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異なる世界で  作者: OMF
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宵の森で静かに語らおう

異世界にやってきた、旅人の話

主要人物

界徒

異世界に来た人。現代では旅人

旅の心得はあるが、場当たり的行動が多い

マイ

森で出会った通りすがりの少女

口下手な人物だが……

 旅の物語は山あり谷ありではある。

 あってこそ聞き手も楽しめるものだ。

 でも別に大事件でなくても話は存在する。

 笑いあり涙ありだけが物語と言うわけではない。

 後味が悪いわけではない。人と出会って、語らって終えるだけ。

 例えるなら舞台の幕間。詩人が語ることもないような短い話。

 旅路の中だと明らかに物足りないような短い話ではあるものの、

 意外と忘れられない話も人によっては存在している。

 この物語も、それと同じようなものだ。




「あ~~~スープパスタさいっこうだわ~~~。」


 遠くから波の音が聞こえる薄暗い夜の森。

 いかにも何か出てきそうな不気味さを漂わせる中、

 一人の男が焚火をしながら至福のひと時を過ごす。

 男は青のジャケットと言った登山服のような格好で、

 がたいの良さも相まって少々威圧的な雰囲気がある黒髪の男性。

 一方でその顔は見事に緩み切っており、大人の貫禄は全くない。

 手にはマグカップを持ち、そこから湯気が空へと昇っていく。

 中に入っているのはベーコンとほうれん草が混ざったミルクパスタ。

 味もさることながら、まだ少し肌寒い夜には大変温まる一品だ。


 膨張しきった紺色のリュックサックと茜色のテントがそばにあり、

 知ってる人が見れば大体この人が何をしてるのかはわかる。

 彼は飛龍ひりゅう 界徒かいとと言う、日本人の旅人だ。

 世界中を大した当てもなく旅をしている、生粋の旅人になる。


「住めば都。異世界も一度慣れるといいもんだな~。」


 夜空を見上げながら物思いにふける界徒。

 此処は彼のいた世界とは全く別の世界である。

 所謂ファンタジーと言う言葉がよく似合う、

 剣や魔法と言った世界ではあるのだが、この男は簡単に適応した。

 と言うより、旅ができれば正直な話どこでも構わないのだ。

 熊に襲われて死ぬのも魔物に襲われて死ぬのも彼は同一であり、

 寧ろ見たこともないものが待っていると言う可能性を考えると、

 この世界の方よりワクワクすると言う、かなり前向きな思考だ。

 一応、元の世界に戻りたいと言う願望はあるにはある。不便も多い。

 戻るための手段も知ってはいるが、どうせなら彼は往復がしたかった。

 こんな世界、いつ来れるか分からないのでは勿体なさすぎる。

 往復できるようになる手段を確立しておきたいのが彼の願望だ。

 もっとも、自分よりもずっとこの世界に詳しい住人には、

 出来上がるころには老衰で死ぬと言われる程度に進んでないが。

 結果、何らかの偶然で戻るまではこの世界を堪能しよう、

 と言うことで旅を続けている。


「む……」


 遠くない場所から草の揺れる音。

 音を聞くと同時にカップを近くにおいて、

 素早くテントの中に置いてある武器を取り出す。

 少し前に魔物のような強烈な叫び声がどこかから聞こえた。

 人が倒した可能性もあるが、それ以上に何か危険なのがいる可能性もある。

 そんな近くで野宿しているこの男の神経の図太さはかなりのものだが、

 一応魔物対策についてはしっかりしているが故の余裕の表れだ。

 テントの中から取り出したのは……棒だ。何一つ特徴がない鉄の棒。

 異世界での旅なのだから、時には魔物や賊とも相手することもありうる。

 郷に入っては郷に従う思考なので、抵抗はありつつもこれにすぐ適応した。

 とは言え刃物は手入れ、場合によっては技術までもが要求される代物だ。

 刃物の取り扱いは慣れたものと言えども、生活の為の技術であり殺しではない。

 故に選んだのは旅の途中で入手した鉄の棒。手入れ不要で技術がなくとも使える。

