表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薄井幸子の三題噺的日常  作者: 山下香織
3/8

第3話『姉』『執念』『万華鏡』

 薄井幸子(うすいさちこ)には三つ上の姉が居た。

 名を有希子(ゆきこ)という。

 

 今から三年前、幸子が十三才、有希子が十六才の時の春。

 

 呪いを親から受け継いでいた有希子は、窮地に立たされていた。

 

「『黒猫(アレ)』と『岩塩(アレ)』はクリアした……だけどあと一つが……」


 深夜の公園で腕時計の数字を睨み、絶望感に(さいな)まれながら己の運命を呪い、妹の行く末を想い、覚悟を決めなければならない時が来ていた。







 薄井家はある特殊な呪いを受けた家族だ。

 その呪いは家族の中の一人だけに憑りつき、その者が死亡すると次の家族の一人へと無作為に引き継がれる。

 呪われた者は一日に一度、天からの啓示を受け、決められた行動をとらなければ死に至る。


 それは三つのキーワードであり、その日のうちにそのキーワードを絡めた行動をとらなければならない。

 そして厳格なルールが定められていた。


 ①一日三つのお題を受け取り、それをその日の行動に絡める事で合格とする。

 ②期限はお題を受け取った日の深夜零時までとする。

 ③お題を一つでもこなせなかった場合は死をもって終了とする。

 ④お題を口に出してはならない。言葉として発した場合、死をもって終了とする。

 






 薄井家が呪われたのはいつからなのか。

 有希子がもの心ついた頃には既に父親は呪われていた。

 驚くべき事にこの父親は、普通に会社員として仕事をこなしながら、毎日の三題をクリアするという離れ業を十年以上も続けていた。

 

 有希子はその父から、それまでにクリアしてきたお題のすべてを記録したノートを大量に譲り受けている。

 正確にはそのノートはこの家族の共有財産なのだが、無駄な拡散と紛失を避けるために、有希子が管理するようになった。

 

 三題は一つとして同じお題は出題されないのだが、様々なクリア方法を記したそれは非常に参考になるものだった。

 そのノートは今、(きた)るべき時のために、幸子の手に渡っている。


 父親も昨年の春についに死んでしまい、その後に呪われた母親は優しい性格が邪魔をして、一週間持たなかった。

 

 そして有希子に順番が回ってきたのである。

 十六歳の有希子は一年近く頑張った。

 父の遺してくれたノートが無ければ、もっと早くにリタイアしてしまっていただろう。


 だが今、絶体絶命のピンチに陥っている。


「時間がもう……ない」


 有希子は左手首にはめた腕時計、ピンク色のベビーGを睨む。


「午後十一時三十分、残り三十分」


 唇を噛み締めた……だが正解のチャイムは鳴らない。

 この時の最後のお題は『唇』であった。

 

 有希子は思いつく限りの方法を、既に試していた。

 唇を舐め、噛み、口紅を塗り、指で弄り、色々な形を作り、しまいには――


「あんな事までしたのに!」


 ――好きでもない同じ高校の男子生徒に、無理やり自分からキスまでしたのだ。

 最初は相手の頬にしただけだが、正解音が鳴らなかったため、唇にもキスをしたのだが――鳴らない。

 有希子は涙を流しながら、自らの舌を相手の口腔に挿入していた。


 過去に告白をしてきた男子だったので、この事でおそらく勘違いをした事だろう。

 自分の目的達成のために利用したとは言え、結果を得る事も叶わなかった有希子にとってのファーストキスは、羞恥と後悔と怒りでしかなかった。

 この時有希子は、もう二度と学校へは行かないと誓っている。


 そして解決策も見つからないまま、あても無く彷徨った後、深夜の公園へと辿り着く。


「このままじゃ私、死んじゃう……そしたら、幸子が呪われちゃう!」


 呪いによって両親は既に死亡。残されたのは有希子と幸子の姉妹のみ。

 有希子が死ねば、妹の幸子に呪いが掛かってしまうのだ。


「幸子はまだ中学生だよ……こんな呪い受けたらすぐに死んじゃうよ」


 有希子はまだ諦めていなかった。妹のためにも諦める事は出来なかった。


 こんな呪いのために死んでたまるか、妹に受け継がせてたまるか。

 その執念はやがて狂気へと変貌し、有希子の心の中で何かが弾けた。

 護身用に身に着けていた()()を求めて、スカートをまさぐる。


 右手にナイフを握りしめた。

 左手で唇をつまんで思いきり引っぱった。

 右手のナイフを唇に合わせた。

 両手が恐怖で震えた。

 右手が狂気によって動かされた。

 左手に唇だけが残った。







 幸子は鏡張りの世界で立ち尽くす。

 いつしかキラキラと花が舞い降り、くるりくるりと回転し始めて世界が回る。

 万華鏡の如く。


 世界が回る度に転がる花と自分。

 誰が世界を回しているのか。

 

 自分はいったいいつまで転がればいいのか。

 この世界から抜け出す事はできないのか。

 

 回転して降ってきたお題を無視すれば、世界は止まるのだろうか。

 自分がお題をクリアしてしまうから、また世界は回ってしまうのだ。

 

 いっそ止めてしまおうか。

 でも……でも。


 幸子はいつもそこで目が覚めて、現実に引き戻される。

 時折見る夢だ。


 その度に三年前の姉の最期の姿を思い出し、自分はまだ諦めてはいけないのだと、弱気な心を叱りつけている。


 近所の公園で発見された姉の遺体は悲惨な姿だった。

 無念だったろう。

 悔しかったろう。

 

 死因は顔面の傷でもなく、出血多量でもなく、『不明』という事だった。

 両親がそうであったように、姉もまた『呪い』によって殺されたのだ。


 第一発見者でもある幸子は、その時の姉の左手に掴まれていた()()を見ている。

 最初はそれが何かわからなかったが、姉の顔の欠損部分を見た瞬間に理解した。

 そしてお題が何なのか、容易に想像できた。


「おねえちゃん……投げキッスは試してみたのかな……答えは意外と簡単な所にあったりするんだよ」




 幸子は姉を想う度に、運命に(あらが)うという決意を再確認する。

 生きてやる。生き抜いてやる。


 そして世界がくるりと回る。

 回った先で、ひらひらと花のように、三つのお題が降ってくる。


 今日も幸子は三つの難題を解決し、万華鏡を回すのだ。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