ソリーナズ・ヒーロー
――ソステヌートの市民およびギブソン軍の将兵諸君。本船はドローバ・ハモンドの軍に所属する打撃艦「リバーブ」である。駐留中のギブソン軍は直ちに武器を捨て、指示に従え。
拡声器から朝空に響く声はシャーベルのものだった。山中にいたはずだが、この夜の間に何らかの方法で連絡を取って合流したに違いない。
――我々はこれよりソステヌートに駐留する。市民諸君の生命と財産は保証する。
……なるほど。もぬけの殻になったソステヌートから俺たちだけ連れて帰れば、特にそれ以上得るところはない。だがドローバ・ハモンドは、俺がクロクスベ隊と共に何か仕掛けることを想定して動いていたわけだ。
駐留による実効支配。撤収を前に集積された物資や装備といった戦利品。拙速そのものだが、このタイミングなら、戦果を最大のものに出来るのだった。
部下の気質と力量まで見越したうえでの果断な行動。流石という他はない。そして、俺はハモンドにここまで評価されていたわけか。
(終わり良ければすべて良し、だな……どうにか収まるように収まりそうだ)
駆動用のバッテリーを放出しきって膝を折ったリドリバのコクピットで、俺は安堵のため息を漏らした。
すぐそばでは、頭部を失ったカシオンのリドリバ改も尻餅をつく形に崩れ折れている。まだ予備電源で稼働中のカメラを向けると、ちょうどハッチが開いてカシオンが脱出するところだった。
――憶えておれよ、ロンド・ロランドぉ! 次こそは私が勝つ! お前を後ろ手に縛ってスポール城まで雪の中を歩かせてやるからな!!
そんな捨て台詞と共に走り出す。解放者の飛来に勢いづいたのか、いくつかの民家が鎧戸を開き、窓から彼に石炭の燃え殻や腐った卵を投げ落とした。
「生き汚い奴め……」
降りて捕らえるべきか? そうも考えたが、借り物のリドリバに対する責任の意識がそれをためらわせた。こんな時に迂闊に降りて放置すれば再占領のどさくさでややこしいことになりかねない。
行動を決めかねていると、ふと通り南側の路地から一台の歩行マシンが現れた。肩装甲に紫のマーキングを施したサエモドだ。
「あれは……?」
カメラの倍率を上げて操縦席を確認する――ソリーナだった。肩プレートは外しているが、例の軍服を着こんでいる。傍らにはリコが座席を高くして着座し、十三メリ機銃の銃口をカシオンに向けていた。
――お、お前は……!?
――撃っ!
ソリーナが腕を振って号令――機銃が火を噴き、カシオンが倒れる。俺は息をのんだ。今俺の目の前にある光景は言うまでもなく実写。セルに描かれたアニメではない。お茶の間には到底お届けできない映像だった。
ソリーナのサエモドはそのまま俺のところまでやってきた。ハッチを開けて身を乗り出すと、彼女と視線が合った。
「ソリーナ嬢……何故?」
「私が賊にさらわれたとき、農場の者が何人か死んでいます……一人は私と変わらない年の娘でした。以前にロランド様から、カシオンという男があの件の黒幕だろうと教えていただいてましたから――」
「ああ……」
「ロランド様にご加勢するつもりで、リコと共にこのサエモドで出たのです。そこへカシオンを呼ぶお声が聞こえたので」
つまり――俺はあの一騎打ちの応答で、間接的にカシオンに引導を渡してしまったわけか。
(まあ仕方ない、だが……ここから先は慎重に動かねばな……)
ハモンド軍が中原へ打って出られる程に成長するまでは、ソリーナの存在と正体をドローバ・ハモンドに知らせるわけには行かない――その意味では、ソリーナ誘拐に関わり秘密にも気付いていたであろうカシオンの、口を封じられたのは結果的に良かった。問題はここからだ。
俺は、周波数1448Kmzで再びコルグに呼び掛けた。
「コルグ君、頼みがある。義勇軍の運搬車を一台こちらに回してほしい」
〈ロランド氏? ええ、いいですよ。バッテリーを充電するんですよね〉
「いや、このリドリバを回収して欲しいのだ……操縦者も、一緒にだ」
〈ええ?〉
