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異なる世界で  作者: OMF
7/15

Sin

吸血鬼を殺す人の、始まりの物語

主要人物

クルス

吸血鬼を殺すヴァンパイアキラーの少年

其処以外は比較的年相応の学生

雄輝

大人びた少年で、同じ現代の人間

物を作ると言う便利そうで便利ではない力を持っている

ジーニアス

異世界側の住人

気さくで多趣味

 夜の闇を克服した煌びやかな絶景を、

 この街に訪れる人たちを心躍らせてくれる。

 此処はロンドン。観光名所が多数なこの場所だが、

 同時に宝石をちりばめたかのような夜景もまた格別だ。

 だからこそ、その眩さによって隠れる存在もあった。


 煌びやかなビル街を跳躍する、二人の男女。

 少女が先行して、更に男性が追っていると言う構図だ。

 数十メートル以上の足場は、滑らせたらまず命はないだろう。

 少女については全く問題がなかった。彼女の背中には、

 普通の人にはないであろう蝙蝠のような翼が出ているのだから。

 黒色のドレスを突き破ったかのような翼も相まって、妖しさの演出を一役買っている。

 翼を用いた滞空をすることで、安全に隣のビルへと飛び移っていく。


「逃がさないからなぁ!」


 どちらかと言えば問題なのは、追ってきている修道服の少年にある。

 彼にはそんな翼はない。保険と言う類も持ち合わせてはいない。

 なのに、彼女が翼を使って安全に飛んだ隣のビルへと躊躇わずに飛ぶ。

 かなりの跳躍を見せながら着地し、その上すぐに立て直して追跡をやめない。

 何度か繰り返すうちに、息を切らしながら少女が振り向く。


「貴方、本当に人間? 普通躊躇うでしょ、こんな場所で!」


 夜の街に輝くような紺色の瞳は困惑の色が隠せない。

 はっきり言うと、少年に対して彼女はすごく引いている。

 此処まで命知らずなのは、ニュースでしか見たことがなかった。

 そんな存在が、今や自分の命を狙う類になるとは。


「少しはパルクールやってたから、

 いけると思ったら行けちまうんだよ。」


 ゆっくりと迫りながら、息を整える修道服の少年。

 十代中頃とも言うべき幼さを残す顔つきではあるが、

 彼女からすればとてもただの少年とは思えない殺気がある、


「パ、パル…?」


「パルクールだよ! 道具も使わず勢いで街走る動画とかあるだろ!」


「ああ、あれね。命知らずの不法侵入動画。」


「風評被害って否定したいのにあんまりできねえ!

 って、なんで吸血鬼に教えなくちゃならないんだよ…」


 まるで日常会話のようなやりとりに、緋色の髪を掻きながらごちる少年。

 吸血鬼…ヴァンパイアやドラキュラ等と称されることの多い怪物の代名詞。

 少年が追った少女はその吸血鬼であり、少年はそれを殺すヴァンパイアキラー。

 相容れることのない存在が此処に相対しているというわけだ。


「大人しくするならなるべく苦しませないように殺す。どっちだ?」


 どちらにしても殺すと言うことは確定事項。

 端から見れば何とも酷い話だが、相手は怪物の類。

 見逃せば多大な犠牲を出すことになりかねない存在だ。


「…このまま私が飛び降りればそれで逃げきれるのに、

 生殺与奪の権利を主張するなんて、随分と下に見てくれるわね。」


「だったら初めからそうしてるだろ?

