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異なる世界で  作者: OMF
3/15

selfish

異世界へ迷い込んだ、異質な力を持った少年の顛末


主要人物

雄輝

異世界に来た人迫害されたことで少し大人びた少年。現代では小学生

迫害されたせいで自己主張が得意ではなく、従順

リラ

異世界の人。胡散臭いお兄さん

計算高く、かなり胡散臭いが頼れる人物

アンスリア

異世界の人。凛とした女剣士

優しく真面目なテンプレタイプ。ちょっと過保護

 飽きる程化け物と言われた。

 ずっと犯罪者予備軍として見られた。

 教師は助けるどころかそれを肯定した。

 そんな理不尽が、自分には常識のごとく適用される。

 何で生きてるんだろう、自分の居場所はどこか。

 あったはずの居場所は崩れ、何処へも向かうことはない。

 これが、俺が十歳にして学んだことだ。




「これで大丈夫かな…?」


 木々が密集した森林地帯にて背伸びする、一人の女性がいた。

 年は妙齢か。銀色の髪を後ろで束ねている女性だ。

 青を基調とした軍服に細身の剣を握る凛々しさを持ちつつ、

 妙齢の女性らしい可憐さもあわさり、見栄えは実にいい。

 しかし、そんな可憐さとは裏腹に彼女の周囲は凄惨な光景だ。

 後ろ足の踵から刃が生えた、赤毛の狼が数十体横たわっている。

 血腥さが周囲に漂い顔をしかめるが、それを堪えて辺りを見渡す。

 彼女、アンスリア=リードは様々な依頼を請け負いつつ、

 普段は自警団やギルドを主としている組織、ホロックに属する人物だ。

 此処に赴いたのも、サベージウルフと呼ばれる魔物を討伐する仕事によるもの。

 獰猛な生物ではあるのだが、彼女自身の実力はそれなりに高いものがあり、

 その事実を裏付けるように、彼女には傷らしい傷はどこにもなかった。

 周囲にはサベージウルフの死体がそこら中に転がっていることから、実力を物語る。

 もっとも、あくまでそれは傷だけの話。流石に返り血は浴びており、

 帰ったらさっさと風呂へ行きたくなる程に獣の血で染まっている。

 気分の悪い状態だが、彼女にはまだ仕事が残されていた。


「回収…は後回しにしよっと。」


 サベージウルフは見た目の割には結構味がいける。

 刃など武器になりうるものは豊富にあるものの、

 問題は何が原因で此処までサベージウルフがこの辺りにいるのか、だ。

 生息自体はあり得ないことではないが群れで行動すると同時に、

 全滅だけは避けようとしており、一か所に集まらないか、避ける生存を優先とする。

 群れが全滅の危機になったら、残された数匹は必ず逃げて種を残していく。

 にもかかわらず、戦う前から集団でいたと言うのは少々疑問が残る。

 初めから誰かが彼らを意図的に動かしていた、人為的なものか。

 そういった痕跡を調べるのも彼女の仕事の一つだ。

 地味だが、こういうのを放っておけば、

 いずれ人災による大規模な災害や犯罪へとつながる。

 無駄足でも調べることが大事と言うべきだ。


「?」


 辺りを散策してみると、

 あからさまに目立つものが森の中にあった。

 最初に見たソレの印象は『箱』と言う印象。

 箱とは言うが、白色の石みたいな壁で四方を覆い、

 その上に一つ石の板で蓋したような、そんな作りのものだ。


「祠…にしては真新しすぎるわね。何これ?」


 祠ならばもっと雨風に晒されてるはずだが、

 どう見てもこの石の箱はできてから殆ど間もなくと言ったところだ。

 苔もなく、あるのはせいぜい魔物がつけたような傷痕ぐらいか。

 その傷でさえも、ほんの少ししかついてない程度に真新しい。

 神聖さとは無縁そうなのもあって、躊躇せずに蓋となる石を動かす。

 そこそこの重量はあるが、元々剣を握ってる身。大した問題ではない。


「何が入って───」


 少しばかり、箱の中身に期待を持っていた。

 この箱に物珍しさと言う、先入観もあったりするが。

 中を見た瞬間、そんな考えをしてる場合ではないと気づかされる。


「ッ…」


 中に入っていたのは───人だ。しかも、幼い子供。

 全身に肌を切り刻まれた裂傷も相当なものではあるが、

 アキレス腱のからの出血が特に激しく、目も虚ろになっている。

 こんな状態で子供が何故いるのか、街では見ない服装に思うところはあるが、

 彼女がするべきと思ってした行動は一つ。


「待ってて、今助けるから!」


 助けないと。それ以外の感情はない。

 少年を背負うと、脚部へ手を当てて魔術で強化する。

 強化した状態で走れば、常人が到底出せないような速度で、

 街へと瞬く間に来た道を駆け抜けていった。



 ◇ ◇ ◇



「と言うことがあったのが二週間前。

 間違いないよね? アンスリア=リード。」


 洒落た執務机に座り、少女を睨む一人の青年。

 上は右が白く左が黒いのに対し、下は右が黒く左が白い奇抜なスーツを着こなす。

 奇抜な恰好ではあるが、水色のオールバックを決めた端正な顔立ちは、

 よく言えば女性受けがよさそうな、悪く言えばやり手のような印象が見受けられた。

 窓の光を背にしており、妙な威厳さを醸し出してるのもどこか影響してる気はする。

 彼はリラ=スール。ホロックの管理人が一人…つまりはアンスリアの上司に当たる。

 机に山となった数々の手紙を整理しながら、彼女へと尋ねた。


「はい。」


 少し、険しい顔で答えるアンスリア。

 彼女は先日起きた内容を上司であるリラに報告をしなかった。

 今回はそのことが発覚して、呼ばれたと言うわけだ。


「|ディレント(異世界)人と思しき人物は、

 僕に報告するように…って、いまさら言っても無駄ですかな。」


 もう飽きた、と言わんばかりの顔で投げやりに言う。

 この世界は異世界の人間が来ることは決して珍しくはなく、

 彼女がこのような行動に出たのも、今回が初めてではない。

 ディレント人を彼女が見つけて、匿う行動は何度かあったことだ。

 もっとも、これが問題行動かと言われると別段そういうわけではなかった。

 あくまで推奨。絶対厳守と言った決まりがあるわけではないし、罰則もなく。

 なので、これは彼女を責めてるわけではない。


「貴方の方針に従えないから、そう判断しただけです。」


「ホロックの保護下にある方が、まだ安全だと思うんだけどなぁ───」


「貴方のは保護じゃありません! ただの傀儡です!」


 会話を遮るように机を強く叩き、アンスリアがすごい剣幕で叫ぶ。

 右も左さえもわからない世界で、異世界の人にとって安全な場所は必須。

 此処においては、確かな実績を持ったホロックの保護下こそ安全と言える。

 一方でリラはその弱みにつけこみ、労働力として利用してる節が非常に強い。


「人聞きが悪いなぁ…何度も言いたくはないけど、

 彼らから自我と言うものを奪った記憶は、ないんだけどねぇ。」


 過去に何人かのディレント人を見たが、

 元の世界へ帰りたがってたであろう人達を、元いた世界へ戻ることを諦めさせる。

 最終的にこっち側へ留まらせるように誘導させていると言うのが彼のやり方の一つ。

 彼女にとっては、それが拠り所がないディレント人への洗脳に思えてならないのだ。

 そう思えてからと言うもの、彼女は何人かのディレント人を保護する際に匿ったが、

 いずれもリラに発覚しては同じように帰るのを諦めて此方に永住を決めた人ばかり。

 今回保護した相手も、しかも子供であろうとそうするのかと思うと、我慢ならなかった。


 何故、そんな上司の下で彼女がいるのか。普通は疑問に思うだろうが、

 過去に死にかけていた弟と自分を救ったのもまた、このリラと言う男なのだ。

 労働力が欲しかったと言った邪な理由は、今思えばあったのかもしれないが。

 それでも、曲がりなりにも恩人であり、その上報酬や待遇も実際はかなりの厚遇。

 此処以上にいい所なんてそうはなく、やめるにやめれないと言ったところだ。


「イズさんといい貴方といい、ディレント人を労働力としかみないんですか!?」


「いやいや、ちょっと待ってくれ。

 流石にあのイズと比べられては困る!」


 イズの名前を比較対象にされると、

 冷静だったリラの顔も焦りが伺える。

 イズと言うのは同じホロックの管理人だが、

 管理人と呼ばれる人物の中でも、とりわけ問題児な存在だ。


「弱みに付け込んで働かせるとこの、どこが違うんですか!?」


「あのね、アンスリア。僕はディレント人に対しては、

 ちゃんと能力に見合った仕事場を提供してるつもりだ。

 そりゃ、多少の苦労はするだろうけど別に僕らも同じ話だ。

 全部与えるのは甘いを通り越して、ただの服従に過ぎないだろう?

