き取ったのだという。
死因は不明。
だが、ルドルフは毒殺ではないかと考えていたという。
「どうして……?」
「マリー様は物理の類、魔法の類は効かない。そういう体質なんだよ」
なんとまぁ、チートみたいな体質ですね、
「だから殺せるとしたら毒だ……だが、確証はないし証拠もない」
「本当に毒を盛られたのかは分からないってこと?」
「ああ、俺が気づいたのはマリー様が手遅れになってからだった。そしてその後、不思議なことが起きた」
「……私が転生してきた」
「そうだ。だから転生を見破れた」
「行動がどうとか言ってたのは……?」
「それは確信に変わった瞬間だ。死んだマリー様が生き返った――何かある――そして、食事、行動、趣味趣向が変化――別の人格が入っている……そう考えるのが普通だ」
そうなんだ。
ふつうってむつかちいね。
「でも、聖女様を毒殺だなんて、犯人はめちゃくちゃヤバイ奴だね」
「そうだな」
「犯人は分かってるの?」
「見当はついてる。大司祭の誰かだ」
…………
お前?
「俺ではないからな」
また心が読まれた……
「なんでそう思ったの?」
「単純な話だ。大司祭と聖女マリー様は月に一度食事会を行う。その後、マリー様は体調を崩され、死んだんだ」
なるほど、確かにそれは単純だ。
「大司祭って何人いるの?」
「俺を除いて三人。全員どす黒い裏がある、マリー様を殺すには十分な理由がな……」
冗談を言おうと思っていた。
しかし、ルドルフの顔が憤怒と悔しさに満ち溢れていることに気づき、言うのをやめた。
彼は、それだけマリー様が殺されてしまったことに、責任と怒りを感じているのだと分かったから――
「……でも、証拠がないんだよね?」
「ああ、毒物を見つけることは出来なかった」
「じゃぁ、どうやって捕まえるの?」
「既に考えてある、それに必要な手駒も揃えている」
わぁ、映画のギャングみたいなセリフ初めて聞いた!!
「で、どうやって捕まえるの?」
「犯人はまたマリー様を殺しに来る。しくじったと思っているからな」
「確かに」
「その瞬間を取り押さえる。現場で――そのままな」
なるほど、現行犯逮捕ということね。
…………
――ん?
――ちょっと待って
「あのさ、マリー様役って……」
「お前」
うん、そうだよね!!
それはいい。
問題はそこじゃない。
「マリー様は会食の時に殺されたんだよね?」
「ああ」
「毒物入れられて」
「そうだな」
「つまり、もう一回会食の時に、犯人は毒を入れるって見立てだよね?」
「そう話していたつもりだが?」
「確認なんだけど……毒が入れられたって判断はどうするの?」
「…………」
「…………」
沈黙。
すっごい沈黙。
「……でだ、会食の時にマリー様ではないとバレないようにするために、テーブルマナーと振る舞いは完全に覚えてもらう」
「何気まずくなって話変えてんだお前!!」
「そうじゃない」
「じゃぁなんだ!!」
「毒の判断はお前に一任しようと思ってた」
「死ぬって!! 分からないまま死ぬって!!」
「通常のお前ならそうかもしれないが、今のお前はマリー様だ。それくらい見破れるだろう」
「え、マリー様って毒が入ってるかどうかとか見破れたの?」
「それくらいできるんじゃないか?」
「いやいや、出来てたら死ななくない?」
「…………」
「…………」
また沈黙である。
「まぁ、お前に任せる」
「本当に捕まえる気あんの!?」
「あるに決まってるだろ!!」
「にしては雑でしょ、計画が!!」
「時間が無いんだ、計画が荒いのは承知している。お前がなんとかしてどの毒を盛られた瞬間を作り出してくれ」
「なんとかって……」
急に人任せじゃん……
勘弁してよ……
毒を入れる瞬間を作るって、どうしたらいいんだろう……
すごく考えた。
考えて、考えて、ふと思いつく事が一つあった。
「……媚びればいい」
ルドルフはその言葉に少し戸惑っているようだった。
いや確かに、この言葉だけじゃ誤解するわ。
補足しよう。
「媚びるっていうか、隙を作ればいいってことだよ!!」
「……ああ、毒を入れる隙を作るってことな?」
「そう!! 相手はマリー様を殺し残ったと思って慎重になってるはずでしょ?」
「そうだろうな、失敗したら誰でも次は慎重になる」
「そこで、マリー様が信じられないほど媚びてきたらどうかな!?」
「…………警戒する」
だよねぇ!?