 その様子から、結構疲れてるようだしな。」


 肩を上下させるほどに荒い息遣い。

 吸血鬼がこの程度の逃げの一手で息を切らすような軟弱さはない。

 あるとするなら、戦いの連続で疲労の蓄積と言ったところだ。

 そも、プライドの高い吸血鬼が出会ってすぐ逃げ出すなんて、

 他に理由が見当たらないぐらいだ。


 少年の指摘はある意味正解だ。

 最初から飛べば容易に逃げれるのに、

 ビルからビルへ飛ぶ際の補助程度の飛行。

 彼女は怪我はないものの、飛び慣れてるわけではない。

 このまま降りたところで、落ちるのは目に見えている。


「飛び降りてもいいぞ? もっとも、その時点でこっちが勝つけどな。」


 人ならざる存在を人は『異端』と呼ぶ。

 異端は世間的に化け物として蔑視され、差別的扱いを受ける。

 吸血鬼ならこの数十メートルから身を投げても、死ぬこと自体はない。

 一方で衆目に晒されるのは必至。元より生きにくい自分の存在を、

 知らしめてしまう行為はその時点で社会的な死と同義に等しい。

 異端と言う存在を隠さなければ、ろくな目に遭わないのが現代だ。

 だから飛び降りられないと言う確信を持っているし、

 彼女も同じ考えで飛び降りることはできなかった。


「名前、聞いても良いかしら。

 私はソフィア…ソフィア・G・クリス。」


「…クルス・C・インリット。」


 名乗りを返しながら『珍しいな』とクルスは思った。

 吸血鬼とは甘いマスクで人を虜にして隙を見て血を頂く。

 だが、あくまで上辺のもの。先ほどのような煽りで簡単に崩れる。

 クルスはヴァンパイアキラーとしては新人ではあるが、

 吸血鬼の討伐は何度か成功した経験からそうだと思ってたし、

 先人たちも吸血鬼の態度は仮面に等しい上っ面だけと言っている。

 名を名乗るときも、自分が上の立場から来る傲慢さが伺えるはずだが、

 今目の前にいる彼女はどこか誠実さが伺える、淑女らしさがあった。

 だからクルスも相手に倣って名乗ったのだ。

 イギリス人らしく、礼儀には礼儀で返す。

 たとえ殺す相手であったとしても。


「名乗ってくれたこと、感謝するわ…でも、

 貴方の要求は受け入れられない。貴方が殺す気なら、

 逆の…殺される覚悟もしてきてるなら、かかってきなさい!」


 啖呵を切るような発言と共に、見たことない構えをするソフィア。

 見たことない、と言うよりは何処かのポーズを真似ただけのものだろう。

 ドレス姿もあって不格好極まりないが、その姿にクルスは笑うことはない。

 相手は倒すべき吸血鬼だが、礼儀を重んじた吸血鬼で少し好感を持っている。

 そんな彼女を笑うなど、とてもできたものではない。


 一気に駆け出して肉薄するクルス。

 此処まで追ってきただけあって人としてはかなりの身のこなし。

 その速さに対応する前に、既に攻撃の間合いに入られてしまう。

 懐に飛び込んでから、顎を狙ったアッパーが飛んでくる。

 間に合わないとは思いつつも、両腕で顎をガードするように構えるも、


「!」


 だがどういうことか。

 攻撃できるチャンスを掴んだはずの彼は、

 何をするでもなく急にバックステップで戻ってしまう。

 確実に一撃は受けると覚悟していたソフィアは困惑の表情だ。

 殺す相手である以上、自分が秘策を隠し持っていたと思ったのか。

 勿論彼女にはそんなものはない。あればもっと余裕を持っている。

 では一体何が彼をそうさせたのかは、視線を見てようやく気付いた。

 彼は警戒こそしているが、視線は自分ではない。

 自分よりも少し高い方角を見ていると。


「おい、なんだよそれ…そういう『力』なのか?」


「…え?」


 振り向けば、彼女の後方に浮かぶ黒い渦のようなもの。

 無音で蠢きながら宙に漂うそれを見て、彼女も同じ表情に変わった。

 異端は種族的な意味以外にも、超能力に類するような力を持つことがある。

 些細なものから、人を簡単に殺めてしまう兵器レベルのものまで多種多様だ。

 だからあれは彼女の能力だと思っていたが、彼女の反応から違うと察した。

 何か分からないがどこか危険な存在だと認識したが、すでに遅い、

 既にソフィアの身体が浮き始めていた。当然羽は動いていない。

 浮いた彼女が向かっているのは、勿論その歪な穴だ。


「え、え!? ちょ、ちょっと待って!?」


 吸い込まれていると察知し、

 何かに掴まろうとするが、掴めるものはなく。

 大した抵抗もできないまま吸い寄せられてしまう。

 悲鳴を上げながら吸い込まれると、その悲鳴すら消える。


「あ、クソ!!」


 何か異常なことが起きていることだけは分かった。

 穴の先に何があるかは分からないが、もしあれが逃げの一手なら。

 捨て置くことはできず、覚悟を決めて彼女を追うように跳躍する。

 歪な穴へと吸い込まれれば、一寸先も見えない程の暗闇が待つ。

 呼吸は出来るが、どこか海にいるような浮遊感。


「おいソフィア! いるのか!?」


 声は息苦しさもなくはっきりと出せるも、

 その問いに答える彼女の声は何処にもない。

 どこにいるのか分からず、当てもなくその闇を彷徨う。

 自分の姿すら見えない状態なのでその通りの動きか分からないが、

 泳ぐときのような動きであたりを手探りで探していく。

 どこを探っても感触はいずれも水を掴んだ時のようなもの。

 人のようなものは欠片も感じず、何もないまま泳いでいると、

 突然誰かに引っ張られる感覚。


「ソフィアか!?」


 最初はそう思って振り返るが、姿は見えない。

 それに、全身が引っ張られるかのような感覚で、

 人が引っ張るには余りに無理のある状態で、すぐに違うと気付く。

 誰かではなく、重力のようなものに引き寄せられており、

 眩い光に包まれて目を眩ませる。


「…どこ、だ? ここは。」


 光が収束した先にあったのは、鬱蒼とした森。

 ロンドンのビル街ど真ん中にいたはずだが、

 此処はどう見てもそこから随分と離れた場所だ。

 空模様も明らかに先程のロンドンとは違う。

 別の場所、最悪別の国へと飛ばされたか。

 とにかく人を探す。それを目的にクルスは歩き出した。


 獣道を歩きながら、彼は思った。

 あの吸血鬼は今までと少し違うと。

 出会った吸血鬼の経験は多くはないが、

 先輩達から得た情報から吸血鬼の人格は概ね固定される。

 傲慢で凶悪。人は眷属以外は家畜か餌程度の認識のみ。

 だが、ひょっとしたら彼女はまだ対話できるのではないか。

 どこか雰囲気の違いに、そんな思いを抱いた。


(いや、ないか。)


 なんてことを考えたが、すぐにかぶりを振った。

 いてもそれは見せかけ…騙されたて死んだ者もいる。

 中には情に流されて保護した者もいたが、これも同じだ。

 最終的に吸血鬼としての人を喰らう本能に勝てはしない。

 だから、相手がどんなに今まで人を襲わず善行を重ねても、

 いずれ迎える悲劇を回避するためには、討伐するのが彼の仕事。

 そこだけは間違えてはいけない。




「あ、そうだ。本部…」


 状況に困惑してすっかり忘れていた。

 本部へ連絡すれば現在地も特定できるはず。

 とりあえずスマートフォンを取り出す。


 その行動を取ろうとした瞬間、

 背後の茂みから飛び出す、一つの影。

 それは茶色い毛並みの狼と言うべき姿だ。

 普通の狼と違うとするなら、踵にサーベルのような刃が生えた、

 見るからに攻撃的な姿をしているところだろうか。


「殺気は隠せ。」


 既に気付いていたクルスは、

 飛び出すと同時に右腕を背後へ振るう。

 所謂アームハンマー…ではなかった。

 振るった腕は袖の下から銀の鉤爪が飛び出し、

 その鉤爪によって狼を躊躇なく切り裂く。

 元々奇襲か、逆に奇襲対策に隠し持っている暗器だ。

 銀製でできてるので吸血鬼にもある程度の効果は見込める。

 ロンドンの戦いでも、あのまま戦闘が続けば鉤爪で更に追撃ができたのだが、

 此処で使うことになるとはあまり思いはしなかった。

 狼は血飛沫をまき散らしながらあらぬ方向へと転がっていき、

 すぐに動かなくなる。


「ってなんだこの獣!?」


 足にサーベルがついてる狼を見て、驚愕する。

 異端と言う異常な存在が蔓延る現代だとしても、

 このような生体へと至った生物は早々見かけることはない。

 ロンドンでは全くもって見たことがなく、スマートフォンを取り出すが、

 連絡をさせたくないかのようにまたも同じ生物が飛び出してくる。


「しつこい!」


 やはりこの程度で奇襲にはたりえず、今度は左手の鉤爪を出して対処。

 しかし先程と違って少し対応が遅かった為に傷が浅く、一撃で仕留めきれない。


「チッ!」


 一先ず攻撃を回避をすることを優先し、そのまま勢いで転がる。

 戦い慣れた動きですぐに起き上がるが、元々勢いがある狼の方が動きが速い。

 全身を回しながらサーベルを振るい、既に攻撃のチャンスはなくなっていた。

 一先ず鉤爪をクロスさせてガードの構えを取って防ぐが、かなり重い一撃。

 決して大柄とは言えないクルスには辛く、思いっきりのけぞらされてしまう。

 その仰け反ってる隙を逃さないかの如く、立て続けに同じ攻撃を仕掛けに入る。

 ガードは崩れてはいないが、このまま続けて攻撃を受ければいつか隙を晒す。

 だが相打ち覚悟で戦える程彼が経験を積めた人間、と言うわけでもない。

 故に被弾覚悟にはできず、そのまま二度目の攻撃も反撃せずに防ぐ。

 同じようにのけぞらされ、三度の展開。


Create(生成)───!!」


 叫び声と共に、文字通りの横槍。

 狼の頬を右から左へと槍が貫いていく。

 勢いは残ってたのでそのままガードでやり過ごそうとしたクルスに衝突。

 三度目はガードすら間に合ってなかったことを考えると、

 次の一撃は防ぎきれなかった可能性があると言うことだ。

 あのまま戦いが続けば、確実に不利だったのは想像に難くない。


「大丈夫ですか!」


 槍が飛んできた方角から駆け寄ってきたのは、一人の少年。

 銀色の髪に紺色よりの碧眼。十代前半の幼さを持ちながら、

 どこか大人びた雰囲気を感じさせる少年だった。


(今、なんて言われたんだ?)


 心配そうに見てる少年だが、

 彼の言葉をよく聞き取れなかった。

 何処へ飛んだのかもわからない以上、

 異国へ飛ばされたとしても不思議ではない。


「すまない。突然だが此処はどこかわかるか?」


 とは言え英語で話せば問題はないだろう。

 英語は何処の国でも使われることは多い。

 最悪分からなくても、わかる人の場所まで連れて行く可能性はある。

 助けてくれたのは子供。通じない相手を利用して騙すと言った、

 そういう考えをする可能性は低いという、なんとも曖昧な考えで行く。


(早口で聞き取れなかった…英語、だよな今の。)


 少年は相手の状況をなんとなく察する。

 やるべきことは分かっているが、何を言ってたか分からない。

 何か大事なことを告げているのかもしれないが、

 余り迷ってる場合ではないと判断して、


「えっと…comeon(こっちへきて)?」


「え? 来い?」


 僅かに覚えてる言葉で、

 自分についてくるよう促しながら走り出す。

 意味自体は分かるし、敵意もなさそうだとわかると、

 一先ず彼について行くことにする。


 森を抜け出し、草原を駆けぬける。

 広大な自然が広がるこの場所は、

 少なくとも自分が住んでいた土地や、

 活動していた場所からは程遠い景色だと改めて理解する。

 此処が何処なのか。スマートフォンも電波は届かず連絡は入れられない。

 電波の入る場所を聞きたいが、言葉が通じない現状それもできずじまいだ。

 更に走って辿り着いた街は、クルスにとって割と見覚えのある街並みだ。

 見覚えがあると言っても、彼自身は写真でしか見たことがない。

 十九世紀のイギリスめいた、どこか古びている街並み。


(タイムスリップ…とかじゃあないよな。)


