第十九章(秀頼と正則)
気がついたら、翌朝の布団の中であった。
なんだか、夢を見ていたかのようだったが、楽しかったのう。
じゃが、そろそろ現実に戻らねばならん。
今後、どうするかじゃが、一体、どうしたもんか……
この大坂城近辺の、現在の状況が余りわかっとらん。
史実での状況は、どうじゃったか?
うろ覚えじゃし、石田三成の例もあるしのう。
予の介入で、だいぶ違っているかも……
と、とにかく覚えてることだけでもここに列挙してみるか。
えーと……
関が原の戦いの前に、ここから一番近い伏見城は西軍四万が攻めて、
徳川の、たった千八百名を攻めきれんかった。
仕方なく、城内の甲賀衆を裏切らせて、やっと攻略。
城攻めの難しさを示しとるのう。裏切り者が出らんかったら、どうなったであろうか?
しかし伏見に入っておった西軍は、あっという間に霧散しおった。
そして、現在誰だか知らんが、素早く、徳川の兵がはいっとるそうじゃ。
あそこは予も押さえておきたかったが、先に押さえられてしもうた。
家康は、あそこを予の攻略の起点にするつもりかのう。
この間、遭遇した徳川兵は、あそこから出張って来ていたのであろうか?
次に、琵琶湖畔の大津城は、立花宗茂が中心となって、攻めたが、
時間がかかって、おかげで皆、関が原に間に合わなかったはずじゃ。
他に、丹波の田辺城を誰か攻め取ったな?詳しくは忘れたわ。
他も、色々、東軍や、西軍が入り乱れとったようじゃが……
それらはどうなったのか?この情報の遅い時代では今のところ、さっぱりわからん。
きっと予の介入で全然変わっておるかも……
まあ、よい。
史実はもうあてにならん、でたとこ勝負じゃ……
予はぶつぶつ言いながら、朝食と歯磨きを終え、ついでにおしっこも済ませた。
そして表御殿に向かう。
* * * *
重臣たちを表御殿に招集し、会議を行う。
会談では員外として、祐筆のほか、ともえを予の後ろに、秘書として控えさせている。
ともえも、ようよう慣れて、忘備録に筆を走らせている。
もちろん、祐筆にも速記を予は命じている。
関が原の戦いに参加した西軍の武将は、誰も大坂城に来ておらん。
唯一帰ってきた三成は、予が切腹(?)させたしのう。
他の武将は死んだか、捕らえられたか、逃げておるか……
しっかし、誰もこんというのは、おかしいのう。
確か、大津を攻めとった立花は、ここに一旦、立ち寄ったはず。
そして、九州に帰ったんじゃなかったかのう?
歴史のゆり戻しが起きてるのかもしれん。
元に戻そうとして、予に不利なように世の中が動いてるのかも?
あり得るのう……
こりゃ、今後、家康に勝って、成り代わるのはたやすくはなさそうな様子じゃのう、
うーむ……
ところで、関が原の近くまで草、いわゆるスパイみたいなもん、を派遣しといた。
その者が帰ってきており、関が原の様子が大体分かってきた。
東軍の先鋒として福島正則が奮戦しておる。
東西軍、激突して中々の戦いであったが、西軍には日和見して動かない武将がたくさん出た。
これでは西軍が勝てるわけがない。
そのうち家康と約束しといたのか、小早川秀秋が裏切った。
それを転機として一気に西軍は崩れ、敗北した。
そして、毛利一族の吉川広家は動かず、毛利秀元は動けなかったのか。
こ、これは!史実どおりではないか!