 郷に従う思考と言えども、やはり人を相手にしたときのことを考えてしまうと、

 刃物と言ったものを手にするのは正直抵抗がある辺り道は踏み外してない人物だ。

 槍のように両手で構えながら相手が出てくるのを待ち構えていると、音が近づく。


 茂みをかき分けて出てきたのは魔物ではない。

 人だ。年は十代中頃で界徒とはそこそこ離れてるであろう少女。

 黒と灰色を基調とした服装で、フードの付いたベストを羽織っている。

 銀色の防具が軽装の都合よく目立ち、盗賊と言われると頷けるような恰好。

 目の隈が酷いため目つきが悪く、腰にも二本の短剣を携えており、

 界徒はより警戒気味になる。


「……なに、してるの?」


 フードを取りながら少女は月明かりに顔をさらす。

 紫のショートヘアーは、闇に紛れて妖しさを彼女に付与する。

 目つきは隈で怖いだけで、思いのほか年頃の少女らしき顔つきだ。

 とは言え油断は禁物。今頼れるのは己だけで警戒は怠らない。


「何って……野宿だよ。そういう君は?

 見るからに盗賊ですって言いたげな格好だけど。」


「ホロックの人間よ。」


 ホロックとは、この世界に存在するギルドのような組織だ。

 自分のような異世界から来た人間と言うのは当然右も左も分からない。

 金もなければ言葉も通じない。これで生きろは最早死刑宣告に等しかった。

 そんな人たちに仕事を斡旋してくれたり、様々な支援を行うのがホロックだ。

 異世界からくれば世話になるので当然界徒も世話になっており、

 その存在には自分たちディレント(異世界)人は頭が上がらない存在である。


「ホロックかぁ。多種多様なとこだから、

 恰好でも判断がつかないんだよなぁ……困った。」


 彼女が本物のホロックの人間だと言う証明できる材料がなかった。

 仕事さえできれば、格好についてはそこまで文句は言われない。

 自由度の高いところもホロックの魅力ではあるが今の場では欠点だ。

 この恰好だって問題ないだろうし、どうしたものかと頭を悩ませる。


「私が立ち去ればいい話、と言いたいのだけど……道に迷ってるのよね。」


 彼女は仕事帰りの途中とのことだ。

 だからこのまま別れても道に迷うだけで、

 野宿できる装備もないのでできれば泊めてほしい。

 そういう事情を聞いたもののその証明ができないと、

 彼女自身からも言われて話が全く進まなかった。


「埒があかないし、今から一個質問する。

 その答えで信用するかどうか決めることにしよう。」


「思い切りよすぎない?」


「じゃあ一晩中このまま相対するか? いやだろ。」


「……まあ、そうだけど。」


 今が何時かもよくわかってない中、

 此処から何時間にも渡るにらみ合い。

 やるだけ時間の無駄なのは誰が見てもわかる。

 それならいっそ白黒つけた方が早いものだ。


「確かアリアさん関連の街だったから……よし。ホロックなら、

 サダルスウド(街の名前。この地域の首都のような存在)周辺のお偉いさんは分かるだろ?

 ってことで、サダルメリクって街のホロックを任されてる人を答えてくれ。」


 もし賊の類であるなら、最寄りのホロックの人物は把握してるだろう。

 ならばと同じ地域ではあるものの、別の街のホロックを問いに出す。

 近所は分かっても更に外と言う距離となれば途端に分からなくなる。

 現代ではそうだったし、と言うより界徒も実際似たようなものだ。

 態々こんな知識を、こんな場所で出会う賊にあるとも思えない。


「いや、サダルメリクから流れてきた盗賊なら意味ないよそれ。」


 ごもっともな話である。

 賊と仮定して、どこからきた賊なのか。

 その定義ができてない中本当にそれでいいのかと。


「よし信じた!」


「は?」


 だがこの質問の本質はそこではない。

 サダルメリクを任されてるホロックの人物は知ってたので、

 穴があることが分かっててもいいならと答えようと思った。

 他に他意はなかった。しかしまさかの正解に彼女は戸惑う。


「いや、盗賊がそんなめんどくさい奴の言うこと、

 いちいち聞くぐらいなら襲う方が普通じゃん?

