転:いざ戦争(ヒャッハー)!
翌年。果たして蒙古軍は大艦隊を率いてやってきた。世に言う「弘安の役」である。
さっそく元軍の先遣隊は対馬・壱岐島に侵攻。激しい抵抗を受けながらもこれらを制圧したとの報が入ってきた。
「やられちまったなぁ」
「想定の範囲内です。対馬は遠すぎて、大軍を維持するには不向きですからね。
博多の防備の本気ぶりからして、この二島は最初から捨て石にする戦略だったのでしょう」
当時の鎌倉武士団の心境を手に取るように理解する莉央ちゃん、怖い。
「元軍の一部は長門(註:山口県)にも襲来したようです」
「へっ!? なんでそんな所に?」
「資料が少ないので断言はできませんが、恐らくは制海権の確保でしょう。
関門海峡を押さえる事ができれば、瀬戸内海ルートを通る日本海軍を全てシャットアウトできますからね。
まあ結局日本側に撃退され、目論見は失敗したようですが」
そして元軍先遣隊、とうとう博多湾に侵入。しかし……
《何だこりゃ! 前来た時よりメチャクチャ高くて長い防塁やんけ! 下手な崖登りより危険やぞ……》
《誰だよ『十万も兵がいるから日本軍なんぞ楽勝』なんて呑気な事言ってた奴!?》
元軍の皆さん、日本側のガッチガチの防衛態勢に思わず鼻白んでいた。
それでも覚悟を決めて上陸する元兵たち。そこに騎乗した鎌倉武士団が、喜々として襲いかかる!
「うっへぇ。これじゃどっちが攻め手だか分からんね……」
俺は呆れてしまったが……ふと新たな疑問が湧いた。
「なあ莉央ちゃん。今まで全然疑問に思わなかったけど……博多の防備が固まってる事って、たぶん元軍にも伝わってたよな?」
「でしょうね。元の大軍が大動員されているのを日本側が察知できたように、逆もまた然りでしょう。大がかりな軍事行動はどうしても目立ちますから、隠し通すのは不可能です」
「だったらなんで、わざわざ守りが堅いと分かり切ってる博多に、馬鹿正直にほぼ全兵力で乗り込んできたんだ? 前回も全く同じルートだったんだし、裏をかいて別から攻めるとかすればよかったんじゃ……?」
「下田さん。別に元軍がアホだったからではないですよ。
日本海側には元の大軍を維持できるような大都市は存在せず、博多より南の沿岸都市はルートが遠すぎます。
兵站と制海権確保の関係上、最短ルートかつ補給・輸送・維持のしやすい都市が博多以外に存在しなかったのです」
「はえ~……じゃああいつら、どんな大損害が出ようと真正面から博多に突っ込むしかなかったのか……敵ながらしんどすぎる話だなぁ……」
結局、元の先遣隊は上陸を断念。別の島に狙いを定め、占拠したのだが。
そこは折悪しく、砂州によって本土と繋がっている島であった。
「全軍、二手に分かれよ! 海路と陸路、両方から敵を攻め立てるのだァ!」
「ヒャッハー!!」
この時の戦いは実に凄惨極まり、日本軍・元軍ともに多数の死者を出したと記録されている。
海路から攻め入った鎌倉武士など、全身を矢でハリネズミのようにしながらも全く恐れず敵陣に突撃。敵将校を生け捕りにしたとの報が入った。
「火薬兵器にも全然ビビらないし……マジでどうなってんの鎌倉武士……
完全に敵を殺戮する為だけの機械じゃん……くわばら、くわばら」
「鎌倉武士の大鎧って、ああ見えて防御力抜群なんです。その分機動力は犠牲になりますが。
その辺抜きにしても、死をも恐れぬ鎌倉武士。いいですね、素敵ですね。憧れますね」
「そろそろ莉央ちゃんにもドン引きだよ俺……」
結局、最終的には日本軍が圧勝。先遣隊の総大将もあと一歩で討ち死にする寸前のところ、命からがら逃げ延びたという。
***
元軍の先遣隊は大敗し、壱岐島に撤退して本隊の到着を待つ事にしたようだ。
ところが……
「なんだか、敵の動きがものすごく鈍いな?」
