ブリーフィング
はて? 俺は一瞬考えこんだ。
トリング農場の者で、俺が仕事を頼んだことがある人物と言えば――心当たりはある。怪我をして農場に潜んでいた時に、部下たちと連絡をつけてくれたという若者だ。
トリング氏が手配してくれたので俺が直接会ったわけではなかったが、察するにトリング氏の個人的な密偵、大げさに言えば忍者とでもいうべき特殊技能の持ち主ではないかと踏んでいた。
確か、こちらで彼と直接接触したのはグレッチだったはずだ。リンの物言いが妙にあいまいなのはそのせいか。
名前は確か、リコとか言ったか。彼がこちらにコンタクトを取ってくるとなると、恐らくソリーナがらみではないだろうか。となると――義勇軍とは距離を置いて動いた方がよさそうだ。
「悪くないが、ここではさすがにどうも、落ち着かんなぁ」
俺はわざと好色そうな声色を作って、実際にはなかったリンの「誘い」に乗った風を装った。彼女の膝裏を腕ですくい上げ、いわゆるお姫様抱っこの格好に抱き上げる。
「へっ?!」
リンが虚を突かれて変な声を出した。俺はそのまま彼女を抱えて部屋の外へ出た。
「す、すまないが、私は野暮用があるゆえ、いったん失礼する!」
「ちょ、ちょっと若様……!」
――ケッ、所詮は田舎軍閥の騎士か。腐りきってやがる。
居合わせた義勇軍のメンバーの誰かがそんな風に吐き捨てるのが聞こえた。よし、狙い通りだ。
「わ、若様。あんな風に部屋を出たら、誤解されるじゃないですか……!!」
廊下に出てしばらく歩いたところで、リンが赤い顔をして抗議した。
「なに、誤解したければさせておけばいいのだ、むしろその方がこちらには都合がいい。それで、その客というのはどこに?」
「……ここの隣の、酒場の二階です。全くもう……ちょっとでも若様に期待した私がバカでしたね」
「ひどい言われようだとは思うが、お前の品位を下げるような振る舞いになったのは確かだな。それは謝ろう」
「そういう時にだけ素直すぎるのも、腹が立ちますってば……まあいいですよ、いずれ埋め合わせしてもらいますからッ」
ええい。痴話喧嘩をしたいわけではないのに、どんどんそういう流れになっていく。だが、義勇軍にこちらの動きを悟らせない偽装はできたはずだ。これでいいのだ。
義勇軍が仮の本部として陣取った安ホテルの隣が、酒場兼宿屋になっていた。俺とリン、それに調査隊に同行した部下たちはその宿屋にまとめて上がり込んでいる。
くだんの客は二階のロビーで俺を待っていた。小柄だががっしりした体つきの、俊敏そうな若者だ。
「ロンド・ロランド様ですね。よくぞご無事で」
若者と言っても、歳は俺自身よりも一つ二つ上くらいか。この混乱した状況の中で、よくも俺たちを探し当てたものだ。対面してみれば分かったが、ただの農夫のように見えても視線の動かし方といい足運びといい、並みの男ではない。
「トリング農場の者だそうだな?」
「そうです。ソリーナお嬢様から頼まれてこちらへ参りました。リコと申します」
「ああ。そうではないかと思っていた。彼女はどうしている? もしや……苦境にあるのではないかと案じていたのだが」
リコは無言でうなずくと、少し間をおいて淡々と話し始めた。
「お嬢様は、ロランド様の教え通り、軽歩甲から始めて操縦の練習に励んでおられました。ギブソン軍がソステヌートを陥とした日に、ちょうど例のリドリバで街に来ておられたのです」
俺はうめいた。何というタイミングの悪さだ。
「それで、どうなった……まさか、敵の手に落ちたのではあるまいな」
「いえ、それでしたら、そもそも私がここへ来ることもありません」
リコの軽口めいた返答にややほっとする。だが、彼から伝えられたソリーナの状況は、それはそれで困ったものだった。街であの特製リドリバを駐機し、起動キーを持って降りていたタイミングで、街が急襲を受けたのだ。
「お嬢様はとっさに、なじみの雑貨商の店に逃げ込みました。娘ということにしてもらって店を手伝ってますが、ギブソン軍はあの機体が特別なものだと気づいて、起動キーの持ち主を探し続けているようなんです。このままですと、お嬢様は身動きが取れません」
「なるほどな……」
