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薄井幸子の三題噺的日常  作者: 山下香織
2/8

第2話『マンガ』『メイド』『エコー』

 薄井幸子(うすいさちこ)は一日に一度、天からの啓示を受ける。

 それは三つのキーワードであり、その日のうちにそのキーワードを絡めた行動(・・)をとらなければならない。

 そして厳格なルールが定められていた。


 ①一日三つのお題を受け取り、それをその日の行動に絡める事で合格とする。

 ②期限はお題を受け取った日の深夜零時までとする。

 ③お題をひとつでもこなせなかった場合は死をもって終了とする。

 ④お題を口に出してはならない。言葉として発した場合、死をもって終了とする。

 



◇ 




 急ブレーキの音を軋ませながら、赤いスポーツカーが同じ色の郵便ポストに激突した。

 ポストは支柱をへし折られ、スポーツカーの鼻っ面と後ろの塀とに挟まれたがよほど丈夫な作りなのか、その原型はとどめている。

 対するスポーツカーの方はフロントがボンネットの半ばまで潰れ、白い湯気を立ち上らせていた。


「大丈夫でしょうか。……最近交通事故が多いですね」


 薄井幸子の目の前(・・・)で起きたそれはスポーツカーの単独事故だ。わき見運転(・・・・・)でもしたのだろうか。


 突然、赤いスポーツカーの運転席側のドアが開き、三十代くらいの男が転がり出た。

 男は頭から大量に血を流しながらも、地面に這いつくばり、匍匐(ほふく)前進でもって幸子ににじり寄ろうとしていた。


「き、君……お、俺と」


 男は頭部からの流血によって片目を塞がれながらも、残る瞳で幸子を鋭く見つめ、苦痛と歓喜を交互に浮かべた泣き笑いのような表情のまま、言葉を絞り出した。


「結婚してくれ!」

「すぐに救急車を呼びますね」


 毎日のように見知らぬ(・・・・)男に求婚される幸子は、その言葉によって心を動かされるという事など微塵もない。

 学生かばんからスマートフォンを取り出した幸子は、救急の番号を押そうとしてふと、指を止める。


「ごめんなさい。私の家、電気止められててスマホの充電も出来ていないのです。もう電池切れみたいで……公衆電話を探してきますね」


 くるりと踵を返した幸子はその場を離れかけた。――その瞬間。


「あ、お題が降りて来ました」


 本日のお題を受け取った幸子はチラリとスポーツカーの男を見やると、どうやら自らのスマートフォンを取り出してどこかへ電話を掛けている。


「大丈夫そうですね」――と、幸子はその足を学校へ向けた。




◇ 




「あ、こら! 勝手に棚をいじるな!」


 幸子は学校に着くとすぐに、阿仁鍬の居る体育館脇の倉庫へ向かい、中に入るやなにやら棚を物色していた。

 その手には、数冊の『漫画』を持っている。


「手に取るだけじゃ駄目みたいです。少し読書してみますか」


 どうやら『漫画』を手にしただけでは正解した時の音が聞こえてこないらしい。

 幸子は近くにあった椅子を引っ張りだし、腰かけると手にした『漫画』を読み始めた。


「それが今日の探し物なのか?」


 阿仁鍬の問いかけには答えず、幸子は黙々と読みふけりやがて、その一冊を読みきった。


「おかしいですね。一冊読んでも正解にならないとは」

「その『漫画』がそうだと言うのか?」

「言葉では言えませんけど、そうです。ですが正解になってくれません」

「ふむ。今までにこのパターンはなかったか?」

「ああ、そういう事ですか。……でも答えは……うーん」


 幸子はひとりで納得したかと思うと腕を組み、何やら思考に(ふけ)りだした。

 暫く目を瞑っていたがやがてその大きな瞳を開くと、阿仁鍬に訊ねる。


