第四章(羅都鬼の誕生)
城の中には馬場がある。
予は捨丸を従えて視察に行った。
馬を確かめにいったのだ。
予は馬に乗れん。
今の八歳も、こうなる前の十八歳も、共にだめじゃ。
どうやって関が原まで行くか?
八歳の子供だ、普通、輿か駕篭だろうな。
しかし、それでは迅速な行動がとれんし、かっこ悪い。
見かけはこの際、大事である。
だからどうしたもんか、頭を悩ませておる。
まあ、現場に行ったら、なんとか成るであろうと、やって来た次第である。
幸い、捨丸は馬術に長けている。
予が見ても惚れ惚れする。
聞くところによると、槍、弓、鉄砲、組討、体力すべてにおいてナンバーワンらしい。
なんでこの様な男が、一介の母衣衆に甘んじているのか?
やはり万事に控えめで、妙に品がよいのが仇となったのであろう。
実力の世界では、実力半分、はったり半分でなければ出世せん。
真面目だけでは成功せん。
というて不真面目ではますます成功せん。
頭の中の、データの結論である。
当たり前すぎて、我ながら面白くない。
今後、予は太く、しかし長く、という欲張りな人生をめざすぞ。
馬小屋についたぞ、臭いからすぐわかったぞ。
これ馬役人よ、予の馬はどれじゃ?
「あぶない!その馬によるな!蹴り殺されるぞ、わっぱ!」
予はびっくりして凍り付いてしまった。
捨丸がすばやく予の肩を抱き、引き寄せてくれた。
「ブヒヒン!」
目の前のでかい馬は、予を蹴り飛ばし損なっていかにも残念そうに鳴きながら柵の中で暴れておる。
「あぶないのう。ここで一生終わるところであったぞ、捨丸、ありがとうな」
「はッ、驚きました。これ、馬役人、危ないではないか。この様な怪物。もっと厳重に囲んでおけ」
「へッ、がきの一人や二人、どうって事あるか!近づくほうが悪い。恐れ多くも、太閤秀吉さまが中納言、秀頼様に贈られた馬であるぞ。外国産の化け物馬じゃ」
馬役人はいばって答えた。
「これ、ここにおられる方が秀頼様じゃ」
「ひエー」
驚きあわてて馬役人は土下座する。
頭を地面にこすりつけ、必死である。
「あー気にするでない。実際、予が悪かったのじゃ。お前の声で蹴られずにすんだ。感謝しておるぞ。聞きたいことがある、頭をあげい」
「へッ、へー」
いっこうに頭をあげようとしない。
これこれ、馬糞のなかに頭、つっこんでおるぞ、おぬし。
「秀頼様に直答せよ!」
捨丸がどすの聞いた声で怒鳴りつけた。
ふむ、捨丸もなかなかやるようになったのう。
「へ、ヘイ」
馬役人が顔を上げた。その額には大きなば、馬糞が!
こ、これ捨丸、笑うでない。
予のか、カッコいいところが、みせ、みせ……
ぶ、は、は、は、は。
「わは、わは、わは、は、は、は」
馬役人も笑いだし、われら3人ひとしきり笑った、笑った。
このところ気詰まりなことのみであった為、きぶんが晴れたぞ。
これですっかり仲良くなった馬役人に聞いたところによれば、この怪物馬は、毛唐からの献上品である。
だが、非常に気性が荒く、何人も下人が蹴り飛ばされておる。
一人、蹴り殺されたとのこと。
普通なら、殺して革の材料にしたいところなれど、秀頼様の馬なればそれも出来ず、苦慮していた。
丁度よいので、殺す許可をくれとの事だ。
まあ、馬刺しにしたら美味そうだが、それも可愛そう。
なんとか調教できぬかな?
「それで、名はなんと言うのじゃ?」
「幸運、という変わった名前と聞き及びますが、なんのなんの、こいつは我ら馬役の者どもにとっては、悪運でございます」
「それに、そう呼びかけても反応いたしません。人を蹴る事のみにしか興味なさそうな、悪鬼の様な馬でございます」
うむ、予がこれに乗れれば百人力。
予の代わりに戦ってくれそうな馬じゃな。
しかし、予は前世も含め、馬に乗ったことがない。
これでは無理だな。
せめてこいつと親しくなれれば、代理に捨丸を乗せて守ってもらえるものを。
あーなにか、ホントに幸運の神様が舞い降りてこぬものか。
幸運?そうじゃ、この馬の名前はラッキーかもしれん。
外人はよく犬にこの名を付けとったぞ。
「ラッキ、ラッキ」
すると、今までそっぽを向いておった怪物がこちらを向いた。
やはりか!予は近よろうとした。
「危のうござる」
捨丸が予を抱きかかえて近寄せてくれない。
「それもそうじゃの。何か機嫌を取らねばならんの。」
馬の好物と言えば、にんじん、この時代、あったかの?