 故に、あんな毒女と一緒にされるのは僕とて許しがたい侮辱だよ。

 ついで、この話はもう三回目なんだ。いい加減学んでくれないかな?」


 確かに、手籠めにする様は印象は非常に悪い。

 しかしだ、言ってしまえば彼の悪いところはそれだけのこと。

 待遇は人並みだし、職場もいきなり無理難題を吹っ掛けてくるわけでもなく。

 (勿論事故による死亡はあるが、そのリスクは此方の世界の人間も同じである)

 そこ以外に付け入る隙を与えてくれないし、実際元の世界へ戻るのはかなり難しい。


 はっきり言うと、だ。アンスリアが勝てる要素は、話術で手籠めにしてるところのみ。

 元の世界に戻れずにこの世界で生涯を終えた人は、二人が目にした人物でも少なくない。

 目にしてないだけで、人知れず死んでいった人なんてきっともっと大勢いるはず。

 何より、元の世界へ戻れる保障がないというのも実情だ。

 あるかどうかも不確かな希望に縋らせるより、第二の人生を与える方が幸せ、

 と言うのも十分に理解しており、彼女の言葉では彼の城壁を崩すことはできず、

 感情論と言う矛を無意味に突いては弾かれる、虚しい結果だけ。

 三度もやってれば、いい加減それぐらいは彼女も理解できる。


「分かってはいます…ですが、今回の相手は子供ですよ?

