泣いたり笑ったり
エターニアが目を覚ますと、白い天井が見えた。
天国かな?とちゃっかり自分が天国に行く人間だという事にしているエターニアは、辺りを見回そうとした。
だが、彼女の首は何かに覆われているようで少ししか動かなかった。
手を動かそうと身じろぎすると全身から酷い痛みが襲ってきた。
「うっ」
微かなその呻き声を聞き、自分を呼ぶ両親の声がした。
「エターニア!!」
目だけ動かしそちらを見ると、酷く疲れた顔をした父母が居た。顔見知りの騎士団の専属看護師が駆け寄って水を飲ませてくれる。水が喉に入ってくると自分が非常に喉が渇いていた事を自覚し、痛みを堪えながらもゴクゴクと水を飲み込んだ。
そして少し落ち着いてから声を発すると、自分とは思えないような掠れた声がする。
「お父さん、お母さん?」
そう言うだけで激しく咳き込むと、脳天に突き刺さるような激しい痛みを感じた。
「喋らなくて良い。
意識が戻ってよかった。お前は全身に酷い重傷を負っているのだ。
それだけ酷い傷なのに〝最後まで戦闘できるように重要箇所は庇ったようで、騎士としての仕事には少しリハビリすれば問題なく復帰できる″とサルカス医師が仰っていたが、、、
嫁入り前なんだから、頼むから顔も庇ってくれ」
冗談めかして言う父の目に涙が光っているのを見てエターニアは驚いた。
本当に死ぬ所だったらしい。
自分でも死んでいないのが驚きであった。
心配かけた事にすまなそうに眉を下げながらも、騎士のままいられる事に喜んでいたら、母にはお見通しのようで苦言を言われた。
「嬉しそうにしちゃって。
こっちは心臓が止まるかと思ったのよ!
本当に生きていて良かった!!
顔の怪我、気になるなら鏡を見る?」
そう言われて母が差し出してくれた鏡を見ると、自分のこめかみと首に包帯が巻かれていた。
話を聞いて、そっと看護師が包帯を取ってくれた。
確認すると、こめかみは少し肉が抉れたように凹んでいて、首は鎖骨にかけて斜めにそれなりの大きさの傷があった。
この痛みからすると、全身にはもっと大きな傷があるだろう。
あの戦いでこの程度の怪我なら良かったという楽観的な気持ちや、こんな傷だらけになってしまってザーカス騎士団長に幻滅されたらどうしようと恐れる気持ちが混在する。
少し落ち込んでいるようなエターニアを気遣った両親は、三日間ずっと兄に家を任せているから一度帰り、後日また来ると言い残し帰って行った。
エターニアの意識が戻ったと聞きやってきた医師の診察で、エターニアの全身には現在大小様々な傷が多数あり、中でも背中の恐らくサイクロプスの棍棒が掠ったと思われる箇所は大きな打撲痕が残ると通達された。医師は神経には障っていないので安心する様にと言い残し去って行ったが、背中にも大きな傷跡が残ると思うと余計に気が重くなった。
エターニアは一人になった病室で白い天井を眺めながらぼーっとしていた。
その時、部屋がノックされ暫く返事が出来ずにいると、そっとザーカス騎士団長が入ってきた。
あの様な遠征後で山程やる事があるだろうに、恐らくエターニアが起きたという知らせを受けて直ぐ来てくれただろう髪が乱れている彼の姿に涙が込み上げてきた。
泣かれては困るだろうとエターニアが瞼を伏せようとした時、大股で出入り口からベッド脇まで来たザーカス騎士団長が声も無くその強面の顔から涙を流しているのを見て、驚いてエターニアは涙を忘れてしまった。
「無事で良かった。
こんなに怪我をして、今も痛むだろう。
私が至らないせいですまなかった」
そう言ったザーカス騎士団長にエターニアは目を丸くした後、少し彼を睨み付けて途切れ途切れに言った。
「貴方の、、せいでは、ありません。
それより褒めて、ください。
サイクロプス、倒しましたよ」
そう言って包帯まみれのまま笑うエターニアに、泣きながらザーカス騎士団長は跪き、そっとエターニアの無事な右手を握り、自分の額に押し当てて揺れる低い声で言った。
「あぁ、流石だったエターニア。
君のおかげで騎士団に死人が出なかった。
その上あのサイクロプスは犠牲者を出さずに討伐できた初めての個体となった。
それでこそ最強の女騎士エターニアだ。
だが理性では、あの時私が指揮して撤退するのが最善だったと思っていても!
一番守りたかったニアが残って戦い、そのせいでこのようにニアが死ぬかもしれない怪我を負っているという事が、胸が切り裂かれるほど苦しい!」
その悔やむようなザーカス騎士団長の声にエターニアも涙が溢れた。
「もう、会えないかと、思いました」
「そんな事あるか!そんな事は絶対に私がさせない!
私は何処まででも君に着いて行く。
例えそれが地獄でも」
その言葉に泣きながら笑ってエターニアは言った。
「失礼ですよ。
死んだとしても天国に行きます」
ザーカス騎士団長も泣きながら微笑み〝そうだな。天国だったとしても着いて行く″と何度も頷いた。
ちなみにエターニアの病室は壁が薄かった。
聞き耳を立てているのは、自分達のミスのフォローで重傷となってしまったエターニアに一刻も早く謝りたいと駆け付けたダグラスやケイトだけでは無かった。
遠征に参加したルルやクリフなどの騎士達が、最後自分達の為に残って大怪我したエターニアが意識を取り戻したと聞き、扉の前まで駆け付けていた。
騎士達は病室に着いた瞬間は扉を開けそうになったが、ザーカス騎士団長の愛の言葉が聞こえ、中の空気を察して後にしようとそっと去って行った。
ルルは血の涙を流したが、ザーカス騎士団長が援軍と合流した後に副騎士団長に指揮を任せ、血相を変えて単騎で風のようにエターニア隊長の所に戻ったおかげで既の所で隊長が助かったのだ。
その功績を讃え苦渋の決断だが、あのムキムキの野獣を麗しき最強の女騎士エターニア隊長の相手として認めざるを得ないと歯噛みしながら皆の後に続き、病室の扉からそっと離れた。
エターニアとザーカス騎士団長がその後お互いに照れながらデートの予定を立てるという、いい歳した最強の騎士達の少年少女の様な甘酸っぱい空気を見た人は幸い一人も居なかった。