 態々こっちに合わせるメリットだってないわけだし。」


 問答に付き合うぐらいなら強奪してしまえばいいだけだ。

 遠回しに行動してまで信用を得る意味を見出すことがあるのか。

 少なくとも界徒には意味を見出すことができなかったと言うことになる。

 勿論例外はあるだろうが、流石にそこまで考えてはきりがないことだ。

 だから彼の出した答えは『素直に答えない』、これに尽きた。

 もっとも、最初から証明できないと疑われる発言を彼女はしてたので、

 サダルメリクの人物を言ったところで信用してた可能性は高かったりする。


「んじゃ改めて。俺は界徒、十年近く旅人をやってる。」


「……マイよ。」


 二人は事を構える必要がなくなり、

 焚火を挟むように木の幹に腰掛けて焚火を眺める。

 パチパチと爆ぜる音が、静かな夜に音を奏でていく。

 界徒はすっかり伸びてしまったミルクパスタを食して、

 それをマイは多少は視線を向けながらも、基本は焚火に集中する。

 会話はない。食事をしてからなのもあるにはあるが。


「プハー! ベーコンとほうれん草ってなんでこんないいのかねー!!」


 仕事疲れの会社員のような飲みっぷりと共に言葉を吐き出す。

 歓喜の声色も相まって、酒でも飲んでいるのではないかと疑いたくなる。

 騒がしい界徒に対し、マイは本当に静かだ。何も話そうとはしない。

 旅の途中でも寡黙な人とはよく出会っているので別段珍しいことではなく、


「マイちゃんはなんでホロックをやってるの?」


 相手が無口だろうと割と遠慮はしないのがこの男だ。

 深い所には踏み込まない主義ではあると同時に、

 浅い所ならば遠慮なく話しかけられる。

 このまま寂しい夜を過ごすのもいやだし、

 どうせなら楽しく過ごしたいのが彼の本音。

 旅の魅力とは何も景色や食事だけではない。

 出会った人も大事な存在になる。


 ホロックの仕事は所謂何でも屋に近い。

 バイト感覚の手伝いから自警団、魔物退治。

 肉体労働どころか命懸けの仕事まで様々だ。

 かなりヘビーな仕事で、彼女は見たところ学生ぐらいの年頃。

 自分よりも若そうな子が自分以上に危険な仕事に就いてるのは、

 賞賛と同時に興味があった。


「ホロックに恩人がいたから、それだけ。」


 明るい表情に対してマイは冷徹。

 淡々と答えて、会話を弾ませずに終わらせる。


「いい話だなぁ~……おじさんそういうの弱すぎるんだわ。」


 ぶったぎる形で終わらせても、

 気にも留めずに話を続ける界徒。

 誰かの為に努力しているその姿勢。

 学校を中退してまで旅をしてる自分よりも、

 ずっとしっかりしててできた人間なことに軽く涙が流れる。


「でも、親御さんは心配とか───」


「いないわ。」


 遮るような大声に言葉が詰まる。

 仏頂面で何を考えてるか分かりにくい。

 それがマイと言う人物に抱いた印象だが、

 先ほどよりもかなり険しい顔なのが伺える。


「……いいえ、逆だったわね。

 親が私を子として見てないもの。

 心配なんてないし、寧ろ消えて喜んでると思うわ。」


 自嘲気味に鼻で笑いながら空を見上げる。

 乾いた笑いと何とも言えぬ表情。

 本心と同時に、それが辛くもあるようだ。


「そりゃ、複雑だな。」


 無関心ではないと同時に深入りもしない。

 相手から打ち明けると言うのであれば別だ。

 ただ、自分は旅を出るときに家族を置いて行った。

 自由すぎる家族なので自主退学も旅も簡単に許すほどだが、

 同時に親との時間を十年近く疎かにしてきたことも事実。

 故に家族絡みは負い目もあって、少々不得手な問題だ。


「私が普通だったら……いえ、なんでもないわ。」


「普通、ね……確かに普通っていいよな。」


 普通と言うものに、少しだけ憧れたことがある。

 界徒は人間の姿をしているが種族的には人間ではない。

 伝承上の存在ともされた龍、その末裔の一人だ。

 本来ならば、特別視されてもいいかのような種族。

 だが世間では人ならざる者は『異端』と呼ばれ迫害される。

 人でないだけで蔑まされ、迫害され、差別を受ける存在。

 だから界徒は自分が異端と言うことをなるべく隠して生きてきた。

 旅では隠す余裕がないことも多々あり、その都度嫌悪される視線。

 好意的な目は向けられることは稀で、時折自分の力を呪ったこともある。

 これは異端に分類され、迫害される人達全般に言えることだ。

 彼女がどんな人かは知らないが、似たような経験があったのだろう。

