お互いしか見えていない
エターニアは恐ろしい程の体力を充分に発揮し、目覚ましい回復を見せた。
まだ騎士として完全には復帰していないが、殆ど一般の騎士くらいの体力は取り戻していた。
そんな中、とうとう約束のデートの日が来た。
ドルトン夫人の店へザーカス騎士団長と二人で行くと、強面の大柄なザーカス騎士団長に夫人は最初愛想笑いが引き攣っていたが、ザーカス伯爵家の御用達と言う事もあり、問題なく入店させてもらった。
夫人とドレスのデザインについて話をしながら、エターニアが首や背中の傷を気にするような素振りを見せると〝その女性が持つ美しさを最大限に発揮させるドレスを作るのが私達の仕事です。ご心配なさらないでください″とにっこり笑って言って下さった。
エターニアはその気遣いにとても嬉しくなり、頬を染めてお礼を言った。
ザーカス騎士団長はエターニアのその顔を見て強面の顔を緩めて喜んだ。
ザーカス騎士団長が黒髪黒目の自分にドレスの色を合わせると喪服になってしまうとしょんぼりしていたのを見たドルトン夫人は、すかさずブラックダイアモンドの髪飾りとネックレス、イヤリングの三点を見せてきた。
〝奥様はとても美しくていらっしゃいますので、よからぬ輩が寄ってくるかもしれません。
その前に、奥様の輝きに負けない旦那様のお色味のアクセサリーを身につける事で、旦那様のものだと周りに主張する事ができますよ″と真しやかに言うドルトン夫人の言葉に、ザーカス騎士団長は《結婚》と意識が飛んでしまいながらも激しく頷きながら〝それももらおう″と良い鴨になっていた。
「ザーカス騎士団長、デイドレスには石が大き過ぎませんか?
私、付けて行く場所もないので要らないですよ〜」
「ニアが私の家族に挨拶に来てくれる時に、晩餐の場が設けられると思うから、その時に付けてくれると嬉しい。
あと私のことはジェイと呼ぶように言っただろう?」
と、蕩けるような甘い声で言った。
その言葉にエターニアはカッと顔を真っ赤にした後、目を潤めながら〝はい″と返事をした。
ちなみにそのザーカス騎士団長の言葉を聞いたドルトン夫人は〝では晩餐用のドレスも必要ですね。奥様には此方のロイヤルブルーの細身のドレスがオススメですよ。先程のブラックダイヤモンドがよく映えます″との声に、ザーカス騎士団長は即決で注文を決めた。
その日はザーカス騎士団長が調べてくれていた、普段着でも入れる美味しい隠れ家のカフェに二人で行った。
とっても美味しいチーズケーキを食べて喜ぶエターニアに、ザーカス騎士団長が自分のチョコケーキをひと口アーンしてくれる。
顔を真っ赤にしながらお互いに食べさせ合う二人は、正にお互いの事しか見えていなかった。
例え周りから美女と野獣?とか思われていても本人達は気づかない。
「次はいつが会える?
私は金曜と次の木曜が休みだ」
「えっ、偶然ですね!
私もどちらも休みなんです。
金曜はどうですか?
今日はジェイにエスコートして貰っちゃったので、次は私がデートを考えてきます!」
その言葉に副騎士団長に嫌味を言われながらも、休みをエターニアにわざわざ合わせて取ったことはおくびにも出さず、やにさがった顔をしながら〝楽しみにしている″と言った。
ドレスができるのはまだまだ先なので、それまではショッピングデートや美術館デートなども楽しいかもしれない。ザーカス騎士団長は厳つい顔をニヘニヘと歪めた。
そして金曜日になり、ザーカス騎士団長は愛する恋人から〝集合時間は朝方四時で動きやすい格好をしてください″と言われたことに疑問を感じながらも、朝から一緒に居られるという喜び深く考えていなかった。
もしかしたらエターニアも自分と少しでも長く一緒に居たかったのかもとワクワクしていると、遠くからエターニアが見えた。
遠目からあれ?と思ったが、深く考える間も無くエターニアがかなりの勢いで走って此方まで来る。
「お待たせしました。ジェイ」
「あ、あぁ。全然待っていないよ、ニア。
ところでその、担いでいる猪はなんだい?」
その言葉にニコッとエターニアは笑って言った。
「今日は狩をしようと思ってて、一応ルートを確認しておこうと森に入ったらつい美味しそうな猪が居たからフライングで狩ってきちゃいました!
ごめんなさい。抜け駆けしちゃって怒ってます?」
ザーカス騎士団長の呆然とした顔にエターニアは見当違いな心配をしてくる。ここに来るまでの乙女チックな妄想デートとかけ離れていて脳まで理解が到達するのに時間がかかってしまったが、ニアに不安な顔をさせてはならんと急いで返事をした。
「いや、凄く立派な猪じゃないか。
驚く程の狩りの腕だな。
家業は確か商人だったよな?」
その返事に輝く笑顔を浮かべたエターニアは、嬉々として語った。
「小さな頃、親の仕入れに着いて夏に毎年僻地で過ごしていたんです。
その時に近くに住んでいる猟師のおじさんが〝坊主、意中の奴を射止めるには狩りの腕を磨くのが一番だ。ドーンとおっきな獲物を捧げて愛を買われたらみーんな坊主に射止められちゃうぜ″って狩りを教えてくれたんです」
「坊主?
あと、その僻地とは恐らくヘンクストゥス地方だな。
あそこは今でも狩りの腕が男の魅力らしい。
毛皮を利用した製品とかをご両親は仕入れていたのかな?」
その言葉に感心したようにエターニアは頷いた。
「よく分かりますね。
そうなんです!
坊主って髪がショートだったからか間違えられていたんですが、まぁ誤差ですよね。
リハビリも兼ねて最近この辺りで狩りをしてたので、あの時身に付けた腕をよりこの日の為に磨きました。
つまり、あの、ジェイの心を射止められたら、と、、」
照れながら言うエターニアに、ザーカス騎士団長は〝誤差ではないと思う″という意見をすっかり百八十度回転させて尤もらしく頷いた。
「その通りだ。
あの立派な猪で、ただでさえニアにメロメロなのに、よりぞっこんになってしまった」
その恋人の言葉に顔をより赤く染め、エターニアは気が急いたように言った。
「あ、あの!こんなものじゃないんです!
私、熊とかも調子が良ければ何匹かいけます!
今があの森だと一番良い時間なので、今日は正午まで一緒に狩りをしましょう!」
そう言って和かにザーカス騎士団長に弓を渡し、森に走るエターニアを、とても可愛いと幸せを噛み締めながらザーカス騎士団長は追いかけた。恋は盲目である。
〝やってみるとアクティビティとは楽しいものだ″とザーカス騎士団長は汗を拭いながらしみじみと思った。
その日、二人は大量に捕らえた獲物を騎士団の食堂に提供した。
デートの顛末を食堂からの報告で察した苦労人のフリード副騎士団長は、ジェイドにデートのカンペを渡しても、エターニアの方も抑えられないとこれはダメだなと頭を抱えた。