 血の繋がった家族や友人が、帰りを待ってるかもしれません。

 家族の帰りを待ち続ける人達を、放っておきたくはないんです。」


 彼女が思うのは当人だけではなく、本来待つべき家族や友人の存在。

 こちら側に来た人間が、向こうでどのような扱いになってるかはわからないが、

 当人の帰りを待ってくれている人は、きっといるはずだ。

 彼らに永遠に待ち続けることを、彼女はさせたくなかった。

 加えて、たとえ此処の環境は良いとしても今回の相手は幼い。

 そんな子供に家には戻れないし、家族には会えない、

 なんて無慈悲な現実を与えることは猶更。


「あの、リラさん。少しよろしいですか?」


 会話を遮るように、リラの部屋に扉を数回叩く音と共に、

 彼の名前を呼ぶ男性の声が扉越しに届く。


「リョウか。開いているぞ。」


「失礼します。」


 入ってきた青年に、アンスリアは少し距離を置く。

 畏怖する相手でも、生理的に受け付けないからでもない。

 見た目は、青を基調とした宮廷服に近い服装であるため、

 この辺りは石造りの街並みもあって非常によく似合うものの、

 多少派手なぐらいであり、この辺りでも見かけないわけではない程度だ。


 どちらかと言えば、身もふたもないことを言えば、顔だろうか。

 年はそう変わらないであろう端正な顔立ちに、蒼色と紅色のオッドアイ。

 しかも、リラと違って愛想笑いや作った顔とは無縁な、無垢が似合う顔立ち。

 物凄く砕けて言えば、美青年と言う単語をよく体現しているような青年。

 どこか眩く感じてしまうのだ。綺麗なものに触れる時の躊躇みたいなものが。

 『ようなもの』であってそれが何なのかは、彼女自身はよく分かってないのと、


「えっと、どちらさま?」


 そもそも、彼が誰かさえ知らなかった。

 端正な顔立ちでどこか目立つその姿であれば、

 どこかしらで出会っていそうなものだが、彼女の記憶にはない。


「ああ、君はそっち優先で知らなかったのか。

 彼はリョウ。三日前にイルゴのとこから研修できてるディレント人だ。」


「初めまして、リョウです。」


 懇切丁寧な挨拶と共に差し出される手。

 服装も相まって、気品が感じられる姿なものの、


「すいません、彼どこの人ですか。」


 彼の言葉がさっぱりわからない。

 こちら側が主に使うラスト語ではなく、

 リョウは元いた国の言葉なのか、意味が分からず困惑する。

 アンスリアも多少向こう側の言語への理解はあるが、

 ある程度覚えてるのはせいぜい日本語ぐらいだ。

 それ以外は、簡単な英語を少し程度である。


「ふらんす、なる当人曰く此処らみたいな雰囲気の国の出身と聞く。

 挨拶らしいんだけど、なかなかに発音がしんどいんだよね、これが。

 で、そのふらんす語を学ぶことも兼ねて、彼を招いたわけなんだけども。」


 こちらの世界でも、別にラスト語以外の言語はなくはない。

 しかし、それを比較しても、向こうの世界は言語が余りにも多かった。

 ただでさえ、相手の言葉を覚えるのに生半可な努力ではできないのに、

 別のディレント人には殆ど通用しない、なんてことも珍しくはない。

 以前に同じ管理人の、サリウスと共にやってきたディレント人から聞いた話では、

 英語にも南部訛りとか、国の地域によってはさらに派生の言語もあると聞いた。

 意思の疎通ができなかったことでも亡くなった人だって多くいる。

 そういったことを避けるためにも、言葉を学ぶことは必要なことだ。

 ディレント人にとっても、異世界人にとっても。


「リョウ、ふらんす語が出ているよ。」


「あ、すみませんでした…改めて、

 リョウ=ロイヴルです。以後お見知りおきを。」


 このやりとりも、僅か三日で何度もやっている。

 本人曰く、フランスが好きだからしてしまうそうで、

 彼の挨拶はそこから訂正までの流れは、何度目か忘れた。


「アンスリア=リードよ、よろしく。」


 差し出された手を強く握り、握手を交わす。

 ディレント人であり物腰穏やかな印象もあってか、

 普通の人なのだろうかと思ったが、携える剣がそれを否定する。

 多くのディレント人は、剣と言った武器を握ることは少ない。

 此方と違って向こうは物理的な戦いを常にするほど危険な生物は少なく、

 人同士の争いごとも、なるべくそういうのは避けて対話の行動が多いと聞く。

 故に武器を握る経験がなく、敵を傷つけたり殺めることへの抵抗が強い。

 なので武器を握らない、あるいは握っても護身用で殺傷力を優先しないのが基本。

 と言うのがディレント人なのだが、彼は刺突用の片手剣を帯剣と、中々に珍しかった。

 もちろん彼に限らず、武器を握って名を挙げる人は一定数は存在するので、

 別段希少、と言うほどでもないのだが。


「貴方がアンスリアさんでしたか。

 少年が目を覚ましたと、言伝を預かってます。」


「! 言語は!?」


 此処にいる今でもリラが何かしてるのではないかと、

 気が気ではないと思っていたアンスリアにとっては、

 彼の話は大事なことであり、握手が終わると同時に詰め寄る。


「え、えっと『此処は何処ですか』と尋ねてたそうなので、日本の方かと。」


「ニホンゴ…よかった。」


 無事なことへの安堵もあるが、

 彼が日本人でよかったこともある。

 もし英語とかであれば、言葉が通じない以上自分は役に立たない。

 リラに任せざるを得ないので、この結果は非常にありがたいことだ。


「リラさん。彼の様子を窺ってきますが、あの子だけは利用させませんからね!」


 穏やかな顔になったと思えば、

 突き刺すような視線でリラを見た後、

 急ぎ足で彼女は部屋を出ていく。


「あの、何があったか余り存じませんが、よろしいんですか?」


 ホロックの管理人と呼ばれる人物は、

 大体が一騎当千の実力を持っている。

 当然ながらリラも相応の実力を持っており、

 実力行使すればアンスリアを容易に組み伏せれる。

 問答で解決するよりも、ずっと早くて手軽だろう。

 穏やかな雰囲気ではない状況に、リョウは軽く尋ねた。


「ああ見えて、彼女はラスト語を教えるのが上手いんだ。日本語も割とできる。

 僕に暇がないのもあってか、彼女の行動は此方の利益にもなるんだよ、リョウ。」


 状況は余り分かってないので彼の言ってることが余り把握できないが、

 とりあえずは、親権を取り合う親のような状態なのだと、なんとなく感じる。


「…弱点らしい弱点、ないんですねリラさんは。」


 彼女の反抗的な行動も、全て計算済み。

 何をしても利益になるように舵を切れる、ただでは転ばぬ姿勢。

 短い間ながらこの人物の偉大さを理解させられていた。

 自分には真似できないと。


「ないんじゃない。晒さないようにしているだけだよ。

 それはそうと…リョウ。君、日本語も分かるのかい?」


 フランスの人ではあるようだが、先ほどの少年の言葉への理解。

 アンスリア以上に発音の良さから、日本語にも精通していることが伺える。

 日本語が分かるのであれば、フランス語の把握もしやすく助かることだ。


「母が日本人なので、ある程度ですが分かりますよ。

 生まれも育ちもフランスで、旅行で日本へ行かないと使うことは少なかったですが。」




 アンスリアが病室に入ると、

 寝具に寝そべっていた少年が反応して身を起こす。

 銀色の髪と蒼色の瞳とかなり恵まれた容姿であり、

 もう少し年を重ねれば、女性受けがよくなりそうな姿だ。

 全身の至る所に包帯が巻かれており、見てる此方が痛々しく感じる。

 黒を基調とした服は損傷が酷かったため、今は青色の病衣を着せられていた。

 今も何処か彼の瞳は虚ろ目に見えるが、多分それが普段通りと思い気にしないでおく。


「エット、君、私ノ言ッテルコト、分カル?」


 外国人が使うような、たどたどしい日本語で声をかける。

 言葉がある程度理解できると言っても、リラ程流暢でもない。


「…分かりますけど、聞き取りにくいです。」


「ゴメンネ。ニホンゴマダ慣レテナイノ。」


 少年の返事に、自分の成長のなさに涙が込み上げてくる。

 前に出会ったディレント人も同じことを言われた。それも三人連続。

 ディレント人の言葉を理解しようと日々言葉を学んでいる身だが、

 彼女が把握してるのは日本語だけで、その日本語もこの通りだ。

 もっとも、日本語と言うのは、日本人すら理解できない難解さで、

 彼女が下手と言うよりは、日本語が難解すぎるだけだが。


「名前、言エル?」


雄輝ユウキです。」


「ユウキ、イイ名前ネ。私ハアンスリア。

 色々言ウコトハアルンダケド、マズハコレカラオロツクネ?」


 日本の人は握手を交わすことが挨拶の一環。

 これは把握しており、右手を出して相手の握手を待つ。

 おずおずと、雄輝も右手を伸ばしてその手を強く握る。


「…よろしくね?」


 訂正の言葉も交えながら。


「ソレソレ。」


 意思の疎通が取れるとわかると、

 一先ず今の状況について説明をする。

 子供だから色々不安と思っていたのだが、

 此処が異世界だと言われても、彼はすんなりと受け入れた。

 と言うより余りに淡々と受け入れて、いっそ心配になる程だ。


「エット、モシカシテダケド、夢トカト思ッテナイ、ヨネ?」


 受け入れてるんじゃなくて逃避してるのか。

 夢だと思って無茶をされても危険なので尋ねるが、


「思っていません…ただ、

 酷く居心地が良くて…すみません。」


 どこか引っかかるような返しをしてくる。

 とは言え、初対面である以上追及もできないし、

 一応現実だと理解もしてるようなので一先ずはよしとした。


 雄輝は一先ず、完治するまではアンスリアが保護者と言う扱いになった。

 ホロックにはディレント人、それも日本人ならそこそこいるわけだが、

 今後も言葉に対応できる人数が多いに越したことはないと言うことで、

 思いのほかあっさりと、リラから保護者と言う立場を得ることができた。

 怪我人なのもあって、今できるのは言葉を覚えることと、軽いリハビリの二つ。

 子供だからかどうかは不明だが、思いのほか回復も早ければ飲み込みも良い。

 一週間もすれば普通に動けるようになって、二人で軽く出かけるようになっていた。

 服は損傷が酷かったが、似たようなものが店にあったお陰で、見た目は余り変わらない。

 人に限らず物も此方に辿り着きそれを調べては発展に繋げていく。此処ではよくある話だ。

 新しく黒のジャケットが追加されて、もともとの恰好以上に大人びて見える姿へと変わっている。

 なお、お互いに銀髪もあってか、どこか姉弟に見えなくもない。


「リョウさん、おはようございます。」


「おはようユウキ君。アンスリアさん、教えるの上手なんですね。」


 石造りの街で二人と出会ったリョウは、

 雄輝のラスト語に、少しばかり驚かされる。

 聞き取れる程度に憶えるのは、自分でも中々苦労した記憶がある。

 今でこそ違和感なく話せるのは、教えてくれた人のお陰だ。


「子供だから、飲み込みが早いのかも。

 特に読み書きに関しては結構早くて驚くわ。」


「日本人は読み書きが得意ですから、

 気質があっているのかもしれませんね。

 なんせ僕はまだ書くに関しては下手ですし…」


 目を逸らしながら、苦笑を浮かべるリョウ。

 フランス語は綺麗に書けると自負しているが、

 ラスト語になった瞬間、途端に酷くなったのを思い出す。

 教訓にはなったが、未だに文字に関しては酷い。


「いい年した大人が、まだ文字が書けないってのも悲しいですよね。」


「? リョウって大人と言うほどの年齢かしら?」


「あ、勘違いされますが僕、これでも二十五なんですよ。」


「嘘!?」


 端正で童顔と、物腰静かな立ち居振る舞い。

 てっきり十代中頃ぐらいだと思って接しており、

 自分より年上で、途端に気まずくなってしまう。

 因みに、アンスリアは二十二歳だ。


「ごめんなさい、年上だとは思わなくて。」


「よく言われるのでいいですよ。

 それに、立場は貴方の方が先輩ですし、

 別におかしくはないんじゃあないでしょうか?」


「ハハハ…」


 立場が上でよかった。

 なんて失礼な考えをしてしまう。

 彼の言うことも分からなくはないのと、

 今更改まっても仕方ないので、今のままで行くことにするが。


「そういえば、ユウキ君っていくつだったんですか?」


「十二デス。」


「随分大人びてるね…」


 十二歳、小学六年生か中学一年生程度。

 多感な年頃のはずだが、その割にはえらく大人しい。

 容姿が大人びてる部分も相まって、本当に十二歳かとも思えてくる。


「あ、ユウキ君。ちょっと買い物を頼めるかな?

 彼と大事な話があって、私は向かえないんだけど…」


 アンスリアは屈んで視線を合わせつつ、雄輝に小銭を渡す。

 この一週間の間に、彼になるべく街に馴染んでもらおうと、

 お使いがてら買い物を頼んでいたので、二人には慣れたやり取りだ。

 とは言え、もう少し幼い子供にやらせるべきやり取りとも思えるが。


「分カリマシタ。何ヲ買エバイインデスカ?」


「砂糖と…確か共用の飴切らしてたっけ?」


「まだあるにはありますが、心もとないですね。」


「じゃあ砂糖と、飴を二瓶程お願いね。

 余ったお釣りで何か買っても大丈夫だから。」


「ハイ。」


 特に何事もないまま話は進み、

 その場から雄輝は人込みを避けながら店へと向かう。

 姿が見えなくなると同時に、


「少し彼の相談があるのだけど、大丈夫?」


 姉らしい穏やかな表情から一転。

 不安や悩みを抱えたような、影を落とした表情だ。


「何か引っかかることが?」


 いまいちそういう風には見受けられない。

 言葉はなれてないものの、受け答えはしっかりしてる。

 肉体、精神ともに障害があるようにも見受けられず、

 心配する要素が余りないようにも感じられた。


「あの子…なんていうのかな。距離をずっと置かれてる気がするのよ。」


 雄輝は他人行儀を通り越すかのような距離の置き方をする。

 その上余りに従順で、言われたことを二つ返事で応じてしまう。

 十二歳の子供にしては、余りに手がかからなさすぎるのだ。

 アンスリアは弟がおり、それでかなり手を焼かされた記憶もある。

 我侭の一つは二つ、或いは反抗期なのでそれなりの心構えをしたが、

 彼からそれらしいものは一週間の間に何一つ起きておらず、不安が募る。

 言葉遣いも親の教育も行き届いてると言うのもあるのかもしれないが、

 どちらかと言うと、何かを恐れて言葉を選んでいるようにも見受けられた。

 リラに尋ねるのも癪だし、同僚も『リラに尋ねる方が楽だ』と言いそうで、

 外部の人間であるリョウへと相談するのが最適解で、で今に至る。


「なるほど。確かに奇妙ですね。」


 あれぐらいの年で手がかからないで思いつくのは自閉症。

 だが、自閉症と呼ぶには普通に接していて、いまいちそうとは感じられない。

 彼も医者ではないので、自閉症と言えども症状は他にも可能性があるはず。

 そのうちの一つが今状況そのものかもしれないので、断定はできないが。

 一先ず、それ以外の可能性に思考を向けてみる。


(環境に難あり…日本人ならありえるか?)