 この世界における毒親がどんなのかは、知る由もないが。


「普通って、一番望めないものよね。」


「分かる。」


 普通の定義なんて曖昧だが、

 界徒における普通とは即ち、人間であること。

 それがあれば胸中に秘めた真実に苛まれることもない。

 穏やかに暮らせた可能性だってある。


「でもまあ、俺は普通じゃあないのが良かったのかも

 ……普通を欲しがった君の前で言うのは失礼とは思うけど。」


 事実を変えようがないと言う諦念もあるが、

 同時に彼は、普通じゃないからこそな部分もあった。

 旅に出る理由も同じ龍の異端はどのように生きてるのか。

 それを知る為であり、人間であれば旅にすら出なかっただろう。

 辛いがこんなにも楽しいことを感じられなかった自分を思うと、

 自分は異端のままでいたほうがいいと言うものだ。


「どちらとも言えないわ。」


 彼女も似たようなものだ。

 恩人と出会えたのは普通ではなかったから。

 恩人と出会えなかった人生は余り考えたくない。

 ではそうなると、自分が普通であっては出会えなかった。

 結果的に普通でなかったおかげでこうなっているのも事実。

 だから界徒の言葉を否定できないが、肯定もできない。


「ま、普通ってよくわかんねえけどな。」


「同意見。」


 確かにある程度の常識という目安は必要不可欠。

 一方で普通の定義なんて本来は何処にも存在しない。

 多数でないものが普通ではない……身勝手な理由一つで決まる。

 普通の定義から外された側にとっても自分が普通だと思うものだ。

 そんな枠に無理矢理当てはめられた側はたまったものではない。


「そういえばマイちゃん迷子だったってことは飯はまだ?」


「ええ、まあ。」


「んじゃ何か軽く食べとくか。俺ももう少し食べたいし。」


「随分気前がいいのね。宿に焚火に料理に……何か要求してもいいんじゃない?」


 元々マイは帰って適当な飯屋で食べる予定だった為に空腹だ。、

 彼の提案は非常に嬉しいものの、別に彼に対して恩を売った覚えはない。

 その割にこの気前の良さについて、逆に此方が不気味に思ってしまう。


「サダルスウド周辺は物価が安いから、

 手持ちに余裕があるから他人と共有できるだけさ。

 勿論払ってくれるなら嬉しいけど、今手持ち大丈夫?」


「三千ギル(主に使われる通貨。相場は現代とほぼ同じ)よ、手持ちは。」


 ホロックは仕事柄割と儲かる仕事ではある。

 命のやり取りもあるので当然と言えば当然の話だ。

 一応界徒もホロックで仕事したりして金銭を稼ぐ形を取ることも多いが、

 基本的に命のやり取りが余りないレベルの物ばかりをやってるので、

 思ってるよりは稼げておらず、恵まれた装備をしてる彼女を見ると、

 しっかり働いて生き残ると言う前提があれど儲かると思ってたが、

 日本円で三千円ぐらいしか手持ちがないのはかなり庶民的だ。


「おいおい、かなりギリギリじゃん。払うとしても後払いでいいよ。」


 単身で仕事してることから実力はあるはずなのにその程度の所持金。

 装備につぎ込んだからか、あるいはほかの何かに費やしてるのか。

 ひょっとして、見た目の割には意外と儲からない仕事ばかりとか。

 今度ホロックで仕事するときは気にしてみようと思いながら、

 テントの中からいくつか取り出して、それを彼女へ渡す。


「これって……」


「俺ディレント人でさ。こういう非常食がよくあったんだよ。」


 渡したのは、所謂缶詰だ。

 缶切りを使わず指で開けられるタイプの。

 缶には界徒のいた世界でいう焼き鳥の絵柄があり、

 それと共に銀色の大きめのスプーンも渡す。


「そこの穴に指を入れて引っ張れば開くけど、

 縁に触れて指とか切らないように気を付けるんだぞー。」


「これ、私が食べてもいいの? 貴重じゃない。」


 こっちの世界では当然だが缶詰は生産されてない。

 消費すればまた買えばいい……と言うことは不可能だ。

 かなり貴重な代物で、特に何も言われてないことから、

 中身を全部食べてもいいと言うことになる。

 本当に自分がもらっていいのかと思ってしまう。


「缶詰結構持ち込んでてかさばるし、

 そろそろ消費しておきたいと思ったのもあるんだ。

 後、日本の味って知ってほしいんだ。俺の一押しだし。」


「……なら、ご馳走になるわ。」


 了承も得たことだし、

 手慣れた様子でふたを開ける。

 缶を開けたときの特有の音が森に広がっていく。

