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莉央ちゃんとタイムスリップ!【短編シリーズ】  作者: LED
第9話 フランス革命編
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六:スケープゴートと化した、ルイ16世の最期

 暴徒となった底辺層(サン・キュロット)の暴走は留まる所を知らず、戦況の悪化に伴い狂気じみてくる。

 例えばいきなり牢獄を襲撃し1300人の犯罪者を「裏切り者」として虐殺したりした。なおこの悲劇の裏には、ジャコバン派の煽動(せんどう)があったと言われている。え? 裏切り者の証拠? ねえよそんなもん!

 そんな中、選挙も行われる。ルールは21歳以上のフランス人男性なら誰でも投票できるというもの。ところが……


「……なーんか、盛り上がりに欠けるような……」

「この時の投票率ですが、20%程度だったそうです」

「なんでまた、そんな少ないの?」

「民主主義という概念(がいねん)が実は思ったより普及してなかったのと、パリで暴徒が暴れすぎて混沌としており、選挙投票そのものが胡散(うさん)臭く思われていたせいです。

 フランス地方の農村共同体も、選挙制度に懐疑的でしたからね……しかしこれが、のちの悲劇の遠因となります」


 今の日本も地方によっちゃ低投票率だが、民主的な憲法を最初に作った国とは思えないほどの体たらくである。

 ともかく、今回の選挙で当選した議員の皆さんは、わずか2割の狂信的な……もとい、熱心な人々の支持を得た連中なわけで。


 今や議会は2つの勢力しかなかった。

 「王様いらないし、俺らだけで共和制やろうぜ!」のジロンド派。

 「王様いらない。むしろ殺すべし、慈悲はない!」のやべー奴ら、ジャコバン派である。


「とりあえず王政は廃止って事で!」

「異議なし!!」


 もう王様を尊重しつつ民主政治をしよう、みたいな人々(ちなみにフイヤン派という)はいなくなっていた。恐れをなして逃げたか、弾劾(だんがい)裁判で吊るし上げられたかのどっちかである。

 ともかく「王政はやめて共和制」は確定したものの、次の議題はルイ16世の処遇についてだった。


「廃位という形で罰は終わってるし、問題ないんじゃね?」がジロンド派の意見。

「王は存在自体が罪! 絶対殺すべし、慈悲はない!」がジャコバン派の意見だ。


「なあ莉央(りお)ちゃん。ジャコバン派の連中って、なんであんなに血に飢えてるの?」

「彼らも最初は、あんなではありませんでした。ジャコバン・クラブは当初、憲法制定と自由や平等を目指す、ごく普通の政治クラブだったのです。

 しかし彼らのような団体は、1つの目的を達成すると、それだけに満足せず、新たな要求や目標を掲げ、活動を続ける傾向にあります。そして得てしてその目標は、過激に、先鋭的になっていくのですよ」

「えー……それってつまり……手段自体が目的化してるって事なんじゃ……?」

「しかも悪いことに、ここで2割しか投票率がなかった事が響いてきます。

 普通に考えれば行き過ぎの過激派意見が、なんと議会の大勢を占めてしまうのです」


 さらにとんでもない事態が起こる。ジロンド派の大臣が「国王が外国と内通していた証拠が見つかったぞ!」と叫んだのだ。


「この時見つかった証拠とやらですが、文書への署名をためらった事や、教会特権の維持を望んでいた事や、今は亡き貴族ミラボーに賄賂(わいろ)を贈っていた事くらいでした。

 まあ要するに、外国と内通していたという事が分かる内容ではなかったのです」

「ちょ、あまりにお粗末すぎない? こんなので……」

「こんなので十分なんですよ。過激派たちにとっては『それっぽい』ものでありさえすれば、後は何とでもなったのです。

 こうして最初から結論ありきで弾劾裁判が進められていきます。廃位されたルイ16世はもはや国王ですらない。なのに王の罪を裁くと息巻いているのですから」

「なんつーか……現状がヤバすぎるから、とにかく悪者をデッチ上げて、民衆の不満を誤魔化そうと必死だったんだな……」


 動機が不純だっただけあり、この時のルイ16世の裁判はメチャクチャだった。控訴(こうそ)もなければ上告もなく、膨大(ぼうだい)な資料を読む時間も与えられず。

 国王を擁護(ようご)する意見や証言もまったく認められる事はなかった。東京裁判も真っ青の出来レースである。


 肝心のルイ16世本人は……サン・キュロットたちが最初の暴動を起こした時にはすでに、自分の死を覚悟していた。

 ある時など、危険を(かえり)みず暴徒の前に単身進み出て、彼らの要求を聞こうと対話を求めたのだ。豪胆というよりもすでに、自暴自棄(じぼうじき)になっていた可能性が高い。


 ルイ16世は1792年末、残された息子に遺言書をしたためていた。


「我が息子よ。もし()()()()国王となる事があれば、同胞たちの幸福を達成するために、己の全ての力を尽くしなさい。

 決して私怨(しえん)や激情に駆られてはならない。特に私の身にこれから起こる出来事については、全て水に流す事だ。

 常に法律を遵守(じゅんしゅ)し、良心に従って行動するように。さもなくば民の尊敬は得られないし、役立たずの邪魔者になってしまう」


「……なんかもう、悟りを開いちゃってない?」

「もうどうにでもな~れ、という心境だったのでは。生まれた時代が悪かった点については、同情しますが」


 そして翌年1月、ついにルイ16世の裁判投票が始まる。しかし投票方法は秘密投票ではなく、自分の意見を皆の前で述べなければならない。

 ジャコバン派のやべー奴らが暗黙の了解で「もし元国王を(かば)うような事を言ったら……分かってるね?」と投票者全員にナイフをつきつけているようなものであった。


 ルイ16世は有罪か、無罪か?……圧倒的に有罪多数。

 ルイ16世の罪を国民投票にかける事に賛成か、反対か?……反対が賛成を上回った。

 ルイ16世への刑罰は何が適切か?……多少意見が割れたものの、結局のところ最多となったのは「即刻死刑」。

 最後に、死刑へ執行猶予(しっこうゆうよ)をつけるのに賛成か、反対か?……僅差(きんさ)で、反対が賛成を上回った。つまり執行猶予はない。


「……この時点で、ルイ16世の首がギロチンにかけられる事が……確定しました」

「……あんまりだ……これが人間のやる事かよ……」


 自身の死刑が確定し、翌日には首を斬られるというのに……判決文を読み上げられたルイ16世は、平然としていた。


「……達観しちまってるのか、すげえな……神々しさすら感じる気がするぜ……」

「彼の神妙さは超人的でした。ジャコバン派の中でもロベスピエールを越える狂暴性を発揮したエベールですら、この時のルイ16世を見て涙が止まらなかったと証言しています」


 処刑前夜。いつものようにルイ16世は神に祈りを捧げ、すぐに就寝した。死を翌日に控えている者とは思えぬほど熟睡していたという。

 1793年1月21日――死刑執行の日。ルイ16世は最期にこう叫んだ。


「私は、無実の罪を着せられ死んでゆく。だが私は皆を(ゆる)そう。

 願わくば、私の流す血がフランス国民にとって最後の流血でありますように」


「…………」

「本心からそう言っているのかもしれませんが。今後どうなるかを知っている身としては、とてつもない皮肉のようにも聞こえてしまいますね」


 かくてルイ16世、断頭台の露と消える。享年38歳であった。

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