三:十七条憲法は捏造!……じゃないっぽい?
「下田さんが目にした『非実在説』ですが……正確に言えば、
『実は本人がやってない事を、後世の人々が改ざんして聖徳太子がやった事にした』というイチャモンです」
「イチャモンってハッキリ言い切っちゃったよ!?」
「例えば『冠位十二階』は中国の制度をそのまま持ってきただけで、聖徳太子の実績じゃない! とか。
完全オリジナルでなければ当人の功績と認めない――って結構な暴論なんですよ?
あのシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』だって、本人の作り話じゃなくイタリアに元エピソードありますからね。
重要なのは『誰が最初に作ったか』ではなく、『それを使って何を成し遂げたか』だと、私は思います」
莉央ちゃんの言う通りかもしれない。
現代と違って昔は著作権の概念なんてないし、起源を主張して認められたとしても、それはただの自己満足だろう。
「んーでもさ。『十七条憲法』は結構ツッコまれてたぞ? 使用されてる漢文が文法的にデタラメだったとか。
日本書紀の編纂者が、大和朝廷の箔付けのために、当時は無かった憲法をデッチ上げたんだろうとか何とか」
「確かに日本書紀に書かれた十七条憲法は、8世紀初頭の編纂者が書いたものです。
その頃日本で流行していたのは、朝鮮半島スタイルの文法だったので、当然と言えば当然の話なんですよね。
で、実際のところ聖徳太子が書いた、条文の原本は存在しませんので――確実に『あった』『なかった』と断言はできません。ですが……」
俺は莉央ちゃんと共に、厩戸皇子の自宅の書斎にこっそり侵入した。
棚にはおびただしい数の木簡。実績の真偽はさておき、本人が相当のインテリで勉強熱心であった事は疑いようがない。
「む。丁度良い所に木簡が放置されていますね。アレは恐らく――十七条憲法に関わる重要文書かと」
「マジか。えっと……どうすればいいんだ? こっそり拝借するの? 歴史的にヤバそうなんだけど」
「そのような大それた真似をせずとも、私たちは現代人ですから。スマホで写メを撮ればいいでしょう?」
「……はッ、その手があったか」
てな訳で俺たちは、見張りが来ない内に木簡を撮影し、そそくさと立ち去った。
しかし……後で写真を確認しても、当時の文字を読めるようなスキルは俺にはない。それにどうも内容を読むだに、憲法の条文じゃなくてただの経典みたいなんだよなぁ。
「うーむ……全然分からん。お偉い歴史の先生だったら判読できるんだろうけど……」
「いいえ下田さん、素晴らしい証拠ですよこれは!」
落胆する俺に反して、莉央ちゃんは目を輝かせていた。
「ここを見て下さい。『無忤』という漢字があります」
「ん? それがどうかしたの?」
「この漢字は、中国で百年前流行った仏教理論で好んで使われた言い回しです。しかも、十七条憲法の第一条の文としても使用されているのですよ。
『一に曰く。和を以て貴しと為。忤うこと無きを宗と為』」
現代風に言えば「第一条。仲良くしろよ! 諍いを起こすなよ!」という意味の文章。
確かに三番目の文で「無忤」という漢字が使われている。
「……えーっと、話が見えねえんだが。百年前の言い回しが使われてるからって、デッチ上げじゃないって分かるモンなの?」
「日本書紀の時代から遡れば、実に二百年前の経典に書かれた文章が、十七条憲法には使われているんです。
しかもこの時、中国は唐の時代。二百年前の仏教理論なんて、とっくに廃れています。
仮にデッチ上げだったとして、現在では重要視されていない言い回しをわざわざ採用するでしょうか?
つまり十七条憲法は、当時の聖徳太子が記した内容をそのまま口伝で持ってきた可能性が高いのです!」
珍しく興奮気味の莉央ちゃん。俺的にはちょっとピンと来ないというか、「だから十七条憲法は捏造じゃない!」とまで言い切れないんだけど。
「日本書紀」は漢文調だが、その文章を読むのは中国人じゃなくて、あくまで当時の日本人。しかも歴史書というだけでなく、役人の教科書の役目も果たしていたそうだ。だから彼らが理解できるように書く方が優先されている――そういう事なのかもしれない。