 ジェル状になったタレとセットは日本ではなじみ深い。

 一方で、相手からすればジャムような類に見える可能性もある。

 先入観で食べないのではないかと言う、少しばかり不安の表情をしていた。

 ジャムにも色々あるが、基本的に甘味で構成されている。

 あらぬ誤解を受けないでくれよと願うばかりだ。



 不安そうに見届けてる界徒をよそに、

 スプーンで一口救い、それを暫し眺めるマイ。

 焚火にタレが照らされ、本来質素な食品に光沢を与える。

 保存食の都合高いものではないが、その姿は値段不相応の輝きだ。

 眺めた後、そのまま口に含む。


「……やっぱりご飯が欲しくなる味。」


「あー……それもそうだよなぁ。」


 程々に味を堪能して飲み込むと、

 味とは違う方向の感想が返ってくる。

 思ってた言葉とは違うので安心と同時に首を頷けた。

 缶詰なので単品でも十分いけるものの、

 やはり焼き鳥となると単品だと勿体ない。


「でも、たまには単品もいいものね。」


「お、わかる?」


 他のことを気にせず、ただそれだけを食べる。

 いつもそれでは飽きてしまうものだが、

 こういう風に不定期でならいいのかもしれない。

 せわしなく何かと合わせて食べるではなく単品を堪能する。

 これもまた料理の楽しみであり、このことについては彼も同意見だ。

 静かに二口目を口へと運び、ほんのり甘味の入った鶏肉を堪能する。

 目を閉じて噛み締めてる姿は穏やかな表情だ。


 自分も食べるかなと、

 同じ焼き鳥缶を開ける界徒。

 相手に倣って自分も単品で行く。

 個人的にこの焼き鳥が缶詰の中だとお気に入りだ。

 飯と合わせるもよし、酒の肴にするのもよし、単品でも十分。

 自由度の高い品に加えて味も日本らしい味付けであるため、

 異世界でも日本の味が気軽に楽しめる数少ない代物でもある。

 同じように此方側へと来てしまった人間は割といるようなので、

 探せば案外焼き鳥屋をやってる人も何処かにいそうではあるが。


「黙々と食うのもちょっと寂しいな。

 旅の話でも語りたいんだけど、何か内容に要望はあるかい?」


 せっかく人といるのだから何か話がしたい。

 というよりも、彼としてはこの沈黙が中々に苦痛だ。

 酒も飯もないのであれば話の肴にしようではないか。

 そんなところである。


「……後味が悪くない奴で。」


「じゃあ先ずは軽いものとして……女の子に助けられた話と、

 修道服の少年との魔物退治の二本立てから行くとしよう。」


 一つ目の話は少々恐ろしい話だ。

 不幸の連続によって食糧難にあってしまい殆ど空腹のまま、

 なんとか街へと辿りついたと思ったら人に殺されそうになった。

 ただでさえ空腹で辛いのに、相手は曰く手配書が回る程の殺人鬼だ。

 逃げるどうこう以前の状態の中、ある少女が助けに入ったのだが。


「これも後になって分かったんだが、その子普通の女の子なんだよ。」


「どういう意味の普通?」


 先ほど普通の定義なんてないと言う話をした手前、

 普通の定義は少し確認しなければ勘違いしてしまう。

 そんな気がしてならなかった。


「特別な力とか、魔術とか……ようは戦う手段を持っていなかった。」


 この世界で用いられる技術を使うわけでも、

 かといって自分と同じ異端のような人知を超えた力もなく。

 ただ、界徒自身が『助けて』と瞳で言ってた……理由はそれだけだ。

 助ける前に一度は逃げたと言う、負い目があったのもあるらしい。

 でも関係者ではないし、勝てないことぐらい彼女が一番理解してるはず。

 理解してもなお、彼女は身を挺してでも助けようと必死だった。


「で、助けた女の子は?」


「ホロックの人が駆け付けてくれてあっさり解決。

 瀕死の俺も彼女も、翌日には元気に会えたよ。」


 優れた魔術と魔法を持ち合わせた少女がその街にいた。

 お陰で短時間で活動できるだけの状態で復帰している。

 魔法は常人では扱えない強力なものを指しており、

 使いこなすことができると言うだけでもかなり珍しい。

 マイも魔法使いには心当たりはあるが、それも極僅か。

 いても魔術の達人であって魔法には至らない人ばかりだ。


「オチは聞いてみれば結構ベタなものか。」


 開幕からとんでもない展開が故に、

 どこが後味が悪くないんだと言う印象があった。

 これは実話なのだから死人が出てほしいとか、

 そういう非情なことが言いたいわけではない。

 ただ、ホッとするだけで終わってしまって、