「ってそうじゃなくてさ!! 骨抜きになるほど媚びてきたら?」
「…………まぁ、警戒心は薄まるか」
「でしょ!?」
ルドルフは何かに勘づいたらしく、顔が歪んだ。
「お前まさか……マリー様の体を使って誘惑するつもりか……?」
「そうだけど?」
「絶対にやめろ!! マリー様が穢れる!!」
あらあらルドルフ君、顔が赤いぞ?
そういうのは苦手なのかな?
って、そうじゃない!!
「気持ちは分かるけど、これなら相手の警戒心を掻い潜れるよ。殺したい相手が隙だらけなら、警戒してたのがバカみたいだって油断するでしょ?」
「…………ゼロではないか」
「でしょ!?」
「だが、それにはお前が相手を骨抜きにするほど媚びないといけないわけだが……お前にできるのか?」
できる。
理由もある。
「私は死ぬ前、SNSでエロ垢を運用してたの。褒めてもらうために色目を使って、媚を売って、いっぱい美味しい思いをしてきた……つまりね、媚びるために生きてきた私になら、そんなことも楽勝なんだよ!!」
なんとも誇れないスキルである。
「……言ってて悲しくならないのか?」
「悲しいですけどぉ!?」
正論パンチは止めて下さい。
ルドルフは少し思案を巡らせると、口を開いた。
「……分かった。それでいってみよう」
「やった!!」
何がやったなのだろうか。
それは、この世界に来て初めて自分の意見が通った事による嬉しさからだろうか。
よく分からないが、なんだか嬉しかった。
「だが、どちらにしろ大司祭と接触することになる。テーブルマナーと振る舞いは完全に覚えてもらうぞ」
「……今すぐ?」
「今すぐ」
「……徹夜で?」
「徹夜で」
さっきまでの嬉しさは霧のように消えた。
スーッとね。
そうして私は丸一日かけてマリー様のテーブルマナーと振る舞い、趣味趣向を徹底的に教え込まれたのであった。
全部ルドルフが教えてくれた。
全部。
やっぱりキモいなこいつ……
翌日から早速大司祭と会食を始めた。
結果は――大成功。
一人目の大司祭は、南部の大司祭。
媚びに媚びたら想定通り油断した。
食事に毒を入れる瞬間、ルドルフが取り押さえた。
二人目の大司祭は、西部の大司祭。
ひと目見て気付いた。
こいつはロリコンである。
色仕掛けに油断して、やはり毒を入れてきた。
すぐにルドルフが取り押さえた。
一発顔面に入れてから。
今のところ順調である。
私がマリー様ではないと、バレることもなかった。
でも、一つ疑問が残る――
「なんでこんなに上手くいってんの!?」
あまりにも順調すぎて逆に怖いのだが。
「いいことじゃないか」
ルドルフが冷めた返答をしてきた。
「てか、マリー様どんだけ恨まれてんのよ!!」
「別に恨まれている訳では無い。邪魔になってるだけだ」
「……言い方の問題なの?」
「例えば、南部の大司祭は金の亡者だ。もっと莫大な金が欲しくてマリー様を殺そうとした」
「しょうもな……」
「次に西部の大司祭……こいつはただの変態ゴミ野郎。信者を奴隷にしたいからマリー様が邪魔で殺そうとした」
「しょうもな……」
呆れるくらいにしょうもな……
「でも、マリー様がいなければ、これらは全て実行できた」
「だからって殺すなんて……どうかしてるよ」
「それは同感だ。だがそれも、次の大司祭を捕まえれば全て止めることができる」
「次の大司祭って……」
「中央を任せられている大司祭だ、名前をアルブ」
その日の夜。
私は中央の大司祭、アルブと会食をしていた。
それは当然、こいつを捕まえるためにである。
「……おいしいですね」
「は、はい……そうですな」
ニコリと笑みをアルブに向けるが、どうも警戒しているように見えた。
こちらを見ようともしない。
それに、汗もすごい。
しきりに辺りを見渡している。
完全に、警戒してるわこれ。
「どうしましたかアルブ大司祭? あまり食事が進んでいないようですが……」
「え、えっと……少し、食欲が無くて……すみません」
「まぁ!! 病気ですか!? すぐに治療を――」
「いえいえ、お気になさらず!!」
「ですが、体調が優れないのは心配です……薬を持ってくるように伝えましょう」
「そんなそんな!! 私ごときのためにマリー様のお手を煩わせるわけにはいきませんので……!!」
すっごい警戒されてる……
でも、ここはゴリ押しで……!!
