エピローグ:聖徳の名に相応しく
太子の死後――俺と莉央ちゃんは現代日本へと戻ってきていた。今回は珍しく(?)区切りがいい。
「何もかも上手く行ってた風だったのに……運がなかったんだなぁ」
「……本人はさぞ無念だったでしょうけど、後世への影響を考えれば――これで良かったのかもしれません。
生前も死後も、何世紀にも渡って神格化され続けるほど、絶大な名声を得たのですから」
その実績と声望、まさに「聖徳」の名に相応しく――もはや日本人であれば、その名を知らぬ者はいないほどだ。
余談だが、645年に殺された馬子の孫・蘇我入鹿は――その二年前、太子の子である山背王を殺害した事で、声望を著しく失っていた。
今までの歴史を振り返れば、たとえ皇族であろうと権力闘争の最中で殺される事など、珍しくもない。
にも関わらず、山背王を殺した入鹿だけが蛇蝎の如く嫌われた。彼が弑逆したのはただの皇族ではなく、仏教権威を得て伝説的な聖人となった、太子の子孫であったから。その血統を絶やした罪を、問われたのだろう。
「太子およびその子孫の記録は、余りにも脚色・潤色が多く――実在を疑いたくなる気持ちも、分からないではありません。が……
イエス・キリストがいい例です。彼の起こしたとされる奇跡や復活を疑う人はいても、その実在を疑う人はいないでしょう?
彼の聖人ぶりは、世界的にキリスト教が広まった事で証明されているといってもいい。だとしたら箔付けの為の細かい逸話の真偽など、些末な話なのです」
この手の「非実在説」は今に始まった話ではなく、日本が敗戦間もない頃から盛んだったらしい――あっ(察し)。
「別に日本だけが特別なのではありませんよ」と莉央ちゃん。
「中国の殷(商)も、殷墟が発掘されるまでは信じられていませんでしたし。
ギリシャ神話のトロイ戦争も、遺跡が見つかる以前はおとぎ話だと思われていましたし。
この目で現物を見るまで絶対に信じない、という人間はたくさん存在します」
「えっとつまり……莉央ちゃん的には『細けえ事はいいんだよ!』って言いたいわけ?」
「はい。だってそうでしょう? どんなに疑った所で『なかった』事など、証明は不可能なんですから。
だったら信じたいものを信じるしかない。それに『いたかもしれない』と考える方が、きっと面白いですからね」
何とも乱暴きわまりない結論だが、実際のところそうなんだよなあ。
歴史として語り継がれるのはいつだって、「正しい」かどうかじゃなく「面白い」かどうか、なんだよね。
たとえ虚構でも、多くの人々に受け入れられ、語り継がれれば――いつしかそれが真実となる。そんな例は身近にごまんとあるんだから。
「……あ。最初の疑問、答え出てねーぞ莉央ちゃん」
「最初の疑問?」
「太子の血族が絶えた後も、太子の名声はうなぎ登りだったんだろ? 自然発生的なモンだったのかもしれねーけどさ。
一体誰が、ここまでのモノにしたんだろうな?」
「後の時代の仏教勢力が布教のために利用した、と考えるのが自然でしょうけど。
私は案外、秦河勝さんじゃないかと思いますね」
「へっ……太子のスポンサーやってたあの人? なんで?」
「……ご恩返し、とか」
いつもクールな莉央ちゃんにしては珍しく、気恥ずかしげにポツリと呟いたので――俺はポカンと口を開けてしまった。
しかし思い返してみれば――資金援助の見返りに商売の便宜を図っていただろうし、秦氏が太子に恩義を感じていた可能性は高い。
そして秦氏は宣伝活動もお手の物だった。血統の途絶えた太子の名声を後世に遺すため、彼らが尽力したのだとしたら……?
「……何ですか、下田さん」
「いや。莉央ちゃんもたまにはそんな、ロマンチックな事口走っちゃったりするんだね」
「…………私、下田さんをからかうのは好きですが、逆は嫌いです」
「何その理不尽!?」
口を尖らせてそっぽを向く莉央ちゃんの横顔を見て、不思議と俺は悪い気はしなかった。
(第4話 おしまい)




