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嫌だと言って



 かわいらしい女の子三人組に囲まれ、テーブル席にてにこやかに笑うレオン。

 サブロの店へ入るなり目の当たりにした光景に、スピカは思考が停止した。




「彼、これまでも一人きりの時なんかに、声かけられることはあったんだよ。ほら、見た目も愛想もいいし、目立つでしょ」

 スピカがそろりとカウンターへ座ると、サブロが気まずそうに教えてくれた。スピカは知らなかった。彼がこんなモテているなんて。


 でも納得は出来る。

 レオンは自分のことを『いい人』どまり、みたいな言い方をしていたが、客観的に見て顔は良いし背も高い。性格も優しく親切で、親しみやすいので近寄りやすい。さらに彼には騎士というステータスも付いてくる。

 つまりレオンは今まで『好きな人』から選ばれなかっただけで……女性が放っておくはず無いタイプではあるのだ。以前、手を握られてときめいたスピカは、何らおかしくなかったわけだ。


「でも、らしくないね。いつも声をかけられてもやんわり断ってたのに、今日はどうしたんだろ」

 サブロが心配そうに呟いた。

 

 レオンが伯爵家から出ることになり数日。

 とりあえず住むところが無くてはと、彼は一時的に、駐屯所の近くにあるアパートを借りた。一人の暮らしを整えるレオンは、悩みから解き放たれてどことなく生き生きとしていた。

 その解放感からなのだろうか。今日、女の子達を侍らせているのは……。


 スピカはレオンに声をかけることが出来なかった。後ろを見るのも憚られて、楽しそうな彼女達の話し声を背に、黙々と具沢山のオムレツを頬張った。

「サブロさん、ご馳走さま。私はまた出直すね」

「スピカちゃんはそうした方が良いかもね。じゃあまた」

 サブロは同情的な表情で、スピカを見送った。




「スピカさん!」

 店から出てしばらく歩いていると、なぜか後ろからレオンが走ってやって来た。

「レ、レオン様どうしたんですか。まだお食事中では」

「何で帰っちゃうんですか」

 レオンが責めるように言うので、スピカは困ってしまった。あのまま店に居続けることは、レオンへ片想いしているスピカにとって厳しいものがある。


「食べ終わっちゃったし、レオン様もお連れの方がいるようだったから帰ろうかなって」

「声をかけてくれればいいじゃないですか」

 そうは言っても、あの状況で声をかけられるほどの強靭なメンタルを、スピカは持ち合わせていない。


「だって声をかけるほどの用事も無かったし……邪魔しちゃ悪いですし……」

「用事が無ければ声もかけない関係なんですか俺達は」


 さっきから何なんだろうレオンは。やけに突っかかってくるじゃないか。そもそもレオンはスピカに目もくれず女の子達と話していたのに、なぜ自分だけが責められなければならないのか。彼女はふつふつと沸き上がる怒りが抑えられなかった。




「だったらレオン様から声かけてくれれば良かったじゃないですか!」


 スピカは思いのまま爆発した。


「レオン様が可愛らしい女の子達とお話していたようだから邪魔しなかっただけですよ私は! 何で私だけ責めるんですか!」


 早口で、息継ぎもせず一気に捲し立てた。


 レオンがぽかんとしてスピカを見下ろしている。その顔を見た途端一気に頭が冷えて、スピカは自分の言ってしまったことを後悔した。ああ、またやってしまった……とても面倒くさい自分の再来だ。

 それでも後に引けなくなった彼女は、呆然とする彼を残して走り去った。

 ……はずだった。


 すぐに追い付いたレオンの大きな手に、しっかりと手首を捕まれた。本当に何なのだ今日のレオンは。こんなに簡単に追い付かれて、スピカは居たたまれない。


「嫌でしたか?」

 レオンが、スピカに向かって呟いた。

「俺が他の子と話すのは、嫌でしたか?」


 レオンの真剣な瞳に見下ろされ、金縛りにあったように動けなくなってしまった。何故そんなことを聞くのだろう。

 そして、スピカは気づいた。店を出た後から、レオンが全然笑っていないことに。


「スピカさんが嫌と言うなら、やめます」

「何言ってるんですか……?」


 そんなの嫌に決まっている。

 でもスピカが嫌と言うから止めるだなんて、そんなのは間違っている。スピカだって、自分の言動でこれ以上レオンを振り回したくはない。レオンはレオンの思うように、好きにやればいいじゃないか。


「帰ります。離して下さい」

「離しません」

 レオンは全く手を離そうとしない。

「スピカさん、言って」


 スピカは手を離そうとしないレオンごと引き連れて、帰路を歩き始めた。周りの視線が痛い。どうやら痴話喧嘩だと思われているようだった。違うのに。


「レオン様。離して下さい」

「ねえ、さっきは何故怒ったんですか」

 レオンがしつこい。諦めない。スピカはくるりとレオンに向き直った。


「レオン様が自分のことを棚に上げて私ばかり責めるからです! ご自分だって女の子に夢中で私のこと見向きもしなかったじゃないですか」

「見てましたよ」




 レオンは、怒るスピカを真っ直ぐに見た。

「スピカさんの背中をずっと見ていました。でも全然振り向いてくれなくて」

 スピカは面食らった。まさかそんな。


「振り向けばいいなって、こちらを見てくれたら話しかけてカウンターへ戻って……って、期待していたらスピカさんすぐ帰ってしまって」


 そんなこと全然気付かなかった。背中の向こうから聞こえてくるのは楽しそうな話し声だけだったから。


「俺が他の子を見てスピカさんを見なかったのが嫌だったから、帰ったんですか」

 スピカは、カッと顔が赤くなった。確かにそのようなことを口にしてしまっている。誤魔化せない。けど改めて言われると恥ずかしすぎる。


「も、もうやめて」

「やめません」

 彼からは断固たる意思を感じた。スピカが本当の気持ちを口にするまでやめないと。きっと、レオンにはスピカがどう思ったかなんてお見通しなのだ。

 もう、これは素直に肯定しないと終わらない。スピカは、レオンに諦めてもらうことを諦めた。


「……嫌でした」

 レオンの眉が、ぴくりと動く。

「レオン様が、女の子達に囲まれてるのが嫌でした」


 観念したスピカが本心を白状すると、レオンはやっと笑った。それは輝くような笑顔で……初めて見る彼の表情に、スピカは思わず目を奪われた。


「俺も嫌だったんです。スピカさんが他人みたいに帰っていくのが」




 笑顔の彼は、しつこくてごめんなさい。と頭を下げた。握られていた腕から手が離され、かわりに手と手が繋がれる。今日のレオンは、酔っているのだろうか? 随分と懐かれたものだと、スピカは思った。


 二人は、手を繋ぎながら職員宿舎前まで歩いた。

 (私、レオン様にとって『他人』じゃないのか……)

 スピカは先程のレオンの言葉を反芻しながら、手のひらに彼の温もりを感じていた。





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