 日本については、旅行で何度か行ったことがある。

 フランスも大概なものの、差別やいじめは酷い傾向がある。

 機械的な受け答えは、それが影響してるのかもしれない。


(いや、もしかして彼…)


 差別される理由は色々ある。

 だが、元の世界で迫害される理由と言えば、

 一番強いものに、彼は心当たりがあった。

 酷いときには人権すら危ぶまれる最悪のケース。

 もし、彼が『ソレ』なのであればあり得なくはない。

 そして、その問題は此方で解決するには一つだけだ。


 けど、それは解決と言うよりは逃避。

 前の二人の口論の内容を理解した今では、

 リラの行動の方が、より正当化されてしまう。

 彼女としてはその結果になるのは複雑なはずだ。

 色々思案するが、結局のところそれは仮説。

 違う可能性もあるし、元々が彼がこういう性格もありうる。


「大人でもこの状況は精神的に参りますからね。

 家族と会えないからでしょうし、もう少し様子を見ませんか?」


 結局出せた答えは、それっぽいことを言ってお茶を濁すだけ。

 彼が『ソレ』なら言いたくないだろうし、言わないのもわかることだ。

 『ソレ』でないにしても、子供はやはりこの環境はかなりつらい。

 義務教育も満足に終わってない中で、事実上無一文からのスタート。

 十二歳の子供を、保護者も理解者もろくにいない職場で働く生活。

 周りは見知らぬ人間、言葉の都合同い年の友達もできやしない。

 こんな環境にいて、すぐに適応できる子供はそうはいないだろう。


「やっぱりそれがいいのかしら…」


「リラさんには相談しづらそうですし、

 良かったら頼ってください。暫く研修でいますので。」


「ごめんね、リョウ君も。」


 正直、あれからも面識は多くはない。

 言ってしまえば、ちょっと会話するだけの間柄。

 近所で挨拶する、どこかの誰かよりは親しい程度なのに、

 こんな重苦しい相談をするのは、自分の不甲斐なさを感じる。


「いえいえ、お互い様ですよ。

 それはそうと、リラさんから仕事の依頼です。

 貴方には楽な仕事と思いますけどね。」


 話も一先ず終わり、こちらの話を切り出す。

 内容は凶暴化した魔物の討伐だが、彼女なら楽勝だと言える安心感がある。

 リラ曰く昔の彼女は高名な騎士団の所属で、結構名を挙げてたと聞く。

 所謂エリートだろうに、何故こんなところに流れ着いたのかは気になるが、

 込み入った事情もあるだろうし、尋ねる気にはなれなかった。


「死と隣り合わせの仕事に、楽も何もないわ。」


「…でしたね、失礼。」


 ごもっともなことだ。

 彼女が基本的に請け負うのは凶暴化した魔物や賊徒などの討伐や制圧。

 熟練者だろうと、些細なミスが命を落とす、危険な仕事に変わりはない。

 楽な仕事だからと慢心せず、真摯に取り組む生真面目さが彼女の強みだ。


「戻リマシタ。」


 話が切りのいい所で、

 両手で小麦色の紙袋を抱きかかえながら雄輝が戻る。


「あ、僕が持つよ。ホロックに戻るところだから。」


「アリガトウゴザイマス。後、コレオ釣リデス。」


 紙袋をリョウが受け取り、

 手が空いたことでポケットからお釣りを渡す。


(やっぱり、使ってない…)


 お金はあらかじめ多めに余るように渡したが、

 やはり何か自分用に買っている様子は見受けられない。

 驚くほどに誠実にして無欲。何が彼を十二歳でそうさせるのか。

 凄いとか褒めるよりも、彼女にとってはどちらかと言えば心配になる。


「ユウキ君。アンスリアさんお借りするけどいいかな?」


 アンスリアと同じように、

 リョウも目線を合わせるように屈む。


「オスィゴト、デスカ?」


「うん。だからいつもの、そこの喫茶店で待っててね。

 お昼頃には戻るけど、知らない人についっていっちゃだめよ?」


「…ハイ。」


 なんだか家族みたい…少しばかり、雄輝は思った。

 リョウが父で、アンスリアが母で、自分が息子のような。

 もっとも、生まれた頃から父は行方不明の彼にとって、

 家族と言う感覚が正直希薄のため曖昧であるし、

 二人とも自分ぐらいの子供ができるには若すぎなのだが。


「…」


 年季の入った、木造の喫茶店のカウンター席の隅に、雄輝は座る。

 大人しく紅茶をゆっくり飲む姿は、子供らしからぬ雰囲気を持つ。

 喫茶店としては非常に問題となる自分以外の客がいない静けさだが、

 彼としてはこの状況の方が助かっていた。

 店主も必要以上に話しかけてはこないので、

 わずかな物音と、外の雑多な音だけが店に響く。


 とは言え、此処は喫茶店。

 自分以外来ないなんてことは余程のことがないとありえず、

 次の客が来たことを知らせる鈴が店に鳴り響く。


「やあ、客足はどうだい?」


 やってきた相手に対して、

 店主も表情を明るくしながら対応する。

 それもそのはず、


「あ、リラさん!」


 相手はホロックの管理人なのだから。

 魔物の討伐、街の治安維持…恩恵は数知れず。

 特にリラはホロックの中でも治安維持には力を入れており、

 リラ自身が住むこの街においては、犯罪は非常に少なかった。

 店を構える者としては、頭が上がらない相手なのだから当然だ。


「この時間帯はさっぱりですが、

 夜は徐々にって感じです。リラ様のお陰ですよ。」


 特に、店主の中年の男は、元々ディレント人。

 彼のおかげでこの世界でも生きていき、生活も安定するまで対応してくれた。

 これほど恩恵を貰いながら、文句など言えるはずがない。


「いやいや、経営能力あってこそ店は続く。これは君の実力だよ。」


 謙遜しつつ、雄輝の席から三つほど左の席へと掛ける。

 少し近い印象はあったが、別にどこの席に座るのも自由だ。

 人のいない中ですぐ隣ならまだしも、この距離で物申す理由はない。


「そう言っていただけると光栄です。ところで、注文はどうしますか?」


「甘いもの…そうだね、キャラメルミルクを頼めるかな?」


 頭を使う仕事の方が多い都合、甘いものへ逃げたくなるのが性分であり、

 リラはこうして店に入っては、甘味料を注文していくのが基本だ。

 ホロックに飴を常備させてるのも実は職権乱用による産物なのだが、

 この事実を知っているものは少ないし、共用で大半は気に入ってるので、

 さしたる問題ではなかった。


「かしこまりました。」


 相手は所謂生ける伝説に等しいが、

 ホロックの管理人は大体が普通に街に出歩いており、

 普通に人と接することも多くリラもこれに該当する。

 だから多少のサービスはすれどそれ以上のことはせず。

 注文の為に準備をするだけで、雄輝は適当に周囲を眺める。


「君が、ユウキと言う少年かな?」


 笑顔で砂糖菓子づくりに取り掛かるクールをよそに、

 リラが日本語で訪ねてきて、雄輝は再び視線を向ける。


「誰、ですか?」


 視線を向けた時違和感は即座に訪れ、この時初めて他人の前で表情が変わった。

 先ほどリラが座った席は三つ隣だったはずだが、今現在リラが座ってる席は二つ隣だ。

 日本語を話せるだけでも、彼が知るのはアンスリアだけで(しかも彼女よりずっと上手い)、

 その上移動した音は一切ないのに移動してる、と言うところが不気味さを感じさせる。

 音を出さずに移動する、と言うこと自体は雄輝も心当たりがないわけではないが、

 この世界で出会ったばかりの相手が『ソレ』と思える理由もなかった。


「っと、余り警戒しないでほしい。

 僕はリラ。アンスリアの…そうだな、

 日本語だと確か、ショウジみたいな発音の奴だよ。」


「…上司、ですか?」


「ああ、ジョウシだったか、すまない。

 日本語も覚えてるが、なかなか難しいな。」


「日本語、喋れるんですか?」


「ホロックの管理人は、異文化交流ならぬ異世界交流をするものさ。

 君たちディレント人と交流を深めるには、言葉と言うものは必須だろう?」


「そうですね。」


 話せる間柄がいるだけでも安心感が違う。

 彼の言うとおりであり、事実得体の知れなさは拭えずとも、

 多少の安心感は生まれている。


「単刀直入に聞くよ。君『イタン』かな?」


 だが、その安心感はすぐに消し飛ぶ。


「…何ですか? それは。」


 平静を装うが、今彼の中では警戒心は最大の状態だ。

 この人相手に気を許すのは非常にまずいと。

 それほどまでに彼の口にしたワードは危険なものになる。

 イタン───基、異端と言うのは。


「君達の方では常識の一つだから、知らないは通じないよ?