「遠慮しないで下さい!! すぐに薬を持ってきますので!!」
そう言って私は、純朴で、はつらつとした聖女を装いながら、部屋を出た。
これだけド派手に隙を作れば、毒を盛らないわけがないだろう!!
「動きなしだ」
薬を手に、部屋に戻ろうとしていると、ルドルフが小さな声でそう伝えてきた。
手強い……
今までの大司祭とは少し違う感じがする……
もしかして――バレてる……?
私が聖女マリーじゃないって、バレているの……?
いやいや、そんな――
私がマリー様じゃないって気づいているのはルドルフだけのはず……
これは単純に、彼の警戒心が強いだけだろう――
こうなったら、アレしかねーわ!!
「お待たせしました!!」
再び私は、はつらつを装って部屋に戻った。
そして、そのままアルブの元に駆け寄った。
「この薬を飲めば、きっと体調も良くなりますよ!!」
「あ……その……」
「はい、あーんして下さい」
そう言って私は、アルブの口に薬を入れようとした。
そりゃもう、純朴な少女を装って。
「え、いや……マリー様!?」
アルブは完全に戸惑っていた。
「……どうかしましたか?」
そう言って私は目を潤ませ、小首を傾げてみせた。
うん、いいぞ私!!
完全に媚びてるわ!!
しかも自然な感じで!!
男というのは、こういう純粋無垢っぽい女の子が好きなんだよな!!
そんな奴絶対いないのにね!!
アッハッハ!!
心の中で高笑いしていると――
違和感に気付いた――
反応が返ってこない。
アルブは、こちらを見つめて固まっているようだった。
……なに?
見惚れちゃってるの……?
やれやれ、罪な女だわマリー様も――
と、アルブは口をゆっくりと動かしこう言った。
「お前……マリー様じゃないな?」
「え――」
しまった――
思わず声が出てしまった。
「やっぱりそうなんだな……?」
「い、いえ、私は聖女マリーですよ……?」
声が震えてしまった。
これじゃ逆効果だ――
「おかしいと思っていた……マリー様は確かに慈悲深い方だったが、我々大司祭とは一定の距離を置いていた……公私混同を避けるためにな」
え、そうだったの!?
あのバカから何も聞いてないんだけど!!
「それに――マリー様は死んだはずだ」
「な、何を言ってるのですがアルブ大司祭……私はここにいるではありませんか……?」
「私が殺したのだ」
突然の告白に、私は固まってしまった。
恐怖が身体中を駆け巡った。
身体が――動かない……
「何故お前がマリー様と入れ替わったのかは知らないが、それに気づけたのは好都合だ……」
そう言うとアルブは私の口を掴み、何かを取り出した。
黒くて小さな丸いモノ――
察した。
それが、聖女マリーを殺した毒物なのだと――
「もう一度死ね、聖女。民のために死ね!!」
すごい力で口をこじ開けられた。
やばい。
飲まされる――
逃げないと――
でも――とても逃げれそうにもない。
力の差がありすぎる……!!
どうしよう。
本当に死ぬ。
嫌だ。
死にたくない!!
助けて――
「ルド……ルフ……」
無意識にそう呟いた。
すると――
「死ぬのはお前だ、アルブ」
そう言って、ルドルフが現れた。
すごい勢いでアルブを蹴り飛ばしながら――
アルブは端の壁まで吹き飛ぶ、動かなくなった。
助かったの……?
夢ではない……?
「大丈夫か?」
ルドルフは、放心している私の顔を軽く叩きながらそう聞いてきた。
どうやら本当に助かったらしい。
「ありがとう……」
「いや、お礼を言うのは俺の方だ」
そう言うと、ルドルフは私の手を握り、頭を深く下げて言った。。
「マリー様のために、命を張ってくれてありがとう」
なんと殊勝な態度。
これがあのルドルフってマジなのですか……?
