アーチック大森林の洗礼
事前の予想通り魔王の討伐隊の結成指示があり、やはりエターニアは魔王討伐隊の隊長を任される事になった。
ザーカス騎士団長やフリード副騎士団長に、出発までの残された時間で様々な大人数を纏める手腕を学んだ後、エターニアは慌ただしく出発する事になった。
これで帰れなかったらあのドレス着ないままだなとエターニアは少し後ろ髪を引かれたが、この未練を帰還への力にしようと決意した。
国王陛下の激励を頂いた後、国中に見送られながら討伐隊は出発した。
エターニアは前を向き、皆に声をかけた。
「我らは祖国の為に!!
総員、出発!!」
「「「我らは祖国の為に!!!」」」
そしてケイリス王国へと騎士達は旅立った。
ターリアータ国から大森林を迂回しながら、ケイリス王国の王都に向かうと、思ったより人々は暗い雰囲気ではなかった。
アーチック大森林は東のハズレにある遠い土地というイメージなのだろう。
またケイリス王国の王国騎士達は精鋭揃いで、アーチック大森林を攻め込めないまでも魔物の侵攻を食い止めているという現状から国民は楽観的である様子だった。
だが実際アーチック大森林に行くと、負傷者で溢れ、ケイリス王国だけでは無く、ターリアータ国の騎士達もかなりの人数が怪我を負っているようだった。
エターニア達のように後から着いた後発入りの騎士達は、まず手当てをしながらこの悲惨な状況の事情を聞いた。
すると、魔物の凶暴化が酷い上に、魔物達が特性を生かし連携してくる為、普段の討伐スタイルでは太刀打ちできないようだった。
足の速い魔物で注意を引かれ追い掛けようと走ったせいでバラバラになった騎士達を、待ち構えていた大きな魔物が後ろから強襲するなど、様々な罠にかけられ負傷者が増える一方らしい。
そんな中、徐に負傷者達の前に神聖ローカス帝国の討伐隊がやって来た。
何故か小さな少女を連れている。
「我が国の聖女様が、貴方達を祝福いたします。
怪我をなさっている方々の回復を祈りましょう」
そして片っ端からワラワラと負傷者の前で跪き祈祷を唱えている。
エターニアはゾッとしていた。
あの少女はとてもじゃないが武術に長けているとは思えない。
森の前でも安全とは限らないのに、何故非戦闘員を連れて来たのか。
注意しようとした時、轟音が聞こえた。
「グワァァァァァー」
「「キェェェェー」」
サイクロプスだ。ハーピーを周囲に複数匹連れている。サイクロプスに攻撃に来た騎士達をハーピーが上から攻撃している為、前線にいた騎士達は打つ手が無く苦戦しているようだ。
「これは確かに手強いですね。
サイクロプスなんてレアな魔物がもう今年遭遇二回目なんて!
大繁殖してるじゃないですか、、、」
ルルの呟きは無視して、エターニアは間髪入れず指示を出した。
「一番隊は負傷者を守れ!
二番隊は私と一緒にサイクロプスを討伐するぞ!
三番隊は弓でハーピーを牽制しろ!トドメは刺さなくても良いから、とにかくサイクロプスの助力をさせるな!!」
そう言って走り出すエターニアに、ニヤリとしながらルルやダグラス、ケイトなどのA班所属だった者達が我先にと着いて行く。
他の二番隊の者も、急いで後に続いた。
他の国の騎士達も続こうとしたが、サイクロプスは数年に一回世界の何処かで出現する位で、ここまでの巨大な魔物を討伐した事の無い者ばかりだった。その為、躊躇い出遅れながらもサイクロプスに向かうと、ハーピーの攻撃に遭い足止めされてしまい、苦戦していた。
そのような中、エターニア達はサイクロプスを着実に弱らせていた。
「隊長!血を浴びときますか?」
「この個体達が魔王の指揮下にあるのかはまだ分からないが、一応浴びてみるか。
ルル!すまないがお前が浴びてくれ!
