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莉央ちゃんとタイムスリップ!【短編シリーズ】  作者: LED
第3話 アヘン戦争編
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破:常識人が勝てるとは限らない

 (しん)国首都・北京(ペキン)

 当初黄爵滋(こうしゃくじ)の主張は、流石に「過激すぎる」として、皇帝によって退けられていた。

 数万人の逮捕者で大混乱が起こるのは必定だったし、何より諸外国との外交問題に発展する恐れがあったからだ。


「なーんだ。皇帝陛下も案外、常識人じゃねーか」

「そうですね。これで話が納まれば、良かったのですが」


 含みのある言い方をする莉央(りお)ちゃん。

 彼女の懸念(けねん)はわずか数年で現実化した。恐らく原因は、さっきも言ったように不景気だ。

 貿易の決済に使う銀の価格が高騰し、清国経済は混乱していく。


「だっりー。最近マジで景気わりーわ。

 銀が高すぎてデフレ。商売全然儲からねえ。もうお先真っ暗ってカンジ」

「何でこーなるんだ? 我が国の茶葉の売れ行き自体は問題ないハズだろ!」

「誰かが俺たちの銀を奪っている。きっとアヘンが原因だ! 特にイギリスのアヘンはバカ売れしてるからな!」

「やはりそうか……アヘン滅ぶべし、慈悲はない!」


「オイオイ莉央ちゃん。中央政府の世論が一気にやべー方向に傾いてきてる気がするんだが」

「貧すれば鈍する、と言いますか。安易な過激論とはいえ、手っ取り早く問題解決できそうですから、普通は飛びつきますよね」


 もちろん中央政府にも常識的な穏健派はいた。だが現状維持で状況が悪化の一途をたどっている以上、彼らの旗色は悪くなり――皇帝もとうとう「アヘン吸入者およびアヘン商人を処すべし」と勅令を出してしまう。

 俺たちはたまたま、皇帝の命令を受けて広東(カントン)に向かう役人と面会する機会を得た。


「やれやれ。とんでもない事になってしまった……アヘンの取り締まり強化など、現地が混乱するだけ。

 それで今の不景気が解決するハズもないんじゃがのう」


 この役人の名は鄧廷楨(とうていてい)林則徐(りんそくじょ)の部下である。

 悲壮感漂うセリフからも察しがつくと思うが、もともとは現地の事情に精通している、穏健派だった人物だ。


「あー、その……何て言ってお慰めしたらいいか、分かんねえですけど……大変っすね」

「これから、どうなさるおつもりですか?」


 莉央ちゃんの問いに、(とう)さんは溜め息をつきつつ答えた。


「皇帝陛下の勅令に逆らう訳にもいかん。たとえ黄爵滋(こうしゃくじ)(そそのか)されているだけだとしてもな。

 あいつらは外国を……そして外国人とも盛んに交易している広東という地を敵視している。昨今の水害や不況は、広東の人間が腐敗しているせいだ、とな。まったく馬鹿げた主張だが……

 ともかく、アヘンの取り締まりはやらねばならん。成果を上げねば中央は満足しないだろう。

 何とか外国とゴタゴタを起こさぬよう、落としどころを探っていくつもりだがね……」


***


 この後鄧廷楨(とうていてい)広東(カントン)にて、苦労の末にアヘン使用者やアヘン商人を二千人ほど逮捕する事になる。

 今までにっちもさっちも行かなかったアヘン取り締まりに、一定の成果を上げたのだから、彼は有能なのだろう。この報告で皇帝も喜んだ。


鄧廷楨(とうていてい)さんは外交でも成果を上げます。イギリスの外交官チャールズ・エリオットと交渉し、広東(カントン)におけるアヘン密貿易禁止の協定を結ぶのです」

「え? それって、もしかしなくても大勝利じゃん。林則徐(りんそくじょ)さん出るまでもなく問題解決しちゃったんじゃね?」


 彼が処刑したのは(しん)国の商人だけで、イギリスを含めた外国人には手を出さなかった。

 難しい立場である所を、どうにか外交問題を引き起こさない、ギリギリのラインで踏み止まっていたとも言えるだろう。


 ところが、である。黄爵滋(こうしゃくじ)ら過激派にとっては、これでも不満だったらしい。


「ワシらは外国人商人も処刑せよと言ったハズじゃ! 鄧廷楨(とうていてい)は甘すぎる!」


「え? え? 意味わかんないんだけど。アヘン密貿易やめるって話になってたじゃん! あいつら何が不満なんだよ!?」

「下田さん。先ほど清国内の様子を見ても、アヘンの健康被害などではなく、アヘンで儲けられない事の方が問題になってたの覚えてます?

 つまり黄爵滋(こうしゃくじ)林則徐(りんそくじょ)らの真の目的は、アヘンの撲滅でも外国人の排除でもありません。

 世の中が不景気にも関わらず儲けている連中――すなわちイギリスのアヘン商人および、広東(カントン)人たちへの制裁だったのです」


 俺は絶句するしかなかった。

 未だネット上には「林則徐(りんそくじょ)は公明正大にして清廉潔白。近代中国でも最も有能な官僚であり、アヘンに蝕まれた国家を救うべく立ち上がった憂国の士!」と絶賛する人々がいて、俺もつい最近までそれを信じていた。

 だがこんな話を聞いてしまった以上、彼を持ち上げている連中の言っている事は、真っ赤な嘘っぱちだと断じざるを得ない。


 鄧廷楨(とうていてい)は一定の成果を上げ、上手く行きかけているにも関わらず。


「民衆の不満が治まらないのは、やり方が手ぬるいからじゃ。もっと徹底的にやらねばならん!

 清廉潔白なる烈士・林則徐(りんそくじょ)殿の手腕を信じよう。彼ならきっと期待に応えてくれるハズじゃ!」


 このままアヘンが全面禁止になっては儲けのチャンスを失うと考えた黄爵滋(こうしゃくじ)は、自分のネットワークを使って過激な不満の意見が噴出しているという「演出」を行ってみせた。もう完全にただのアジテーターじゃねえか。


「あー……過激派の常套(じょうとう)手段ですね。自分たちの思い通りの政策を推進するために、根回しをしてありもしない不満や危機が起きている、と話をでっち上げる。

 どこぞの国で、しきりに『国の借金が多すぎる。財政再建のためにもっと増税しよう』とか言ってたのを思い出してしまいます」

「オブラートに包んでるつもりで思いっきり特定できる言い草はやめようね、莉央ちゃん」


 かくして過激派意見の代行者である林則徐(りんそくじょ)が、広東へ派遣される。

 残念な事に、彼は鄧廷楨(とうていてい)と違い、外交的リスクを考慮する柔軟性を持ち合わせてはいなかった。

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