 一方で、古すぎるのだ。

 まるで産業革命真っ只中のようなごちゃごちゃした街並み。

 すれ違う人も身体的特徴が人から外れた人も存在し、誰も気に留めてない。

 異端と言えば迫害される都合、人目はなるべく避けて通っていくものだ。

 大通りを気にも留めず歩いていて、その上で侮蔑の眼差しもなかった。

 こんな光景はどこにいたって、そうそうお目にかかれるものでもないだろう。

 奇妙な街中を走り続け、疲労も溜まってきた中でようやく目的地に到着する。

 少年は立ち止まった場所は、街でも大きく目立つ時計塔のある屋敷。

 他の建物よりもより一層洒落た雰囲気を持つ。


Pleasedo(ハナレ)notleave(ナイデ)?」


 扉を前に、少年は振り向いて左手を差し出す。

 非常に拙い英語。まだ習って間もない年相応の感じだ。

 伝わってるかどうかと言う不安が伺える表情に対し、


「ハレナイデ…ああ、離れるなか?」


 相手の言葉を復唱し、相手が頷くとクルスも言葉と共に握り返す。

 重い扉を二人で押して中へと入れば、外観違わぬしっかりとした内装だ。

 ホテルの床のような艶のある床は、僅かながら自分を映す鏡になる。

 何度か吸血鬼退治でこの手の豪邸に招かれたことはあるが、

 余り慣れず少し緊張気味だ。


「随分早い凱旋ではないかユウキ少年。無事サジルフは討伐できたのかい?」


 中央の階段。二階から声をかける一人の男性。

 二人が視線を上げると同時に手すりを飛び越え、そのまま降り立つ。

 降りてきたのは白スーツを着こなす、クルスとそう変わらない年頃の青年。

 まるで婚礼の場から抜け出してきたかのような格好だ。


「すみません。何体か逃げられてしまって全滅には…」


「何、君は生きて最低限の仕事をこなせた。

 半数ぐらい倒せれば丁度いいと思った仕事を、

 残り数体まで追い込んだなら、少しぐらいは誇るといい。

 ああ、当然だが驕ってはいけないよ? 君ならそれはありえないけど。」


「は、はい。」


(やっべえ何言ってるかわかんねえ。)


 二人のやり取りを眺めるクルス。

 改めて思うが何を言ってるのかさっぱりわからない。

 少年の表情から、彼は褒められてるのだろうとは察するが。


「ところで、彼は?」


「あ、それですがディレント人(別の世界の人の総称)がいたので、

 保護を優先して戻った次第です。言語は…多分英語でしょうか。」


「おお、ディレント人の保護もするとは、

 中々やるじゃあないか…そこの赤髪の少年!」


「ヴェ!? お、俺!?」


 白スーツの青年は謎の言語から突然の英語。

 突如英語で話しかけられて、変な挙動をしてしまう。


「君は突然の状況に戸惑っているはずだ。

 故に説明をしたいのだが、いいだろうか?」


「あー、それなんですけど待ってください。」


「? 何か不都合が───ああ、それもそうか。」


 今の状況の把握以上の問題があるのかと思うも、

 血の匂いに気付き、視線を上下させることで察した。

 修道服は返り血を結構浴びており、赤黒く染まっている。

 流石に嫌悪感が勝ったのか、少し距離を取ってしまう。


「見たところ怪我はなさそうだから、

 積もる話は後にまずは風呂場に案内しよう。」


「おお、ありがとうございます。」


 まだ相手がどんな人物か分からないので信じていいのかは曖昧だが、

 頼れるのは彼の存在のみであり、どちらであっても頼みの綱は一つ。

 こんな状態で走るのも相当気分が悪かったのもあったし、

 汚れが落とせると言うのであれば、その厚意を受けることにする。 


「僕は服を適当に見繕ってくるから、

 彼に風呂場の案内を任せ…って風呂場分かるよね?」


「え? 一応は分かりますが。」


「多言語使うの、知ってたけど面倒だなぁ…こういう時は妻のが頼れるよ。」


「奥さんは?」


「寝てる。」


 英語と別の言語。

 両方を使い分けなければ、

 伝えるのに大変難儀しているのが、

 溜め息を吐いている様子からなんとなく察した。




「…何だこの服。」


 風呂から上がった後、クルスは渡された服に着替えて違和感に気付く。

 黒のタンクトップと茶のハーフパンツと、此処では少し浮いてるが、

 元の世界からすれば別段おかしくはない恰好ではあった。

 …のだが、左右で袖の長さは合わない。右は肩まで露出しているのだが、

 左側は二の腕まで袖が存在していると言う、左右非対称の状態だ。

 無理矢理切られた様子もなく、下も似たような状態で大変アンバランス。

 これが普通なのかとユウキを見やるも、彼は見た目があまり変わらない、

 似たような恰好に変わってるだけで全く参考になることはなかったのだが、


「まずはすまない。それ趣味で作ってた服で歪なんだ。」


 当人が出会って早々に申し訳なさそうに謝る。

 これで外へ出るならまだしも特に問題はないので、

 クルス自身も余り気にしないことではあったが。


「ついでによかったら食事もどうだい?