 他人に語る物語にしては物足りない印象だ。


「正直印象に残りすぎてるから、ってのは否定できないな。」


 マイの指摘に肩をすくめる界徒。

 普段出会いたくもない殺人鬼と出くわして、

 命を狙われるなんて忘れる方が難しいものだ。

 勿論、人に命を狙われた経験は旅の途中何度もあった。

 その中でもっとも命の危機を感じたのはこの話になる。 

 現代でもあれほどまでに殺されると思った事態はない程だ。


「でも、いい子ね……その子。」


「だろ?」


 自分の弱さを理解したうえで、

 それだけの理由で他人の為に自分の命さえも犠牲にする。

 どの道死ぬと分かっていてそんな行動はそうはできない。

 少しばかりいかれてるとさえも思える行動ではあるが、

 後悔と言う理由から来るのは同時に人間臭いことだ。

 どこか親しみを感じる相手に、彼女も会ってみたくなる。


「ハマトって街のホロックで看板娘らしいから、

 機会があったら会ってみなよ。本当にいい子だよ。」


「そうさせてもらうわ。」


「次の話行くか。今度はシンプルな魔物との対決で……」


 その後も彼の旅の話が語られていく。

 語り部としてははっきり言うと二流である為、

 ボキャブラリーの乏しさで没入感がそがれてしまうと言う、

 問題があるにはあったが致命的と言う程のレベルでもない。

 マイの感情が余り顔に出ないので楽しめてるのか、

 そこは不安でもあったが話について尋ねることも多いので、

 全く聞いてない様子は見受けられないのは彼としては救いだ。

 更に語り続け七つか八つか。時計を持ち合わせてない二人にとっては、

 どれだけの時間がたったか全く分からない程に時間が過ぎる。


「流石に、寝た方がよさげか……」


 話を一区切り終えると、

 うとうとと瞼が重く感じる。

 睡眠を欲するかのようなけだるさ。

 旅ではいつも安眠ができるわけではない。

 まだまだ語りたいが、眠い時に寝ておくのが彼の信条だ。


「悪い。今日はお開きでいいか?

 俺は先に寝るけど……マイちゃんはどうする?」


「暫くは見張りでもしておくわ。」


「了解。適当に時間が経ったら交代するから起こしておくれ。」


 そう言って、界徒はテントへと潜り込む。

 長い語りも終わりを迎えて、再び焚火の音に包まれる空間。

 ゆらゆらと揺らめく炎を前に、静かに彼女は溜め息を吐いた。

 彼が入っていったテントを眺めながら彼女は思う。


(それにしても、同類だったのねあの人。)


 彼女は別にこっちの世界の住人ではない。

 マイは彼と同じディレント人、しかも日本人である。

 恰好が現代離れした盗賊を彷彿とさせる恰好。

 加えて意図的に発言を控えたことで気づいてないようだ。


 別に害を与えるために隠したわけではない。

 ただ、自分が同じ世界の人間を明かすのを躊躇った。

 界徒との会話の時に踏まれた地雷に反射的に返してしまい、

 あのままディレント人と言えば異端と気付かれるが故に。

 別に此処は異世界。異端を迫害する風潮はないのだから、

 彼も旅の話で異端と言うことを隠さずに語っている為、

 分かってる以上はいいのではないか。

 何故同類にまで明かさない理由はある。

 ひとえにシンプルな答え……怖いだけだ。


『でもまあ、俺は普通じゃあないのが良かったのかも。』


 界徒は異端ではあったが、そのことを受け入れている。

 別段人を嫌っている様子はないし、寧ろ気に入ってる様子。

 人と異端の共存を願っている側……即ち、自分とは違う考えを持つ。

 彼女は人間が嫌いだ。自分がその人間と言う部分も含めて。

 しかし道に迷っていたのは本当で、あのまま彷徨っていれば危険な状態だ。

 故に、不興を買わないように自分がディレント人であることを隠した。

 隠したとは言え、此処まで厚遇されるとは思いもしなかったが。


(羨ましく、恨めしい……)


 人間が好きで、人生が楽しくて仕方がない異端。

 飛龍界徒とはそういう人物であり、とても眩い存在。

 自分のような塩対応の相手にも分け隔てないそのポジティブさ。

 そんな風に人を好きになれたのなら、そんな風に人を嫌わなければ。

 現代で何かを変えられた可能性が少なくとも今よりもあったと言える。

 所詮は辿り着くことのないIf……理想と言う名で飾ったあり得ない妄想だ。

 今の方が充実した人生。この事実は覆らないし、これでいいと思っていた。

 ただ一つ、未練があるとするならば。


(ああ、カップラーメンが食べたい。)


