悩める騎士は、今日も店にて彼女を待つ①
レオン視点です。
ヒーロー視点書いておいて、あと2話で終わるわけがなかった……
すみませんがもう少し続きます。
ずっと、なぜ俺は伯爵家にいるんだろうと、そう思って生きてきた。
誰も俺が『伯爵家の人間であること』を望んではいないのに、義父はなぜ俺を縛り付けるのだろうと。
王都より呼び戻されてからというもの、ますますそのジレンマは膨らんでいった。
一人になりたくて徘徊としていた俺は、港町にある店にふらりと入った。そこで偶然出会ったのがスピカさんだった。
その日の帰り道、初対面の彼女へ自分の悩みを打ち明けた。
とても話しやすいスピカさんは、するすると俺の言葉を引き出して行く。その割に彼女からは気の利いたアドバイスが出てこなくて、言葉を詰まらせている姿が可笑しかった。
スピカさんは帰り際、気を遣って「また飲みましょう」と誘ってくれた。こんな重い悩みを聞いても、まだ俺との縁をつなごうとしてくれている。
伯爵家や望まぬ婚約話に疲れきっていた俺の心が、彼女の優しさにじんわりと浸されていくのが分かった。
俺は、この優しく情け深い人にまた会いたくて、サブロさんの店へ通った。
何度かサブロさんの店へと足を運んだが、なかなかスピカさんは現れない。
「おかしいですね、あの子も最近はしょっちゅう店に来てるのだけど……」
タイミングが悪く、彼女とはすれ違ってばかりだった。
偶然通りかかった学園から聴こえた彼女の歌声が、胸に直接響く。歌声だけが胸に残り、会いたい気持ちが募っていった。
しばらくすれ違いが続いてからやっと会えたスピカさんは、俺を見ると嬉しそうに顔を綻ばせた。彼女も俺のことを覚えていて、また会いたいと思ってくれていたようだった。
一度きりしか会ったことの無い彼女への記憶はおぼろげで、思わずスピカさんに見入ってしまった。
彼女は、こんなにも可愛らしかっただろうか。小柄なスピカさんは、頭も手も耳も、とても小さかった。サブロさんの話に頷く度に、肩下まで伸びた彼女の栗毛がとろんと揺れる。
(……『リス』に似ている)
くるくると変わる彼女の表情を、俺は隣でずっと眺めていた。
そんな彼女は、同僚の結婚に嫉妬しているとぼやいていた。サブロさん曰く、同僚が『お持ち帰り』されたように彼女も『お持ち帰り』されてみたいと。
「スピカさんは、そんなの無理じゃないですか?」
思わず、口を挟んでしまった。だって、彼女はそんなの駄目だろう。絶対に駄目だろう。
「だってスピカさん情が深そうだから、相手ともちゃんとしたお付き合いがしたいんじゃないですか?」
俺はしどろもどろに、言い訳を続けた。自分の偏った主観だけで。
「もっと大事にしてくれる男と付き合わないと。こう……デートからちゃんと、手順を踏んで……」
もし自分だったらスピカさんにそうしたいように、彼女にもそういう恋愛を選んで欲しかった。いきなりぺらぺらとしゃべり出した俺を、スピカさんがぽかんと眺めている。なんてことだ。歳上の女性を相手に、自分でも何を言っているんだと思う。
「スピカさんには、誠実な男が似合いますよ」
最後は無理矢理に便利な笑顔を作り、取り繕うように話を締めた。
次の瞬間だった。
スピカさんの大きな瞳から、涙がこぼれ落ちたのは。
俺は震え上がった。
俺が何か言ってしまったから、この可愛い人は泣いている。何か、失礼なことを口にしただろうか。何か……。『お持ち帰り』に夢見た彼女に対して、親父じみたことを言った自覚はある。「お前は説教くさい」と、騎士仲間から言われたこともあるのだ。
女心が分からない俺は、その晩スピカさんに向かってただひたすら謝り続けた。
サブロさんの店は、俺にとって特別な場所になった。
あの店に行けば、伯爵家のことを忘れて彼らと楽しく話が出来る。サブロさんの旨い料理も堪能できる。なにより、スピカさんがいるかもしれない。
