ドッグマン・ワールド
(あれはどう見てもレーザーか荷電粒子砲の類だな……いや、兵器としての本物など前世でも見たことはないが!)
威力も相当なものだ。船尾整流板をさっくり切り落としたあれを中核部分にくらえば、クロクスベはひとたまりもあるまい。
スピツァードに酷似したあの謎のマシンは、依然として高速機動を取ったまま執拗に追いすがってきていた。
撒くのは困難そうだが、しかし。
(撃ってこないな……?)
先のレーザー照射から約五分。クロクスベは、砂漠に点在する錆の塊のような巨大構造物、金属遺構の一つを目指して、飛び続けている。
その間、俺は双眼鏡で敵機体を観察する余裕を得ていた。
腕の肘から先には指をそなえた「手」がない。おそらくあの腕は、問題の光線砲そのものだ。機体の構成は重戦甲に似通っているが、脚部には大きな違いがあった。
腰後ろに後尾駐鋤がなく、代わりに尖った形のスタビライザーらしき可動肢が一本。そして、二本の脚は先ほども見たとおり、鳥めいた逆関節だ。それが特に大きなジャンプなどは行わず、ひたすら走っている。
もしやあの光線を放つには、機体にそれなりの負担がかかるのだろうか? つまりこの妙に長い発射間隔は、エネルギーをチャージするためか、あるいは機体の過熱を冷却するためのものではあるまいか?
「これは案外、隠れる以外にも対処法があるかもしれん」
「対処法? あの光線に何か打つ手でもあるの?」
デイジー・モーグはスピツァードもどきのレーザーにすっかり肝をつぶし、飲まれていた。
「分かってる? 光って、放った瞬間に目標に届くのよ」
「知っているとも。だが、光ならば水中では屈折し、空気中のホコリにあたれば散乱する」
「!?」
優秀なメカニックと言えど、知識のない事柄には戸惑うばかりということか。俺は格納庫へ走り、コルグにも出撃を促した。
「コルグ君! 重戦甲で出るぞ。連携してかかれば倒せるはずだ」
ポータインをエレベーターに乗せて、上甲板へ。
「さっきと言ってることが違うじゃないか、ロランド氏」
「……砂だ」
「砂?」
「あれが私の考え通りにレーザーであれば、砂煙で大幅に減衰させられる。であればとにかく砂を巻き上げればいい。重力中和装置を上手く使うのが決め手になる」
「簡単に言ってくれるなあ! まあ、やってみるけどさ! だけどその、レーザーとかいうのじゃなかったら?」
「その時は、また考えるさ!」
コルグの危惧はもっともだが、荷電粒子砲の線はいくら何でもまずあるまい。稼働に必要な電力量が大きすぎるからだ。イヤそうなそぶりをしながらも、コルグもガルムザインに乗り込んだ。
ポータイン・ウルフヘッドが砂の上に降りたつ。先の照射からはそろそろ十分――俺は着地の瞬間に、ベクトラを操作して機体の周囲に砂を巻き上げた。この辺りの土砂は粒子が細かく、かなりの高さを砂煙が漂う。その微粒子で出来た幕が、不意にカッと赤く輝いた。
「来たな!!」
熱で溶けた砂が蒸発してさらに煙を上げ、光線は機体から数メートルの距離で霧散した。これでまたしばらく時間が稼げるはずだ。
「やはりレーザーだ! 今がチャンス、一気に畳みかけるぞ――」
〈待った! もう一機いる!!〉
「なに!」
うかつだった。ここは辺境、何者かは知らないが敵のホームグラウンドだ。伏せ勢ぐらいは当然あり得た。
〈ベクトラを操作……こうか!?〉
ガルムザインの周囲にも砂が巻き上がる。新手のマシンはこちらの戦術に気づいたのか、撃たずに砂煙の消滅を待とうとしているように思われた。
コルグは機体を横方向へ走らせ、砂煙を上げ続けた。スピツァードもどきが旋回してそれを追う。
「ならば、こうだ! 横移動を追い続ける状況で、急に上下の動きには対応できまい!」
ポータインをジャンプさせ、斜め上空から七十七ミリを撃ちこむ。狙いは頭部と肘から先の腕。推進器で加速しながら着地して砂を巻き上げ、さらに足を狙った。
膝関節に砲弾が命中し、謎のマシンはバランスを失って横ざまに倒れた。何が致命傷になったのかわからないが、機体から炎と煙が上がり、あっけなく動きが止まる。
「こっちは片づけた!」
呼びかけながらコルグの位置を探り、機体をそちらへと向かわせる。だが、ガルムザインもすでに敵機を追い詰めつつあった。
砂煙の中から九十メリ砲弾がおぼろに影をまとって飛び出し、スピツァードもどきの黒い機体へと突き刺さる。
出撃から数分。俺たちはレーザー二門を積んだ敵に対して、どうにか無傷で勝利を収めた。
〈勝った……! でも肝が冷えるな。砂煙があんな風になるところなんて、初めて見た〉
「あの威力はおかしい。もう少しパワーを抑えて連射可能にした方が、兵器としての使い勝手はいいはずだが……」
単体であれば、というフレーズが何となく頭に浮かんで、ドキリとした。そう、あれが一体や二体でなく、多数の群で発射タイミングをずらしながら攻撃してきたとすれば、条件は全く変わるのだ。
(あのレーザーが十体分もあれば、打撃艦でも要塞艦でも墜とせる。もともとそういう運用をするのではないか?)
