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あなたの虜



 ついにポラールとカンセルの結婚式を迎える今日。スピカはいつになく緊張していた。ポラールの体調も随分と良くなり、結婚式は無事に行うことが出来そうである。


「スピカ先生、良かったらレオンさんもご一緒に」

「結婚式の参考になるかもしれませんし」

 前日までに何度か、ポラールとカンセルからレオンにまで式のお誘いを頂いたが、やんわりと辞退した。本当は婚約者ではないのだから。




 あの日カリーナとの別れ際、彼女はスピカに言った。

「噂を本当にすればいい」と。


 でもスピカにはそんなこと不可能だと思った。きっとレオンも、そう思っている。

 だから口に出さないのだ。お互いに、お互いの気持ちを。彼はスピカの想いなど、とっくに感付いていることだろう。なのにそれ以上追及しないのは、これ以上望むことの出来ない関係ということをレオンも分かっているからに他ならない。


 好きでいればいるほど、スピカは辛くなった。レオンに会いたいと思う気持ちさえも罪深いように思えた。

 自然と、サブロの店からは足が遠退いた。仮初めの婚約者として出歩いた日から、何日経っただろうか。レオンとはずっと会えていない。


 マメに水かえをして大事にしていたコバルトブルーの花束も、すっかり枯れてしまった。窓際では、空っぽになってしまった花瓶がずっと輝き続けていた。


 







 港町のはずれにある教会。

 オルガンの音が鳴り響く。


 後方の扉が厳かに開き、純白のドレスを纏ったポラールが現れた。

 天窓からの光を浴びたポラールは神々しいまでに眩しく、まるで女神のようだ。


 ゆっくりと歩みを進めるポラールを、新婦の前に立つカンセルがうっとりと見つめている。やがてポラールがカンセル隣へたどり着き、一組の男女となった。

 ポラールとカンセルは皆が見守るなか、永遠の愛を誓い合う。夫婦となった二人の目と目があった瞬間、教会中が多幸感に包まれた。

 

 式が終わり二人が揃い教会から足を踏み出すと、大勢の歓声と拍手が沸き上がった。


「おめでとう!」「お幸せに!」

 あたりには白い花びらが舞い散り、その向こうには輝くようなポラールの笑顔。スピカはポラールとカンセルへ、精一杯の拍手を贈った。




「カンセル先生、ポラール先生。この度はおめでとうございます。お二人の輝かしい未来を祈って、歌をお贈りしたいと思います」


 二人から少し離れた場所に立ったスピカは、皆に向かって深く一礼をした。


 (ポラール先生、カンセル先生、どうか幸せに)

 瞼を閉じて、スピカは『門出の歌』を歌い始めた。歌声にのせて、彼らへのエールを贈る。


 ポラールの勇気、カンセルの愛、二人が出会えた奇跡。その全てが重なって二人は夫婦になる。

 その尊さを噛み締めながら歌った『門出の歌』は、花びら舞い散る空と溶け合った。







 教会を出ると、もうあたりは夕暮に染まっていた。参列者も大方帰り、町外れの教会は先程の歓声が嘘のように静まり返っている。

 二人はこのあと、ようやく新居にて新しい生活を始めるらしい。ポラールが頬を赤らめて笑っていた。

 

 スピカは、ポラールの笑顔を見て本当に幸せな気持ちを貰った。心から祝福した。本心だ。

 でも、同時にとてつもなく羨ましかった。新たな一歩を踏み出せた二人が。スピカにはたどり着けない幸せのかたちが。

 

 足が地面に吸い付いてしまったみたいに、足取りが重い。せっかくヒールを新調したというのに。

 コバルトブルーの花束が恋しい。

 あの色が、あの瞳が恋しい。あの輝くようなつむじに触れたい。あの大きな手に、長い指に、白い頬に触れたい。

 (レオン様に会いたい……)



「スピカさん」



 木陰の生垣から、声がした。タイミング良く自分の望む声が聞こえてくるなんて、とうとう耳がどうかしてしまったのかもしれない。


 それでも姿を探してしまう。あんなに重かった足も軽くなる。スピカは、吸い寄せられるように生垣まで走り寄った。




「レオン様……」


 生垣のそばに、レオンがいた。

 こちらを切なげに見つめる瞳が、スピカの胸をえぐる。なぜ、ここにいるのだろう。いつからここにいたのだろう。

 

「ここなら、スピカさんの歌声が聞こえると思って来てしまいました」

 レオンは、わずかに微笑んだ。

「今日ここで結婚式があることを、ご存知だったのですか?」

「街で、ポラールさん達からご招待いただいたんです」

 レオンは偶然ポラール達に会い、直接招待も受けていたようだった。

「スピカさんの本当の婚約者ではないので、流石に図々しいと思って辞退しましたが」

「そうだったんですか……」


 久しぶりに会った二人は、思いのほか普通に話せた。それがスピカは嬉しかった。

「胸の奥から、感動が込み上げてくるような歌声でした」

「あ、ありがとうございます」

「歌を聴き終えたら帰るべきだとは分かっていたんですが、どうしても会いたくて」


 再び、真剣なレオンの瞳がスピカを見つめた。

「スピカさんに、会いたくて」




 レオンの想いと、スピカの想いが重なった。好きな人が自分に会いたいと望んでくれる。どうしても、喜びで涙が溢れる。


「私も会いたかったんです」

 スピカは、一歩一歩、レオンへと近づいた。

「レオン様のことが好きで、つらいんです」


 とうとう、スピカは口にしてしまった。レオンへの想いを。溢れる涙は止まることなく、スピカの頬を濡らしていく。手で必死に涙を抑える彼女を、レオンの腕がそっと包んだ。


「俺も、好きです」

 スピカを抱きしめる優しい手に、力がこもる。

「俺も、スピカさんがいい」


 スピカは、レオンのあたたかな胸に頬をあてた。彼の鼓動が聞こえて、彼の香りに包まれて。

 この世にはこのような安心できる場所があると、二十三年の人生で初めて知った。


 





「俺は、とても卑怯な男なんです」

 帰り道、レオンが呟いた。あたりはもう薄暗く、宿舎まで送ってくれると彼が言う。


「卑怯? どこがですか」

「家を出るきっかけが『スピカさんの言葉』だったと言ったのは、わざとです」

 情に厚いスピカにそのようなことを言えば、きっと責任を感じるだろうとレオンは思った。

そして、

「『恋人』ではなく『婚約者』と言ったのも」

 婚約者なら簡単には逃げられないと。


「他にも色々からかって……卑怯で、すみません」

 レオンはスピカにむかって謝った。

 その顔が、あまりにもしょんぼりとしていたから、

「もう、わざと嫉妬させたりしないで下さいね」

 スピカがあえて怒ってみせると、レオンはバツの悪そうな顔をした。


「スピカさんの嫉妬は、本当に最強で……俺みたいな男は、すぐ虜になってしまいました」

 

 虜になっているのは自分だけだと思っていたのに、いつもうわてなレオンを悔しく思っていたのに。


 真っ赤になったスピカの頬を、レオンの冷たい手が優しく撫でる。いつの間に宿舎へと到着していたのだろう。いつまでも隣を歩いていたかったのに。




「スピカさん、好きです、これからも」


 レオンの顔が近づく気配に、スピカは薄く目を閉じた。

 罪悪感でいっぱいだった彼女の心は、いつの間にか幸せで満たされていた。







次回はレオンサイドにしたいと思ってます。

あと2話ほどで終える予定です。

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