俺は、初めて自分の居場所のようなものを持てたような気がしていたのに。
「レオン。今晩は先方と顔合わせがあるので時間に遅れないように」
朝、いきなり義父から告げられた顔合わせ。俺の返事など聞かず、彼はさっさと家を出た。残された俺は、立ち尽くすしかなかった。
俺の人生、何なのだろう。
入団試験に合格して王都に出れば、そこには思い焦がれた自由があった。騎士寮で仲間と過ごし、淡い恋をして、そのまま自分の人生を送れると思ったのに。
また俺は伯爵家で義父のいいなりに戻っている。
絶望感で何もかも投げやりになっていた時に、偶然スピカさんに出会ってしまった。
こんな時に、会いたくなかった。仮面が剥がれそうになってしまう。彼女の前ではいつでも笑っていたいのに。
俺はいつも通りに笑った。何でもないことのように、このあと顔合わせに向かうことを彼女に告げた。
「も、もう婚約者が決まるんですか」
「そうなんです。今日会って、双方の合意があれば」
「合意、するんですか……」
みるみるうちに、スピカさんの顔から色が無くなってゆく。隣を歩いていた彼女の足がぴたりと止まる。そしてそのまま動かなくなってしまった。
「スピカさん?」
「レオン様、展開が早いですよ」
「えっ?」
「ご自分で選びたいんじゃなかったんですか」
そのときのスピカさんの顔を、俺は一生忘れない。俺の婚約が悲しいと、隠そうともしないあの顔を。
顔合わせに行った俺は、ただただ義務として時を過ごした。相手の令嬢も、俺と同じだった。大人しく親に付き添い、好きでもない相手と会い、義務として皆で笑う。
俺達は、誰のために結婚をするのだろう。
頭に浮かぶのは、スピカさんの傷付いた顔ばかり。彼女の表情とは裏腹に、俺の心は喜びで満たされていた。
俺の婚約を悲しむ彼女の気持ちを、嬉しく思ってしまうなんて。顔合わせのさなか、自分の歪んだ感情に驚いた。
帰るなり、俺は義父へ縁談の辞退を申し出た。初めて俺の反抗にあった義父は激怒した。そしてこの家を出ていけと言ったのだ。
俺は喜んで伯爵家を出ていった。このような解放感は、王都にいた時以来だった。
翌日、駐屯所の近くにスピカさんが現れた。気まずそうにする彼女は、昨日の顔合わせがどうなったか気にして会いに来てくれたようだった。
それだけで俺は嬉しかった。自分のことを気にかけてくれるスピカさんの心遣いが。
二人で、夕焼けの港を歩いた。小柄なスピカさんに合わせてゆっくり歩くと、彼女が時々確認するようにこちらを見上げる。そして俺と目が合うと、恥ずかしそうに目をそらす。そんなスピカさんが可愛くて、俺は何度も目を合わせようと彼女に視線を送った。
ベンチに座ったスピカさんに、婚約の辞退を伝えると、声も出さずに驚いていた。喜んではくれないのかと少し寂しく思った私に、また歪んだ思いが芽生えた。
「昨日、スピカさんに言われて考え直したんです」
「私!?」
「自分で選びたいんじゃないのかって、あの時言ってくれたじゃないですか」
こんなことを言えば、スピカさんが責任を感じると分かっていた。分かっていて、俺は彼女に伝えた。
自分はあなたの言葉に従ったのだと、何の罪もない彼女を俺の人生に巻き込むために。
「レオン様は、それで良いのですか。私なんかの余計な一言で、レオン様の人生が変わってしまって」
案の定、スピカさんは自分のせいで俺の人生が変わったと責任を感じてくれた。
俺はぞくぞくした。こんなにも素直に、自分の手に落ちてきてくれたこの人に。
スピカさんが、俺の人生を変えてくれた。もう俺の人生には彼女がいなくては駄目なのだ。
(一生、この人が隣にいてほしい)
俺は港の暗い海をぼんやりと眺めながら、スピカさんとの出会いに感謝した。
次もレオン視点が続きます。




