起:俺と莉央ちゃん、「大悪党」ジョーおじさんに弟子入りする!
* 今回のあらすじ *
俺は歴史好きの高校生・下田一郎!
クールな幼馴染・莉央ちゃんと共に、20世紀初頭のアメリカにタイムスリップしていたぜ!
「我々現代人が、20世紀初頭に転移したら、やる事はひとつですね。
ズバリ、株で大儲けです!」
「……えぇえ……」
そんな訳で俺と莉央ちゃんは、アイルランド人の「大悪党」ジョーおじさんと手を組んで、やりたい放題荒稼ぎ!
ところが1929年10月に入ると、世界史でも有名な「アレ」がやってくる……!
果たして俺と莉央ちゃんの運命やいかに?
参考文献:「会計の世界史」 田中 靖浩/著(日本経済新聞出版社)
なんてこった、またかよ! また見知らぬ土地だよ!?
「うおおおい!? どこだァここは!?」
しかし以前の鎌倉時代と違い、今度はやけに現代的。
高層ビルが立ち並び、行き交う人々はみんな羽振りが良さそうだ。
「落ち着いて下さい、下田さん」
そう言って俺を諭してくれたのは、クールな幼馴染・莉央ちゃんだ。
「建物の年代から察しますに、1919年のアメリカですね。
私の記憶が確かならば、『禁酒法』が制定されて間もない頃だったかと」
「いつも思うけどさ。見ただけで年代と土地の特定、早過ぎない? 莉央ちゃんや」
まあ俺自身、この幼馴染の冷静さと博識ぶりはよく知っているので――今更驚かないのだが。
「ときに下田さん。この前わたしが薦めた『簿記2級』の検定試験、結果はどうでした?」
「ん? ああ……ちょっと難しかったけど、何とか合格できたよ。
これも莉央ちゃんが勉強を手伝ってくれたお陰だな」
「素晴らしい。では下田さん、足手まといにはなりませんね」
「へ? どーゆー意味だそりゃ。つーか足手まといって」
「我々現代人が20世紀初頭にタイムスリップしたら、為すべき事――何か分かりますか?」
「え? えーっと……」
「そうです! 株で大儲けです!!」
「いや、俺まだ何も言ってないんだけど……」
「そうと決まれば早速、近所の酒屋を回りましょう!
身寄りもお金もない私たちを『使える人材』だと売り込みに行くのです! 我らが『ジョーおじさん』の下へ!」
莉央ちゃんは一方的に話を進めると、訳の分からない事をまくし立てて俺の首根っこを掴んだ。
っていうか、ジョーおじさんって誰?
**********
俺と莉央ちゃんは、半ば強引に場末の酒屋巡りをし、「ジョーおじさん」とやらに遭遇した。
「ミスター・ジョー。お会いできて光栄です。わたし達は貸借対照表が読めます。
必ずあなたのお役に立ちます。どうかわたし達を雇って下さい!」
「莉央ちゃん莉央ちゃん。この人たち――何やってるの?」
うらぶれた場末という事もあり、ジョーおじさんと周囲の人々は全員そろって人相が悪い。
「何って、決まっているでしょう。密造酒の売買ですよ。
先ほど説明したでしょう? アメリカでは『禁酒法』が制定されたばかりだと」
「思いっきり違法行為じゃん!?」
俺が悲鳴を上げると、莉央ちゃんはチッチッと指を鳴らした。
「分かってないですね。そもそも酒の販売を法律で禁止する――なんて事じたいがナンセンスなんです。
人類最古の友とも言われる酒。どんな手を使ってでも飲みたいと思うのは、人類の根源的な欲求。
だから目ざとい人はこう考えます。『これは大儲けのチャンス到来!』と」
「いや、正論かもしんないけどさ。
一高校生として、その認識はどーかと思うよ莉央ちゃん」
俺だって歴史好きの端くれ。莉央ちゃんの言いたい事は分かる。
「禁酒法」が悪法だって事も知っている。確かマフィアで有名なアル・カポネも、密造酒で大儲けしたって話だし。
「がっはっは、まだ若い黄色人種なのに、なかなか面白い事を言うヤツだ!」
ジョーおじさんは破顔一笑。莉央ちゃんの堂々たる態度と弁舌に、何か光るモノを感じたらしい。
「バランスシートが読めると言ったな? もし本当なら確かに使える逸材だ。
何しろビジネス業界でも、そんな専門的な知識を持ってるヤツはごく少数だからな!
いいだろう。お前たちが有能なら、人種なんぞで差別はせん。雇ってやってもいいぞ」
「ありがとうございます。恩に着ます」
莉央ちゃんの話では――このジョーおじさん、アイルランド系移民の三世で、家は結構裕福なのだそう。しかも天下のハーバード大卒だ。
「……って、そんなエリートコースっぽい人が、こんな所で酒の密売に手を貸してるのかよ!?」
「アイルランド人は酒に強いですからね。それに何より儲かりますから」
「そーゆー問題なの!?」
「そんな大袈裟に畏まらんでもいい」とジョーおじさん。
「何しろわし、学校の成績はとんと酷かったからな! エリートでも何でもないわい。
何とかハーバード大に入れたのも、親がしこたまカネを積んでくれたからだ!」
「……えぇえ……」
ともかく俺と莉央ちゃんは、この日から「大悪党」ジョーおじさんの下で働く事になった。