行くぞ!!」
その掛け声と共にエターニアがサイクロプスの左手首を斬り飛ばした。
ルルが嫌そうな顔をしながらも頭からサイクロプスの血を浴びたが、普通にサイクロプスがルルを襲ってくるので、ルルはキレながら攻撃を避け、すれ違いざまにサイクロプスのもう片方の腕を怒りに任せて切り落とした。
「意味なかったですね!!もう本当にこいつさっさと討伐しましょう!」
そして怒涛の勢いでサイクロプスを討伐するティグーダ国の討伐隊を、恐ろしい者を見るような目で他国の騎士達が見ていた。
冒険者を雇う事で危険な魔物を騎士が殆ど倒さない国もある為、サイクロプス討伐など想像した事もない騎士も多かった。
討伐を終えて集まるティグーダ国の討伐隊に歩み寄る人が居た。
「ご尽力、感謝いたします。
ケイリス王国の騎士団を代表し、挨拶させていただきます。
王立騎士団騎士団長のレックスと申します」
「こちらこそご丁寧にありがとうございます。
魔王の脅威は世界中が感じております。
ティグーダ国一同、力を尽くさせていただきます」
挨拶に来てくれたレックスは背の高い美丈夫で、世界に名が知られている程の剣士である。
だが、今は頭には包帯が巻かれ血が滲んで、酷く疲れているようだった。
「このままバラバラと個別に討伐隊が魔物を食い止めるだけでは押される一方だと会談で結論が出たようで、もうすぐ一斉攻撃を開始する事になっています。
ティグーダ国はお噂通り魔物討伐に慣れている者が多いと、今回拝見させていただいて確信しております。
是非、魔王討伐の際は活躍していただきたい。
ケイリス王国も全身全霊を掛けますが、正直今は疲弊している者がとても多いのが現状なのです」
隠す事なく現状を述べる現実的な協力者はありがたい。
「忌憚無くお話いただきありがとうございます。
私共はたまたま変異したと思われるサイクロプスと戦闘した事があった為、先程のようにスムーズに討伐できました。あのような働きがユニーク個体討伐でも出来るかは全く分かりません。
ですが私共も世界の危機を救いたいと強く考えております。
是非、一緒に頑張りましょう!」
そう言って手を出すエターニアにホッとしたような顔をして、レックスは力強く差し出された手を握り〝よろしくお願いします″とニコッと笑って言った。
そこに場違いな声が聞こえてきた。
パチパチパチと手を叩きながら、神聖ローカス帝国の討伐隊がやって来たのだ。
「この度はサイクロプスの討伐、お疲れ様でした。
聖女様も大変喜び、其方達に祈祷を授けてくださるそうです」
その声に合わせ、聖女と呼ばれている少女が前に出て来て跪き、祈祷を唱え始める。
血塗れのルルが早く身を清めたいと身じろぎをしたが、エターニアが見えない程に素早く肘打ちをして辞めさせた。
「神聖ローカス帝国も、魔王討伐に微力ながら力をお貸しいたしますので、期待していていただきたい」
そう言い残し、ゾロゾロと陣幕へ帰って行った。
レックスはその背中を眺めながら苦々しい顔をした後、此方に向かって耳打ちするように〝彼らには気をつけてください″と声を掛け去って行った。
エターニアは討伐隊の損耗を確認し、指示を出しながらも、魔物を狩るだけでは残念ながら終わらなそうだと内心舌を巻いた。
暫く陣幕でエターニアが大規模な討伐への作戦を練っていると、身を清め、ルルを含め何人かの部下達に頼んでいた情報収集を纏め終えたルルがやって来た。
「報告をさせていただきます!」
「あぁ、どうだった?」
「アーチック大森林に続々と各国から討伐隊が到着しており、一週間後には揃う見込みです。
損耗が激しいのはケイリス王国やターリアータ国などの初期から集まっている騎士達で、その中でも魔物退治に役に立っている国々ですね。
かなり初めの頃に来ていた神聖ローカス帝国は、あのように祈祷などで煙に撒くだけで、討伐には殆ど参加していないようです。
調査によると〝魔王など大袈裟に言って馬鹿らしい。精々この場を我が帝国の影響力を広める為に活用してやるか″というスタンスのようですね」
「多数の国が集まるという事は多かれ少なかれ政治が絡むとはいえ、本当の馬鹿だな。
神聖ローカス帝国とは、領地に森林をほぼ持たず宗教で金を稼いでいる、典型的な騎士が形骸化して武力として意味をなしていない国だぞ。
そんな騎士達が何の為に来たのかと思えば、くだらない。
加えて聖女などという非戦闘員なんぞを連れてくるとは。
我が国が尻拭いをさせられないよう、気をつけて作戦を練るしかないな」
「はい!
あと血を浴びるのは、次は私以外にしてください!
サイクロプスに寧ろ集中砲火された気がしますし、まだ自分が生臭いです」
「ルルくらいの技量が無いとその役目は危なくてな。
助かってるよ、ルル」
その言葉を聞いたルルは疲れたような顔をパッと明るくして、エターニアに言った。
「えへへ!じゃあ今後も頑張ります!!
そうとなっては、こうしてはいられないです!
明日に備えてしっかり休みますね!」
ご機嫌になってルンルンと去って行くルルの後ろ姿を見送った後、エターニアは手帳に書いてあるフリード副騎士団長の上司としてのアドバイスにある『部下も煽てりゃ木に登る』に二重丸をつけた。