「本来ならとっくに合流しているハズの本隊が、未だ到着していないようです。
潜り込ませた間諜の報告によれば、先遣隊の間では疫病が蔓延。
恐らくこの夏の蒸し暑さと、衛生面の不備の問題でしょうね。三千人ほど死亡したとの事」
いつの間にかスパイがどうとか、さも当然のように言っちゃってる莉央ちゃん、マジぱねえっす。
余談だが、中国大陸からの本隊は、合流予定日を過ぎてもまだ出発していなかった。元側についた日本人から「別ルートの方が侵攻しやすいっスよ!」と言われて急遽作戦変更したせいらしい。
なおこの遅刻およびルート変更は事前通告すらなかった。先遣隊はすでに崩壊寸前でテンパってたというのに、ひどい話である。
ともあれやがて元軍本隊の一部が壱岐島に上陸、先遣隊と合流したという報を受け――鎌倉武士団は壱岐襲撃の計画を立案、総攻撃を実施した。
この時参加した武士団の面子には、島津とか竜造寺とか、俺が「信長の野望」で聞き覚えのある御家人も名を連ねている。
先遣隊は弱ってはいたが激戦に変わりなく、鎌倉武士団も相応の損害を出したものの――結果的に壱岐から元軍を追い払う事に成功した。
「分かってたけどもう、ホント強いなコイツら……」
しかし元軍本隊は壱岐の南にある鷹島と呼ばれる地に本拠を移していた為、最終決戦はそこで行われる事となる。
防戦一方だった、というイメージを抱かれがちな元寇時の日本軍だが、こうして全体の流れを見ていくと――むしろ日本側が積極的に攻勢に出ていたパターンが圧倒的に多い事が分かるだろう。
「まさに『元軍ビビってる、ヘイヘイヘイ』ってカンジだなー。
鎌倉武士団ノリノリじゃん」
「戦争に勝つ為には『攻勢に出る』という姿勢を相手側に見せる事が、必要不可欠です。
ビビって引きこもっている軍など恐れるに足りず。有利な陣地を取られてジリ貧になるだけ。孫子の兵法にもそう書かれていますから」
もう莉央ちゃんが何を知ってても俺は驚きません。ハイ。
最終決戦は7月末。鎌倉武士団がこの時期を待っていたのには理由があった。
「敵の船が全然、こっちの動きについて来れてないぞ!」
「船の動きを封じる為、上げ潮になるのを待っていましたからね。
地の利ならぬ水の利、まさに我らにあり! 敵は為す術もない事でしょう」
「オラァ元軍ども! 首じゃあ! 首置いてけやァ!!」
《ギャー!! 怖いよママン! 妖怪『首おいてけ』だァァァァ!?》
この頃からいたんですかこの妖怪。
散々に襲撃を繰り返し元軍本隊は大損害。しかも鎌倉武士団、夜襲も積極的にかましては首狩りしまくった。
しまいには相手の船に向かって煮えたぎったにかわとか生ゴミとか、どんどん投げ入れてたよ。エグいねえ、ここまでするか!
「いやー、実に実に! 素晴らしいですね鎌倉武士団!
普通夜襲なんてしたら、同士討ちが頻発しますから。
彼らは精神だけでなく練度から見ても戦争のプロです。まっこと良か兵子どもじゃア」
「莉央ちゃん莉央ちゃん。薩摩ことば伝染ってますよ」
その三日後――かろうじて生き残っていた元軍の船団に向かって、襲いかかったモノがいた。台風である。
これにより、ただでさえズタボロだった敵は、再起不能のダメージを被ったのだ。
「ねえ莉央ちゃん」
「何でしょう、下田さん」
「もしかして今のが『神風』ってヤツ?」
「……恐らくは、そうなんでしょうね」
「ぶっちゃけ、風なんて吹かなくても……もう勝負ついちゃってたよね?」
「……私もそう思います」
「神風とは何だったのか」
「公家や僧侶の祈祷が効いたという風聞を広めたい、朝廷側の情報工作だったと言われています」
「ミもフタもないですね莉央ちゃん」
当時世界最強と称されたモンゴル帝国も、ケンカを売った相手が悪すぎたとしか言いようがない。
俺は密かに、壊滅した元軍の皆さんに対し、憐憫の情を抱いたのだった。