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悩める騎士は、今日も店にて彼女を待つ②



 伯爵家を出た俺は、駐屯所の近くにアパートを借りた。

 幸い、騎士として職に就いていたため、金銭面での心配はそれほど無かった。寮生活を経験していたため、アパート生活にもすぐ慣れた。それに、

「なにか不便があれば言ってくださいね」

 責任感の固まりになったスピカさんが、マメに気遣ってくれて。

 自由があって、悩みが解消されて、スピカさんがいる日々。俺は生まれ変わったような解放感を味わった。



 その日もサブロさんの店でいつものようにスピカさんを待っていた。

 カウンター席で一人で飲んでいると、後ろから声をかけられた。

「こんばんは! お一人ですか?」

 声をかけてきたのは女性三人組だった。歳は自分と同じ位だろうか。この店は初めてのようで、是非と彼女達のテーブル席に誘われた。


 いつもなら、声をかけられた時点で断っていた。女性に囲まれて話をするのは苦手だったから。

 しかしふと思った。こうやって女性とのやりとりを避けているから、俺は『女心』というものが分からないのでは。

 以前、意図せずスピカさんを泣かせたことを思い出したのだ。なぜ彼女が泣いてしまったのか、結局理由は謎のまま。

 そうだ、あの時、自分の無神経さや経験値の少なさを呪ったのだった。俺は意を決して席を立った。


 


 彼女達のテーブルに着いて、半刻程。そろそろ頬の筋肉が疲れてきた。女性に囲まれながらずっと笑い続けるというのは、やはり厳しいものがある。

 彼女達からは沢山質問された。名前、歳、職業、住んでいるところ、好きなタイプ、嫌いなタイプ、ここには良く来るのか、他はどんなところへ行くのか……返答に困るようなことまで。

 俺は笑顔の裏で、取調べを受けているような感覚に陥った。今のところ、彼女達からは『女心』について何も収穫が無い。

 三人のうち一人から「私達気が合いますね!」と言われたが、正直「今の話で!?」としか思えなかった。……やっぱり、俺はこういうのは向いていない。


 切り上げるタイミングを図りかねていると、店のドアが開いた。そこから顔を出したのは、待ちかねていたスピカさんだった。

 スピカさんは一瞬こちらを見たと思うと、そのまま視線を外してそのままカウンターへ座ってしまった。


 こちらからは、スピカさんの小さな背中しか見ることは出来ない。彼女はサブロさんとなにやら話して、少し俯いた。何を話していたのだろう。今日は、何を食べるのだろう?

 待てども待てども、スピカさんが振り返ることはなかった。俺がここにいることをきっと知っているはずなのに。まるで俺達は他人だといわんばかりに。

 

 三人組から矢継ぎ早に話しかけられても、生返事をするのが精一杯だった。意識のほとんどがスピカさんに向いてしまっている。余裕の無くなってきた俺は、もう『女心』とかどうでもよくなってきてしまった。


 スピカさん、こっちを向いて。お願いだから。


 祈っていると、スピカさんが立ち上がった。俺はわずかに期待して彼女を目で追った。

 しかし期待は裏切られ、スピカさんはなぜか俺と一言も交わすことなく、店を出てしまったのだった。

 女性達の中に取り残された俺は、一瞬なにが起きたのか分からなかった。




「スピカさん!」

 俺は急いで彼女を追いかけた。スピカさんはとても驚いた顔で俺を振り返った。

「レ、レオン様どうしたんですか。まだお食事中では」

「何で帰っちゃうんですか」


 俺は思わず責めるように問い詰めた。スピカさんは眉を下げ、いつもと違う俺の態度に困っている。

 先ほどのことを、どうか説明してほしい。なぜ他人のように振る舞ったのか。でないと俺は納得できず、スピカさんを帰すことが出来ない。

 

 俺が食い下がっていると、徐々に彼女の表情が曇っていった。どうやら困るを通り越して、しつこい俺に怒っているようだ。

  

 スピカさんはキッと俺を睨み付け、叫んだ。


「レオン様が可愛らしい女の子達とお話していたようだから邪魔しなかっただけですよ私は! 何で私だけ責めるんですか!」


 




 ああ……

 やっぱり俺は女心が分かっていなかった。大馬鹿者だ。スピカさんが爆発するまで、こんなにも可愛らしい嫉妬に気付かなかったなんて。


 嬉しくて嬉しくて、身体の底から熱いものがせり上がってくる。今すぐ彼女を抱きしめてしまいたい。


 意地になって逃げるスピカさんを、俺は絶対に逃がすつもりはなかった。

 彼女の甘い嫉妬をもっともっと味わって、味わい尽くしたい。もっと嫉妬して。その嫉妬で、可愛い我が儘で、俺をスピカさんのもとに縛り付けて欲しい。

 スピカさんが嫌と言うなら、もう他の子の誘いに乗ることはない。なんなら、もう他の女性とは喋らないし目も合わさない。スピカさんが望むなら。

 だからどうか嫌だったと言って。俺に嫉妬をぶつけて欲しい。


 逃げ続けるスピカさんを俺は諦めなかった。彼女が怒れば怒るほど、それは嫉妬に姿を変えて俺を喜ばせる。

 しつこいと思われても、どうしても彼女の口から本当の気持ちを聞きたかった。




 ぴたりと歩みを止めたスピカさんは小さく息を吐いたあと、聞き取れないほど小さな声で呟いた。


「レオン様が、女の子達に囲まれてるのが嫌でした」


 彼女が頬を真っ赤にして、視線を泳がせて、嫉妬の言葉を口にした。

 顔で、言葉で、行動で、スピカさんの全てで愛の告白をされているような、そんな幸福感が俺を襲った。

 

「俺も嫌だったんです。スピカさんが他人みたいに帰っていくのが」

 あなたは、俺にとって特別な人だから。だから俺から離れていかないで。


 握っていた彼女の腕から手を離し、かわりに彼女と手を繋いだ。有無を言わさず繋がれた手に、スピカさんが動揺した。彼女の一挙一動が全て可愛らしくて、自然と頬が緩んでしまう。




 俺達は手を繋いだまま、ゆっくりと帰路を歩いた。

 このまま、可愛くてたまらない彼女を連れ去ってしまいたかった。

 

 




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