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薄井幸子の三題噺的日常  作者: 山下香織
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第4話『平行線』『開花』『叫ぶ』

 本日の授業を欠席する事にした幸子は、体育館の脇にある倉庫の扉の前で立ち止まる。

 同じく授業をサボっているであろうもう一人の人物も、おそらくこの扉の向こうに居るはずだ。

 

 横開きの扉の取っ手に手を掛け、軽く力を入れるとガララと開いた。


「今日は鍵を掛けていないんですね」

「貴様! 勝手に入ってくるな! 合い言葉がまだだろうが!」


 倉庫の奥でなにやら作業をしていた阿仁鍬(あにすき)叫ぶ(・・)

 それを見た幸子は、そのお題(・・・・)は自分でやらなければならないと確信した。


「阿仁鍬君。合い言葉が必要でしたら前もって教えてくれませんか? 毎回扉の前で謎かけをするというのはちょっと違うと思うのですけど」

「口ごたえをするな雌豚! ここは僕の城なのだ、僕のやり方が不満なら来なければいいだろう!」


 小柄で肥満な体を揺すりながら、唾を飛ばして幸子に向かって指を差す阿仁鍬。


「体育館倉庫は生徒全員の共有財産ですよ。あなたの城ではありません」

「見解の相違だ」

「ただの事実です」

「うーーん、もういい、帰れ! これ以上貴様と話していても平行線のままだ」


(ピンポン!)


「え?……何も考えていませんでしたが、偶然クリアしてしまいました」

「何? なんのことだ?」

 

 訳が分からないという顔の阿仁鍬と、少し驚いた顔の幸子。


 阿仁鍬とのやりとりで、偶然にもお題をひとつクリアした。

 


 ――幸子は、毎日頭の中に降りてくる三つのキーワードに関連する行動をその日のうちにとらないと、死に至る呪いに掛かっている。

 それは今日も当然のように続いていた。



「ピンチなんですよ、阿仁鍬君。助けてくれませんか?」

「貴様は毎日がピンチだろうが! だいたい言葉に出来ないそれをどうやって僕が知って助けられると言うのだ!」


 幸子は「それはそうなのですが」と呟きつつ、阿仁鍬に少しずつ近づいて行く。


「でも阿仁鍬君、いつもなんだかんだ助けてくれてるじゃないですか。実は期待してるんですよ、私」

「近寄るな雌豚! それ以上近寄ると――うひゃあ!」


 すり寄って来た幸子に腕を掴まれ悲鳴をあげるも、現実(リアル)女性に抵抗出来ない阿仁鍬はそのまま引っ張られて外に連れ出される。


「デートしましょう。阿仁鍬君」

「はあ!?」


 幸子の突然の誘いに、目を白黒させて困惑する阿仁鍬。


「私、今日死ぬかもしれないんですよ。だから……最後にデートしてくれませんか」

「何を言っているのだ貴様! なんで僕が貴様なんかと――」


 有無を言わさずに阿仁鍬の手を取り、歩き出す幸子。


「大人しくついて来てくれませんか?」

「こ、こら! ゆ、誘拐か? 僕を誘拐するつもりか!? すぐに僕のSPが駆けつけるぞ!?」

「デートですよ。阿仁鍬君」

 

 実際に阿仁鍬のボディガードは存在する。

 本人が嫌ったためにすぐ傍で同行する者は居ないが、今この瞬間にも阿仁鍬の身辺には最低でも二人が監視を行っている。

 だがこれまでに阿仁鍬が幸子と一緒に居る場面では、そのボディガードが現れた事は無かった。

 幸子の事は危険人物とは見なされていないようだ。


 学校の外に出てもその手を離さない幸子の姿は、その身長差もあって、言う事を聞かない子供の手を引いて歩く母親のように映る。


 そして――街を歩く幸子に起きる毎度の現象。

 一人、二人、三人と背後からついてくる者たち。

 

 幸子に求婚を迫ろうとする者、たまたま通りがかってその美貌に惹かれた者、下校時を狙って告白するべく朝からずっと待っている者、声は掛けられないが毎日幸子の顔を拝もうと通っている者。

