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莉央ちゃんとタイムスリップ!【短編シリーズ】  作者: LED
第6話 泣いて馬謖を斬る編
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破:馬謖はなぜ、山に登ったのか

 馬謖(ばしょく)の軍は、街亭(がいてい)まであと数十里という地点まで進軍していた。


「うっへえ~。なんだここ! 山だらけじゃねえか……行軍するだけでも一苦労だぞ!」

「G××gleマップなんかで確認すると、いかにも平地っぽく見えますが……周囲の山がとんでもなく高いだけで、ここら一帯も十分傾斜がありますね……」


 すでに雍州(ようしゅう)三郡は諸葛亮(しょかつりょう)に内応し、残る()の拠点は南にある祁山(きざん)のみ。

 祁山は現在、諸葛亮自らが囲み、攻め立てている。山というだけあってなかなかの堅城なのだが、孤立無援の現状では、保ってせいぜい2ヶ月だろう。

 馬謖に与えられた任務は――諸葛亮が祁山を落とすまでの間、魏の援軍を防ぎ切る事にあった。


「祁山さえ落とせば、雍州は全て蜀軍の手に落ちます。そうなれば長安の喉元に短剣を突き付けたも同然の状態となりますね」

「ま、とにかく馬謖は敵の増援を足止めすりゃいいってこったな。

 問題の街亭はこの辺りだって聞いたが……でもさぁ莉央(りお)ちゃん。なんかおかしくねえか?」


 俺は小高い丘に登り――遠くに見える、さらに高くそびえ立つ山を見ながら言った。


「おかしい、とは?」

「だってさ。敵の足止めってんなら、こんな比較的開けた場所より、目の前にあるデッカイ山の細い道を封鎖した方が楽じゃね?

 敵の増援がどれだけ大軍だろうが、狭い道で攻撃を仕掛ければ数の優位は消えちまうだろ」


「……なるほど、一理ありますね。下田さんにしては冴えてます」

「一言余計なんだけど莉央ちゃんや」


 そんな俺の疑念を都合よく晴らす一件が起きた。

 馬謖の下に、副将である王平(おうへい)が進言してきたのだ。


「馬謖どの。敵将・張郃(ちょうこう)の侵入を防ぐのであれば、眼前の隴山(ろうざん)に陣取り、道を封鎖すべきでは?」

「それは私も考えたがね……隴山は広く、山道も多い。

 張郃がどの道を選んで進軍してくるか分からん以上、見通しの悪い隴山では敵の察知もしづらいからな……

 我が軍に分散する余裕もない。奴らがどの道を通ろうが、臨機応変に対処できるこの場にて、待ち構えた方が動きやすいのだよ」


 馬謖は結局、王平の提案を退けた。だが現時点で、彼の言い分にそこまで大きな過失はないように思える。


「斥候からの報告です。張郃の軍が隴山を越えました。そして向かう先は……全軍、街亭との事!」

「やはり街亭か。よし王平! 先んじて街亭を押さえるぞ。()の地にて魏の連中を迎え撃つ!」


 かくて馬謖軍は街亭に進軍する。山の(ふもと)には湧き水もあり、しかも堅牢(けんろう)(とりで)まで築かれている。

 敵に先に奪われていれば厄介だったろうが……街道を封鎖し、待ち伏せするにはうってつけの拠点であった。


「これは守るに(やす)き絶好の地。ここを封鎖し堅固に守れば、丞相(じょうしょう)のご命令にも適いますな」

「…………王平。ひとつ確認しておきたい。なぜ丞相は、この馬謖を軍の総大将に抜擢(ばってき)したと思う? 諸将の反対を押し切ってまで」


 王平は安堵していたのも束の間――馬謖の暗い声音(こわね)を聞き、怪訝(けげん)そうな顔になった。


「なぜ、と言われましても……」

「分からぬか。私は軍師の才を丞相に認められ、いたく気に入られているが……あいにくとこれまで大軍を指揮した実績が無い。

 それゆえ将軍たちは、この馬謖を口先だけの男と軽んじ、影で(あなど)り続けてきたのだ。

 ここでただ守りに徹したとしても、丞相は私を評価してくれるだろう。だが他の将軍たちはどうだ?

 『丞相の命令通りに守っていただけ』と陰口を叩くだろう。決して私を認めようとはせぬ」

「馬謖どの、一体何をお考えで……?」

「ただ砦に立て()もるだけでは、張郃軍を殲滅(せんめつ)する事はできぬだろう。であれば……

 我が軍は南山(なんざん)に登る! 我らが山に布陣している事を知れば、張郃は進退(きわ)まり、焦って攻め寄せてくるハズだ。

 そうなればこっちのもの。高地の利を活かし、敵兵を散々に打ち破れば大勝利、間違いなしだ!」

「何を言われるか馬謖どの! 水場のある砦を捨ててまで高山に登るのは、危険です!

 もし張郃がすぐに攻めかからず、水源を押さえて持久戦の構えを見せれば……我が軍はたちまち渇きに苦しみ、戦どころではなくなりますぞ!」

「案ずるな王平。張郃の軍は祁山(きざん)を一刻も早く救うため、ここまで相当無理を押して強行軍を続けている。兵糧(ひょうろう)の余裕はないハズだ。

 持久戦を選べば、逆に飢えで困窮(こんきゅう)するのは奴らぞ。決して無謀な賭けなどではないわ!」

「し、しかし馬謖どの! そんな事をすれば丞相のご命令に背く事に……!」

「……そこまで言うのであれば王平。そなたに兵を一千預けるゆえ、愚直に街道封鎖でも何でも、すればよいではないか。勝手にせよ」


 こうして王平の一千のみを除き、馬謖の軍は南山に登り、布陣を始めてしまった。

 もちろんたったの一千で街道封鎖など無理がある。この為王平の軍は伏兵として、万一に備える事となった。


「……これが、後世まで『泣いて馬謖を斬る』の故事にまでなった、登山家さんの真相か……」

「結果だけを見ればボロ負けですから、現代に至るまで彼の評価は非常に低いです。

 いかに方面軍司令官は臨機応変に動ける権限があるとはいえ……結局のところ命令違反、しかも動機が自分の地位向上の為ですから、余計に救えません。

 ですが……この時点では決して、そこまで的外れな戦術ではなかったと思いますね」


 そう。確かにリスクはあるが……並みの敵将が相手だったなら、馬謖の目論見通り、焦って攻め寄せた所を一網打尽にできたかもしれない。

 だがこの時、魏の援軍を率いていたのは……古くは40年以上前の黄巾(こうきん)の乱の頃より、戦場を駆け巡った歴戦の猛将・張郃である。有り体に言って、相手が悪すぎた。

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