仮定ばかりで何も確証はないのだが、潜在的な危険はあると考えていい。
「これより艦に帰投する! 進言するが、速やかにこの地点を離れるべきだ」
〈待ーってぇーー!!〉
通信機にデイジーの声が飛び込んできた。
〈お願い、アレを拾ってきて! 触りたいの、触らせて!!〉
「次が来ないとも限らないのだ、余計なことはせずに移動すべきだと思う」
〈いや、ロランド殿……一度着陸した方がいいです〉
船長が割り込んでくる――というより、これはブリッジとの回線にデイジーが割り込んでいたというのが正解だが。
〈さっきの損傷で、船体の質量が大きく変化している。今後の飛行のことを考えればいったん重力中和装置を切って、再起動時に質量バランスを再検出、設定しなおすのがセオリーです〉
なるほど。これまでの戦いでも結構武器を捨てたりしてバランスを変えていたが、さしたる影響がなかったのは比較的短時間でベクトラを切っていたからか。
「わかった――コルグ君! そういうことだ、許可を出してやってくれ。指揮官は君だ」
〈よし、許可する。だけどロランド氏の心配ももっともだ、なるべく早い離陸を頼むよ〉
俺たちは燃えていない方の謎マシンを抱えて、クロクスベの上甲板に着艦した。
「ひゃー! 実物は初めて見たわ!! 整備士ギルドでも幻の機体扱いになってるのよ、これ!!」
デイジーが工具一式を抱えて上がってくる。彼女は機体によじ登ると、砲弾で上半分を吹き飛ばされた頭部の少し下、普通の重戦甲ならコクピットへのハッチを兼ねている装甲襟の辺りを、バールのような物でこじり始めた。
「ここのパネルを外すと、開閉スイッチがあるのよね……ほら!」
掛け声とともに二十センチ四方くらいの金属板が跳ね上がり、手裏剣よろしく回転しながら俺の足元に落ちてバウンドした――
「危ないな、おい!」
「拾っといて。それに文字が描いてあると思うんだけど、たぶんそれがこいつの名前」
言いながらデイジーがハッチを開ける。
「見て! 中に人が乗るためのスペースがない……言い伝え通りだわ!! すごい!!」
「無人機だというのか!?」
デイジーの言葉に驚きつつも、俺はその金属板を拾い上げた。そこには、この世界でのアルファベットに相当する表音文字が四つ、ひどく古い書体で記されていた。
「これは……名前か? むしろ何かの略号のようだ、子音しかない」
S、P、Z、D。スピヅダ、とでも読むのか? ヘブライ語のような、母音の表記を行わない言語だろうか。
偶然の一致だろうが、スピツァードと読めなくもない。
「持って帰りましょ! これだって、ギルドで修理して素性のはっきりした頭と、人が乗れるコクピットをつければ重戦甲として使える」
「想定してた入手法とはえらく違うけど、ま、いーんじゃねえか」
ゲインがそう言って一人合点した。
――そいつは甲板に固縛してくれ! 重力中和装置の再設定かけるぞ!
ブリッジから船長が号令をかけた。甲板に出ているメンバーがあちこちのフックにロープやワイヤーをかけてSPZDを固定していると――船の右舷先方に見えていた金属遺構の一つが割れ鐘のような響きを上げ始めた。
ゴウン……ゴウン……
「なんだ……?」
遺構とクロクスベの間に横たわる砂地が吸い込まれるように崩れ流れて消え去り、緩やかなスロープのついた地下トンネルの入り口が現れた。
「気をつけろ! こいつの――SPZDの仲間が出てくるのかも……!!」
あれが無人機なら、どんな場所にでも潜んでいられる。だが、予想に反してそれ以上の動きはなかった。
「これって、もしかして未調査の遺跡をさっそく見つけちまったのか?」
「見つけたというより、見つけられてしまった、という気がするな」
ささやき交わす俺たちの中でコルグは一人無言のままだったが、しばらくすると最前列に出てそのトンネルを見つめ、やがてこちらを振り向いた。
「行ってみよう。似たような話を、子供の時に村で聞いたことがある。それをもう一度詳しく確認してから探すつもりだったけど……多分これがそうなんだ」
クロクスベの前照灯が地下の闇へ向けて照らされる。そこには、二本の足で直立し、衣服をまとった犬の姿が奥まで延々と並んでいた。
いやー、あのSPZDってマシンはまったく迷惑な代物だったねぇ!
さて遺跡の中で俺たちを迎えたのは、犬の顔した先住民の生き残り、長老タタログ。
彼の語るこの世界の歴史は、驚きに満ちたものだった!
俺たちは彼から手掛かりを聞き出し、いよいよ大昔の重戦甲が眠る遺跡へ向かう。
次回、重戦甲ガルムザイン「グル・ウルの神話」でまた会おうぜ!!