そもそも、山賊を介してソリーナの身柄を押さえようとしたのもギブソン軍だった。あの工作にかかわったものがもしソリーナと顔を合わせれば、色々とまずいことになる。特に例の情報将校、セザール・カシオンは一件の中心で動いていたはずだ。
「つまり、彼女は私に、リドリバの奪還と自分の保護を求めている、ということだな……?」
「つまるところ、そういうことになります」
なかなかに難しい局面になってきた。これはどうも、ソステヌートに潜入してこそこそと立ち回らなくてはならないらしい。あそこにはシャーベルたち残留組の部下もまだいるはずだし、情報員のダダリオ氏もいる。可能なら、彼の通信設備を使ってラガスコの基地とも連絡を取るべきだ。そろそろクロクスベ隊だけでは対応が難しい段階になっている気がする。
「準備と作戦が必要だな……彼女の潜伏場所の細かい情報が知りたい。それに、ソステヌートの地図と、ギブソン軍の配置も必要だ。今の時点で分かる情報を教えてもらえるかね」
リコは力強くうなずいて、紙と鉛筆を要求した。
* * * * * * *
リコが俺の返事を携えて再びソステヌートへ向かった後、コルグがやってきた。
俺が押さえた部屋のドアのところで、ノックをした後こちらの様子をうかがっているようだった。
――ロランド氏……その、今取り込み中でなければ話がしたいんだが。
「ああ、何も問題ない――私は今一人だ。入ってくれたまえ」
「そ、そうかい?」
拍子抜けしたような風を見せながら彼が入室してくる。きょろきょろと室内を見廻して、やがてほっとしたように肩の力を抜いた。
「あの女の子と一緒かと思った……いや、それはもちろんあなたの自由なんだが」
「ああ、すまん。昨晩は少々事情があってね。あまり勘繰られずにあの場を離れたかったのだ。それで、何の用かね」
俺の返答にコルグは一瞬眉根を寄せて怪訝な顔をしたが、すぐに用件を切り出した。
「ソステヌートのジャズマン邸に、彼の個人的な資産の一部が保管されているんだ。今はギブソン軍が屋敷ごと接収している。金額はざっと三千万レマルク」
「三千万……」
胃の腑がキュッと縮まるのを感じた。日本円に換算しておよそ四十億近い。大変な金額だ。
「個人宅に保管するような規模の資金ではないな?」
「こんな世の中じゃ、銀行なんてあてにならないからね」
「それもそうか」
前世のテレビ番組で見た、セイロン島の宝石商人が巨大なサファイアの原石を金庫に所蔵していた映像をちょっと思い出す。
社会インフラが不十分だったり、公的機関の警察力があてにならなかったりすれば、ああいう形で資産を手元に置くのもやむを得ない事もあるわけだが。
「捕虜から得た情報だからどれだけ確実かはわからないけど、どうも近々それを持ち出してトリコルダへ運ぶ計画があるらしい。なんとかそれを阻止して、こちらに奪還したい。可能なら、ジャズマン氏の所在も突き止めて、保護したいところだな」
「なるほど……だが、今のところは協力しかねるな。こちらはこちらで、ソリーナ嬢を脱出させねばならないのだ。それに彼女のリドリバも奪還したい」
「あの娘さんが? そっちはそっちで、ややこしいことになっているみたいだな……」
「まったく、お互いに気苦労が絶えんな……ふむ?」
待てよ? 頭の中で妙なイメージが固まり始めている。現金輸送部隊の阻止と、リドリバの奪還――やりようによっては、ギブソン軍の処理能力を飽和させつつ、目的を達成できるのではないか?
「少しアイデアがある……コルグ君、先の戦闘で鹵獲したものがあれば一番だが、ガラトフを三台ばかり、ギブソン軍の塗装に仕立てて用意できないだろうか?」
「何だって?」
コルグがぎょっとしたような顔をする。だが、俺が漠然と浮かんでいるそのアイデアを説明し始めると、彼の瞳が奇妙な熱意で輝きだした。
ギブソン軍カラーに仕立てたガラトフを使って、俺たちは街に潜り込んだ。軽歩甲が通れる街路は事前にチェック済み、せいぜい引っ掻き回してやるぜ。
ロランドの旦那のほうも上手いことやってるみたいだが……フェンダーとか言うあのおっさんがまあ忙しそうに飛び回ってること。いやー苦労してんねえ!!
次回、重戦甲ガルムザイン「ソステヌートへの潜入」でまた会おうぜ!
……何かややこしい作戦をおっぱじめるなら、地図はしっかり見とかねえとな!