「阿仁鍬君、こういう本はいつもどこで購入しているのですか?」

「僕はいつも隣町の『アニマニア・本店』で買っている。本店だけあって品揃えは豊富だからな」

「隣町ですか……阿仁鍬君、私をそこまで連れて行ってくれませんか、外のバイクで」

「僕の愛車(ベスパ)でか? 貴様を乗せて? 電車に乗っても一駅だぞ」

「ああ、お金持ってないんです。そのうちお返ししますから、乗せてってくれませんか?」


 一駅分の小銭も持っていないのかと一瞬愕然とするも、阿仁鍬は幸子の足元を見て納得する。


「貴様、まだ靴下も買っていないのか。……よかろう、連れて行ってやる」

「買いませんよ。洗濯したものがありますから。……まだ乾いてないだけです」

「なんでもいい。さっさと行くぞ!」


 ハーフキャップの白いヘルメットを幸子に放ると、阿仁鍬は別の同じ型の黒いヘルメットを手に取り扉へ向かう。


「いいか? 後ろに乗っても絶対に僕に触るなよ。わかったな? 雌豚」


 二次元絶対至上主義者の阿仁鍬は、生身の女性に耐性は無い。

 倉庫脇に置いてあるベスパGTS300ie Superに跨りヘルメットを被ると、後ろのシートに乗るようにと幸子に首を振って促す。

 阿仁鍬の肥満体に加えて、タンデムシートに幸子を乗せたベスパは悲鳴を上げるように車体を軋ませながらも、軽快に走りだした。




◇ 




(ピンポン!)

 

 阿仁鍬の行きつけの『アニマニア・本店』で幸子が手にしたものは、海外輸入ものの所謂(いわゆる)アメリカン・コミック誌だ。


「お題が『マンガ(・・・)』とカタカナ表記だった解釈はこれで良かったようです」

「クリアしたのか? 次はなんだ?」

「次は……駅前に移動しましょう」




◇ 




「今から働きたいですって? 突然来て履歴書も用意してないですって?」


 駅前のビルの一室、ある店舗の事務室で、幸子は店の女性オーナーと面接をしていた。

 阿仁鍬は店内に客として入って行ったようで、一緒には居ない。


「はい。体験入店の張り紙を見て興味がわいたもので、突然ですがお願い出来ますでしょうか」


 本来この女性オーナーが、電話連絡も無い突然の訪問者を相手にするような事は無い。

 だが幸子の容姿をまじまじと見つめると、(いぶか)しげだった表情がみるみる笑顔に変わってゆく。


「あらあら、問題ないわ! あなたみたいな超絶美人さんが来てくれるなんて、こっちからお願いしたいですわ! 是非すぐにでも体験していって下さいな。さあさあ、早速着替えましょう!」


 胸元が大胆に開いた、フリルを多用したゴシックアンドロリータ風の黒い新品のワンピースに袖を通し、頭にカチューシャを装着した幸子は姿見で全身をチェックする。

 幸子のEカップの胸が、見事に強調された衣装だった。


「まあ!まあ!まあ! なんて素敵なんでしょう! 当店始まって以来の美人『メイド(・・・)』の出来上がりですわ!」


(ピンポン!)


 幸子はメイド喫茶に体験入店として、メイドに扮したのだ。

 狭いバックルームをぐるりと見回し、なにやら確信した幸子は女性オーナーに訊ねた。


「ここで挨拶を少し、練習してもいいですか?」

「そうね、もちろんですわ! まずはやっぱりお決まりのアレね!」

 

 幸子は大きく息を吸い込み、声を張り上げた。


「お帰りなさいませ、ご主人様!」


 狭いバックルームでそれは『エコー(反響)』した。


(ピンポン!)







 幸子が立て続けにお題をクリアしている頃。

 現実世界の女子には興味がないはずの阿仁鍬は、メイドは別だとばかりにその店を堪能していた。


「「萌え萌えキュンキュン♡ 美味しくな~れ!」」


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