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急:【悲報】武田家、実は超貧乏だった

「下田さん、駿河の北部地方で一揆が起きました。いやー踏んだり蹴ったりですね!」

「何だよソレ! 他人事みたいに言うなよ莉央(りお)ちゃん! 一大事じゃねえか!」


 駿河侵攻が始まって三ヶ月が過ぎた。が……武田軍は今、にっちもさっちも行かない状況に追い込まれている。

 徳川方への謝罪の意味も込め、信玄公自ら「駿府(すんぷ)城から動かない」と約束してしまったが故に、これ以上の侵攻がストップしてしまったのだ。

 ストップするとどうなるか。まだ平定できていない、駿河の今川勢が散発的に反撃してくるのである。敵地真っ只中なのに、味方を気遣って身動き取れないとか、これ同盟のメリットなくね?

 加えて今度は、駿河北部の民衆が反乱だ。ただちに鎮圧に向かい、半数は討ち取ったそうだが……もう半分は山に篭り、ゲリラ戦を挑んできたせいで泥沼状態に陥った。


「ちょ、なんでだよ!? 徳川の占領地はそこまで波風立ってないのに、なんで武田の方だけこんなに反乱起きるんだ!?」

「民衆がここまで反抗的なのにも理由があります。武田軍って基本的に『乱取り自由』なんですよ。

 要するに、攻め取った村落を好きなだけ略奪していいってお墨付きです」

「は? でもそんな事したら、戦後の統治とかヤバくならないか?」

「なるでしょうね。だから今一揆が起こっている訳ですし。でも仕方ありません。

 甲斐って土地が痩せている上に、水害起きたり火山灰降ったりしますし。だから税率も他所と比べて高い」


 聞き捨てならない話が出てきたので、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


「は……え……? それマジなのか!? だってホラ、信玄堤(つつみ)とか造ってたじゃん!」

「もちろん効果はあったと思いますが、元税収が少ないので焼け石に水かと」

「いや、でも……そうだ! 甲斐って確か、金山あっただろ? 金がザクザク掘れるなら財政難なんて――」

「金を小判に加工して、貨幣に使うというシステムが生み出されたのは、ずっと後の秀吉の時代になってからです。

 この当時の金は、細工物の素材ぐらいしか用途がなく、利用価値が低かったのですよ」

「…………」 


 信じられない事実ばかり突き付けられて、俺は絶句してしまう。


「堤防を作っても重税を取り立てても、結局軍の維持費を賄うには到底足りないので、『お前ら豊かになりたかったら、他所から奪って来い!』ってなる訳です。

 『元気略奪!』それが、甲斐領民の合言葉でした」

「……俺の中では、武田信玄って内政上手なイメージだったんだけどな……」


 信玄公が領民から慕われていた本当の理由は、堤を作った事ではなく「略奪OK」だったから、なんてミもフタもない話まであるあたり……闇が深い。

 さて――ここに来てまたしても、部下が勝手な行動を起こす。前哨戦で寝返った元・今川家臣たちが民衆と勝手に和議を結んでしまったのだ。


「え、これ何かマズイの?」

「そもそも徳川と武田は、互いへの相談なしに勝手に今川方と和議を結んではならない、と取り決めていました。

 元今川家臣らは新参者ですから、両家の密約についてよく知らなかったのでしょうね。ですがこの独断行動のせいで、武田はさらに徳川から不信を買ってしまいます」

「うっへえ……」


 一方、徳川軍の攻めも暗礁に乗り上げていた。

 掛川城に立てこもった今川氏真が、思いのほか粘り強く抗戦し続けたのだ。

 当初は「あんな城、数日と保たんでしょう」と豪語した家康だったが、すでに三ヶ月も城を囲んでいるのに、いっこうに落ちる気配を見せない。


「御屋形様。どうも家康は力攻めを諦め、北条と通じて今川と和議を結ぼうとしているとの情報が入ってきております」

「おのれ家康め。散々こちらの約定破りを非難しておきながら、いざ苦境に陥ったら自分も同じ事をするのではないか!」


 業を煮やした信玄は、織田家を頼った。徳川との同盟関係を利用して、家康に勝手な行動を起こさぬよう釘を刺してもらいたかったようだ。


「よいか市川(註:対織田への外交役の武将)。くれぐれも信長殿に粗相のないようにな!

 上杉・北条・今川、さらに徳川との仲までこじれたら八方塞がり。武田家は滅亡まっしぐらじゃ!」


 確かに現状を鑑みれば、無理もない分析なんだが……ああ、俺の中の武田信玄の最強イメージが崩れ去っていく。

 しかしながら、そんな藁にも縋(すが)る気持ちで頼った織田信長は、というと。

 将軍・足利義昭を通じて武田―上杉間の和睦仲介はやってくれたものの、徳川に対しては目立った働きかけを全くしてくれなかった。


 何の進展もないどころかジリ貧となり、戦況悪化の一途を辿った武田軍は――無念の涙を飲み、四月には駿河からの撤退を決断。

 そしてさらに翌月……徳川はとうとう、今川氏真との和睦に踏み切る。交渉の結果、掛川城の明け渡しが行われた。

 結局今川は負けたじゃないか、と思うかもしれないが――「氏真および今川家臣を助命し、いずれ時が来れば駿河一国は氏真に返す」と、大幅に譲歩した条件がついたあたり、実質痛み分けに近い。まあ、実際にこの後返還される事はなかったので、戦国大名・今川氏は滅亡したのだけれど。


「この結果は、北条の助力を得た氏真さんも意外と強かった事の証明になります。

 貴族趣味で父親の敵討ちもしなかった、という理由で後世では暗君扱いされていますが……

 桶狭間の大ダメージから十年近く二国を治め、追い詰められた状態から見せた粘り腰は評価に値するでしょう。

 実際、氏真さんって文武両道なんですよ。あの剣豪・塚原卜伝(つかはらぼくでん)から免許皆伝とか受けてますし」

「……え、マジなの? その話……」


 さて結果として、徳川は今川領をほぼ総取り、北条との関係も深まったという事で、武田だけがワリを食う羽目になった。

 この有様に大いに不満を抱いた信玄だったが、信長に遺憾の意を表明する事くらいしかできていない。

 一方、家康はというと――信玄に対する不信感は膨れ上がるばかりで、以後三年もの間、徳川は反武田の包囲網を形成する為に血道を上げる事となり……これが三方ヶ原の戦いに繋がっていく。


 そのアオリを食って、武田は織田との蜜月関係まで崩壊し、両雄は激しくぶつかり合う事になるのだが……それはまた別の話。

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