一:意外とユルかった? 旧体制時代のフランス身分制度
「やっぱりここ……フランスだよな?」
「はい。フランス革命直前。恐らくは西暦1775年ですね……あ、下田さん。隠れて!」
「へ?」
俺は莉央ちゃんに首根っこを引っ掴まれて、草むらの中に身を隠した。
地響きのような音と共に、血走った眼をした農民たちが現れる。彼らは農具を片手に、大暴れしまくっていた。
「な、何だよアイツら……見るからにヤバそうなんだけど」
「この年は小麦が不作となり、パンの値段も高騰したんです。後に小麦粉戦争と呼ばれる農民反乱が起こるほどでした」
「……うっへえ……」
飢えた農民集団をどうにかやり過ごし、俺たちはフランスの首都パリに入った。
「よく言われるのが、当時のフランスは第一身分:聖職者 第二身分:貴族 第三身分:平民に分かれており。
第一と第二は免税特権があり、第三身分はその分ワリを食っていた。職業や身分の移転も認められない……フランスの旧体制、俗に言う『アンシャン・レジーム』という奴ですね」
「なんかなー。ただでさえ金持ちのクセに、税金払わなくていいってズルいよなー。蓄財し放題じゃん?
やっぱそういう不公平な制度のせいで、不満が積もり積もってったんじゃねえの?」
「いえ、実はよくよく調べると……そこまでがんじがらめで八方塞がりって訳でもなかったんですよ。実際見ていきましょうか」
パリ市街地に入ると、見るからに金持ちっぽい人がいた。
「お。なんか羽振りのいいオッサンがいるぞ。あれが第二身分の貴族かな?」
「いいえ、彼は第三身分ですね」
「へ? じゃあ平民……? ぜんぜん搾取とかされてねえみてえだが? いい服着てるし、上等そうなワインまで飲んでるし」
「第三身分にも色々あるんですよ。彼は裕福な平民……いわゆるブルジョワ、ですね。
免税特権は第一と第二身分オンリーかと思いきや、金さえあれば抜け道があって、上手い事やりくりできたのです。
実は貴族の身分もお金で買えたりします。売官制っていうんですが……その気になれば貴族にクラスチェンジも可能でした」
「なん……だと……!? じゃあ身分で縛られてた訳じゃねえのか……?」
「日本の江戸時代も、かつて士農工商の身分制度があったって言われてましたけど、今の教科書からは消えましたからね。
まあ要するに、当時不満を持っていたのは……第三身分の中でも、お金を持っていない貧困層、別名サン・キュロットの皆さんでした」
「しかしこれ……フランス王室の財政が火の車な理由って」
「金を持ってる連中が金を出さないんですから、そりゃ赤字も膨らみますよね。
絶対王政というと、なんとなく王様が権力を振りかざして圧政でもしてそうな国をイメージしてしまいますが……実際そんな事はなく。
そもそもがして、もし国王に絶対的な権力があるというなら、貴族や聖職者から容赦なく徴税できたハズです。
でもそれができなかったから、先々代のルイ14世の時代から王室はズンドコ借金が増えていったんですよ。
貴族たちに形の上だけでも王室に従ってもらう為には、彼らに免税特権を与えるしかなかったのです」
「うへえ……何だよソレ。もう絶対王政(笑)じゃねえか……」
パリ市街の様子は一通り見て回ったので、次に気になる事といえば……王様の事だよな。
「さて、世間一般では財政難を放置し、対外戦争と宮廷の贅沢にうつつを抜かし、最終的にギロチン送りになったとされるルイ16世さんですが」
「あ。『ベルサイユのばら』で読んだぜ。小太りで優柔不断だけど、優しい人柄でけっこう民衆人気はあったっぽいよな」
「確かに、心優しい人柄だったのは間違いないですね」
俺たちの次なる目的地はベルサイユ宮殿。そこでルイ16世のご尊顔を拝む事になった。
「あれ? 聞いてたのと全然違うくね? 背も高いしがっしりした体格のイケメンじゃん……」
「はい。実際の彼はガチムチの筋肉質で身長193センチ。民衆を愛する平和主義者で、知識も良識も兼ね備えた聡明な君主でした。
何よりフランス王室の財政難を危惧し、質素倹約に務め、あの手この手で何とか立て直そうと奮闘していたりします。
ちなみに不能だったなんて悪評も立っていますが、包茎手術を受けたなんて事実はありませんし、ちゃんと王妃マリー・アントワネットとの間に二男二女を儲けています」
「何か思ってた以上に、一般的なイメージと真逆なんですがそれは……」
「処刑道具で有名なギロチンの刃を、より斬れるよう斜めにする事を意見したぐらい、各種学問にも長じていました」
「え。ギロチンの開発にルイ16世関わってたん……?」
「現代では何かと恐ろしいイメージのあるギロチンですが。開発される前の処刑は洗練されておらず、なかなか囚人が死なないため、地獄の苦しみを味わっていたんです。
そこへ行くとギロチンは一瞬で首が切断されますからね。『人道的な処刑道具』として評価されていたんですよ」
むう、確かにそれはそうかもしれないが……ルイ16世の末路を考えると、なんか皮肉めいたモンを感じるなぁ。