 殆どのディレント人は、そのままでは魔術や魔法の素養はない。

 けど、極一部のディレント人に限り、魔術や魔法に類するものが扱える。

 『否定』ではなく『知らない』と言ったところを察するに、君もイタンと言うわけか。」


 事実上の自爆。

 相手は十分に熟知していると言う事実。

 彼の言う通り、最早言ってしまったようなものだ。

 今更否定したところで、意味がない。


「…そうだとしても、答えないですよ。『異端』は。」


 コミックやアニメのような、彼の言うように魔術や魔法に類した力。

 一見かっこいいとか、人の注目を集める選ばれた人のようにも思える。

 それが極一部の人と言うのだから、より希少さに拍がつくと言うものだ。

 だが、そんなことはなかった。彼らの存在は世間には喜ばれなかった。

 誰もがそういう力を持ってれば優れた力としてきっともてはやされたが、

 ほぼ全員が一般的な中、人を容易に殺せる力を持った人が歓迎されるか。

 否、されない。日常でナイフや銃を持った相手と普通に接するようなものだ。

 大多数の人間は銃を構え続ける相手に普通に接することなどできるわけがない。

 故に迫害される。爆発すれば自分が死ぬかも入れない爆弾を抱える人はいないのだ。

 法も異端には味方しないことも多く、理不尽な扱いを受けることは常識にすらなっている。

 今も続く、黒人や白人のような差別の亜種とも言うべき、まったく生産性のない事柄。

 だからこそ『異端』と言うあだ名をつけられ、異端はその力をひた隠しにして過ごす。

 雄輝もそうやって迫害されてきた、異端の一人だ。


「そのようだね。けど、少し考えても見てほしい。

 此処は君達を迫害する前提の法や、風習があるわけでもない。

 加えてこの世界で力を行使しても、魔術との違いを判別できる人はいないだろう?」


 リラの言葉は間違いではない。

 何度か魔術を目にしてきたが、異端も似たようなことをする。

 違いを判別することは難しいし、そもそもそれは元居た世界での話。

 此処にそれは関係ないし、もし元の世界の人間にそれを見られたとしても、

 魔術か異端かの区別はつかず、その上元の世界へ戻って再会するのかも分からない。

 普通に考えれば、この状況に置いて隠す理由は殆どないのも事実。


「一度元の世界を忘れて、力を人々の役に立ててみないかい?

 料理人に槍を持たせても倒せず、剣士に包丁を持たせても捌けず。

 僕のいた国ではこんな言葉があるんだ。この言葉の意味は分かるかな?」


「…えっと、適材適所、ですか?」


「そう、日本ではテキザイテキショと言うようだね。

 槍を振るったことない料理人に槍を持たせても敵は倒せない。

 料理経験の乏しい剣士に包丁を持たせても、肉を捌くことができない。

 剣士には剣を、料理人には包丁を…人にはそれぞれ、適した場所がある。

 異端にも、異端として持てる力を、十全に発揮できる場所がきっとあるはずだ。」


 正直、彼の言葉には恐怖を感じていた。

 恐怖と言うよりは最初に感じた得体のしれない不気味さか。

 特に彼が間違ってることを言ってるようには見えない。

 ───だからこそ怖い。すべてが納得できてしまう、甘さ。

 安心、納得…それらで固められた彼の言葉は得体が知れない。

 このままはいと頷けば、そのまま食われてしまいそうな気がする。


「今、じゃなきゃ…ダメ、ですか?」


 一先ず、今は見送らせてもらう。

 全身を蛇が這うような気分の悪さ。

 このまま彼の話を聞けば考えなしに頷いてしまう。

 何より、問題なのは異端の迫害される環境、だけではない。

 リラすら気付いていない雄輝個人が持っている問題が。

 これを何とかできなければたとえ彼の考えに賛同しても、

 問題を起こしてしまうだけだから。


「無理強いはしないさ。

 彼女から僕の噂も聞いているだろうし、ね。

 ただ、君の評価はただの子供で終わらせるには惜しい。

 相応の役割を持てるはず。僕はそう思って君に声を───」


 会話を遮るかのように扉の鈴が鳴り響く。

 それと同時に雄輝の視界はめまぐるしく動き、

 何が起きたのかを理解するのに時間を必要とした。


 仕事で出かけたはずのアンスリアが彼を抱え、

 リラから距離を取るように引き離したのだ。

 突き刺すような視線は雄輝にとっては初めてで、

 状況も相まって呆気にとられていた。


「おや、随分早かったね。」


「とっくに終わってましたよ、依頼。」


「ああ、それはすまない。手違いがあったらしい。」


「こういうときの嘘は本当に下手なんですね。」


「下手じゃない。隠す理由がないだけさ。」


 理解が追い付かないまま、殺伐とした空気が流れていく。

 おどけた態度のリラと、対照的に眉間にしわを寄せるアンスリア。

 依頼の場所へ向かってみれば、すでに討伐済みと言う結果が待っていた。

 リラの依頼で手違いはまずありえず、過去に一回この方法で出し抜かれたことがある。

 既視感もあって、今度は全力で戻ってみれば案の定の展開だ。


「手を出すの、随分遅かったですね。

 前は二日目から手を出していたのに。」


「人聞きが悪いからその言い方はやめなって。

 まるで僕が両刀みたいに聞こえるじゃあないか。まあ、事実だけど。

 あ、今回遅かったのはあの書類と手紙の山。あれ処理してただけだよ。

 その結果、僕としては驚くほどに雑で頭の悪い計画を実行したんだけどね。

 たまには、頭の悪い行動がしてみたいってもんさ。童心に帰ると同じと思ってくれ。」


 彼の言う通り、余りに杜撰すぎて計画も何もない状態だ。

 足止めさせるのであれば敵がいる仕事を寄越せばそれで済む。

 態々終わったものを渡す必要性はどこにもなく、非常にお粗末な計画。

 ありあわせのもので、とりあえずやってみました感に溢れている。

 他人の命を預かる仕事をする都合、たまにはこういうので息抜きしたのだろう。

 これによって発生する損失も、せいぜい時間ぐらいのものだ。

 被害を被った彼女としては、たまったものではないが。


「あ、手違いとは言え君に依頼したんだ。報酬は出すから安心したまえ。」


「そうですか…とにかく、これで失礼します。」


 雄輝はアンスリアの帰りを待ってる間は、

 常に紅茶一杯を時間をかけて飲んで過ごすのを知っている。

 (店主には売り上げに貢献しないと涙ぐまれることもあるが。)