 懐かしき缶詰を食べたことで思い出す自分の好物。

 お洒落な料理でも甘いお菓子でもない、カップラーメン。

 ディレント人が持ってこない限り此方では一生縁のない代物。

 あれが無性に食べたくなってきてて仕方がないと言う、

 年頃の女の子らしさとは無縁の、心底しょうもないほどの未練。

 言い換えれば心底しょうもない願い以下なのだ、他のことは全て。

 帰る場所もないし、自分の居場所もないあの世界に他の未練はなかった。

 親しい友人もいない。栄光ある人生でもない。今よりも劣悪な環境でしかない。

 見切りはとっくについている。


「……今更だけど。時計ないじゃない。」


 ふと気づく。適当な時間になったら起こすと言ったが、

 肝心の目安となる時計を彼女は持ち合わせてはいない。

 いつ起こしていいのか判断はできないし、判断できる頃には朝だ。

 夜通しで見張ることにすることを余儀なくされていることに気付き、

 今度は別の意味でため息が漏れた。




 ───朝。


「いや、ほんとマジでゴメン。」


 テントに入ってた形跡もなければ、

 夜間に起こされた記憶は全くない。

 なにを意味してるか分かり、手を合わせながらの謝罪。


「夜通し作業には慣れたものだから気にしてないわ。」


 現代でネトゲによって昼夜逆転を起こしてた彼女にとって、

 徹夜ぐらいならば大した問題ではないし、些事に過ぎない。

 時計の云々の確認をしなかった自分にも非があるわけだし、

 割とお互い様ではあるとも思っている。


「ところで、見覚えない魔物の死骸があるんですけど。」


 彼女の隣には、とぐろを巻いた巨大なミミズのような生物が倒れでいる。

 躯には無数の裂傷から緑色のどろどろした液体が流れており、

 舞自身も同じ色返り血を浴びていて、戦ったことはすぐにわかる。


「ああ、ゼリーム? 襲ってくる前に先に仕留めたものよ。」


 魔物はとりあえず上位の危険なのを頭に叩き込んでる一方、

 下の方はほとんど把握してないのでレベルが低い魔物とは察する。

 しかし寝込んでては結局危険であることには変わりはなかったので、

 彼女の対応のおかげでより熟睡できたので感謝せざるを得ない。


「因みに食べれるけど、持って帰る?」


 ゼリームはこんな見た目だが食べられる魔物だ。

 歯ごたえがある珍味の類で、美食家にも好まれるとか。

 正直見た目のせいであまり食べたいとは思えないのだが、


「え、マジで? 食べる食べる。」


「即答…」


 美食家ならぬ寄食家とでもいうべきか。

 色んな国を渡ってきた結果余り見た目を気にしない。

 悪食と言う程偏ってるわけではないものの即答し、

 抵抗が一切ない彼の態度に少しだけ引きつった表情だ。

 舞は日本から出たことがないし、寄食に理解は余りない。

 昆虫食も正直手を出したくない方である。


「じゃあ他の生物に食べられないように見張ってて。応援呼ぶから。」


 持って帰るとは言ったが、流石に今持ち帰るだけの用意はない。

 この巨躯ではどちらかが街へ戻るなりして人を呼ぶしかないわけだ。


「いやー、めんどいことしたくないんで持ってくよ。」


「そうは言うけど、そんな余裕が───」


 呆れた発言にため息交じりに振り向く舞だが、

 今起きている光景に言葉を失ってしまう。

 なぜかこのタイミングで、上半身の服を脱いでいるからだ。

 旅をしてるだけあって余り無駄な贅肉がない、体格相応の体つき。

 人によっては好まれる体格であると思われるが、理解が追いつく。

 何故脱いでるんだこの人は、と。


「何いきなり脱いでるの!?」


 脈絡がなさすぎて流石に彼女も驚いて即座に目を逸らす。

 ある意味初めて彼女の表情を変えられたことに少し反応するが、

 反応が見たくてそんな奇行に出たわけではないので話を進める。


「悪い。服が破けるもんで上だけは脱がないといけないんだわ。」


「破けるって───」


 何が言いたいのかさっぱり分からず困惑は続き、

 言葉を遮るように彼の背中から生えだす青色の翼。

 翼は広がり、身の丈と同じかそれ以上の長さで横へと広がっていく。

 鳥類や昆虫とは違う、分厚い肉質さがあって頑丈さが伺える。

 人間にはありはしない翼を前に、再び言葉を失ってしまう。

