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夢オチ、死神、PTSD

作者: 淡雪 ほたる


 夢オチの話をしよう。

 夢オチだから、所詮はフィクションのようなもの。

 ――あれだ、『この話に登場する団体名、企業名は実在のものと一切関係ありません』てやつだ。

 そういう、今朝見た夢――フィクションの話をする。

 夢の中で、高校生の僕は死神と出会った。

そいつは、よく漫画で描かれているような恰好をしていた。黒マントを羽織り、禍々しい三日月型の刃の大きな鎌を背負い、顔は目深に被ったフードで隠れている。そんな、テンプレートな死神がそこにはいた。

 雨がしとしとと降る中。夜の住宅街の一角で。

 僕も死神も、傘も差さずに。

 普通なら驚いて逃げ出すなり叫ぶなり腰を抜かすなりするだろう。でも僕は平然としていた。なぜならそれを夢だと認識していたからだ。

 だってそうだろう?

 現実に死神なんているわけがない。頭の悪い僕にだって、それぐらいはわかる。

 死神は言った。

「お前、明日死ぬ予定なんだけど、なにか言い残すことある?」

 今から散歩行くんだけど、一緒にどう? みたいなノリで聞いてくるから、僕は内心でやっぱり夢じゃん、て笑いそうになった。だから僕は言ってやった。

「嫌だー、死にたくなーい」

 めちゃくちゃ棒読みだった。

 しかしその死神はクスっと笑った。なんで笑ってんだよと凄んでみたら(夢だからこそできたことだ。現実だったら間違いなく尻もちをついてビビっていた)、奴は手を振って否定した。

「いやいや、面白いことを言うな、と思って」

 どうやら死神にも人間じみたところがあるらしい。そう思った僕は、一つ試してみることにした。

「面白いか。しかし困ったな。そんな面白い僕はどうやら明日死んでしまうらしい。とてももったいないと思わないか?」

「さて、どうだろう?」

「そう言わずに聞いてくれよ。確かに僕は高校でもつまらない人間だ。過去に何かを成し遂げられたわけでもないし、将来何かすごいことをしてやろうと息巻いているわけでもない」

「それは意識が低すぎるのではないか?」

「最近の若者ってのはそんなもんなんだよ。でもそんな僕でも、つまらない人間なりに死神のあんたを笑わせることができた。そこに少しばかりの希望を見出した」

「ふむ。……それで、何が言いたい?」

「僕はこのほんのわずかな希望にすがって、このどうしようもない世界でもう少し生きようと思うんだけど、どうだろう」

 まあ、要はただの命乞いだ。

 その割に僕は堂々としていた。もしかすると、世界で最も命乞いらしくない命乞いだったのかもしれない。

 しかし僕の真の狙いはそれではない。ただ、今ここで死んでしまうと、この奇妙な夢も覚めてしまうだろう。それはそれでつまらない。だから、もう少しこの夢に付き合うことにしたのだ。

 目の前のびしょぬれの黒套を眺めながら言った。

 やがて、死神は一つ頷いた。

「わかった。お前に猶予をやろう」



どうやら僕の願いは叶えられたらしい。

死神との契約。

そこはかとなく破滅の匂いが立ちこめる響きだ。創作でもえてして、こういう契約を結んだ者は短命に終わる傾向がある。自分はそうはなるまいと思いたいが、経験上僕の夢は、いつもきれいなオチがついて終わるので、死んで現実に覚醒するのだろう、とどこかで悟ってもいた。

「それで、僕はあと何年生きられるんだ?」

「そうだな。お前は今何歳だ?」

「十七歳」

「じゃああと最大十七年だ。それでいいか?」

「? ああ」

 それから死神は滔々と、よくわからない説明をした。

 曰く、人が蓄積してきた記憶の、量ではなく時間が、一人一人一定である。

 曰く、人が生きていられる時間は、記憶期間と同一である。

 つまり僕は十七年分の記憶しか持つことができず、だから最大十七年しか生きられないらしい。

「お前は十七年分の記憶を引き換えに、十七年分の寿命を得られたということだ」

「……記憶をなくした場合、僕はどうやって生きていけばいいんだ?」

「お前が代償にした記憶は、思い出や過去の感情だ。生活上で必要な知恵などは残っている。ただの記憶喪失者になるだけだ」

 相変わらず死神の顔はフードに隠れているが、彼はふっと笑ったような気がした。

 そのまま僕に背を向けて立ち去ろうとする。

「……なあ、死神。僕はどんな風に死ぬ予定だったんだ?」

 死神は歩を止めた。振り返りもしない。

「聞いているのは、車に轢かれて死ぬ、てことだな。それも改変されているだろうが」

「なんでだ?」

「今、お前がそれを聞いただろう。だからお前は明日外出しない」

 なるほど。

「なんだ、死神が僕を殺すわけじゃないのか」

「そうなることもある。だが、普通に事故や病気で死ぬこともある」

「じゃあ十七年後、僕はどうやって死ぬんだろうな」

「さあな。その時にならんとわからんよ。とりあえず明日死にたくなけりゃ、外には出ないことだな」

死神はどこかへ消えていった。残ったのは雨の音だけだった。

雨の音と、失った記憶と引き換えに手に入れた未来だけだった。



そんなわけで十七年分の未来を手に入れた後の僕は、つまらないなりに普通の人生を生きた。ここからの展開は早い。その辺は流石夢だ。

順調に大学進学した僕はそのまま院進し、そこそこの企業に就職した。やがて会社の合コンで知り合った女の子と三十歳の時に結婚し、家を買った。それはもう幸せの絶頂というやつで、夢の中だというのに思わず涙した。それを家内にからかわれた。

そんなわけで、死神との契約のことを僕はついつい忘れていた。それはそうだろう。あんなに幸せだったのだから。まあ夢なんだけどさ。

そして運命の日。その日は定期通院の日だった。

僕は家内を助手席に乗せて、車を運転していた。家内のお腹は大きくなっていた。そこには僕達の最初の子供が宿っている。

雨が降っていた。

家内のこともある。僕は安全運転でハンドルを切っていた。しかし、気づいた時には目の前に黄色い光が二つ現れていて――。

僕と家内は、突っこんできたトラックに潰されて死んだ。僕を元気づけるように触れてくれた家内の手が、だんだん冷たくなっていくのを感じ、これが死というものなのか、と最後に僕は思った。その時の彼女の顔は覚えていない。



いかがだっただろう。これが、僕がさっき見た夢の話だ。ちょっとばかり悲しい話だっただろうか。まあそんなわけで僕は死んで目が覚めたわけだ。だから少しばかり気分が悪い。吐き気すら覚えている。いい夢を見せられただけに、その反動は大きい。僕はそんな幸せな人生を送っていけるような人間ではないというのに。少しばかり傲慢な夢だったと思う。

さて。語るのはそろそろ疲れた。というか喉が渇いた。水を飲みたい。そろそろ四十を迎える年。足も悪くなって、すっかり体は衰えた。こんな万年床に閉めきった窓、薄暗くジメジメした部屋なんかに住んでいるからだろう。布団の周りにはカップラーメンの容器や折れた爪楊枝、開けっぱなしの薬の箱の残骸が並んでいる。まるで引きこもり生活だ。ろくでなしの一人暮らし、ここに極まれり、といったところか。シニカルな笑みを弱々しく口元に張り付けながら、僕は六年ほど前から不自由になった足を引きずりつつ、水道に向かった。

その時、後ろで何かがはためく音がした。ついで、重いものを振りかぶったような大気の流れも。

何の気なしに振り返った。けれど、何もなかった。

何も、なかった。


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