当たり前か?予がつっつく前のことじゃからのう、ほ、ほ、ほ。
「ふうむ、小早川、吉川からは連絡あったかの、輝元殿?」
「小早川からは連絡はありません。もう、厳密には一族ではござらんし……
広家、秀元には直ちに軍勢をまとめ、ここ大坂城に来るよう命じてあります」
「で、広家からはなんと?」
「家康殿に、自分がとりなすので、心配するなということでありました。
とにかく、夜を徹してすぐ来いと命じておりますので、
二〜三日中にはお目通りさせられると思います。
秀元は広家に邪魔されて、戦えなかったと憤っておりました。
これもすぐ来ると思います」
「この間、相談した通りにたのむぞ」
「は、わかっており申す」
「ところで、近辺の、関が原に参加できなかった将たちはどうなったんじゃ?」
「は、今までに分ったことをお話しいたしますと……
だいたいが、関が原の結果を知りますと、どなた様も、尻に火がついたように、
あわてて自領に帰られた様子でござる。
………西軍方だけでなく、東軍方もでござる」
「うむ?西軍方はわかるとして、東軍方はなんでじゃ?」
「おそらく、先に、一戦して東軍に、勝利を治められた秀頼様の噂を聞きつけ、
これは一筋縄ではこの戦、終わらん。
されば……己が領地、大事、ということで動かれておられるのでござろう」
「なーる……これは面白し!」
「主のおらぬ間に、領地を攻め取られる恐れが出てきますでのう」
「そ、そうじゃ、そうじゃ、ほ、ほ、ほ」
これは良いわ。日本国中、領土争いが激しくなってくれた方がよいわ。
さすれば、みな、家康の言うことなど聞かんであろう。
史実どおり、家康をみなが天下人と思うて、素直に従われては、予はお終いじゃ。
「祐筆よ、家康の弾劾文は出来たか?」
「はッ、ここに。」
「なんだ?これでは数が少ないではないか!
徳川家中以外は全ての武将に送るのじゃ、良いな!
そして、福島正則には予の自筆文を特別に送り、一度会いたいと伝えるのじゃ。
すでに、高台院さまから、取り成しの文が行っておるはずじゃ。
そして、やつをこちらに取り込めば、こちらに味方するものが増えるわ。
ま…増えるとは思うぞよ。
少なくともこちらにつかんでも、独立して動く者あらば、
この段階では予は大歓迎じゃよ。」
他の重臣どもは、話の展開についていけず、ボーっとしておる。
つかえぬのう。そのうち、更迭して、全員入れ替えをしなくてはならん。
その他、大坂城でのろう城について、細かく話し合うのに時間が取られてしまった。
* * * *
予は例のごとく、疲れて奥に帰り、夕食をとった。
最近、毒見をともえにさせているので、一緒に食事しておる。
ふたりで食べると、冷えた食事もおいしいのう。
で、ふたりで、房楊枝で楽しく歯を磨いていた。
その時、草が、高台院様からの文を持ってきた。
その内容はというと、福島正則は予と合うことを承諾したが、
大坂城以外で秘密に会いたいと希望しているという内容であった。
予は直ちにともえに命じ、返書を書かせた。
『承知。ただし、明後日正午、父、秀吉を祭った、
京の、豊国神社の境内で会いたい、そこで待て』
ともえは直ちに清書した。
予は一瞥すると頷き、ともえをほめた。
「うん、うまい字じゃのう」
ともえは喜んだ。
予は密書を草に渡し、下がらせると、ともえに命じた。
「予は疲れた。寝るぞ。ともえが先に寝室に入るのじゃ。
準備できたら、そちが呼べ、よいな?」
ともえは恥ずかしそうに頷き、寝室にはいった。
よし、今宵こそ、ほ、ほ、ほ。
* * *
京のはずれに豊国神社はある。
現代の場所とは全然違う場所じゃ。
阿弥陀ヶ峰山の麓にある。
しかも、すごく広いのう。
じゃが、荒れ果ててしまっておる。
というより、少しでも売れそうなものは盗られておる。
ここを管理するものがおらぬようじゃのう。
なにもかも盗られて、ひどいものじゃ。
予は荒れ果てた境内の真ん中に、床几に腰掛け、
風になぶられておった。
まわりは、薮だらけじゃ。
予の服装は、豪華な錦織の着物に袴じゃ。
後ろに、予の守護神たる棄丸が南蛮渡来の鎧に身を纏い、
手には短槍を持ち、仁王だちしている。
待つことしばし、予と棄丸は無言であった。
ああ、風が気持ちよい、久しぶりにのんびりするのう。
予はうつらうつらし始めていた。
戦鬼が咆えた。
「多数の馬が近づいてきます。ご準備を!」
「アー心配せんでよい。心の準備は出来ておる」
そう言って、予は眠気を覚ますべく、気合を入れるべく、
顔をバチン、バチンと叩いた。
う、痛い。ホントに目が覚めたわ。
大きく馬の足音が近づいてきた。
それとともに、がさつな大声が聞こえる。
突然、林をぬけて、人が現れた。
先頭には赤ら顔の、ひげ面の男、品は余り感じないのう。
その男の後ろに、似たような男たちが二〜三十人。
馬は、すぐそこに置いてきたらしく、徒歩であった。
しかし、全員甲冑に身をまとい、刀、槍をもつ。
さすがに、予をはばかってか、兜はかぶっておらん。
予から一間(約1.8m、)の距離をとり、
赤ら、ひげ面は、どっかと胡坐をかいた。
男たちも、後ろでそれに習う。
「お久しぶりでござる。福島正則でござる」
大きく頭を下げた。後ろの兵どもも、一斉に従う。
ふん、なかなかの兵を連れてきたのう?