コルグが流石に訝しげな声を上げる。
〈ロランド氏、まさか義勇軍に加わってくれるんですか? いや、まさかな……〉
「さすがにそれはな。操縦者とは……ソリーナ嬢だよ。彼女を引き受けて欲しいのだ。操縦や射撃を教えてやってくれ」
〈……良いんですか、それ〉
「いろいろ事情があってな、それがベストだと思う」
〈……分かりました。タブリプからこちらへ向かわせます〉
通信終了。俺は開いたハッチの方へ視線を戻した。今のやり取りが聞こえていたようで、ソリーナはひどく混乱していた。
「ソリーナ嬢、リドリバをお返しします。このキーを――」
起動キーを抜き取り、ハッチを出ようとすると彼女は手振りでそれを押しとどめた。
「いえ、私がそちらへ参ります」
彼女は以前に比べるとずいぶん慣れた様子でサエモドを動かし、リドリバのハッチにほど近い、ぴったりの位置まで機体を寄せて停めた。
彼女は機体の凹凸に手をかけ、するりとコクピットに滑り込んできて――座席から身を起した俺に体を預けて来た。
「こうなることは分かっていました。いずれ、コルグ・ダ・マッハに合流してこのリドリバで戦うのだと――自分が、この世界でのソリーナ・サンブルなのだと知った時から」
……なんだと?
ソリーナの言葉に隠された意味に、俺はすぐに気付いた。
「恐ろしかったです。三十九話の戦闘とか……あれを自分がやるのか、と。本当に、たった一人で――ごめんなさい、何の話かわかりませんよね?」
やはりそうだ。同じなのだ。ソリーナ・サンブルは、俺と同じ――原作知識持ちの、転生者だった!
「でも、貴方は……ロランド様は、私が皇女として起つときには来てくださると仰った」
「はい……」
それ以上の言葉が出てこない。だが分かった。ようやく分かった。
――あの山賊の基地でも、農場でも……あなたは会うたびに私の予想を覆して、運命を変えてきた――
辺境へ発つ前夜の、ソリーナの言葉を思い出す。彼女が予想していたこととは。俺が覆した運命とは。そうか、そうだったのか。
「……敢えなく退場していたはずの男が……話数を過ぎても立ち続け、貴女に将来の援助を約するなどとは、思いもよらなかったでしょうな」
「……ロランド様!?」
ソリーナがびくりと身を震わせ、俺の顔を見上げた。どちらともなく腕に力をこめ、俺たちは互いを抱きしめていた。
この会話は、他の誰が聞いても意味など全くわかるまい。だが、俺たちの間でだけは、交わされる言葉の何十倍、何百倍もの思いと情報が行き来していた。
――ロランドの若様! そこにおられますよね?
上空から拡声器でリンの声が響いた。ハッチから見上げると、打撃艦が市街地の上まで移動してきている。
――そのリドリバ、動かないんでしょ? 若様のヴァスチフ、今から降ろしますから! 乗り換えてください!
「やれやれ。もうひと働きせねばならんようだな」
「掃除と見張り……ですね」
ため息とともに腕を緩める。ソリーナを残して、俺はハッチの外に歩み出た。夜の間の戦闘で、ギブソン軍の歩行マシン戦力は大部分を潰せている。だが、残敵の掃討を含めた戦後処理にはやはり実体のある「力」が必要だ。
「これでいったんお別れです……だが、約束は必ず果たしますよ――ソリーナ」
「ええ。信じています。ロンド・ロランド。私の……英雄」
コクピットの方を振り向いた俺に、ソリーナが大きく身を乗り出してくる。ソリーナの唇が、俺の口を柔らかく塞いだ。
クレーンで吊り下げられた懐かしい黒い巨体が、ゆっくりと目の前へ降りてくるところだった。
* * * * * * *
一週間後、ウナコルダ義勇軍とハモンド軍の間に同盟が結ばれた。義勇軍本部はタブリプに移され、まもなく組織名を「ダ・マッハ旅団」と変えた。巡視艇クロクスベは彼らに貸与され、ハモンド軍は引き換えにプドラン六輌を取得した。
ロズ・フェンダーは本人の望み通り、ダ・マッハ旅団との連絡将校としてとどまることになった。
次章より新展開! お楽しみに!




