結:大悪党が大昇進! 泥棒を以て泥棒を制す!?
世界恐慌の翌年。
皆が失業にあえぐ中でもしこたま儲けていたジョーおじさんは、政治家ルーズベルトと会い、彼の選挙戦を全力でバックアップした。
「カネと情報を制すれば、選挙で勝たせるなど造作もない事よォ!」
そう豪語したジョーおじさん、新聞王をも抱き込んだ結果――2年後の選挙で圧勝。めでたくルーズベルトは大統領となる。
ところが。功労者たるジョーおじさん、どんな重要ポストを見返りに貰えるのかとワクワクしながら待っているというのに、いっこうにお声がかからない。
ジョーおじさんはカンカンだ。
「遅い! 何をやっておるのだルーズベルトは!
いったい誰のお陰で選挙に大勝できたと思っとるんだ全く!」
「いや~。対抗馬の共和党、恐慌の時に与党だったクセに何もしなかったですし?
禁酒法もダメダメだって分かってきたから、アッチの人気ガタ落ちでしたしね?」
などと俺は宥めてみたものの――彼に声がかからない理由は何となく分かる。
ジョーおじさんの悪名は留まる所を知らず、世間一般に知れ渡っていた。要するにメッチャ嫌われていたのだ。
そんなジョーおじさんを政府の要職に就ける事は、実際イメージが悪すぎて、向こうも二の足を踏んでいるのだろう。
随分待たされてから、ルーズベルトから来た打診は――
「アイルランド大使なんてどうかな?」
「話にならん! もっと箔がつくポストを寄越せ!」
ジョーおじさんは貢献に見合った役職ではないと拒否。
困り果てたルーズベルトは、ついにある決断をした。
「ジョーを証券取引委員会の初代委員長に任命する!」
『な、なんだってー!?』
「え? あれ? なんでみんなメッチャ驚いてるの?」訳が分からず、俺は莉央ちゃんに尋ねる。
「証券取引委員会の委員長――要するに株式市場の不正を取り締まる、警察官のトップとでもいうべき役職です。
散々、あこぎな株取引で儲けてきたジョーおじさんをそれに抜擢する……大泥棒を警視総監に任命するようなもの。皆さん度肝を抜かれるでしょうね」
「あ、なるほど。そりゃみんな不安になるわ」
当然、世論の反発は凄まじかった。
連日マスコミの批判に晒されたルーズベルトは、開き直ったのかこう言い放ったという。
「泥棒を捕まえる役は、泥棒にやらせるのが一番だ!」
「うっわぁ……何じゃそりゃ。ホントに大丈夫なんかね?」俺は呆れた。
「案外、的を射た発言だと思いますよ」と莉央ちゃん。
「蛇の道は蛇と言います。元泥棒であれば、泥棒の手口を知り尽くしていますからね。
詐欺を撲滅するために、同じ詐欺師を起用した事例もありますし」
果たして委員長に抜擢されたジョーおじさん、わずか一年という任期だったが……超がつくほど有能ぶりを発揮した。
ある時など、株価を一目見ただけで「誰かが不正に買い占めているな」と看破。実際彼の言う通りだった。
今までジョーおじさんが散々やってきた、あくどい不正は――皮肉にもジョーおじさん自らの手で封じられ、ビシバシ取り締まられたのである。
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証券取引委員会での仕事ぶりを評価され、賞賛されたジョーおじさんだったが……その後も野心は溢れんばかりだった。
「大統領に、俺はなる!」
そんな野望を抱き、あの手この手で政界進出を果たそうとしたが、ルーズベルトに警戒されたり、問題発言が重なったりして、結局上手くは行かなかったらしい。
「らしい」――他人事みたいに語るなって?
でもしょうがない。今、俺と莉央ちゃんは――元の世界、現代日本に戻ってきてしまったんだから。
「あれ――俺も莉央ちゃんも、元の高校生に戻ってる」
「みたいですね。いつも思いますが、戻ってこれるタイミングが謎すぎます」
そんな訳で、ジョーおじさんの未来をつぶさに見る事はできなかった。
今俺たちが図書館で調べているのはジョーおじさんの、その後の行く末について。
彼の悲願だったアメリカ大統領の座は、彼の息子の代になって、ようやく叶う事となる。
ジョーおじさん――本名はジョセフ・パトリック・ケネディ。
JFKこと、ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ大統領のオヤジさんだ。
「ときに下田さんは、彼みたいな人物をどう思いますか?」
「うーん。大悪党には違いねぇと思ったけど……不思議と、嫌いじゃないな。
てか、ちゃんとしたポストを与えられたら、真面目に仕事やってたし」
「どんな悪人であっても、悪事を働きたくて働いている訳じゃあないんですよ。
貧乏だから。不遇だから。差別されているから。認められないから――悪事に走るんです。
もしまっとうな職と給料を得て、プライベートも充実していたら……わざわざ悪い事をするのは、リスクでしかありません」
晩年のジョーおじさんはもう、危ない橋を渡ろうとせず、表舞台に姿を見せる事もなかったという。
その後の彼の一族の運命を考えると――嫌悪より、悲哀の感情の方が強くなる。
「ひとつ言える事は、証券取引委員会で彼が作った仕事のノウハウやシステムは、現代にも引き継がれています。
確かに彼は悪党だったかもしれません。ですが、彼の遺したものは素晴らしい。
それでいいんじゃないか、とわたしは思いますね」
莉央ちゃんの言葉に、俺はしみじみと頷いた。
(第2話 おしまい)