予はわずかに頭を傾け、返礼する。
「久さしいの。といっても予は子供じゃから、長いことこんと、忘れるぞ」
「は、は。これは、これは……
噂によると、秀頼様は、神童になられたとか。
たしかに年とともに、立派になられましたなぁ……」
正則は赤黒く焼けた月代に手をあて、笑い転げた。
それにつれ、後ろの兵たちも同様に笑う。
ふむ、おぬしの親衛隊じゃのう……
予の親衛隊と、どちらが強いかの。
予は正則に言った。
「かか様にも言うたが、わが父が豊臣を心配して、知恵の神を予の中に送り込まれたのじゃ。
これ、うろんな顔するな!
このところの予の活躍で、うなずけるであろう」
信じられんという顔で、正則、答える。
「ここにくるまで、影武者であろうと思うとりましたが、違いすぎまする。
こりゃ、『神様にとり付かれた』というのはまんざらでもござらん」
ふむ、こいつ、関が原で勝って態度が大きくなっておるな、一度、凹ませねばならんのう。
法螺なら、予の得意とするところよ。
「今、知恵の神の手助けで、地獄から父、秀吉様が、予に降りてこられておる。
ちょっとだけだから、心して聞けよ」
正則、びっくりして言葉もない。
予はすばやく一間をとびこし、正則の月代を扇子でぶったたく。
「市松、おまえはなぜ、家康の味方をした!
大馬鹿者め、このこの!」
次の瞬間、予はすばやく後ずざりして床几にもどる。
棄丸が横に来て、槍こそ上を向けておるが、
顔だけでも殺せそうに怖い顔で、福島勢をにらむ。
正則、たたかれた所を両手に持ち、唖然としておる。
他の者たちは衝撃から立ち直り、今にも予に襲いかかってきそうな形相じゃ。
「今のは、まことに太閤さまでござるか?」
「さてのう、父かもしれんし、予かもしれん」
「おおッ……一本とられました。
この正則、いや、市松は以後、秀頼様のため、地獄だろうと行きまする」
「ふむ、助かる。じゃが、予はあと八十年は地獄にいかんぞ。 現世のみでよいぞ」
「は、は、は。わかりました。は、は、は」
みんな大笑い、冗談の通じるやつで良かったぞ。
殺さなくてすんだ……
「しかし、秀頼様も大胆な方でござるな。
拙者が家康の間者で、とらえようとしたら、大変でしたぞ。
拙者が言うのもなんですが、もそっと気をつけられたほうがよいですぞ」
「ふむ、大胆になるべき時はなるべし。それにじゃ……」
「これを見よ!」
予は、棄丸に目で合図した。
棄丸が大きく左手を振る。
周りの薮が一斉に飛んだ。
あたり一面、たこつぼ(身を潜める穴)だらけだ!
中では、秀頼親衛隊が20丁、福島勢を狙う。
「これは、これは。命びろいをしたのは拙者たちでしたか」
「それだけではないぞ、これを見よ。羅都鬼、羅都鬼!」
ドドドという足音がして、羅都鬼を先頭に馬たちが駆け込んできた。
棄丸がすばやく乗り、予を引っ張りあげる。
他の兵たちもすばやく乗馬する。
正則たちは唖然とするばかり。
「見よ、予が鉄砲騎兵隊を!そして、予がおんぶ大将じゃ。」
福島勢、思わず平伏した。
「へ、へー。」
「正則よ、大坂城で会おうぞ。楽しみにしておるぞ!」
「へ、へー。」
「出発じゃ!」
「おんぶ大将!おんぶ大将!うぉーッ」
福島勢が平伏する中、おんぶ隊は疾走して去って行った。
夕日に向かって小さくなって行くおんぶ隊の上に、《完》のマークが思い浮かぶ作者でした。ええ〜、おんぶ大将第一部完でございます。なにぶん長編は初めてなので、このくらいの長さがいいかと……思ったのですが、結構読んでいただく方が多いようなので、第二部も書こうかな〜と思ってはいるのですが。一応、筋は考えてありますが……よろしかったら評価おねがいします。