弟七章(ともえとよど様)
毎日、予は捨丸と乗馬訓練をしとった。
これが痛いのなんのって、たまらんのよ。
ある時、乗馬訓練のあと、予は身体のあちこちが痛くて、表御殿の一室で苦吟しておった。
「うーん、痛い、痛い。あっちこっちが痛いよう」
実際痛いのじゃが、予は横になって身体のあちこちを押さえ、大げさにわめく。
「ああ。お拾い様、お可哀そう。ど、どこですか、お痛いのは?ともえ、冷やします」
ともえがオロオロしながら、予のあちこちの打ち身を冷やそうと、水のはいったたらいを持ってにじり寄る。
チャンスじゃ!
予は素早くともえの手を握り、引き寄せる。
「あっ!」
予はガキとはいえ、でかいし、力もある。
ともえはあっさりと予の身体の上に倒れこんだ。
予はともえの頭を抱き寄せ、予の顔のすぐそばまで引き寄せる。
ともえは恥じらいと、驚きで真っ赤じゃ。
ほ、ほ、ほ。可愛いのう!
じゃが、予は全身打撲でこれ以上は身体がいうことをきかん。
残念じゃ!で、次善の策じゃ。
「ともえ、予に膝枕をしてくれ。さすれば予は楽になれる」
「は、はい。喜んで」
「うむ、頼むぞ」
ともえが正座をして、にじり寄ってくれたわ、ほ、ほ、ほ。
「いざ、膝枕を!」
「はい」
うーむ、て、天国じゃ。
痛みもわすれるわ。
若いおなごのいい匂い。
香をたきこめておるの……
この匂い、若いおなごの体臭と混ざると最高だなぁ……
知らなかったぞ、こんなに素敵なものだとはのう。
普通、この手の匂いは、お寺のお香しか知らなかったからなあ、素晴らしいぞよ。
それに、この頭に感じる布を通した太ももの柔らかさが最高!
ただ柔らかいだけではなく、ぱんとした張りを感じるぞよ。
幸せだなー、時間よとまれ……
「ともえ」
「はい、お拾い様」
「予は気分よいぞ。予は、予はぁ〜」
そこで天国は終わった……
ず、ずず。
音と共に、ふすまが開けられた。
「これはなんとしたことです!いやらしい!」
びっくりして見ると、そこには怒り狂った淀殿が、母さまがぁぁぁ……
金襴緞子の豪華な打掛を纏って、仁王立ちである。
ズドンという音を立てて、予の頭は畳に激突し、ともえはあわてて隅に下がり、平伏する。
おお、小さくなって震えておるわ、ともえ、可哀そうに。
予はゆっくりと上半身を起こし、淀殿に言った。
「これは母上、なぜにこのようなところへ?ここは表でござるぞ。
御用があればこちらから伺いまするに。」
母はずかずかと予の前まで来ると、ぴしりと正座した。
うわー、かなり怒ってるよ、困ったのう。
「何度も呼んでいるではありませんか!
それに馬から落ちて怪我をしたと聞いて、急いで駆けつけて見れば、何としたことか!
じ、侍女と戯れておる!
これが怒らずに居られましょうか!」
うーむ、機嫌のよいときは、可愛い母だが、どうしたぞ、怖くてたまらん。
何とかごまかさなくては!
「母上。こ、これには理由がござって……」
「どの様な理由じゃ?ちゃんと申せ!」
「エート、エート」
て、天国から地獄のため、頭が働かん。
どうしょう、ほんとの事言うか?
この子と楽しく乳繰り合ってましたと。
いや、この時期、母親にはまずい!
大騒動が持ち上がって、準備がおくれてしまう。
何も思い浮かばず、予は母の前に、愛想笑いを浮かべたまま、硬直しておった。
「こ、これは美しい! 天女様じゃ!」
素っ頓狂な大声がする。
びっくりして、見ると、入り口に鈴木孫一が突っ立っておった。
予も、淀様も思わぬ展開に声もなく見つめていると、孫一め、ずかずかと母の側まで進み、どっかと胡坐をかいてすわりおった。
そして、言いおった!
「お前様はなんと美しい!
この孫一、生まれてこの方、この様に美しい方にお会いしたことがござらん。
拙者、何のために生まれてきたのか、やっと解かり申した!
お前さまに今日、会うためでござったか!」
こう言いながら、孫一め、身もだえしておる。
なんと素晴らしき褒め様か!
見習わなければならん。
みよ、母上、予のことなどすっかり忘れて、孫一の方だけを見てござる。
しかも嬉しそうである。
チャンスじゃ!
「これこれ、孫一。この方を誰と心得る。
天下に名高き大美人、わが母、淀さまじゃぞ」
「ひいぇ〜っ。こ、これは失礼仕った!」
大声でわめくと、平蜘蛛のように這いつくばった。
肩が、振るえまくっている。
恐れか、感激か、どっちであろうのう?
「面を上げなさい。直答を許します」
淀様、先ほどとは打ってかわって優しい声で孫一に話しかけた。
孫一、顔を上げん。
これは本気か?本気で予の母に惚れ居ったか?
なんとまあ、大器なやつじゃのう。
面白い!しばらく黙って観ていよう。
「顔をあげなさい。それとも、お拾いの母とわかって、もう見たくなくなったのかえ?」
顔をあげた孫一、食い入るように見て答える。
「拙者、かような高貴な方になんということを言ったのでござろうか。
しかし、切腹を命じられようとも、言いまする。お前様は天女でござる」
「ほ、ほ、ほ。あな恥ずかしい」
真っ赤になった母は、豪華な着物の衣擦れをひびかせながら立ち上がった。
孫一は崇拝の目でそれを追う。
「孫一とやら、お拾いのことよろしく頼みましたよ」
「はッ、身命にかえまして!」
また、平蜘蛛になる孫一。
母は、満足気に去っていった。
「これこれ、母は行ったぞ。面を上げい」
顔を上げた孫一、目がうつろじゃ。
これはいかん!正気に戻さなくてはのう。
「これ、無理じゃ。いくら惚れても無駄じゃ。あきらめよ。
何時ものとおり、予の侍女にちょっかい出しといたほうが無難じゃよ」
「そ、その様なことはわかっており申す!
淀様は女にあらず、天女さまじゃあ!
手を出すものにあらず、拝むもの!
それだけで大満足でござる……」
「ふむ、それなら結構、母にいわれた通り、予に励めよ。」
「もちろんでござる。ではごめん!」
孫一、さっさと下がっていった。
「あいつ、一体なにしに来たのやら。
まあ、よい、ともえちゃん、膝枕の続き頼むよ」
予が甘えて催促するも、ともえは動かぬ。
「お拾い様も、ともえにちょっかいを出されているだけですか?
それでもともえはいいですけど、今日はお許しください」
顔を両袖で隠し、急ぎ出て行ってしまった。
しまった、孫一に言ったことを聞いておったな。
仕方ないのう。
あとで機嫌とらなくてはのう。
一番すきなのはともえに間違いないのじゃが、立場上しかたないからのう。
ともえもわかってはいるとは思うのだが、つらい思いをさせたかのう。
孫一のくどき文句を見習おう。
しかたない、不貞寝じゃ。
予は昼寝じゃ……