不穏な空気と頼もしい恋人
遠征の目的地は貴重な薬草のあるカークス峠である。
今回の行軍は、峠での薬草の採取と、峠まで魔物だらけの大森林を騎士団で往復し、魔物の数を減らす事が主たる目的だ。
ザーカス騎士団長に代替わりしてからは、騎士団の刷新が始まりスリーマンセルの導入や兵站の近代化などの数えきれないほど数多くの改革があった。
その功績により、騎士達の負傷率、死亡率は年々下がってきているが、それでも魔物の被害により年に数人は死地を彷徨う事がある。
五泊六日という、直前の遠征より長期の行軍予定という事もあり、遠征へピリピリとした緊張感を漂わせている騎士達に、ザーカス騎士団長がいつも通りの腹に響くような低音で声を掛けた。
「予定通りこれからカークス峠に向かう。
皆で協力すれば無事に目的を達成できると確信している。
総員!出発!!」
その最強の騎士であるザーカス騎士団長の、気負わぬ通常通りの言葉を聞き、騎士達は気が引き締まったように返事をした。
「はいっ!!!」
馬が進み始める。とうとう長い遠征が始まった。
周りを警戒しながら部隊はどんどんと森の奥地へと進んで行く。
行軍中、エターニアは精鋭を集めた前衛である六人組のA班に所属しているため、集団の先頭に馬を進めていた。
副部隊長のルルが話し掛けてくる。
「今回はどのような魔物が出ますかね?」
「事前情報通りの魔物が出るとは限らないからな。
この前も街に近い森の手前にブルースライムが出てきた。
今年は魔物が活発な周期なのかも知れない。
だがいつも通り気を引き締めて、指示を守れば大丈夫だ。
そちらのチームはルル、お前に任せたぞ」
「はい!了解しました!
本当はエターニア隊長と同じチームが良いんですが、三人で無事に帰れるように気をつけますね」
「ありがとう。
私も気をつける」
そうして不穏な空気はあるものの、皆落ち着いて大森林を行軍した。
出てくる魔物を余裕を持って討伐しながら、より奥地へと進んでいく。
すると先頭付近にいたエターニアと、集団の最後尾に居たザーカス騎士団長が同時に叫んだ。
「止まって!!」
「止まれ!!」
騎士達がすぐに反応し、纏まりながら剣を構えると、とてつもない大きな音が聞こえた。
《《《ドドドドドドド》》》
木を凄い勢いで引き倒しながら前から突進してくる大きな魔物が居る。
「キマイラだ!!」
体長が平均五メートル超える大型の魔物で、その中でも特に大きな個体のようだ。頭は太い首と巨大な顎を持つ獅子であり、胴体はヤギとなっており、尻尾は牙に毒を持つ鱗が非常に硬いヘビが付いている。
「A班は前で注意を引きつけろ。
B班はキマイラの蛇頭の注意を。
E班は弓で獅子の目を狙って打て!
C、Dは後衛を援護しろ!
行けっ」
ザーカス騎士団長の言葉に従って弾かれたように騎士達が動き出す。
エターニアは走りながらルルに指示を出す。
「いつも通り、ルル達は右前から行って。
尻尾側にも気をつけて」
「はいっ」
風を切りながら走り、手近なものから噛みつこうとしていた獅子の顎をエターニアが勢いよく振った剣で切り裂く。
たまらず上げた顔を見逃さずルルが獅子の喉に潜ろうとしたが、エターニアが鋭い声を掛けて止めた。
A班全員がその声に従い弾かれたようにバックして飛び退くと、後ろの蛇がいきなり毒を周りに噴射し出した。
「毒を飛ばしている!?キマイラでは無いの?」
そのルルの声にエターニアは答えながら体制を整え、周りに注意を促した。
「いや、キマイラだが進化している個体のようだ。
気をつけろ!!通常の個体では無い!」
ザーカス騎士団長がすかさず指示を飛ばす。
「C、Dは兵站から毒避けに盾を受け取りA、Bと交代しろ!」
エターニア達はC班と交代して後方へ下がる。
するとその時、片目に弓矢が当たった獅子が激怒したように弓班がいる後方に向かって走ってくる。
エターニアは素早く盾を受け取り、毒を防ぎながら獅子の目の潰れた側の死角から走ってキマイラに駆け寄り、鋭い剣筋で獅子の首を一気に叩き斬った。
同時に駆け出した騎士団長も恐ろしいほどの技術で蛇頭を硬い鱗ごと切り落とした。
騎士達はキマイラを倒した後も暫く周りを警戒するように見回していたが、とりあえず近くには他に魔物はいないようで、被害状況を確認し始める。
「重傷者は居ないようだな。
先に進むぞ!」
ザーカス騎士団長の声掛けに従って行軍がまた開始する。
進み出した馬の蹄の音に紛れないよう、ルルがエターニアに嬉しそうに大声でお礼を言った。
「先程はありがとうございました。
エターニア隊長のおかげで顔から毒を浴びなくて良かったです!」
「無事で良かった。
今年は変異体を見たと言う声も聞くから、より気を引き締めていこうね!」
強くて美人なのに飾らないエターニア隊長凄く格好良いとルルは目をハートにしながら続ける。
「それにしても、エターニア隊長があの太い獅子の首を一振りで落とした事にも驚きましたが、ザーカス騎士団長も凄かったですね。普通のキマイラでもあの蛇の鱗って硬すぎて切り落とせそうに無いんですけど、死んだ蛇の鱗を触ってみたら、とても剣が通るとは思えないほどの硬さでした。
B班のクリフ先輩も蛇が硬過ぎて刃先が欠けたって嘆いていましたよ」
「流石だよね。
私が後続に迫る前にと打って出たから、すかさずタイミングを合わせてくれたのだもの。
あのまま誰も出なかったら蛇の攻撃で私は怪我をしていたかもしれない。
相変わらず視野が広くて驚く程に強い方だ」
その時のポッと染めた頰を見逃さず、ルルは〝えーん私のエターニア隊長が!!″と思いながらも行軍中である為、何とか取り繕い、眉を下げながらも引き攣ったような顔で笑っていた。
その後順調に一泊目の野営の目的地まで着いた。
騎士達は各々手早くテントを張り、身体を休めていた。
エターニアは初っ端の夜の見張りを担当する為、剣を装備したまま見晴らしの良い所に設置されていたシートに座る。
そこにザーカス騎士団長がやって来た。
「ザーカス騎士団長、前半の見張りは私が責任者として警戒するので休んで下さい」
そう言うエターニアに対し、ザーカス騎士団長は首を横に振ってエターニアの隣に座った。
「今回は森の雰囲気がおかしい。
後半は数人の部隊長が見張りをする予定だから、前半は私も加わる事にした」
そのザーカスの言葉に対し、真剣な顔をしながらエターニアは返事をした。
「あのキマイラも奇妙でしたね。
進化しているような、、、」
「あぁ、考え過ぎ位で遠征は丁度良いからな。
二日後にはカークス峠に着く予定だが、魔物の様子によっては引き返すことも視野に入れていこう。
今回の様子は詰所に残ってくれているフリード副騎士団長に手紙を送っておいた」
「はい。
無理はせず、でも気を引き締めて頑張りましょう!」
そのまま夜は何事も無く過ぎて行った。
魔物に対し警戒はしながらも、頼もしいザーカス騎士団長が横に居るため、エターニアはいつ魔物が出てくるかも知れない夜の暗さを恐ろしいと感じる事は無かった。