 これも趣味で作ってるから味は見劣りするが、

 最低限食べられるものだと保証はさせてもらうよ。」


「その前に、自分の服『等』はどうしたんですか?」


 脱衣所で外した武器類は全てなくなっていた。

 あんなもの持ち歩いてると知れたら明らかに疑われてしまうから、

 適当に別の籠に隠しておいたが、その小細工も無駄に終わってしまった。

 手元に残ってるのは、首に飾るにしては少し大きめのロザリオだけだ。


「少なくとも大事にしてるから、そう警戒しないでくれ。

 後でそのことについても話すつもりだから、少し待ってほしいな。」


 朗らかな表情で問いに答える青年。

 先程思ったように、彼だけが頼りになる存在ではあるものの、

 どこか胡散臭さが伺える物言いでこれまた信じるべきか悩ませてくる。

 余り反感を買わないで穏便に済ませていくことを優先し、

 今は一先ず何も言わないでおいた。


 二人が案内された場所は高い階層のテラス。

 この街が一望できる、実に見晴らしのいい場所だ。

 とは言え産業革命当時のような町並みである為、

 どこか薄汚れてる景色だったりするのだが。


 出された料理はハンバーグや野菜のソテーと、

 材料は不明だがイギリス人でも見慣れた料理が並ぶ。

 味も謙遜する程悪いと言うわけではない。寧ろ美味だ。

 空腹であったのも相まって、食べるスピードは速まっていく。 


「では自己紹介をしないとだね。

 僕の名前はジーニアス=エミレーツ。

 気軽にジーニと呼んでくれても構わないよ。」


「クルス・C・インリットです。」


 此処で漸く、クルスは今の状況を完全に把握できた。

 薄々察していた部分もあったが、此処は異なる世界。

 ジーニアスたちはそんな彼らを送還、または保護するための組織であり、

 同時に戻らない選択肢を取った場合の、職を斡旋をするホロックの纏め役だと。


「戻る手段、あるってことですよね。」


 送還するための組織でもあるのなら、

 当然のことながら帰る手段は残されている。

 本部に戻りたくもある為、単刀直入に尋ねるクルスだが、


「あるにはあるが、残念ながらほぼ不可能と言ってもいい。」


 その返事に対してジーニアスは少々申し訳なさそうな顔をする。

 戻る方法自体は単純明快なもので。逆のことをすればいいだけだ。

 つまり、この世界に出てきた同じ異空間の穴、ゲールと呼ばれるものに入ればいい。

 何度かの実験でそのこと自体は一応立証済みではあるし、それだけでいいのだ。


「ただ、ゲールは我々も把握しきれてない、

 所謂貴重な研究材料…提供するにはかなりの金額になるんだ。」


「…幾らぐらいで?」


「真面目に働いて目標金額に到達した人が殆どいない額だ。

 帰れた人間のほぼ全員が、偶然見つけたのを使って帰ったぐらいに。」


 いやそこは具体的な額を言ってくれよと思うも、

 こっちの通貨の相場は知らない以上言われても判断つかない。

 抽象的な言い方になってるのは、恐らくそういうことか。

 貨幣価値を理解するまでは一先ず保留として追求しないでおく。


「だが安心するといい。

 生活面はこのジーニアス=エミレーツが保証しよう。」


「あ、ありがとうございます。」


 自分とあまり年は変わらなさそうなのに、

 この人なら安心と言う、脈絡のない信頼感。

 同時に甘い誘惑に感じてしまう…まさに吸血鬼のような。

 先ほどから感じる耳障りのいい言葉は、それを彷彿とさせる。

 悪い人ではないとは思うも、職業柄つい警戒してしまう。


「ホロックでは魔物討伐や自警団から、

 最悪君の世界でいう『バイト』に近い雇用形態もある。

 だが、君の携帯していた物から戦闘経験はあると見た。

 君ならその腕で安定した生活を望めるし其方がお勧めだ。」


「それはどうも…で、俺の武器の所在は?」


 服は洗濯だろうとしても、武器の所在。

 出会ったばかりの人間がいくつも武器を持っていれば、

 相手も警戒して没収するのは当然であると思ってる。

 だから余りこのことについて悪いとは思ってはいない。

 …返答の内容次第では話は別でもあるが。


「返り血とかあったので、少し整備してちゃんと保管してるよ。

 僕と違って優れた職人の整備だから丁寧だし、そこは安心してくれたまえ。」


「そうですか。では───」


「ただし、返すことはできない。」


 返してくださいと言おうとするが、

 言い終える前にジーニアスから断られてしまう。

 爽やかさを残しながら、どこか威圧感を含めて。


「君はディレント人だ。

 つまり、本来ああいう武器を携帯する理由がないはずだ。

 多くのディレント人との交流で、僕も向こうの理解はある。

 当然ながら、あの鉤爪を携帯して生活する人はいないこともね。」


 ごもっともな話である。

 国によって何らかの理由で銃の携帯は認められるが、

 あんな暗器を持ってる奴など凡そまともではない。


「故にクルス少年。君がそれを携帯する理由を述べて、

 僕が信用するに値するようであれば返却するつもりだ。」


 この人はまともな判断ができる人物。

 そう判断はするが、同時に少し厄介でもある。

 ヴァンパイアキラーが此方ではどのような視点なのか。

 本来の世界ならば、人の姿をしていようと異端は異端だ。

 人を確実に害する存在である吸血鬼は私刑行為を許す市民の声も大きい。

 しかし、それらはあくまでも異端が迫害されるのが当たり前な世界での話。

 やってることはただの私刑行為による殺人と言うところには変わりはない。

 この仕事が褒められたものではないと重々理解しているのと、

 英語故に会話に参加せず、黙々と食べているユウキの存在がちらつく。

 いくら言葉が通じないとは言え子供の前で殺しの仕事をしてる、

 なんて神経を持ち合わせているわけがなく。


「…ちょっと後日にさせてください。

 この場で言うのは、少し憚られるので。」


 殺しの仕事をしてても彼はまだ十五歳。精神的に半端な頃。

 すぐには判断はできず、一先ず待つようにしてもらう。

 …憚られると言ってる時点で言ってるようなものではあるが。


「まあ訳ありなのは分かってるとも。

 無理せず、とりあえずまず生活に慣れるべきだ。」


 一人である時こそ冷静に落ち着いて対処する。

 この世界を知ってからでも遅くはなく、

 新しい生活をスタートすることとなった。

 必要なものは当然ながら、最優先するのは言葉だ。

 吸血鬼は別にロンドンに限らず色んなところにいる。

 当然国外へ逃げる吸血鬼もいる以上英語以外も必要不可欠。

 なので言葉は覚えることはスムーズ…なんてことあるわけがない。

 他の言語と違ってまず見たことも聞いたこともない以上馴染みは薄く、

 完全なゼロからのスタート。どうやったって一朝一夕で解決はできない。

 本人の学習能力も思ってるほど高いものではないため、

 まともな会話にすら時間を要することになった。

 それからしばらくの月日が流れて…


「ほほう。吸血鬼を殺す職業か。それはまた随分と物騒だねぇ。」


 あれから互いに話す機会が中々訪れなかったが、

 互いにようやく落ち着いて依然と同じテラスで打ち明ける。

 端から見ればティータイムかのようなアフタヌーンティー。

 しかし内容は殺し殺されの汚れ仕事で、全く似合わない。

 シリアスな話を興味津々な反応をする彼もまた異質だ。


「此処では吸血鬼も同じように、一住民として確立されてますか?」


 この街『ポルトル』で生活を続けたことで、

 異形の存在が散見されて強い偏見はないことは理解した。

 だが、まだ吸血鬼と言う存在とは出会ってはいない。

 いや、ある意味で会えてないのは幸運とも言えるか。

 吸血鬼は殺さなければならないと言う考えを持っている以上、

 此処での扱いを把握せず、感情任せに動かずに済んだと思えば。


「…そうだね。いい吸血鬼もいれば、悪い吸血鬼もいる。

 千差万別であり、君の世界程偏ったものではないと思う。

 なので、残念だが君に私刑行為は此処ではほぼ認められない。

 よくて私人逮捕と言った、捕縛のみが今の君に許される権限だ。」


「そうですか…」 


 だよなぁと、内心分かってた結果にごちる。

 ヴァンパイアキラーからただのお尋ね者にはならずに済んだが、

 言い換えれば吸血鬼を殺す仕事は、此処では絶対にできないということ。

 相手がどれほどの悪辣な存在であろうとも認められない。

 当然、此方に来ているであろうディレント人の吸血鬼…ソフィアも。


「確かに君は人ができている、と言うには未熟かもしれない。

 しかし、だ。悪くもない…どうかなクルス君、裏雇用試験でも受けるかい?」


「裏雇用試験?」


 何とも胡散臭さが漂うようなワード。

 ヴァンパイアハンターも表向きは神父やシスターとの兼任。

 裏家業のような類ではあるし、人のことはいえないのだが。


「裏、と言っても言うほど隠しているわけでもないんだけどね。

 普段君が見ているホロックは、何でも屋の印象が強いだろう?