 古参から新参まであらゆるストーカーを生みながら、幸子は日々、歩いているのだ。


 そしてそれは、幸子の歩く距離に比例して、次々と増えてゆく。


「お、おい。雌豚……後ろからゾンビの如き者どもがフラフラとついてくるぞ?」

「そうですね。……阿仁鍬君、もうちょっと恋人のように振る舞えませんか? デートですよ?」

「だ、誰が貴様なんかと――」

「しーっ。今は黙って一緒に居て下さいね、阿仁鍬君。本当は腕でも組みたい所なのですけど、……ちょっと無理があるので手を繋ぐだけにしておきましょう」


 身長百七十センチの幸子に対して、阿仁鍬は百五十センチだ。

 腕を組むとなれば、阿仁鍬がぶら下がるような恰好になってしまう。


 駅前に続く道を少し逸れて歩いていた幸子たちは、やがて線路の高架下の広場に辿りついた。

 この場所は駅から少し離れていて、メインストリートからも外れた裏道のため、人影もまばらだ。


 幸子が振り返れば、高架を支える柱の所々で、ストーカーたちが影を潜めて様子を窺っている。


「さて、阿仁鍬君。これからちょっと爆弾を投下するので、付き合って下さいね」

「は? 何の事だ? 貴様いったい何をする―― 」

「みなさん! いつも陰ながら見守って下さってありがとう! 今日は私の恋人の阿仁鍬君を紹介しますわ!」

「ばっ、馬鹿な事を言うな!」


 幸子の宣言に、高架下に集まる者たちに動揺が走った。

 一秒、二秒……十秒程の時間が静寂に凍る。


 やがて柱の影から一人の男が現れると、フラフラと幸子に近づき――


「さ、幸子さん……う、嘘だと言って下さい」


 泣いていた。


「嘘じゃないですよ。私と彼はほら、こんなに仲がいいのですよ」


 ぎゅっと阿仁鍬を抱きしめる幸子。


「むーっ」


 幸子のEカップの胸に顔面を埋もれさせた阿仁鍬は、叫ぶ事も出来ずに手足をじたばたさせている。

 呼吸も出来ていない様子だ。


「!!!」


 激震が走った。

 それまで隠れていたストーカー達は一斉に姿を現し、幸子に向かって走り出す。

 ――その数、約五十人!


「そんな小太りの男より僕の方が倍は太ってますしお寿司!」

「ぼ、ぼ、僕は二股されても大丈夫です!」

「幸子さんの胸ー! む、む、胸ー!」


 五十人の男達は幸子になだれ込んだ。


「阿仁鍬君は後ろへ」


 幸子がブンッと腕を振るうと、阿仁鍬は後方へゴロゴロと転がって行った。


「はあっ」

 

 幸子が小さく息を吐き出した次の瞬間――

 一番乗りで辿りついた男が、幸子の上段回し蹴りによって吹き飛んだ。


「えええ!?」


 驚愕しつつも足を止められずに幸子に迫った次の男に、軸足を替えた後ろ回し蹴りを叩き込む。


「はあっ」


 男は(きり)もみ回転しながら吹き飛ばされ、後続の男数人を巻き込んだ。


「今日は特別です。私に辿り着いて捕まえる事が出来た方は、私を好きにしてくれていいですよ! パフパフもOKです!」


 先ほどの恋人宣言はどこへやら、恋人以外の男に好きにさせると言う幸子はさらに爆弾投下だ。

 パフパフの意味も不明だが、その宣言は最大の効果を生んだ。


「!!!」


 華麗な回し蹴りを見て尻込みしていた男達は、その一言で野獣と化したのだ。


「ウオオ!」

「俺がモノにしてやるー!」

「パフパフー!」


 しかし、十人、二十人と、幸子の周りに薙ぎ倒されてゆく男達。

 啖呵を切っただけあって、幸子の実力はそれなりのものだった。


 腰を回転させ、捻り込んだ逆突きで吹き飛ばして三十人。

 後ろから襲いかかってきた男の顔面に、振り向きもせず裏拳を叩き込み四十人。

 豊かな胸の下に引き手を取った右拳を、阿仁鍬の倍は太っている男の腹に正拳突きで手首までめり込ませ、悶絶させて五十人。


 額に汗をかく幸子の表情は笑っていた。

 空手の経験者ではあっても、幸子は有段者(くろおび) では無い。これ程の人数を相手にした事などもちろん無い。

 だが、相手が素人とは言え、五十人組手をやりきった幸子は今まさにその道で――


(ピンポン!)


 ――『開花』した。


「無理矢理感は否めないですが、まさかこの作戦が成功するとは……僥倖(ぎょうこう)と呼んでもいいのではないでしょうか」


 幸子には成功する確信も自信も無い中で、五十人の男どもを実験台にしたという事になる。

 だが地面に転がり、痛みに悶えつつも初めて幸子に触れられたその喜びが勝り、愉悦の表情を隠さない者ばかりだ。


「こいつらマゾかよ……おい雌豚、貴様……そんなに強かったのか?」


 阿仁鍬が呆れた顔で幸子に近寄ろうとしたその時――


「幸子さんを雌豚と呼ぶなあ!」


 最初の方で早々に倒されていた男の一人が、阿仁鍬に突っ込んで行った。

 ――その手にはナイフが光る。


「阿仁鍬君!」


 幸子は叫ぶ……が、間に合わない。

 その刹那――


 阿仁鍬は男に向かってスキップするように右足を上げた。

 その右足が戻され、地を蹴ると同時に軽やかに左足が跳ね上がり、男の突き出された右手のナイフを弾き飛ばした。


「二段蹴り!? そんな短い足で!?」

「短いは余計だ! 雌豚!」


 言いながら阿仁鍬は、男に回し蹴りを食らわせてダウンさせていた。


「阿仁鍬君も空手を?」

「ふん、飛べない豚はただの豚なんだよ。雌豚」


 意味不明の言葉を投げつけ、阿仁鍬は幸子に訊いた。


「僕をダシに使いやがって……それで問題はクリアしたのか?」

「ああ……それは」


 幸子は阿仁鍬のピンチに自分が()()()時、心の中に聞こえた音を思い起こした。


(ピンポン!)


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