 なので払う金額も分かっており、代金を払って出て行こうとするが、


「彼、異端なのは知ってるのかい?」


 彼が異端であるならば、引き止めないわけには行かなかった。

 異端は向こうでは迫害される身。戻ることに拘る理由も薄れると言うもの。

 受け入れるこちらの方が分があるし、何よりも異端は即戦力としても有用だ。

 異端は早い段階で金銭を十分に稼ぐことができて、こちらは人材の確保ができる。

 普通に考えて誘わない理由がない。互いの利益になるのだから。


「…いえ、知りませんでした。」


「やっぱりか。受け身になりすぎだよ、君。

 どうせ彼が言うまで待つ、なんて考えてるんだろうけどね。

 君のそれは心を開くのを待つじゃない。歩み寄ることを放棄しているだけだ。」


「ッ、違います!」


「第一、異端は力を制御できない人もいる話はしたはず。

 万が一何かあったとき一番困るのは君じゃない……彼だろう。

 まさか、もう一人が弟ができたとか自分本位なこと考えてない?」


「あの、すみません。」


「それも違います。もし彼が異端だとしても、きっと話してくれたはずです!」


 二人の口論は、雄輝の言葉も耳に入らない。

 リラは聞こえてはいるが、それを伝えようとはしなかった。

 余裕がない今こそ切り崩せる瞬間、水を差すようなことはさせない。

 アンスリアも熱くなりすぎており、聞こえていないのも都合がよかった。


「『はず』とか可能性の話をしている時点で話にならないな。

 受け身の対応をしていては事故の方が先の可能性があるんだよ。

 アンスリア。君は保護者や狩猟者でもあるが、同時に治安維持を務める身だ。

 街の安全を考えず個人を優先と言う点…これ、褒められるもんじゃないでしょ。」


「それは、そうですが。」


「アンスリアさん!」


 此処で初めて、雄輝が声を荒げる。

 表情も焦りが見られ、それに気づくリラは少し関心を持つ。


「子供の対応は弟がいると聞いて任せてみたが、酷すぎる。

 少々君には荷が重かったらしい…彼を引き取らせてもらうよ。」


「断ります。」


「悪いけど、これは『命令』とさせてもらう。

 今までのようにはいかないし、実力行使もするよ。」


「だとしても、貴方の管理下はお断りです!

 先日アリスさんに手紙を出したので結果待ちですので、どうぞお気にならず!」


「アリス? 彼女は今無理だよ。

 最近ディレント人を拾った手紙をよこしてたよ。

 そっちの教育に励んでるみたいだから、無駄な時間さ。」


「でしたら次はイルゴさん、最悪アリアさんで───」


「! 待った、アンスリア!」


 口論の途中、突然リラから遮りだす。

 吹っ掛けてきたのはそっちだと言うのに何を言ってるんだ。

 やめてたまるかと思ったが、すぐにソレに気づい言葉は飲み込む。


「お願い…ですから…」


「!?」


 彼が見ているのは自分ではなく、傍にいる雄輝の方だと。

 雄輝が膝をつき、胸元を抑えて蹲っている上で、呼吸も荒い。

 発作のようなものか何かが彼に起きており、すぐに様子を窺う。


「大丈夫!? 何があったの!?」


「だからアンスリア! 待てって───」


「アアアアァ───ッ!!」


 雄輝の全身から、あり得ないものが次々と飛び出す。

 鉄棒、包丁、剣…体中から何かしらのものが伸びては、周囲を襲う。

 窓硝子をぶち破り、壁にめり込み、店中に凶器が放たれるが…


「俺の店がああああああああああ!?」


 全員、いつの間にか店の前へと脱出していた。

 リラが咄嗟の判断で動いて二人とも抱えた上で、

 次々と伸びるそれを華麗に回避しながら、店へと出たのだ。

 アンスリア自身は流石に近すぎたので、頬にかすり傷こそできているが、

 目立った外傷は三人揃ってそれだけであり、リラの身のこなしが伺える。

 過程の理解が及ばず、店主は窓や玄関が破壊され絶叫するだけだ。


「ほら言わんこっちゃない! その万が一が始まったじゃあないか!!」


「返す言葉もありません…」


 何も言いようがない。

 言った通りの現実が起きてしまったのだ。

 正しかったのはどちらかはもう決定されている。

 原因がリラにもあると言う点も、この状況では反論もできない。


「交換刃に鉄棒、彼は鉄の生成ができるのか?

 いやでも、物干し竿まで出てるから違うな…なんだこれ。」


 店主の絶叫をBGMとしながら、

 店の玄関から侵入を阻むほど、巨大な物干し竿を軽く叩いて調べる。

 材質は自分の知る物干し竿とあまり変わらないような音がしており、

 鉄製ではなく、彼の異端としての力に少し興味がわいていた。


「暢気に調べてる場合ですか!?」


 発端は自分に原因があるとはいえ、

 流石に暢気なリラを前に、声を荒げずにはいられない。


「既知の穴を踏みぬく者はいない、

 と言う言葉を忘れたわけじゃないでしょう。」


 落とし穴が目の前にあると知らなければそのまま踏むが、

 事前に知ってたり見えてれば、進んで踏むことはなく避けて通るだろう。

 それに転じて、敵を知っていれば恐れることはない、といった意味合いを持つ。

 中国における『迷う者は道を問わず、溺るる者は遂を問わず』のようなものだ。

 彼の生まれた国には、そういった言葉があってよく気に入っている。


「さてと、久しぶりの武力による解決か。」


 あれは一種の暴走状態とみて考えるのが自然。

 話どうこうで説得や落ち着かせられる状況ではなく、

 リラは軽い準備運動に入って、突入の準備をする。


「いや待ってください、責任は私にあるんですから私が…」


 嫌う相手を庇護するつもりはないが、

 これだけの大事になったのは監督不行届の自分が原因だ。

 責任はしっかり負う主義であり、自分が出向こうとするも、

 首元に細い針をあてがわれ、動きを止めざるを得ない。


「断る。今日会ったばかりの僕ならまだしも、

 見知った君をこれ以上攻撃して更に暴走は余計に困る。

 それに、君に彼を無傷で止められるとも思えないんだよね。」


「ッ、私だって相応の───」


「君の実力は僕が保証しよう。

 だけど、この場合欲しいのは力じゃあない。

 僕が求めるのは確実、安全だ。君にはそれがないんだよ。」


 そう言われると、言葉に詰まる。

 元騎士団崩れである以上、対人戦闘の心得は十分にある。

 一方で、相手は何も武装してない、しかし攻撃力は凶悪な罪のない子供。

 当然そんな経験はないし、近すぎたとはいえ最初の攻撃で傷は負った。

 絶対傷を負わず絶対に一人でなんとかできる。信用されるものでもない。


「これでも、もともと僕は暗殺者の端くれさ。

 兵士を必要以上殺さないための暗器もあるんでね。」


 そう言って、先程まで針しかもっていなかったはずが、

 いつの間にか多種多様な武器を広げて見せる。

 質量を無視したかのような武器すら出てくる始末だ。


「…前から思ってたんですが、リラさん何故こんなところにいるんですか?」


 彼女が突っ込みたいのは前々から思ってた疑念だ。

 本人曰く暗殺者の端くれらしいが、端くれがなぜ管理人をしてるのか。

 そも、ホロックの管理人は適した場所なら誰だって活躍できる。

 魔法の天才、狩人の天才…そういう人材だけが管理人を務めていた。

 引く手数多な人達は、こんな場所にいていいものなのか。


「リラさん、時折の格言から察するに、国の人間ですよね?

 辺境の村でもなかったのなら、もっと重役されてても…」


「ろくなとこじゃないよ、あんな国。」


 背筋が凍るような、冷たい声。

 作り笑いのような上っ面だけの彼が、

 珍しく本気で嫌悪しているような顔つきだ。


「言葉は好きだけど、僕はあの国が嫌いだ。

 もっとも、あれは自分主義故の自業自得だけどね、

 だと言うのに反省せず今も自分本位。褒められないだろ?

 第一…君も似たようなもんだろ? 元騎士団崩れなんだし。」


 自分が此処にいるのも、似たようなものだ。

 ろくなところでないから、こうして逃げてきた。

 此処にいる時点で、誰もが同じ存在になる。


「此処は、ホロックは僕や君だけじゃない。

 関わるものすべての最後の希望だ。最後の希望に縋るやつが、

 今更嘗ての故郷のたらればの可能性なんて、考えやしないさ。

 あ、一応言うけど、殺すつもりはないから安心してねー。」


 暴走の原因はこっちにもあるしさ。

 そう言って一呼吸を終えると、リラは消える。

 消えたと言うよりは、速すぎて見えなかっただけだが。

 戦力外通告されたものの、アンスリアもできることはする。

 一先ず住人の避難誘導だけでもしておこうと、

 まだ叫ぶを捕まえながら、野次馬を避難させた。


 窓や玄関は、全部何かしらのものが彼から伸びてる状態だ。

 入る程の隙間は残されておらず、リラは裏口へと回り込む。

 鍵は掛かっていたが、余りに慣れた手つきで解錠していき、

 自宅のような当たり前の雰囲気のまま、足音立てずに忍び込む。

 音らしい音は彼の呻き声だけで、リラからの音は何一つ出てこない。


 店に戻ってみれば、見事な惨状だ。

 年季が入っていた机や壁に傷痕は残り、

 椅子なども無事で済んでるのは殆どない。

 発端となる少年は、蹲りながら息を荒げているだけだ。


(まあ、もう終わりだけどね。)


 気づかれないよう、狭くなった店を静かに動き、

 背後へと回り込みながら、的当ての要領でリラは針を放つ。

 放った針は単純な麻酔針で、当たれば遠からず相手は眠りに落ちる。

 大げさな表現はしていたが、実際のところやることはこれだけ。

 暗殺なんてそんなものだ。基本は地味で目立たない、だからこそよい。

 しかし───そうはいかないのが、彼も未知数の異端の力。


(はい!?)


