第十六章(高台院〜その壱)
通信手段の限られるこの時代、われらの進撃に、情報はおいつかんじゃろう。
まして、予がこんなに身軽に動き回るとは思うまい。
大体、非常識な行動じゃからのう、ほ、ほ、ほ……
敵の混乱が落ち着くまでに、高台院様との話し合いをすませて大坂城に帰るのだ。
さて、やっと京の高台院様の隠居場所に到着した。
高台寺という臨済宗の寺で、秀吉様を弔うためにまんかか様が開創した寺じゃ。
うむ、立派な寺じゃのう……
さすが、今はなき、太閤秀吉様が正室、ねえねえ様じゃ。
まんかか様にふさわしい、堂々たる門構えの寺ぞ。
しかし、ねえねえさまとはぴんとこん名じゃなぁ……
どこで変わってしまったのか?
ここが問題じゃのう。
まあ、それはとりあえず、良いとしよう。
はやく境内に入らねばならん。
「たのもー。開門なされませ!豊臣のものでござる!」
「たのもう、たのもう」
いくら呼んでも返事がない。
これは居留守を使われておるのか?
ここまで来て、どうしたことじゃ……
時はすぎてく……
予に時間の余裕はないのだ。
ええーい、もう待てん!
予の正体をここで明かすは危険だが、仕方なし。
「これ、門番よ。まんかか様の子の、秀頼じゃ、羽柴秀頼じゃ。
母に会いに来た!」
静かだった門のむこうで動きが起きた。
ばたばたと足音が響く。
ふうー、これでなんとかなるかな?
待つこと四半時(三十分)、やっと門が開いた。
そこには正装した老女がひとり、真ん中に立っておった。
「高台院さまか?」
予は馬上にて問う。
いささか失礼な態度であるが、待たされて予は、頭にきとったのだ。
このばばさま、ひょっとして化粧に時間がかかったのではあるまいな?
「おやまあ、ご立派になられて、考蔵主でございます。おひさしゅう」
「さようか……はいるぞ」
こんなばーさんなんぞ、覚えとらんが早く隠れなくてはならん。
幸い、境内が広く、二十一頭がすべて、入れるだけの余地があった。
羅津鬼も大人しく待っているのじゃぞ、予はかれにすりすりしてから離れた。
「では高台院さまのもとへご案内いたします」
「うむ」
連れて行かれた部屋には、ばーさんが居並んでおった。
加齢臭と線香のまざりあったにおい……
少々、予にはきついものがあるが、すこしの辛抱じゃ、我慢、我慢。
部屋の真ん中におかれた、分厚い座布団の上に、どっかとあぐらをかく。
正面には決して美人ではないが、親しみやすそうな眼のくりっとした老女。
いや、まだ老女というのは早すぎる、大年増だ、まだまだいけるでござるよ。
予は頭を下げて言った。
「おひさしゅう、まんかかさま」
高台院殿は満面の笑みをうかべていった。
「おお、お拾い殿、立派になられて。
ご活躍、聞き及んでおります。中のかたもよろしく」
おいおい、人払いしてから話してくれよ、スパイがごろごろしてんだから。
「ほ、ほ、ほ。この所、忙しくて自分が八歳なのをころっと忘れておりまする」
予はすっかり癖になった公家笑いをして言った。
「おほ、ほ、ほ……まあ……
秀頼どの、すっかり公家様ですねえ」
「いやー。子供と思って、馬鹿にされぬ為の苦肉の策でござったが、
すっかり癖になりました、ほ、ほ、ほ」
「ねえねえにも、秀頼どのがおとなに見えまする、すてきですよ」
高台院殿が、口元をすそでおさえ、笑みを含んでそういわれる。
なかなかの魅力じゃ、予も惚れそうじゃ。
ん?予はおなごに惚れっぽいな、守備範囲も広そうな……
そうだ、本題にはいらねば!