 裏雇用はそこに加えて、凶悪な魔物や犯罪者も相手するようになる。」


 凶悪な犯罪者は簡単に捕まらないし、

 命懸けともあって不殺のままではいられない。

 そのための制度であって、厳密には私刑が認められるのとは違う。

 ヴァンパイアキラーのような、種族そのものに対する行為は認められないが、

 指名手配されるような類には吸血鬼も含まれていることを告げられた。


「先程も言ったが、あくまで犯罪者に対するための制度。

 そこを理解した上でこの権限が必要であるならどうだろうか。」


「受けます。」


 即答だった。

 吸血鬼が退治できるから、

 と言う理由も少なからずにはある。

 だが人の死は吸血鬼でなくとも起こりうるもの。

 クリスマスの夜に、家族を喪ったときの悲しみ。

 自分がヴァンパイアキラーを志した理由の一つは、

 同じ思いをする人を一人でも未然に防ぎたいからだ。

 そんな可能性を、少しでも防げるその権限は必要だと。

 もう一つ、吸血鬼は吸血衝動に負けて暴走するのも多い。

 特に眷属は望まずして吸血鬼にされた挙句に害悪として殺される。

 不条理極まりなく、せめてできる唯一の救済としての意味もあった。


「即答とは驚いた。熱意ある君に倣って、今から試験でもするかな。」


「え、今から? 準備とか大変なのでは…?」


 仮にも生殺与奪の権利を手に入れる代物。

 おいそれと始められるものではないと思うのは当然だ。


「大丈夫だよ。試験内容は対策として、今考えるから。」


「…えっ。」


 いや本当に大丈夫なのかそれは。

 その場の思い付きで始めていいものなのだろうか。

 或いは、自分の価値観がまだ馴染めていないのか。

 思考が読めないジーニアスに、ただただ振り回されていた。




 ティータイムの後、指定された場所へ向かうクルス。

 指定されたのは町から少し西に離れた、大木の並ぶ森。

 スチームパンクさ溢れるポルトルとは逆に自然豊かな場所。

 試験の為に来ていたが、空気も相まってどこかほっと一息ついてしまう。

 …ポルトルの空気は、余りいいとは言えないと言うところもあるのだが。

 程々に堪能し、試験官が何処かとあたりを見渡していると、


「今回の試験を担当することになりました、雄輝ユウキで…あれ?」


 覚えのある声とともに姿を現す。

 裏雇用の試験なんだからもっと厳格な人を予想したが、

 まさかあの時の少年が担当とは思いもしなかった。


「えっと、クルスさん…でしたっけ。」


「あれ君試験官?、そんな立場上だったのかい?

 と言うか…ジーニアスさんはどこいったんだ?」


 ひょっとしてかなり無礼なのではと、

 無知とは言えやらかしたことに不安を覚えるがすぐに雄輝は首を横に振る。

 雄輝もまた彼と同じくディレント人であり、同じ立場ともいえる存在だ。

 ホロックの在籍はクルスより長いものの、殆ど下っ端と変わりはしない。

 ではなぜ下っ端に裏雇用の試験をやらせるのかが疑問に思う。


「多分、内容が自分に適してるからかと。

 それとジーニアスさんは先日…保護でいいのかなあれ。

 保護した人に何かがあったようなので、そちらの都合不在です。」


「ああ、そゆこと。」


 ホロックの管理人なんて、

 本来はお偉いさんみたいなものである。

 自分一人に割く時間が決して多いわけではない。


「では今から試験内容を説明───ちょ、ちょっと待っててください。」


(カンペだ。)


 ポケットから紙を取り出して何度か読み直し、ようやく説明が始まる。

 ルールは極めて単純。雄輝を犯罪者と仮定した役割を持って逃げるため、

 それをクルスが追いかけて、制限時間内に相手を拘束するだけの話だ。

 内容をまとめたものを報告し、内容を上…つまりジーニアスたちが判断する。

 物凄く極端なことを言ってしまうと、これは鬼ごっこだ。


「ちょっとルールが追加されたタグか。」


「タグ?」


「イット役が逃げる相手を捕まえる遊びで、

 タグってのが…ああそうか、ロンドンでの話か。」


 あれ以来ちゃんと顔を合わせていなかったので、

 久しく忘れていたが、彼は英語がかなり拙かった。

 イギリスやアメリカ出身ではないことは伺える。


「日本だと鬼ごっこでしたね…っと、話が脱線してますね。

 基本ルールは以上ですが、此処に三つほど道具を用いることになります。」


 そう言ってクルスに渡されたのは、一つは短銃身の拳銃。

 残りの二つは鎖を模した指輪と、真っ赤な指輪だ。


「此方の銃は諸事情で降参したい場合の為に使う緊急用です。

 この森に魔物はいませんが、何らかで負傷した際に使ってください。

 また、スタートの合図としてこれを必ず撃たないとその場で失格です。」


 試し撃ちとして空へと銃口を向けて放つ。

 現代では見られない青い煙が空高く昇っていく。


「もう一つはインスロルと言うものです。

 装備してれば設定された魔術が行使可能で、

 念じれば発動しますので、試してください。」


 此方は使い方を教えるため、先にクルスへ渡す。

 右手の親指に装備して念じてみれば半透明の青い鎖が射出。

 雄輝に被弾と同時に彼の周囲を覆い始める銀色の膜。

 シャボンのようにプカプカと浮かび、外側から触れてみる。

 ぐにゅりと非常に弾力のある感触で、試しに右ストレートを叩きこむが、

 膜を破るには全く至れず、暫く待つと破裂したように消えていく。


「これをとどめに使うことで試験のクリアになります。」


「ほうほう。」


「ただ、弾速が優れてるわけではなく、

 射程も二メートル前後とかなり当てにくいです。

 そしてもう一つの指輪ですが、此方は自分が装備するもので…」


 雄輝が指輪を左手の中指に装備すると、互いの指輪が強く輝く。

 ようは探知機の類であり、クルスの方は一定時間経過で輝きが変わり、

 その輝きが強い程に互いの距離が近いかを判断することができるものだ。

 これを使って相手を探し、インスロルによって動きを封じる…と言う試験。

 やることはタグだが道具を用いた内容を考えるに、

 サバイバルゲームのようでもあった。


「しかし、そんなに待遇よくして逃げられるのか?」


 相手はサバイバルゲームと違って、一方的に逃げ回る構図。

 タグで相手の意場所が分かるようなものは当然使うことはない。

 (彼はサバイバルゲームをよくわかってないので其方は判断つかないが)

 追う側として有利の割には、追われる側の強みが余りなかった。

 試験にしては道具が手厚すぎて、少々有利すぎるのではと。


「…全てではありませんが公平性を保つ為、

 説明しますね───Create。」


 手を伸ばしながら静かに呟く。

 雄輝の掌から剣先が飛び出し、そのまま伸びる。

 伸びた剣先は地面へと突き刺さり、柄などもそのまま出てきて、

 最初からそこに剣があったかのように、地面に突き刺さった剣を引き抜く。


「自分は異端で、こうやって物を作れます。

 複雑なものは作れませんが、大雑把であればこんな風に。

 もっとも、大雑把なものでも精度は極めて甘いのですが。」


 近場の小石に二、三回刃を振るう。

 甲高い音が響き渡り、そのぶつけた剣先をクルスへと見せる。

 少なくとも数回打ち合った程度ではありえないような、

 酷い刃こぼれをしてるのが目に見えてわかった。


「これである程度逃げる手段が確立されるので…どうかされましたか?」


 淡々と説明を続けていたが、

 クルスの唖然とした表情に説明を中断。

 話を聞き流してる可能性もあって尋ねる。

 説明に何か疑問点があったのではないか。

 不手際を思い返していると、答えが返ってきた。


「いや、君遠慮なく自分を異端って言うんだね。

 同じディレント人でも、俺は人間だけどいいのか?」


 涼しげな顔で自分が異端だと言うカミングアウト。

 少なくとも、現代では一度も見たことがない行動を彼はしてきた。

 自分から異端を明かすのは異端だと露呈してる時ぐらいの自棄によるもの。

 まだ彼を異端だとは認識してなかったので、

 その衝撃も相まっての表情である。


「今言わずとも、いずれ気付かれます。

 早めに言っておく方が傷つきませんし。」


 人にとっても異端にとってもそれが事実。

 雄輝も異端である事実が露呈してからは虐めの毎日。

 学校側は変わり者な人がやっているのか異端にも寛容、

 と言うよりはどうでもいいのか登校拒否はされないが、

 殆ど特例中の特例みたいなものであって、普通はいないものだ。

 人は異端を嫌って当然と言う常識が、身についてしまっている。

 距離を置くためにあえて言っておく、ある種の諦念。


「…違うとは言いたいが、否定できないな。」


 正直なところ、彼も異端は好きではない。

 秩序を乱すから…なんて生真面目なことは言わないが、

 力を持った異端が力を持って事件を起こしてしまうのを見ると、

 人と絶対相容れない吸血鬼と違って、対話ができる分たちが悪いものだと。

 勿論良識的な異端はいる。雄輝の場合はそれだし、風評被害に逢っている側。

 自分が迫害されて当たり前だと思うようになったのは自分達人間側の咎。

 非がないと言い切れないのだから。


「まあ、なんだ。

 とりあえず異端と人間とかは置いとくさ。

 此処には魔法…あれ? 魔術と意味が違うんだっけ?

