そして伝説になる
ファイヤードラゴンは一向に飛び去って行く様子がなく、アーチック大森林の周辺を時々凄まじい炎を吹きながら飛行している。
多くの陣幕は火に巻かれているが、無事な場所もまだ残っている為、急いで逃げ遅れた者がいないか救出に向かう。
多くの国は、陣営に騎士を残している為、既に避難誘導を始めていた。
エターニア達も遅れていた負傷している人々達に手を貸し、他国の陣幕にも片っ端から声を掛ける。
すると、神聖ローカス帝国の騎士服を見ない事に気づき、ティグーダ国の陣幕に残っていた騎士に聞くと、彼らは我先にと逃げて行ったと、その光景を目撃していた部下に報告された。
嫌な予感がしたエターニアは、他の騎士達に指示をした後、走って比較的近くにある神聖ローカス帝国の陣幕へと駆けて行った。
そして片っ端からテントを開いて行くと、豪華な天幕で聖女と呼ばれていた小さな女の子が震えながら蹲っている姿が見えた。
そっと近くで膝をつくと震えが一層酷くなったように見えた。
「お助けに参りました。
一緒に逃げましょう。聖女様」
そう声を掛けると、少女はパッと顔を上げてから泣きながら叫んだ。
「聖女なんかじゃ無い!!
ミーは唯のミーだから!
ママーーー会いたいよーーーー!」
このまま音を立てると空にいるファイヤードラゴンを刺激してしまうかもしれない。
そっと少女を抱きしめ、エターニアはゆっくりと話しかけた。
「大丈夫だよ。
ミーは絶対に生きてママに会える。
一緒に頑張ろう!
少しの間だけ静かにできる?」
暫く暴れていた少女は段々と落ち着いて来たようで、そっとエターニアを抱きしめ返した後、コクリと頷いた。
エターニアは少女を抱き上げると、避難場所へ走り出した。
恐ろしい程の速さで流れていく景色を見て声も出ない少女に対し、エターニアは大人しくしてて偉いなと感心し、早く避難所に連れて行ってあげようと益々速度を上げて走った。
避難場所に着いた時、少女が固まっているのを見て、エターニアは〝良い子だ″と微笑み頭を撫でた。
それを見たティグーダの騎士達が少女が石のように固まっていた理由を察したが、少女が人の多い所に着き安心し、すっかり恐怖を忘れたように〝ありがとう!綺麗なお姉ちゃん″と気を取り直しニコニコ笑っているのを見てまぁいいかと少女を避難所に預かった。
その後も森から帰還した者達で走り回り、無事な者を避難させていたが、その時大声で叫ぶ騎士がいた。
「ファイヤードラゴンの討伐成功を祈って祈祷をして周りますので、聖女様を此方に渡してください!!」
少女は震えて、避難所で人々を誘導していた騎士に必死に捕まり隠れている。
「大声を出さないでください。
今は祈祷などの音が出る行動は慎むようレックス騎士団長より指示が出ております。
お静かになさってください」
その声に追加でエターニアも声を掛けようとしたが、憤慨したような神聖ローカス帝国の騎士は言い募った。
「そんな事より祈祷に周らねば、我が国の威信を示せません!聖女様を返しなさい!!」
その声がきっかけとなってしまったように、少女が大きな声で泣き始めてしまった。
その劈くような声に皆が慌てた時、突風が吹いた。
皆が竜巻のような風に飛ばされないように地面に蹲りながら踏ん張っていると、暫くして大きな音が響いた。
《《《ズドン》》》
恐ろしい程の大きさのファイヤードラゴンが待避所の直ぐ近くに降り立っている。
皆は火に巻かれてしまうと叫びながら逃げ惑い出した。
エターニアは不思議と何もせずに止まっているファイヤードラゴンに疑問を抱きつつも、冷や汗をかきながら剣の柄を握りしめた。
すると、ファイヤードラゴンから不思議な声が聞こえて来る。
『頭が狂いそうだ!!
意思を阻害され、いつの間にかこのような所にいる。
お前達の仕業か!』
魔物が話すなど聞いた事もなかった。
呆然としながらも、ケイリス王国の騎士団長、レックスが応える。
「私達のした事では無い。
先程あそこの森で討伐した特殊な魔物の所業だ。
どうか、元の場所に戻ってはもらえないだろうか」
その言葉に鼓膜が破裂するような爆音でドラゴンが応える。
『否。否否否否否否否否!!!