「にんじんはあるか?」
予は馬役人に問うた。
「そのように高価なもの、ここにはありません。医者なら、あるいは有るところを知っておるやもしれません。しかし、外国の馬はにんじんを食べるのですか?初めて知り申した」
う、しまった、このころは高麗にんじんしかないのだな。
それなら、角砂糖、それもないかな?
そうだ、あれがあった!
「誰かを奥御殿まで使いにだしてくれ。侍女頭のともえに金平糖を持ってくるように言うのじゃ」
馬役人はただちに側に控えておった下人に命じた。
そいつはすっとんでいきおった。
それまで、はなれた位置でラッキ君とお友達になろうかな。
「これ、捨よ。手を離してくれ。大丈夫、ともえが秘密兵器をもって来るまで離れておくから」
予は馬柵から少し離れて立った。
「ラッキ、ラッキ。ごきげんいかが?」
すると馬は予のほうに近づいてきた。
まだ眼は血走り、鼻息あらいが、名前を呼ばれたことに興味を持っているようだ。
「おう、大変だったな、ラッキよ。知らない人の間に放り出されて、心通うものとて無く、淋しかったろう。どうじゃ、予とお友達にならんか。似たような境遇じゃ、きっと親友に成れるぞ」
などと、ともえが来るまでしゃべりっぱなし、周りの者たちは予のおしゃべりの長さにビックリしてたぞ。
それにラッキもな、ほ、ほ、ほ。
小半時(三十分)もして、予がしゃべり疲れた頃、やっとともえが来た。
「おお、待ちかねたぞ。それをよこせ」
予は受け取った金平糖をたっぷりと左手に取り、それをズイと突き出して、ラッキに近づいていく。
皆の者が心配しておるのがわかる。
予だって怖いぞ。
しかし、動物と対処する時は、自信を持って上から目線でいくと大丈夫。
予が前世で、飼い犬との経験で学んだことじゃ。
自信あるぞ、ほ、ほんとじゃぞ……
「ブヒヒン!」
「お、食いよった!皆の者、見い。喜んでおるぞ、ラッキが!」
周りに居た、馬役の役人、下人どもがやんややんやと褒めたたえおるわ。
気分よし!
予はラッキと友になったぞ。
嬉しくてラッキの首をかき抱き、撫で回す。
ずいぶんと馬くさいのう、手入をしてもらってなかったのじゃな、可哀そうにのう。
「これ、皆の者。予はラッキと友になったぞ。これからは世話させてくれよう。ちゃんと面倒みるのじゃぞ」
皆、恐れ入ってへ、へーッとなっておる。
そうじゃ、よい事を思いついた。
ラッキに捨丸を乗せ、予が後ろに乗っていけばいいのじゃ。
あの巨体、我ら二人とて平気であろう。
「これ捨よ。こちらに来てラッキを撫でい!」
「そちが乗る馬ぞ。仲良くなっておけ。なんじゃその顔は。そちが乗りこなして、予を後ろに乗せるのじゃ。良いな」
このかなり身勝手な予の命令に、一瞬ひるんだ捨丸であったが、そこはそれ。
直ちに覚悟を決めると、ズイと近寄り、ラッキに触れた。
ピクッとはしたものの、ラッキは大人しく捨丸に触らせている。
うん、これでよいぞ、成ったわ!
「あとは頼んだぞ。十分ラッキを乗りこなしたら呼べよ。時間が無い。2日で頼む。その後、予も後ろに乗る訓練をしなければならん。よいな!」
そう言って、予はともえの手を取り奥へ帰ろうとした。
まだまだやることが多いでの。
「あ、お待ちくだされ、お拾い様!」
珍しく捨丸の方から声をかけてきた。
「何じゃ?」
「この馬の名はなんと申しましたか?今一度お教えください」
「ん、安きこと。紙に書いてやろう」
「だれか、紙と筆を早くもってこい!お拾い様にお持ちしろ」
役人どもは大騒ぎして紙と筆を持ってきた。
側では下人が一生懸命、墨をすっておる。
できたか、それではラッキ、とカタカナで書こうとしたが、この怪物馬にはふさわしくないのう。
そうじゃ、暴走族風でいこう。
『 羅都鬼 』
「らっきと読む。強そうな名じゃろう?」
ほほーツ、天才少年の才に、皆感じ入る。
違う違う、十八歳のおたくだよ〜
などと思いながら、ともえと手を取りあって予は馬小屋を後にした。
「ともえちゃん。予は馬臭くないかい?」
「いいえ、お拾い様。ちっとも」
などと、乳繰り合いながら、予は奥へ帰つた。
ほ、ほ、ほ、楽しいのう。
* * *