 まあいいや。とにかくそういうことができる連中がいるのは、

 この世界では当たり前だ。此処では君も、俺も対等ってことで。」


 異端については正直複雑なところもあって、

 面と向かって意見をはっきりと形にはできない。

 少しぼかした感じで、同時に思ってることを述べる。

 吸血鬼は例外だけどな、と内心で付け加えておく。


「珍しい方ですね。」


「異端をカミングアウトする君もな。」


 互いに同じ、相手から見れば変人。

 クルスの言ったとおりある意味対等であり、二人して笑いがこみ上げる。

 余り表に出したくないのか、雄輝は表情には余り出さず控えめではあるが。


「改めてルールの確認をしますね、

 一つ、自分が逃げる側でクルスさんが追う側。

 二つ、手段を問わず自分を拘束することが必須条件。

 三つ、禁止事項は双方共に殺人のみで、他はなんでもあり…以上の三つです。」


「制限時間は?」


「えっと、当人の気まぐれ…? と、とりあえず、

 昼食前に終わらせたいので、二時間ってことにしましょう。

 後、自分が逃げれる範囲もこの森の中なので気を付けてください。」


「了解。」


「では自分が逃げて三十秒程経過したら、

 信号弾を撃って行動を開始してください。」


 支給された道具を互いに装備して、

 一足先に雄輝は森の奥へと姿を消していく。

 多少草木に振れる音はするが、具体的な位置は把握できない。

 指輪の光も随分弱弱しく、結構な距離を走ってると思われる。

 軽く準備運動をしながら時間を過ごして、特に何事もなく時間が過ぎていく。


「よし、動くか!」


 フライングが怖くて余分に五秒ほど待った後、

 スタートの合図の信号弾を撃った後、

 軽快な走りと共に追跡を始める。




(ただの徒競走の三十秒なら脚力の勝負。

 間違いなくあの人に勝てないだろうけど、

 此処は森と言う複雑さ…ある程度の不利は覆せる。)


 雄輝は疲れない程度にペースを落としつつ、

 不規則に方向を転換させて位置を特定されない動きをしていく。

 純粋な体力勝負なら十中八九相手の方が上だと理解しており、

 相手をどう無駄に疲労させてその差を埋めていくかと言う思考。

 なんともひねくれた発想ではあるが、雄輝は迫害される異端。

 幼くして迫害されてしまえば、歪んだっておかしくはなかった。


「…え?」


 指輪が淡く輝く。

 即ち、段々距離が縮んでいると言うことだ。

 雄輝のつけている指輪は説明はしていないが、

 一定時間ではなくリアルタイムで変化する。

 直角気味に方角を変えつつ、少しスピードを上げていく。

 向かった方向が偶然こっちなだけだと思うも、

 指輪の輝きはどんどん強く増す。


(いや、違う…確実に追跡されてる!?)


 もう一度別の方角へと走る。

 だが指輪は光をさらに強くさせていく。

 仮にも通りにくい悪路も織り交ぜて走っている。

 もたつくように意図的に考慮したはずなのに、

 そんな様子は指輪からはまったく感じられない。

 指輪で距離が把握できると言っても数分の経過が必要だ。

 迷うことなく近づいてきているのでは、最早指輪を頼ってすらいない。


「見つけたぁ!!」


 後方十メートル弱。

 雄輝からもその姿がもう視認できてしまう。

 そこからはあっという間に距離が詰められる。

 脚力の差は予想はしていたが、こうまであるとは流石に思わない。


「Create!」


 振り向くと同時に大地を強く踏むと、

 足を中心に壁が生成されて迫りくるクルスを遮る。

 生成が終わると同時に、そのまま壁を背に走り出して距離を取る。

 木と木の間に数メートルの壁、厚さも彼からは判断つかない。

 幾らパルクール慣れしてると言えども不安定な壁を使って、

 壁が倒たらシャレにならないのもあり、彼とて迂回せざるを得ない。


「残念だがそれはだめだな!」


 だがその効果があったかと言われる怪しい。

 迂回した後の追跡は変わらず素早く、

 距離が開いたと言えば開いたものの、極僅か。

 脚力の差で再び距離を詰められてしまう。


「Create!」


 もう一度足踏みからの生成。

 また壁かと思ったが、今度は砂。


「な!?」


 しかも先程の壁と違って噴出に近い感じで、

 この状態で目など開けていられるはずがない。

 目を閉じながら咄嗟に腕でガードする。

 時期に砂は全てが地面に落ちて視界晴れるも、

 当然のことだが雄輝の姿はなかった。


「砂も作れるのかよ…」


 便利であると同時に複雑な能力だ。

 何をしてくるのか、何ができるのか。

 膨大すぎて恐らく本人でさえ持て余すだろう。

 こんな力を持った相手を迫害するとか人間は何を考えてるのか。

 これが敵になったら絶対ろくでもないことになるのは目に見えてるのに。

 なんて思うが、端から見れば彼が物を作る能力の認識があったのかも怪しい。

 能力の誤認なんてよくある話だ。それだけ異端の存在は解明されてないのだ。




 砂で目くらましはしたものの、

 雄輝は余り距離を取ってはいなかった。

 ある程度視認できる程度だが、遠くの茂みに隠れる形で。

 先ほどの迷うことなく追跡された原因は何なのか。

 彼は異端とは一言も言ってない以上ただの人間である。

 何か魔術を学ぶほどの待遇はポルトルであったかと疑問に思ってると、

 答えは物凄いあっさりしていたものだ。


「…そっちか。」


 足元を見たのちに方角を察するクルス。

 視線の先は勿論、雄輝の隠れる方角。

 物凄い単純な話。彼は───ただ足跡を見ていただけ。

 足跡を見て大雑把な追跡を仕掛けていただけにすぎないのだ。

 吸血鬼の中にも、狙撃を恐れて飛ばないタイプは足を使うことも多く、

 足跡から追跡をすることはよくあり、仕事で身に着けた一つの技術でもある。


(そんな単純なもので見つけられてたのか!?)