 小さな『鉄のぶつかり合う音』が響く。

 防がれてはいない。首元に直撃したのに、弾かれた。

 しかも人に当てたとは思えないような音を添えて、だ。

 同時に、それに反応してか、巨大な針が首元から飛び出す。


「おっと。」


 難なくその場から離れ、針は瓶を破壊しながら棚へと突き刺さる。

 立て続けに針が出てきた首元から、鋏の半分だけが伸びるように飛び出すが、

 これも続けで回避し、店の損壊はともかく彼に負傷らしい負傷はない。


(針を通さない首ってどんだけ硬い…あ、いや、そういうことか。)


 これで大抵の敵は何とかできたし、何とかできないのは大体人じゃない。

 人の首にそのまま針を打って弾かれると言う経験は、中々にないことだ。

 中々にないだけで、思い返せばそんな前例は、何度かあったことにも気付く。

 首元に警戒してか首に布を巻いて、その下に鉄を仕込んでると言ったように、

 不意打ちを対策しての急所を防御している、と言うこと自体はそう珍しくはない。

 となれば首に見えるのは肌色に擬態させている鉄…のような何か、と言うことだ。

 

(暴走こそしているが、自己防衛の理性だけはしっかり残ってるな。

 年はアリスより少し上ぐらいなのに、彼女同様年不相応な対応力だことで。)


 さてどうしたものか。

 雄輝から突出した大量の何かで狭い店内を歩きながら、様子を窺う。

 音を出しても攻撃してくるわけではなく、完全な無差別は最初だけなのは把握できた。

 確認がてら適当に暗器を投げると二、三回同じように体から何かしらを突出させてくる。

 場所は狭まったが、大分行動の内容は読めるようになったものの、問題はそこではない。


 大事なのは彼のどこに攻撃をすれば、針が通って無力化できるか、と言うことである。

 出ている物の根元への攻撃、及び関節の裏側辺りは行動の把握の際実践済みだ。

 どちらも通さず弾かれ、そこが隙になるということも理解しているらしい。

 彼自身の本能なのか、能力が自律的に防いでいるのかどうかは別としてだが。

 背後と言う死角は、首元から察するに通るとも思えない。

 急所、眼球などを狙えば行けるかもしれないが、それは後が怖いので却下。


(元暗殺者が、標的を殺さないよう立ち回るのも変なものだね。)


 殺すことは非常に得意だが、敵を無力化すると言う点において彼は実は苦手分野だ。

 もっとも、アンスリアよりは無力化できる手段には恵まれてるだけましなのだが。


(これ以上手持ちの暗器だと殺すしかないないんだよなぁ。困った。)