ああ――
なるほど――
全部終わったのか――
やっと――終わったんだね。
すっごい壮大なエンディングを感じながら、私はそこで意識が途絶えた。
疲れていたのか、緊張の糸が切れたのかは分からない。
とにかく、意識を失っていた。
そして、目が覚めるといつもの見慣れたあの部屋に――
「なんて都合良くはならないか……」
そこは、転生してきた初日に見た部屋だった。
聖女マリー様の部屋――
ルドルフが覗いていた部屋だ。
「起きたか」
わぁ、噂をすれば。
「まさかずっといたの……?」
「ああ、マリー様のお世話をするのが俺の役目だからな」
そんなこと言ってたね。
テキトーな設定だと思ってたわ。
「改めて感謝を伝えようと思ってな。本当にありがとう」
再び、ルドルフは頭を深く下げそう言った。
「いやそんな……」
なんか、感謝されるのは慣れてないから照れる……
雰囲気を変えようと、私は気になっていたことを聞くことにした。
「ねぇ」
「うん?」
「質問、いい?」
「ああ」
「マリー様は一体何をしでかしたの?」
「…………どういう意味だ?」
ルドルフは、ちょっと言い淀んだように見えた。
やっぱり、何かあったんだ。
「アルブは『民のために死ね』って言ってた。つまりマリー様が何かやらかしたってことじゃないの?」
いくら邪魔だからといっても、恨まれすぎている――
しかも、三人の大人に――
私はマリー様を演じながらその違和感を感じていたのだ。
ルドルフは、少し考え込んでから、深くため息をつき――話し始めた。
「マリー様は博愛主義者でな……全ての国、宗教、人々を愛し、受け入れるように国を変えようとしていたんだ」
「いいことじゃん」
「でも、それを実現するためには莫大な金が必要でね、マリー様が即位されて一年足らずで国庫は空っぽになったんだ」
「つまり、お金を使いすぎたってこと?」
「そうだ。だから今後の政治運営は厳しいものになると、簡単に予想できた。例えば、増税を打ち出したり、節制を呼びかけたり、更には長く労働させたり……聞いてるだけで、不安になるだろ?」
「そ、そうね……」
「だから不安を取り除くために、アルブは行動したのさ」
「それが、聖女の暗殺……」
「他の大司祭も、理由は違えど聖女を暗殺しなければならないとは感じていたはずだ。そうしなければ、国が明るくならない――とね」
少女が見た理想を叶えれるほど――
現実は甘くなかった――
それが、マリー様に起きた悲劇の引き金……だったわけか。
「……ごめんなさい」
「……なぜ謝った?」
「いや……ほら、一応今はマリー様だし……自分のせいかなって……」
「お前はマリー様じゃない、いい加減にしろ」
ルドルフは、すっごい顔で睨んできた。
ブレないなぁ、こいつ。
「それに、お前が心配することではない」
「え?」
「政は俺の仕事だからだ、お前はもう働く必要はない」
その言葉を聞いて、ハッとした。
そっか――
そうだよね――
これで全部終わり――
それはつまり、この協力関係も終わり――
それじゃぁ――
「……お別れなんだね」
「…………」
私はベッドから立ち上がり、頭を下げた。
「いろいろありがとうございました。そして――助けてくれてありがとう、貴方のこと、最初は嫌いだったけど、今は……そんなに嫌いじゃないよ」
ルドルフの顔を見ることはできなかった。
何かがこみ上げてきていたから――
少し酷い出会いだったけども、今はいい思い出かな……
あ、やばい。
泣いちゃうかも――
「……何言ってるんだお前」
感傷的になっていた私に、冷水のような一言が飛んできた。
「……え」
「お前は俺の下僕だろ?」
「……いやでも、もう働かなくていいって」
「ああ、俺の言ううことを聞きながら、書類にサインすることは、働くとは言わないだろ?」
……んんん?
ちょっと待って。
混乱してる。
話変わってきたぞ……?
「じゃぁ、私は……?」
「変わらない」
「……つまり?」
嫌な予感がするんですけど。
「一生聖女マリー様を演じ続け、俺の下僕として生きていくんだよ」
――
あっ、すっごい。
血の気って本当に引いてくんだ……
立ち眩みがして、そのままベッドに倒れてしまった。
「遊んでる時間は無いぞ」
「……え?」
「早速公務だ。シスターを呼ぶからすぐに準備しろ」
「ちょ、ちょっとま――」
「着替えが終わったら食事、書類作業、会談、視察、夜は会食、そして事前勉強だ。休む日暇なんてないからな」
「ほんとに勘弁してよぉぉぉおおお!!」
こうして私、松川まりあの転生バレ脅迫生活は続くのであった。
地獄に落ちろ、クソ司祭!!!!