 何の面白みもないシンプルな答え。

 しかし本来人と言うものはそういうものだ。

 自分のように何か『異常』なことはできやしない。

 寧ろ、そういう考えすらできず何かの魔術や能力頼みと言う、

 人を見下してるかのような思考回路をしていたことに気付く。


「ッ…Create!」


 自己嫌悪と共に、両手に物を作って上空へ投げ出す。

 投げたのは何か棒状の何が燃えた状態の物。

 一瞬クルスは爆弾の類なのではと疑うものの、

 相手は子供とは言え同時に、ある程度大人びている様子。

 考えなしに危険な代物を使うとは思えないので、そのまま直進する。

 所謂ブラフの類だと思いながらインスロルの射程に入る寸前。


「!」


 破裂するような音と同時に、眩い光が投げられたものから放たれる。

 強烈な光は不意を突かれたのもあってか視界を奪っていく。

 土地勘のない彼がこの状態で歩くなどできたものではない。


「おい! 閃光弾も作れるのは聞いてねえぞ!?」


 複雑なものは作れないと言ってたはずだし、

 そもそも閃光弾の材料なんてクルスでも知らない。

 全容を明かさないと嘘を吐くのでは流石に話は別で、

 愚痴の一つや二つ、言いたくなってしまうものだ。


「言ったはずです! 全容はではないと!」


「いやどうみても閃光弾は複雑だろうが!」


「マグネシウムって燃やすとよく光るって、

 何かの本で聞いたので、この間から何度か使ってます!」


 弁明のような発言と共に遠のく声。

 それを裏付ける要素は、今の状態が一番よくわかる。


(性能わっる!)


 ほんの数秒で視界は戻ったし、雄輝自身まだ視界に入る程度の距離。

 あくまで聞きかじっただけの知識から、閃光弾に似た代物を創っただけ。

 量も質も、本家のものと比べるだけ失礼なぐらいお粗末な代物だ。

 一度に大量に作れば多少は効果が見込めたのかもしれないが、

 これでは焼け石に水と言わざるを得ないものだ。


 当然すぐに追跡を再開、

 しかも今までと違って全力のタイプ。

 油断している隙としては今が一番でもある。

 接近と同時にインスロルを連発して、いくつもの鎖が飛び交う。


「!?」


 閃光弾の効果が薄かったことに今気づき、

 大人びていた表情は初めて驚愕の表情へと変わる、

 飛び交う鎖を避け、壁を作って防ぎ、或いは単純な射程外。

 決して走るのに向いてる道とは言えない中、ぎりぎりでしのいでいく。

 主導権を握っている以上、このまま押し切る為にさらに数回。


「ッ、Create!」


 上に手を掲げつつ、先端が尖ったワイヤーが手から伸びる。

 先端が木に刺されば、ワイヤーに引っ張られて雄輝は宙を舞う。

 押し寄せる鎖全てから逃れつつ、高所へ逃げ込む。

 その高さ、ゆうに六メートル以上。


「おま、それはズルだろうが!」


 引っ張られた後近くの太い枝へと何とかして逃げこむ間。

 威嚇射撃としてインスロルを使うも、全く届くことはない。

 本当に射程が二メートル程度なのはとっくに分かってはいたが、

 よもや高所へ逃げ込むなんて反則技をしてくるなど思わずつい叫ぶ。


「ルール上自分は森を出られませんが、

 言い換えれば森の中ならどこにでも行っていいんです。

 ルールはちゃんと説明したはずですから、謝罪はしませんよ。」


 年下に正論をかまされ反論できない状況に、

 複雑な表情で見上げるだけしかできないクルス。

 雄輝自身これは卑怯とは思うが、これは犯罪者と言う仮想敵の役割でもある。

 犯罪者が相手の都合なんて考えるわけがないのだから、役割としては正しい。

 だが、この距離ではどうあがいても今のクルスでは手出しができなかった。

 仮に木に登れたとしても、その間に逃げられるのがオチだ。


「…ちょっと聞くが、森から出たらだめなの、お前だけだよな?」


「? すいません。質問の意図が分かりません。」


「『俺は』森を出てもいいんだよな?」


「…え? ええっと…一応、いいと思いますが。」


 ルールには相手が森を出てはならない、

 と言った制約は聞いた記憶はなかった。

 念のため紙で確認してもそれらしいのはなく。

 本当になんでもありだなと思うが、一体何がしたいのか。


「よし分かった。」


 質問通り、クルスがその場を離れる。

 不意打ち目的なのかと思うが、指輪の輝きが弱まっていたので、

 本当に森からでるつもりではあることが伺えた。

 何をしてくるのかと言う興味もあってか、

 その場を動かず枝に腰掛けて待ち続ける。


 何事もなく待ち続けて数十分。

 随分と時間がたって、ようやく状況が変わる。

 指輪の反応がようやく強くなり、彼が戻ってきたのだ。

 動けるように立ち上がって、相手の行動に備えるが…


「え?」


 戻ってきたクルスに対した変化はない。

 ただ一つ違うのは、手で振り回してるそれ。

 風を切るような音と残像からひも状に見える。

 まさかロープか何かで捕まえる腹積もりなのかと。

 あり得ない。そんな単調な手段なら能力抜きでも防げる。


「…なに、してるんですか。」


 全然わからない。

 振り回すのに何の意味があるのか。

 未知の存在とも言うべき挙動につい尋ねてしまう。


「こういうことだよ!」


 振り回していた紐を雄輝の方へと振るう。

 振るった瞬間、紐から何かが弾丸の如き勢いで襲い掛かる。

 余りの速さに防御をする暇も与えることなく、左肩を抉っていく。


「イッグァッ!?」


 余程のことがなければこれほどの痛み、

 普段は経験などするはずがなくよろめいてしまう。

 しかし彼がいるの太いとはいえ木の枝の上。

 不安定な足場では足を滑らせてしまうのは当然の帰結。


「しま…Create!!」


 この高さでの落下は無事ではすまない。

 急いで手を下へと伸ばして、クッションのようなもので衝撃を防ぐ。

 精度が甘めなのと体勢も悪いので、ダメージ自体はあるが問題はそこではない。


「有効射程二メートルだったよなぁ!」


 当然この間にクルスも距離を詰めている。

 座った状態では動作までに時間がかかってしまう。

 インスロルを撃たれて、これでチェックメイト───


「え?」


「…言ったはずです。全容は明かしてないと。」


 ではなかった。

 撃つ寸前にクッションから薄い壁が隆起。

 またしてもインスロルは防がれてしまう。

 宣言が能力発動のトリガーになっている、

 なんて一言も言ってないので、これも嘘ではない。

 (もっとも、精度は宣言ありよりも更に甘くなるので緊急用だが)

 その隙に足から柱のようなものが飛び出し、その勢いで押し出される。

 足から伸びてる以上勢いのままに雄輝は距離を取っていく。


「おい無茶するな! 肩の出血やばいぞ!」


 すぐさま伸びる柱を伝って追跡をするが、

 どちらかと言えば彼は相手の心配をしていた。

 彼が先程やったのはスリングと呼ばれる投石。

 吸血鬼の追撃の際に、弾切れになった時の緊急手段として、

 現地調達で確保できる飛び道具としてある程度叩きこまれたものだ。

 (流石に投石用に向いた紐はなくて、一度街に戻って見繕ったわけなのだが)

 慣れてる以上威力も知っており、重量等で左右されるが銃弾に匹敵する威力。

 そんなものを受けて無事なはずがなく、血が流れているのが目に見えてわかる。


「今の自分は凶悪犯罪者の役割なんですよ!