 旅の話で彼は異端であることを赤裸々に語っていたとしても、

 人間の姿をした先入観によって『人間の異端』だと思わせてしまっていた。

 龍の末裔と言う認識は翼だけではいかんともしがたいが、

 これ一つでわかる。彼は人間ではないのだと。


「結構重いが、何とかなりそうだな!」


 少し辛そうな声色をしているものの、

 ゼリームの頭部と思しき場所を抱えたまま羽ばたいて空へと浮かぶ。

 立派な翼から放たれる風圧は、物陰へと隠れずにはいられない強さだ。


「あ、悪い! 俺の荷物頼むわ!」


 両手でゼリームを抱えてて、背中は巨大な翼。

 とてもリュックサックを背負える状態ではないのは明らかで、

 彼女に持っていくように頼みながら街の方角へと空をゆっくりと飛ぶ。

 端から見れば空を舞うゼリームと誤解されそうな気はするので、

 少し大丈夫だろうかと一抹の不安を抱えながらその後姿を眺める。


「まあ、別にいいか。」


 あの性格なら人との話もできるだろうし、

 龍の末裔で戦える存在なのは話で分かる。

 自分のような存在に心配されるようなやわではない筈。

 気にするだけ無駄と思いながら、膨張しきったリュックサックを持つも、


「お、おも、い……!!」


 予想を超えた重量に、持ち上げることすらできない。

 元が引きこもりの都合運動なんてさっぱりな彼女では、

 多くの荷物を詰め込まれたそれを持つだけの筋力はない。

 脱いだ上着以外を持っていくことはとてもできるものではなく。


「ちょっとー! 重すぎて持てないんだけどー!」


 抗議の声をあげるも既に空遠く。

 羽ばたいてるせいで余計に届きにくい。

 声は彼に届くことはなく虚しく響き渡る。

 翼をはためかせる音も遠く、静まり返った森の中。

 荷物を一瞥しながら舞は思う。


「……もしかして、このまま待機?」


 徹夜はできると言っても眠いものは眠い。

 このままでは眠気で倒れてしまいそうだし、

 寝てたり移動してる間に荷物が何かあっては非常に困る。

 彼が帰ってくるまで待機するしかないと眠気をこらえて待ち続けた。

 だが、持ってくると思っていたせいで彼も街の方で待機してしまった結果、

 この事実に気付くことになったのは、様子を見に戻った数時間後の出来事だ。


「ほんっとうにすいませんでした。」


「見通しが甘かった私のせいでもあるけどね……」


 半裸の土下座と言う尊厳も何もないものを見ることになったのは言うまでもない。

 これもお互い様ではあったと舞は言うも、界徒としては押し付けてばかりなので、

 せめてものお詫びとして少し高めの店での食事を奢ることを半ば強引だが約束した。

 今は眠いので、起きた後でするように言っておいて、彼女は街のホロックの宿で眠る。


 装備を乱雑に脱ぎ捨て、黒のタンクトップにショートパンツと、

 大変身軽になりながらベッドに身を放り出す。

 スプリングが軋む音とともに自分を受け止める、柔らかい純白なベッドに身も心も沈む。

 酷く疲れた。面倒ごとも確かにあったのだが、一番は彼との会話であった。

 彼女は自分でも認める程度の陰キャであり、界徒は陽キャに分類するであろう人物。

 異性に特別慣れてないと言うのも関係しており、余計に疲れる相手でもある。

 とは言え嫌というわけではない。ただ単に疲れる……それだけの話だ。


(何、頼もう……)


 眩い朝陽と暖かい温もりに包まれながら、彼女は瞳を閉じる。

 眠りに落ちるまでのわずかな間、何を食べようかと少し頭を悩ませる。

 カップラーメンが好きな彼女に、食に対する関心は非常に乏しかった。

 奢ってくれると言うなら何か選びたいが、名物料理もよくは知らない。

 分からないがゆえに悩ませるが、同時に悩むことは楽しくもある。

 普段は誰かと同じものだったりで、自分で決めることはない。

 面倒もないし、異世界の料理がよく分かってるわけでもないので、

 安全面を考えるとそれが最適解でもあったりはするのだが。

 いつ以来だろうか。こんな風に食べたいもので悩んでいるのは。

 頭を抱えることが少しだけ楽しく思いながら、彼女は微睡に落ちた。

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