「この非常事態、予は子供でおられません。
守護神が、大人にしてくれました。
ところで、人払いをいお願いします」
予は時間がないので単刀直入にいった。
「はいはい。皆の者、遠慮せよ。」
老女たちは我らに一礼すると、ゾロゾロ出て行った。」
広い部屋に高台院と予のみとなった。
予は立ち上がると、両隣の部屋をうかがう。
よし、誰もおらんな……
再び座布団の上にどっかと座り、一礼する。
「お初にお眼にかかる。お拾いともうひとり、それが今の秀頼でござる」
「承知いたしております。もともとこちらの手違いで起こったこと、まことにすみませぬ」
高台院殿は深く予に向かって頭をさげた。
「あ、まんかかさま。すでに予は、混ざり合って秀頼、豊臣家の嫡男になりきっております。
いままでどおり、子と思い、至らぬところは叱ってくだされ」
予も高台院殿に向かって頭をさげた。
「うれしいお言葉じゃ。わらわは、このままでは豊臣家があぶない。
三成は家康殿との戦、とても勝てぬと思い、
わらにもすがる思いで子飼いの祈祷師に相談いたしましたのじゃ。
その結果、わらわが思うてもみなかったことになりました。
これ、これより後は、うねめ、お前がお答えするがよい」
突然、床の間が開いた。そこには白い人影が!
予はびっくりして思わず脇差を投げつけそうになった。
「あの女か!相変わらず予をびっくりさせるのう、
もう少しで脇差を投げるところであったぞ」
その女は高台院の斜め後ろに座ると、平伏した。
若くははない、大年増だな……
「申し訳ありません。すべて私の責任でございます。
あなた様のたましいを、黄泉の国から無理やり秀頼さまに移し変えたのは私でございます。
あなたさまのやすらかなあの世行きをじゃましてしまいました。
この上はいかようにもなさりませ。覚悟しております」
おい、おい……
予はまだ死にたくないぞ、あの世はいくものか。
しかも地獄行きが待っているとおぬし言ったではないか。
してみると、この大年増のおかげをこうむっているのかもしれん。
あのままの日々より、今のほうが、よほど良いからの。
なにしろ、充実しとる、波乱万丈じゃ!楽しいぞ。
「あーよいよい。過ぎたことは仕方ない。
それよりいかにして家康を倒すかじゃ。
今は関が原の戦いにより、世間は家康が天下を取りつつあると思っているであろう。
このままでは豊臣はジリ貧じゃ、ここで勢いを取り戻さねばならん。
それとじゃ、この分身、いったいどこからここに来たのか?
予は未来からとおもっとたが、なにか幾分違うような気がする。
うねめ、そちはこのたましいをどこから引っ張ってきたのか?」
「私には、未来?などという途方もない場所にはいけません。
黄泉の国、亡者の国を時たま覗けるにすぎおません。
あなたさまは何万、何千とある黄泉の国のひとつにおられました」
「ふーむ。しからば、もう一度同じ場所にいけるか?」
「いえ、どの黄泉の国にいけるかわかりません。
しかも、あなたさまをこちらに連れてきたことで、
黄泉の国の禁忌に触れたと見え、二度といけなくなりました。
しかも、夜な夜な閻魔様に責められております」
「ふーむ、それは哀れじゃのう。」
そういえばうねめはやつれて見えるのう。
しかしそうすると、未来からきたのではなく、四次元を渡ってきたのかもしれん。
ここは異次元の世界というわけだ。
まあ、どちらにしてもやる事はかわらん。
生き延びれるよう、戦うのみである。
「高台院様。関が原は、豊臣恩顧の武将どもが、家康に味方したため敗れました。
特に福島正則が奮戦しおったのが大きい。
あやつが東軍についたのは高台院様が推められたのかな?」
「とんでもありません。市松(正則の幼名)はこのところ、よりつきません。
わが木下一族は西軍に味方して、みな、いまは生死不明にて心配しております」
「それはご心配でございますな。
ところで、今日来たのは他でもない。
正則に、やつに使いをおくり、大坂城に来るよう伝えてくだされ。
これが成れば、わが方へなびくものがぐんと増えます」
「はい、わかりました。市松をお味方につければ良いのですね?」
「さよう。さすれば、世間はわが豊臣軍が予の指揮の元、まとまった事を知るでしょう。
その結果、予はずいぶんと助かりまする」
「うれしや、さすがわが息子、たのもしや」
などとふたりが、とらぬ狸のなんとやらで喜んでいる時であった。
予にばちがあたってしまったのじゃ!
「失礼いたす!」
捨丸があわてて部屋に入って来た。
「徳川の軍勢に取り囲まれており申す!」