 素養の問題もあって、こういう状況を打開する魔術の類は殆ど覚えてない。

 覚えていれば打開できるものの一つや二つ、あっただろうにと僅かに後悔する。

 戦えば勝てるのにお手上げと言う、矛盾を抱えることになろうとは。

 今できるのは、観察を続けて打開できる場所を探すだけだったのだが。


「…て…」


「ん?」


 呻き声の中、呻き声以外の言葉が聞こえた気がする。

 油断はしないが、聞き取れるように近づき、耳を傾けると。


「ま…て、くだ…さい。」


 彼の言葉を、はっきりと聞き取れた。

 考えたらそうじゃないか、初歩的なことだ。

 そう思ったリラは暗器をしまって、まだ無事な椅子に座りこむ。

 することは、静観。ただ彼の様子を窺うように見るだけ。

 此方ですら日常生活に支障が出るだろうこの能力を、

 元居た世界で、暴発してたなら抑え方も知ってるはずだ。

 誰よりもその力を知ってる当人であり、かつ彼は人を避けていた。

 彼なら止めようと努力する。なら、それでいいじゃないか。

 この方が、無駄な手間もなくて済むのだから。


 言葉通り、およそ五分ぐらい待てばすぐに事は終わりを迎える。

 突出したものは根元から粒子のように消え、そこには何も残らない。

 すべてが消えると雄輝が力が抜けたように倒れ、それを咄嗟に抱き留める。


「やはり惜しいな。君は。」


 もっとうまく扱えればより良い人材なのに。

 なんて利益の事を考えながら、雄輝を抱えてリラは裏口から高速で抜け出す。



 ◇ ◇ ◇



「───」


 目を覚ませば、またも雄輝にとっては見知らぬ、橙色の天井だ。

 見知らぬと言うよりは、上を見ていなかったとも言うべきか。

 場所自体は覚えがある。アンスリアにホロックの案内をされた時に、

 宿屋としての経営もしているとのことで、これはその一室だと。

 窓を見やればすでに日が沈みかけており、先程の事を思い出しながら身を起こす。


「目が覚めたの!? 大丈夫? どこも痛くない?」


「エ、ア、ハイ。」


 目を覚ました瞬間、アンスリアから肩を掴まれつつの質問攻め。

 聞きたいことがあったのだが、その押しの強さに言葉を飲み込んでしまう。


「昼の事、覚えてるかい?」


 その要望を応えてくれるかのように、彼女の背後に立つリラが訪ねてくれる。

 重苦しい空気にはなるが、彼にとってはそれが当たり前だと分かっていた。


「俺、ヤリマシタヨネ。」


 夢であってほしいとは願ったが、

 しっかりと自分がやってきたことを覚えている。

 これを夢で片付けてはならない行為だと。


「ああ、盛大に。色々差し引きすると、二百五十万ギルの損害賠償かな。」


「リラさん!」


 いきなり言うことはないだろうと、

 突き刺すような視線を向けるが、いつも通りの対応をする。


「あのね、過保護も…」


「待ッテクダサイ。」


 口論を遮るように、二人の間を駆け抜けるのは鉄パイプ。

 雄輝の手から生えてるかのように、鉄パイプは突出している。


「ソレ以上ハ、待ッテクダサイ…マタ、ヤラカシマス。」


 呼吸が荒くなりつつある雄輝に、

 二人も状況を理解して、口論は一先ず中断。

 彼のことに追及をすることを優先するべきとして、

 一先ず損害賠償については後回しにする。


「…その様子から察するに、他人の怒りに敏感ってとこかな?」


 二度も遮ろうとすれば、流石に彼の暴発の原因は分かった。

 同時に、彼が人と距離を置き続けたり従順なのもうなずける。

 向こう側がどんな国か完全に把握はできないので何とも言えないが、

 少なくとも他人の怒りなんて、探せばいくらでも出てくるもの。

 どこにでもあるそれだけで暴発しかねない爆弾を、彼は抱え続けた。

 人は避けるだろうし、人を怒らせないよう遠慮しがちな考えるもなるだろう。


「ハイ。」


「人に怒って欲しくないって思いが、暴発に繋がったんでしょうか。」


 控えめな態度はそこから繋がった産物。そう思っていたのだが、


「違イマス。他人ノ為ジャ、ナインデス。」


 これについてはあっさり否定された。

 そんな美談に出来るような、理由ではない。


「多分、苛々ヲ止メルタメノ…自己、防衛? ダト思イマス。

 暴発スルノハ、ソレデ『黙ラセル』タメダト思ウノデ。」


 むしろ、かなり身勝手な代物だと、雄輝自ら述べる。

 そこまで卑下するかと、二人は少しばかり引いてたことには気づかない。


 これについては、仕方ないともいえるのだが。

 能力が暴発するまでは彼も友達はいなかったが交流そのものはあった。

 一度暴発して、異端だと露呈した瞬間手のひら返しされてきている。

 挨拶を交わした相手からは石を投げられ、目につく人からは侮蔑の眼差し、

 教師も放置し、せいぜい味方がいたとすれば気遣ってくれた母親ぐらい。

 此処まで世間から迫害され続けて、割と精神も荒んでいる。

 ネガティブにならない方が、無理と言うものだ。


「なるほどね…あ、ついでで聞くけどその力の全容ってどんなの?」


「コレ、デスカ? 多分デスケド、物ヲ作ルコトガデキル、カト。」


「物? 鉄以外でもいいのかい?」


「石トカ、木製トカナラ大抵ハ。」


 そう言って、レンガ手のひらから引っ張り出したり、

 マグカップを作ってみたり、無地の本を作って見せる。

 ただし、あくまで作れるのは無機物までで、樹や動物など、

 生命そのものは作ることができないとも、ついでに言っておく。

 同時に複雑な構造をしたものも作ることはできない。


「あ、最初に会ったときのあの箱って。」


「ア、ハイ。タダ、長クテモ五分グライデ消エマス。」


「便利なだけに惜しいな。永続するなら損害賠償払う必要ないのに。」


「リラさん…」


「言うべきことだよ。彼、年の割には真面目みたいだし。

 で、ユウキだったよね名前。総額二百五十万、払うために働く気はあるかい?」


 物価については買い物を何度かしたおかげで、

 十分にその額は安くないものだとは十分に分かってる。

 簡単な話ではない。どれだけの年月がかかるかも。


「…返シマス。時間ハ、カカルト思イマスガ。」


 逃げても逃げなくとも、

 自分がやったと言う事実は消えない。

 もう一つ、数少ない子供らしい単純なことだが、

 同時に人として当たり前とも言うべき理由。

 人のものを壊したら、ちゃんと弁償するべきだと。


「その意気やよし。働く気がある子大歓迎さ。」


「デモ、俺十二歳ナンデスガ大丈夫デスカ?」


「一応十五歳からだが、推薦なら年齢は問わないんだ。

 ロードキジュツホウイヴァンなんてよくわからん法はないよ。

 なんてったって、管理人には君より年下の十歳児もいるんだから。

 ただ、君はまずその暴発をなんとかしたほうがいいみたいだが…」


 チラリと、アンスリアを一瞥する。

 なんの意図があるかは分からなかったが、

 少しの間を置いた後、リラは続けた。


「あいにくと僕は修練とか鍛錬とは無縁なものでね。

 とりあえず言語の上達込みなところを考えるとアリスが適任だよね。

 アンスリアは手紙書いといてくれる? 異端ならむしろ二つ返事で通してくれると思うし。」


 そのことに、アンスリアが強く反応した。

 元々アリスの方へと預けようと思っていた身だ。

 自分が望んでいたことへの要望が通ったことでもあるのだから。


「…! 分かりました。」


「君も色々大変だろうけど、その辺は許してもらうよ。」


「分カッテマス。自分ノシタコトデスカラ。」


「よろしい。そんな誠実な君には特別にいいことを教えよう───」


 コホンと咳ばらいをしたあと、


「あの店を損壊させた犯人は君じゃない。」


「…ハイ?」


 突然、リラはおかしなことを言いだした。

 彼は当事者であり自分を止めたのも紛れもなく彼。

 誰がどうみたって犯人は自分であり、黒幕なんているはずがないのだ。

 余りのおかしな発言に、変な声が出てしまう。


「実は店内でホロック管理人である僕を狙って攻撃してきた犯罪者がいた!

 犯罪者は店を破壊し君を人質に逃げるも、僕の力の前にあえなくやられてしまう!」


 まるで舞台の演劇の語り部のような、

 仰々しい態度と動作で事件の顛末を語るが、


「チョ、チョット待ッテクダサイ!? 何ヲ、言ッテルンデスカ!?」


 全く記憶がかみ合わない説明に、

 雄輝だってストップをかける。


「何って、今回の事件の顛末だけど?」


「嘘デスヨネ!?」


 記憶は鮮明に残ってるし、

 あの場に他の誰かがいたなんてことはありえない。

 何より、何故そんな虚構の顛末を作る必要があるのか。

 作る必要性が感じられない。


「考えてみたら、店主は何が起きてるか理解できてなかったし、

 幸い目撃者も僕とアンスリアだけで、捏造は物凄く楽だったよ。

 おかげで君が犯人だってこと、だーれも気づいちゃいないんだなこれが。」


「何故、捏造ヲ?」


「暴走させたのがホロック、それも管理人にも責任があるからね。

 それに前科がついたら迫害されて暴走を起こしかねないだろうし。」


 と言ってもホロックの管理下に置かれるから、

 完全に許されたわけじゃないけど、とバツが悪そうにアンスリアが答える。

 怪我も奇跡的にほぼなかったからこその、恩情と言うべきか。


「それじゃ、私達は報告書作るからまた後でね。」


 一先ず問題はなさそうなので、

 二人ともその場を後にしていく。


「君が払わないと言ってた時点で、

 今の捏造をなかったことにしてたから、

 君が誠実な子で、こちらとしても大助かりだよ。」


 さらりととんでもないことを、置き土産にして。


「は、はぁ…」


 悪い人間じゃなくて良かった。

 多分、この日ほどにそれを思ったことは今までなかっただろう。


 ◇ ◇ ◇


 雄輝のいる部屋を後にした後、

 方やいつも通りの上っ面、方や険しい顔で並んで歩く。

 暫くは沈黙が続いていたのだが、


「私への気遣いですか?」


 先に切り出したのは、アンスリア。


「何が?」


「彼の身柄を預ける先ですよ。」


 先ほど、態々こちらを見ながら、

 此方の要望に応えるかのようにアリスを指名した。


「料理人には料理人の場所があるってだけだ。

 適した人物の方がよほど早く成長できる。違うかい?」


「…やっぱりリラさんのやり方は嫌いです。」


 結局は自分の利益を最優先したものいい。

 元騎士団ともあって損得勘定だけで動きたくない主義の彼女とは、

 どうしても相性が悪いのは、仕方のないことだが。


「だろうね。好かれないのは分かってるし。

 自分本位で動いてるってんだからそりゃね。」


「ですが、貴方の言うことは正論なんですよ。」


 同時に、彼自身の手腕は人の上に立つ身としては正しい。

 だからこそ反論できないのが悔しい所だ。

 殆ど自分の意見は悪い側になるのだから。


「一方に傾き続ける天秤なんて、均衡から最も程遠いのさ。

 自分にちょっぴりだけお得なぐらいにするのが大切なんだよ。

 一応言うけど、監督不行届で暫く報酬減るからそこは覚悟するように。」


「ですよね。」


 当たり前のことだ。

 保護者を買って出たのだから。


「それにしても、皆自分勝手ばかりか。」


「…否定しません。」


 リラの自分優先は分かり切ったことで、

 アンスリアもリラに反発するばかりで、

 他人を深く考えず、自分に酔った偽善だった。

 雄輝でさえ、能力の暴発も自分へのためのものだ。

 揃いも揃って、自分本位であることを、改めて理解する。




「…」


 ベッドから出て、窓から街を眺める雄輝。

 外は暗く、星空がよく見える幻想的な空間が広がる。

 今回は運が良かっただけだ。次はない。


(チャンス、になるのかな……これ。)


 こんな力、持ってたってしょうがない。

 暴発したあの日から、ずっとそう思ってきた。

 親は味方はしていたが、悲しい程に無力だったのも覚えてる。

 学校が通えてただけ、尽力してたのは痛い程に分かるが。

 だから───今のうちにこれをなんとかしよう。

 封印できるか、或いは自在に使って何かしらに役立てる。

 人間関係は戻らないだろうが、マシに過ごせることはできるはずだ。


 本音を言えば、戻りたくなんてなかった。

 散々な虐めに逢い続ける中、生きていくと言うのは。

 十二歳の子供の観点を抜きにしても、普通はこの世界を選ぶ。

 見たいアニメとか新刊を待っているわけでもなく、未練は殆どない。

 それでも、だ。たった一つ、彼は帰りたかった理由がある。

 他人から見れば軽いものだし、正直どうかと思うと自覚はしていた。

 ───家族が心配してるだろうから、と言う当たり前の理由で。

 ありふれた理由だと思うだろうが、子供ならそんなものだろう。


 一先ず、今は休む。

 アンスリアが戻ってくるまで、雄輝は夜の街を眺め続けた。



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