何故お前らのような矮小な存在の話を信じ、指示を聞くと思った!
お前らの仕業かもしれない。
許さん!お前らを皆殺しにすればこの怒りや苦しみは晴れるだろう!!』
そう叫ぶファイヤードラゴンに皆目を閉じ死を覚悟した。
その時、大きな声が響いた。
「その思考も、操られた影響かもしれません!!
特殊な使役能力を持っていた魔物は、人間を殺すために他の魔物達を良いように操っていました!!
あんな魔物の思う通りになってはなりません!」
そしてティグーダの国でしか取れない、過酷なカークス峠への遠征で採取した希少な薬草を差し出した。
「こちらは、我が国で採取した薬草になります。
人間だけでなく、全ての種族の心身を癒すと我が国では伝え聞いております。
持ち運びにあまり適さない特性があるので、他国には殆ど出回りませんが、今回の遠征に少量だけ注意を払って持って参りました。
ドラゴン様の身体に適すかは分かりませんが、宜しければお納めください」
そう言って出されたドラゴンの身体と比較すると非常に小さな薬草を、ドラゴンはにゅっと頭を近づけて匂い〝毒だったらお前らを全員食べてやる″と言いながらベロンとエターニアの手から薬草を食べた。
すると、殺気立っていたドラゴンの目に段々と理性が戻ってきた。
皆が〝これは″と期待すると、落ち着いた声でドラゴンが話しかけてきた。
『嘘ではなかったようだな。
だが我の怒りはこれだけでは消えない。
普段なら全てを燃やし尽くすのだが、先程の薬草を考慮に入れ、たった百人の生贄で許してやろう』
そう言い放つドラゴンに戦慄が走った。
百人の犠牲など到底許せるわけもないが、ここで断ればどうせ全員死ぬのかもしれない。
そんな中、場違いな声が響いた。
「この娘は我が国の聖女です!!
聖女の生贄なら、百人の代わりになりますでしょう!!」
そう言い、首を横に振りながら泣き叫ぶ少女をドラゴンの前に突き飛ばす。
エターニアはその時一瞬だけ自国に残した恋人の顔が脳裏によぎったが、それを振り払うように大きく息を吸い、お腹から声を発しながら進み出た。
「ドラゴン様、宜しければ是非、私と手合わせ願いたい。
その後、勝敗を問わず最初に私を喰らってください。
そしてもし、私の闘い様や私自身に少しでもご満足いただけたなら、私一人の命で引いてはいただけないでしょうか」
そう言って前に出るエターニアに、人々は大きく騒ついた。
「エターニア隊長!!」
たまらず前に進み出る部下を一瞥で黙らせ、ドラゴンに頭を下げる。
するとドラゴンがハハハと轟音で笑った。
『この長い生の中、あやつのように人を押し出すものもいれば、自分が代わりに生贄になると言ったものはいたが、この私と闘うと言ったものはいなかった!!』
そのドラゴンの発言に少し罰が悪そうにしながらエターニアは肩をすくめたが、撤回する事なく、ドラゴンをその強く光り輝く青い瞳で見つめた。
『ふふふ。良い、面白かった。
生贄などいらんよ。人間など食えたものじゃない。
第一私は草食なのだ。
久しぶりに楽しかった。
闘うのはまた今度、巡り会えた時にとっておこう』
そう言ってフッと飛翔したファイヤードラゴンは、強風を巻き起こしながら何処かに飛んでいった。
エターニアは気が抜けたようにへたり込んだが、少女が泣きながら抱きついてきたので、苦笑しながら抱き締め返した。
大きな声援が鳴り響く。
レックスなどの他国の良識ある騎士達はエターニアに向かって敬礼し、冒険者や傭兵達はピューっと口笛を吹いて囃し立てた。
ティグーダの騎士達は号泣しながらエターニアに感謝と称賛と苦言を叫び、辺りは騒然とした。
その惨状に目を白黒させながらも、エターニアは澄んだ美しい空を見上げ、緊張で息が止まっていた分を取り戻すように、大きく深呼吸した。




