表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/59

弟七章(ともえとよど様)

 毎日、予は捨丸と乗馬訓練をしとった。

 これが痛いのなんのって、たまらんのよ。

 ある時、乗馬訓練のあと、予は身体のあちこちが痛くて、表御殿の一室で苦吟しておった。

 「うーん、痛い、痛い。あっちこっちが痛いよう」

 実際痛いのじゃが、予は横になって身体のあちこちを押さえ、大げさにわめく。

 「ああ。お拾い様、お可哀そう。ど、どこですか、お痛いのは?ともえ、冷やします」

 ともえがオロオロしながら、予のあちこちの打ち身を冷やそうと、水のはいったたらいを持ってにじり寄る。

 チャンスじゃ!

 予は素早くともえの手を握り、引き寄せる。

 「あっ!」

 予はガキとはいえ、でかいし、力もある。

 ともえはあっさりと予の身体の上に倒れこんだ。

 予はともえの頭を抱き寄せ、予の顔のすぐそばまで引き寄せる。

 ともえは恥じらいと、驚きで真っ赤じゃ。

 ほ、ほ、ほ。可愛いのう! 

 じゃが、予は全身打撲でこれ以上は身体がいうことをきかん。

 残念じゃ!で、次善の策じゃ。

 「ともえ、予に膝枕をしてくれ。さすれば予は楽になれる」 

 「は、はい。喜んで」

 「うむ、頼むぞ」 

 ともえが正座をして、にじり寄ってくれたわ、ほ、ほ、ほ。

 「いざ、膝枕を!」 

 「はい」

 うーむ、て、天国じゃ。

 痛みもわすれるわ。

 若いおなごのいい匂い。

 香をたきこめておるの……

 この匂い、若いおなごの体臭と混ざると最高だなぁ……

 知らなかったぞ、こんなに素敵なものだとはのう。

 普通、この手の匂いは、お寺のお香しか知らなかったからなあ、素晴らしいぞよ。

 それに、この頭に感じる布を通した太ももの柔らかさが最高! 

 ただ柔らかいだけではなく、ぱんとした張りを感じるぞよ。

 幸せだなー、時間よとまれ……

 「ともえ」

 「はい、お拾い様」 

 「予は気分よいぞ。予は、予はぁ〜」 

 そこで天国は終わった……

 ず、ずず。

 音と共に、ふすまが開けられた。

 「これはなんとしたことです!いやらしい!」

 びっくりして見ると、そこには怒り狂った淀殿が、母さまがぁぁぁ……

 金襴緞子の豪華な打掛を纏って、仁王立ちである。

 ズドンという音を立てて、予の頭は畳に激突し、ともえはあわてて隅に下がり、平伏する。

 おお、小さくなって震えておるわ、ともえ、可哀そうに。

 予はゆっくりと上半身を起こし、淀殿に言った。

 「これは母上、なぜにこのようなところへ?ここは表でござるぞ。  

 御用があればこちらから伺いまするに。」

 母はずかずかと予の前まで来ると、ぴしりと正座した。

 うわー、かなり怒ってるよ、困ったのう。

 「何度も呼んでいるではありませんか! 

 それに馬から落ちて怪我をしたと聞いて、急いで駆けつけて見れば、何としたことか!

 じ、侍女と戯れておる!

 これが怒らずに居られましょうか!」

 うーむ、機嫌のよいときは、可愛い母だが、どうしたぞ、怖くてたまらん。

 何とかごまかさなくては!

 「母上。こ、これには理由がござって……」

 「どの様な理由じゃ?ちゃんと申せ!」

 「エート、エート」

 て、天国から地獄のため、頭が働かん。

 どうしょう、ほんとの事言うか? 

 この子と楽しく乳繰り合ってましたと。

 いや、この時期、母親にはまずい!

 大騒動が持ち上がって、準備がおくれてしまう。

 何も思い浮かばず、予は母の前に、愛想笑いを浮かべたまま、硬直しておった。

 「こ、これは美しい! 天女様じゃ!」

 素っ頓狂な大声がする。

 びっくりして、見ると、入り口に鈴木孫一が突っ立っておった。

 予も、淀様も思わぬ展開に声もなく見つめていると、孫一め、ずかずかと母の側まで進み、どっかと胡坐をかいてすわりおった。

 そして、言いおった!

 「お前様はなんと美しい! 

 この孫一、生まれてこの方、この様に美しい方にお会いしたことがござらん。

 拙者、何のために生まれてきたのか、やっと解かり申した! 

 お前さまに今日、会うためでござったか!」

 こう言いながら、孫一め、身もだえしておる。

 なんと素晴らしき褒め様か!

  見習わなければならん。

 みよ、母上、予のことなどすっかり忘れて、孫一の方だけを見てござる。

 しかも嬉しそうである。

 チャンスじゃ!

 「これこれ、孫一。この方を誰と心得る。

 天下に名高き大美人、わが母、淀さまじゃぞ」

 「ひいぇ〜っ。こ、これは失礼仕った!」

 大声でわめくと、平蜘蛛のように這いつくばった。

 肩が、振るえまくっている。

 恐れか、感激か、どっちであろうのう?

 「面を上げなさい。直答を許します」

 淀様、先ほどとは打ってかわって優しい声で孫一に話しかけた。

 孫一、顔を上げん。

 これは本気か?本気で予の母に惚れ居ったか?

 なんとまあ、大器なやつじゃのう。

 面白い!しばらく黙って観ていよう。

 「顔をあげなさい。それとも、お拾いの母とわかって、もう見たくなくなったのかえ?」

 顔をあげた孫一、食い入るように見て答える。

 「拙者、かような高貴な方になんということを言ったのでござろうか。

 しかし、切腹を命じられようとも、言いまする。お前様は天女でござる」

 「ほ、ほ、ほ。あな恥ずかしい」

 真っ赤になった母は、豪華な着物の衣擦れをひびかせながら立ち上がった。

 孫一は崇拝の目でそれを追う。

 「孫一とやら、お拾いのことよろしく頼みましたよ」

 「はッ、身命にかえまして!」

 また、平蜘蛛になる孫一。

 母は、満足気に去っていった。

 「これこれ、母は行ったぞ。面を上げい」

 顔を上げた孫一、目がうつろじゃ。

 これはいかん!正気に戻さなくてはのう。

 「これ、無理じゃ。いくら惚れても無駄じゃ。あきらめよ。

 何時ものとおり、予の侍女にちょっかい出しといたほうが無難じゃよ」

 「そ、その様なことはわかっており申す! 

 淀様は女にあらず、天女さまじゃあ!

 手を出すものにあらず、拝むもの!

 それだけで大満足でござる……」

 「ふむ、それなら結構、母にいわれた通り、予に励めよ。」 

 「もちろんでござる。ではごめん!」

 孫一、さっさと下がっていった。

 「あいつ、一体なにしに来たのやら。

 まあ、よい、ともえちゃん、膝枕の続き頼むよ」

 予が甘えて催促するも、ともえは動かぬ。

 「お拾い様も、ともえにちょっかいを出されているだけですか?

 それでもともえはいいですけど、今日はお許しください」

 顔を両袖で隠し、急ぎ出て行ってしまった。

 しまった、孫一に言ったことを聞いておったな。

 仕方ないのう。

 あとで機嫌とらなくてはのう。

 一番すきなのはともえに間違いないのじゃが、立場上しかたないからのう。

 ともえもわかってはいるとは思うのだが、つらい思いをさせたかのう。

 孫一のくどき文句を見習おう。

 しかたない、不貞寝じゃ。

 予は昼寝じゃ……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