 この程度のことで出頭するような奴ではありませんし、

 何より、長く逃げると特別手当で稼げるので一秒でも長く稼ぎますよ!」


「おま、金目当てだったのかよ!」


 俗っぽいのとは無縁な大人びた性格をしていると思えば、

 もののみごとに欲望駄々洩れの本音に思わず突っ込まざるをえない。

 とは言え、子供なら寧ろ未熟なまま社会に放り出されたハンデがある。

 それを考えれば少しでも稼いで余裕が欲しいのは、人並み以上か。


「あっ。」


「えっ。」


 しかし現実は無情か。

 宣言もなしに創ったものは非常にもろく、

 そんなものに二人が乗っかれば耐えられるものではない。

 木の枝を折るかのように柱は容易く折れてしまう。

 そこからの対処は、完全に実戦経験の差がものを言った。

 クルスは近くの木の枝にぶら下がりながら綺麗に着地。

 雄輝は痛みも相まってそのまま無防備に大地を転がる。

 抉れた部分が擦れたのもあってか、痛みで叫びたくなる程だ。

 だが痛すぎて逆に声にならない悲鳴に近く、立つこともままならない。


「チェックメイトだ。ほら、医者だか治癒できる人のとこいくぞ。」


 インスロルの鎖を今度こそ当てることに成功。

 銀色の膜に包まれてる以上、試験はもう終わりだ。


「…お疲れさまでした。」


 膜に包まれながら、試験終了としての労いの言葉を掛けた




「いや、随分面白い報告内容だったよ。」


 雄輝を然るべきところに預けてから数時間後。

 テラスで適当に休息を取っていた彼の下へジーニアスが姿を見せる。


「あれ、子供にやらせていいもんじゃあないでしょう。」


 随分楽しげな表情に、流石に少し不快感があった。

 下手をすれば命に関わってたかもしれない試験なのは間違いない。

 これについては仕方がない。それぐらい厳しくなければ意味がないのだから。

 だが、それを小学生か中学生ぐらいの子供を試験官にするものではないだろう。

 彼が見た目と年齢が一致しないタイプの異端であれば、別かもしれないが。


「やると言った以上止めるのも忍びなくてね。

 ただ、一応相応の理由はあるんだよ、これでも。」


「理由?」


「彼、力の制御が甘いんだよね…特に人に向けて使うとき。」


 元の世界では異端の力を人に向けて使うことはない。

 現代は異端の存在があっても、まだ一般的な社会は保っている。

 人に向けて使う大半は、犯罪目的に用いてるので、彼はまずないだろう。

 多感な年頃と人へ力を行使することもあわせ、不安定なことも多い。


「やりすぎなのは認めよう。

 でも、君の世界以上に此方も厳しい。

 彼一人の教育に割く程此方も余裕はないのだよ。」


 異なる世界から迷い込む人間を保護して、

 暫くは言葉も通じない都合働き口すら探せない。

 手厚い保護をしてる分、どこかしらで損失を取り戻す必要がある。

 特にディレント人の言葉を話せるのは、詐欺などの横行を警戒して、

 かなり限られた人物だけになってるのも、損失の理由でもあるのだが。


「っと、話が逸れてしまった。報告結果、聞くかい?」


「一応は。採点とか形式どんななんです?」


「ホロックは十二人程僕と同じ立場の人がいてね。

 その内の七人から票が集まれば裏雇用が認められるんだ。

 ただ、イズって人はこれに全く関心がないため確定で採用。

 僕も勧めた以上採用。妻も同意するから…結果的に四票あればいいね。」


「して、何票で?」


「三票。」


「最低ラインじゃん!?」


 即ち残りの九人全員不採用の烙印。

 テストで言えばほぼゼロ点と容赦ない仕打ち。

 厳しい世界とは言ってたが、自分もその厳しさに飲まれる側だと、

 クルスは改めて気付かされた。


「正直、勧めた僕でも褒められないからしょうがないよ…あれは。

 推薦した以上僕も採用ではあったけど、これが他だったら不採用だよ。」


 残念そうな溜め息と共に、その理由を説明し始める。

 雄輝が述べたようにあの試験は相手を指名手配犯と仮定するものだ。

 その際に、当人がどういう行動をもって捕縛できるか…と言うことになる。

 一番評価が下がったのは、スリングの紐を調達した際彼から離れた瞬間。

 森からは出られないと言った、試験と言う部分に甘えた行動が非常に目立つ。

 仮にあれが本物であれば、とっくに逃げられてしまっているのがオチである。

 ルールに甘えた人間に、裏雇用なんて大事な試験で通るはずがなく。


「いやもうおっしゃるとおりでした。」


 返す言葉もございません。

 ボロクソに言ってくる評価に反論の余地はなく、

 テーブルに突っ伏してながら軽く涙が流れる。


「一応、現地調達や即席の武器等の判断力、追跡面においては優れていた。

 武器を持たないのに大変優秀で、この辺はサリウスが特に評価していたな。」


 おお、と顔を上げるクルスだが、

 言い換えるとそれぐらいなんだけどね。

 と、上げた後落としにかかって精神を無駄に抉っていく。


「ただ、君の世界でのケジメでもあるようだからね。

 ソッフィだっけ? 君が言ってた吸血鬼。彼女に限り君の行為を許そう。」


「え、まじですか。後ソフィアです。」


「あくまでその子だけだ。後からやってきたディレント人の吸血鬼には、

 一切認めるつもりはないから。公式に認められたいなら裏雇用試験頑張ってね。」


「…いろいろすみません。」


 一人に割く余裕はないと言ってたのに、

 特例の許可をもらえるなど感謝もあるが、

 同時に負担をかけてて申し訳なく思ってしまう。


「でも、そうまでして殺さないといけないのかい?」


 此方側の吸血鬼は話の分かる相手がいないわけではなく、

 どうにも彼の言い分がいまいち理解できていなかった。

 勿論、向こう側の吸血鬼の生態もある程度把握はしてる。

 でも一人ぐらいはいい吸血鬼はいてもいいだろうと言う、

 理解しきれてないからこその発言が飛び交う。


「俺の世界の吸血鬼は、いい吸血鬼はいません。

 吸われた眷属も同じ…吸血衝動でやがて暴走します。」


 存在そのものが誰かを脅かすもので、

 眷属もまた連鎖的に人へ仇名す存在になる。

 つまり人を殺す存在が誰かを殺す前に殺す。

 そんな汚れ仕事がヴァンパイアキラーだ。


「だから俺は彼女を殺さないといけないんです…十字架を背負ってでも。」


 たとえ今殺さなくても、いつかは起きる悲劇。

 惨劇を回避するためならば、今は善良であろうと剣を取る。

 救済とは耳障りのいいようだが、やってることは殺しの正当化。

 決して褒められた仕事ではないし、世間的にも認められないだろう。


「難儀だね…とりあえず後日武器は返すよ。

 魔物討伐とかの際には別に問題はないからね。」


「ありがとうございます。」


 正直、彼には向いてないなとジーニアスは思った。

 捨てきれぬ良心を持ったまま挑んでいい仕事ではない。

 割り切れてない人はいつか潰れてしまうのが目に見えている。

 けど、そうだとしても恐らくそれでしか生きられないのだろう。

 自己犠牲とは違う、折れることを自分で許せないかのような。

 彼の過去は知らないし、追及するつもりもないので所詮推測だが。


「さて、見舞いがてらユウキ少年に何か作るか。」


「割く時間ないって言いませんでしたか。」


「人の交流に割く時間はあるとも。

 一応怪我とか覚悟をするようにとは言ったけど、

 だからと言って大怪我に顔すら見せない奴が上司って嫌でしょ?」


 ごもっともな意見である。

 怪我をさせたのはクルスではあるし、

 覚悟の上で挑んでいたと言う部分はあれども、

 見舞いに来ない人にいい印象はあるかは怪しい。

 …印象の為に向かってると言ってるようなものだが、

 そこは聞いてはいけない気がして黙っておく。


「俺も行きます。」


 送り届けたと言ってもやはり少し心配だ。

 自分が怪我させた手前、様子は見ておきたい。

 血液も失ってるから何か料理でも振る舞いたいところだ。

 二人とも席を立って、雄輝のいる場所へと向かう。




 因縁の吸血鬼の手掛かりはまだ何もない。

 …漸く身動きができるようになったのだから、当然だが。

 だが必ず見つけなければならない。いつかは多大な犠牲が出る。

 相手がどれだけ善性であろうとも…それが自分の背負う『殺す罪』だから。

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